絶景の町が激変~客殺到の美味しい新名所

北海道・旭川空港から車でおよそ20分。富良野の手前にある美瑛町(びえいちょう)。

美瑛といえば真っ先に思い浮かぶのが北の大地を象徴する光景だ。作物によって色を変える丘陵地帯の畑と、その中を通る通称「パッチワークの路」。圧倒的なスケールの花畑が大地に模様を描く「四季彩の丘」。トラクターで見物もできる。町のはずれには「青い池」という神秘的なスポットもある。温泉成分を含んだ湧き水と鉱物を含んだ川の水がここで出会い、独特の色を生み出すと言う。

こうした美しい景勝地があるのに、かつて美瑛は富良野観光のついでの立ち寄りスポットに過ぎなかった。

しかし今は違う。客の流れを変えたのは10年前にできた「美瑛選果」。施設の一角にはとんでもない長さの行列が、建物の中から伸びていた。行列客のお目当ては凍らせたイチゴと氷、シロップをミキサーにかけただけのイチゴジュース(360円)。シンプルな味が大人気となっている。

行列の隣には美瑛の誇る野菜を集めた直売所「選果市場」もあり、こちらも大賑わいだ。並ぶのは「JAびえい」が厳選した折り紙付きの野菜ばかり。値段はやや高めだが、熱烈なリピーターがついていて飛ぶように売れている。

そして建物の奥には、一日中、予約でいっぱいの人気店が控える。レストラン「アスペルジュ」。気さくな雰囲気だが、ミシュランの一つ星を持つフレンチの名店だ。

売りは美瑛の野菜をふんだんに使った地元ならではのメニュー。名物は茹でたてのアスパラだ。オリーブオイルを振りかけ、そのままお客の元へ。メインは美瑛産の豚料理。地元のブランド豚で、柔らかな身と口どけのいい脂身が特徴。たっぷり厚切りで、肉の旨みを味わえる。ランチコースは3960円。

いずれも美瑛特産の素材の良さがダイレクトに伝わってくる料理ばかり。その美味しさが、これまで通り過ぎていた観光客を町に引き寄せているのだ。

「美瑛選果」をきっかけに、通過する町から目的地に変わった美瑛に、さらに人を呼び寄せる施設が4年前に誕生した。オーベルジュ「ビブレ」。オーベルジュとは、宿泊施設のついたレストランのこと。その客室からは窓いっぱいに大雪山。絶景を独り占めだ。

客にわざわざ足を運ばせる料理は、まずは丸ごとの人参。これを客に見せて、さらにハーブ水をかける。雪の下で一冬寝かせて糖度をあげた自慢の人参のローストだ。メインはエゾシカ。ヒノキの葉と一緒に炭火で炙って香りを付ける。

ただ美味しいだけではない。ここは驚きや感動が料理で体験できる店なのだ。その「特別な体験」は朝食でも用意されている。それが自家製のクロワッサン。まず客が席に着いたところで焼き上げる。焼き上がったらスタッフはダッシュ。釜から出して10数秒後には客の元へ届ける。

食の力で客を引き寄せ、大きく様変わりした美瑛。年間の観光客は165万人と、10年前に比べ5割も増えた。

「美しい町」が「美味しい町」へ~農家も変えた凄腕料理人

中道博・ラパンフーヅ社長 ©: テレビ東京
中道博・ラパンフーヅ社長 © テレビ東京

実は「美瑛選果」もオーベルジュも仕掛け人は同一人物。ラパンフーヅ社長、中道博(65歳)だ。その中道は「火を入れたり、味をつけたり、ソースを作るのも料理だけど、もっと素材のほうが大事なんじゃないかと思っている」と語る。

ラパンフーヅの本拠地は札幌。フレンチ・レストラン「モリエール」がある。ここはミシュランで三つ星を取った日本に3軒しかないフレンチ・レストランのひとつ。中道はこの名店を愛弟子の今智行シェフと共に守ってきた。

この店でも「美味しい」の上を行く驚きや感動を仕掛けている。

例えば木の枝を何に使うのかと思ったら、そこに料理を盛り付けた。ふきのとうの揚げ物。その中にはたっぷりのホタテのムースが詰めてあった。しかも客には、より香りが感じられるよう手掴みを提案する。

中道のオリジナルで、通称「ロケット」は、北海道名物の駅弁にもなっている料理をフレンチ風にアレンジしたもの。イカの身を切り分けると中からリゾットが現れる。イカ飯だ。

こんな三つ星フレンチのフルコースが8800円から味わえる。ここにも客は遠くからわざわざ足を運んで来る。中道はこの三つ星レストランを含め、7つのレストランを営む、合計六つ星と言う凄腕料理人なのだ。

料理の力で客を呼び寄せ、町まで変えた中道。この日、「美瑛選果」で待ち合わせていたのは、「JAびえい」の北野和男常務理事。JAの施設に中道を引っ張り込んだ張本人だ。中道のやり方には大きな影響を受けたと言う。

「アスパラ料理でランチが7000円。それでも東京から食べにくる。やっぱりこれではないか、と」(北野さん)

美瑛の野菜は少し高くても売れる。そう気付いた「JAびえい」は、今まで市場に出荷していただけだった野菜を直売所やネットで売り出した。そしてブランド化に成功したのだ。
地元野菜のブランド化に成功した「JAびえい」はオリジナル商品の開発も始めた。特産のトウモロコシを使った「焼きとうきび」。フリーズドライになっている。これが今、「美瑛選果」では売れ筋ナンバーワン。

中道と出会い、挑戦する集団に変わった「JAびえい」。第2、第3のヒット商品も生まれている。かつて先行きに不安を抱えていた「JAびえい」の売り上げは1.5倍に。町は「美しい美瑛」から「美味しい美瑛」に生まれ変わったのだ。

「今日来てくれる方に喜んでもらって、また来てもらう。その積み重ねなので、とにかく喜んでもらおうとやってきたということですね」(中道)

三ツ星シェフが挑んだ人気宿の秘密

札幌「モリエール」の朝10時。中道が見るからに落ち着かない。この日は、ミシュランの新たな格付けの発表当日だった。ところが10時を過ぎても電話がかかってこない。いつもはどっしり構えている中道が焦っていた。

その時、電話が鳴った。今回も三つ星を守ったのだ。

ラパンフーヅは三ツ星の「モリエール」の他にも3軒の店で一つ星を獲得している。今やフレンチでは日本屈指の料理人集団を率いる中道は、いかにして町おこしに関わるようになったのか。

中道は1951年、登別の生まれ。19歳から札幌のホテルに入り、料理人修行を始めた。23歳の時には外の世界が見てみたいと、言葉もできないままフランスへ。寝る間を惜しんで修行を積み、33歳で自分の店、「モリエール」を開いた。

その後、ある村との出会いが、中道の料理人人生の転機となる。その村とは蝦夷富士・羊蹄山を臨む真狩村(まっかりむら)だ。

ここに中道は20年前、「マッカリーナ」というオーベルジュを作った。現在は2ヶ月先まで予約が埋まっている人気の泊まれるレストラン。料金は朝食付きで1泊2万4000円~。客は料金に含まれていない夕食を楽しみに来る。

朝、クマザサをかき分けて歩いていたのはシェフの菅谷伸一だ。天然の食材を採りに来た。2日に1回は山に入り、山菜を調達している。この日、狙っていたのは山菜の王様、タラの芽だ。

厨房で料理人の顔になった菅谷。朝採ってきたタラの芽はディナーの食材に使われていた。天ぷらではなくフリッターに。メインディッシュは北海道のブランド牛を使ったロースステーキ。そこに添えられる野菜としてタラの芽が使われた。これだけのために山に分け入っているのだ。

過疎地に80万人の観光客~「美味しい料理が村を変える」

© テレビ東京
© テレビ東京

連日盛況の「マッカリーナ」だが、立ち上げ当初、今の大成功を予想した者はいなかった。

かつての真狩村には観光客の姿はなく、村は過疎の一途をたどっていた。有名なのは歌手、細川たかしの出身地ということだけの村だった。

この状況をなんとか変えたいと思ったのが村長だった八田昭七さん。名の知れた中道が真狩の水や食材に惚れ込み、ここに店を作りたがっていると聞き、村と共同出資でやらないかと持ちかけた。ところが、「こんな田舎でフランス料理ができるのかと、議会の承認を得るのに大変苦労しました」(八田さん)

村議会は紛糾し、ほぼ半数が反対。「村長、責任取れんのか?」「赤字になったら、どうすんだ!」と怒号が上がった。20年前、揉めに揉めた現場を目撃したのが、現村長の佐々木和見さんだ。

「ちょっと言葉が悪くなる場面もありました。『うまくいかなかったら村長が責任を取れ』とか」

その状況を聞いた中道は、腹をくくる。母親の家の建築費用に貯めていた3000万円を持ち出し、「これで責任は取るから」と、真狩村の議会を認めさせたのだ。

「みんな思っていましたよ、お客が本当に来るのか、と。覚悟をして、3年間はお客が1人も来ないという事業計画でやっていこうと思ったんです」(中道)

一筋の光も見えない中での船出だったが、予想外の出来事が起こる。当時、日本でオーベルジュはまだ珍しい時代。オープンするとメディアが食いつき、これが大きな宣伝となり、客が大挙して押し寄せてきたのだ。

「マッカリーナ」は大成功。すると真狩村も注目を集め、人口2000人余りの村に年間80万人もの観光客がやってくるようになったのだ。

人が集まると、生産者にも変化が。地元の若手農家、三野農園の三野伸治さんは、真狩の新しいブランド野菜として、西洋ねぎを作るようになった。「マッカリーナ」も頼りにしている食材だ。三野さんはその変化を「若い人が真狩村に帰ってくるんです。そういうイメージ作りに一役買ったと思う。帰ってきやすくなったというか」と、語る。

実際のデータ上でも、49歳以下の農業経営者が占める割合が全国平均の5倍になった。若い生産者は新しい農業も始めた。三野さんはドローンを農業に導入した。北海道の広大な農地は見回るだけでも大変だが、これなら家にいながら3キロ先までチェックできる。こうしてきついばかりだった農業が変わっていく。

美味しい料理が村を変える。これが中道の原点だ。

絶品を生む秘密を大公開~業界を支える人材育成術

寒さの厳しい美瑛には、冬はほとんど観光客が来ない。このオフシーズンの間、オーベルジュ「ビブレ」は人材育成の場に変わる。ここで中道は料理人を育てる「美瑛塾」を始めた。「自分の店を持ちたい」という夢を持つ者に、月8万円でノウハウを教えている。

講師役はラパンフーヅが誇る、星つきレストランのシェフたち。その授業スタイルはひたすら実践的で、必要であれば、高価な食材も普通に使っていく。
時には早朝の特別授業も。暗いうちから「ビブレ」で出すパン作りに、塾生が打ち込んでいた。

40歳の柴田夕也は札幌のコーヒーチェーンの元店長。「ビブレ」のような人を感動させるパンを出す。そんな喫茶店を開こうと思い入塾した。

「喫茶店は食べ物に力を入れているところが多くない。それを専門にしているところに引けをとらないものを出すお店を出したくて」(柴田)

この塾の狙いを、塾長の齋藤壽は「今の料理人の教育では、現場に入ったときにすぐには役に立たない。実践として料理とはどういうものかを理解してもらうのが一番大事なことだと思っています」と語る。

即戦力の人材を育てる。そのためにオーベルジュに客がやってくるシーズンになると、塾生はスタッフとして働き、時給をもらいながら即戦力となれるよう修行を積む。授業料はこのバイト代で相殺される仕組みだ。

さらにこんな授業もある。トラクターを運転しているのは美瑛塾の生徒。この日は野菜を仕入れている農家で作業を手伝う研修だ。トマトをさらに大きく育てるための紐を、上に伸ばしてつけていく。これも料理人修行の一つだ。

こうして作業を手伝う事で生産者の苦労が分かれば、その食材の価値も、身をもって理解できる。

生徒の一人は「ただ本とか人に聞いて知っているというのとは違って、自信を持っていいものだと、お客さんに喜んで食べてもらいたいという気持ちにつながってくると思う」と言う。

食材の価値を知る即戦力の料理人。中道はこうした人材を世に広めようとしている。

~村上龍の編集後記~

「食材を活かす」誰もが常識だと思っている。だが、実はこれほどむずかしいことはない。食材は、料理人の知識や技術を超える偉大な存在なのだ。

かつて北海道は「食材の宝庫だが美味しい料理は少ない」と揶揄されることもあった。そこに中道博というシェフが現れた。「食材と水」をベースにして、オーベルジュを作った。

料理は、自律的だ。どれほど高名なシェフでも、エゴが食材への敬意を覆ってしまったら、堕落する。中道さんは常に、食材と客のことを考えている。

その料理は、あらゆるエゴが消えていて、美味しさだけがある。

<出演者略歴> 中道博(なかみち・ひろし)1951年、北海道登別市生まれ。1970年、札幌グランドホテル入社。1974年、フランスに料理修業へ。1984年、ラパンフーヅ設立、「モリエール」開業。1997年、「マッカリーナ」開業。

放送はテレビ東京ビジネスオンデマンドで視聴できます。

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