「感動的便利さ」でヒット連発~1兆円稼ぐ商品作りの秘密

日本の家庭に革命を起こしている新商品がある。今までなかったスプレータイプの食器用洗剤、「キュキュット クリア泡スプレー」だ。洗いにくいところに吹き付けるだけで強力な泡が隙間の奥まで浸透、汚れを分解してくれる。スポンジでこする必要がなく、洗い流すだけでいい。弁当箱のパッキンの溝や手の届かない水筒の奥、洗いにくかったジューサーの刃なども、驚くほど簡単に洗えるようになった。

「キュキュット クリア泡スプレー」は、去年の発売からわずか半年で420万本を売る驚異的な売れ行き。そんな便利すぎる日用品を作り続けてきたのが、月のマークの花王だ。

実は花王の商品、思っている以上にお世話になっている。洗濯用洗剤でおなじみの「アタック」、お風呂掃除に欠かせない浴室用洗剤「バスマジックリン」、さらにヘアスプレーの「ケープ」……。日本の家庭ではなんと年間40個もの花王製品を使っているという。

花王の年商は1兆4500億円。カンブリア宮殿では2007年にも花王を取り上げている。市場規模が大きく変わらない日用品の分野で、花王はこの10年で売り上げを2200億円も増やし、営業利益も倍増の勢いで伸び続けている。

花王は新たな分野でも続々とヒットを飛ばしている。例えば名古屋市にある「名古屋眼鏡」では、花王商品を福利厚生で使っていた。それが仕事の合間の休憩時間にリフレッシュスペースで利用するアイマスクのような「めぐりズム」。パソコン仕事に疲れた目の回復に欠かせないという。内側から蒸気が出て、目のまわりを気持ちよく温めてくれる。

花王社長の澤田道隆は、「めぐりズム」が花王の勝ちパターンを体現する商品だと言う。

「温熱蒸気が出る商品は、世の中にありませんから。世界初のオンリーワンを目指して、使ったお客様が驚いて感動して、『こんなものがあるのか』というのが重要なんです」

花王の基本戦略は、世の中にない画期的な機能の商品を出すこと。実際、今や定番の花王商品も、かつては他にない斬新な商品として売り出されたものばかりだ。例えばシャンプーの「メリット」。1970年の発売当初、フケとかゆみを抑えるという特定の機能を持った画期的なシャンプーだった。2003年に発売されブームとなった「ヘルシア緑茶」も、飲むだけで脂肪を消費しやすくするという、それまでなかった画期的な飲み物だ。

画期的商品をロングセラーに~客の心をつかむ改良はなぜ可能か

カンブリア宮殿,花王
© テレビ東京

花王は、生み出した画期的商品を、今度はロングセラーに変えていく。

「育てていきながら大きくする。子供みたいなものですかね」(澤田)

「クイックルワイパー」は1994年、全く新しい掃除用品として売り出された。そんな画期的商品をロングセラーに育てるため、花王が行なったのは徹底的な改良だ。

例えばヘッドの部分。現在普及しているのは細かい凹凸がついたモデルだが、以前はもっとフラットだった。ヘッドの部分だけでも発売以来、改良を続け、ゴミの吸着率を上げ続けてきた。ちなみ最新モデルでは、ゴミをさらに吸着させるため、ヘッドの材質も変えていた。角の部分は柔らかくすることで、隅の細かいゴミまでキャッチできる。そして以前のものより17ミリ薄い28ミリになった厚み。この改良で、今まで掃除ができなかったわずか3センチの隙間も掃除できるようになった。

生み出した画期的商品をロングセラーに変える。その勝ちパターンは洗濯洗剤でも同様だ。まず、巨大な箱が当たり前だった時代に、その既存商品から大きく飛躍した、驚くほど小型の商品「アタック」を発売。話題の商品として一気に注目を集める。そしてそれを一時的なヒットに終わらせないため、毎年のように少しずつ改良し、性能を上げ、ロングセラーに育てていくのだ。

その「アタック」がさらに飛躍的な進化を遂げていた。それが業界初の濃縮液体タイプの「アタックネオ」。5億本を売るヒットの秘密は「初めて『すすぎ1回』を提案させていただいた」(ハウスホールド研究所・半田拓弥)こと。泡を洗い流すためのすすぎは2回が常識だったが、衣服に残りにくい泡に改良し、1回のすすぎで済むようにしたのだ。

今や「アタックネオ」の登場で、新型の洗濯機には「すすぎ1回」ボタンが標準装備されるまでになった。

客の心をがっちりつかむ改良はなぜ可能なのか。その秘密が、東京都墨田区にある花王すみだ事業場・生活者コミュニケーションセンターにある。

ここには客からの問い合わせや要望が実に年間22万件も寄せられる。入ってきた情報は即座にデータ化され、翌朝には全国の花王の部署に届けられる仕組みだ。

和歌山市にあるハウスホールド研究所。柔軟剤の開発を担当する山根有介が、自分の担当した商品名を検索すると、最新の客の声が瞬時に閲覧できる。

「皆様のご意見を生かしていけたらなと思います。その種を見つけるためにも、このシステムを使っていろいろなお客様の声を聞く」(山根)

全社員が日々、客の声と向き合い続けることで、客を感動させるほどの商品を生み出すことができるのだ。

容器で感動させるプロ集団~1ミリの突起がヒットを生む

花王の改良への執念は容器にも及ぶ。例えば、画期的に使いやすくなったシャンプーの詰め替えパックだ。

花王はもう20年間、より使いやすい詰め替えパックをつくるため細かい改良を続けてきた。最大のテーマは、詰め替える時に入れにくくこぼしてしまうことの解消だった。

新型のパックでは、まず新しい詰め替えパックを真っ逆さまにドッキング。両手で折りたたみながら絞り出すと、あっという間に一滴も残さず楽々と詰め替えが完了する。

詰め替えパックを作ったのは包装容器開発研究所。様々な使いやすい容器の開発でヒット商品を支えてきた集団だ。どうやって最後の一滴まで詰め替えられるようにしたのか。稲川義則室長によれば、「ノズルの中に残さないという発想の設計だったんです」。
最大のネックは、詰め替えの最後にノズルの中に液体が残ってしまう現象。最後の一滴を残さない秘密は、ノズルの内側に作られた1ミリほどの出っ張りにあるという。そもそもノズルに液体が残ってしまう理由は、ノズルの内壁に液体が接触し付着してしまうこと。この出っ張りを作ることで、液体がノズルの内側に接触せずに流れ落ちるようになるのだ。

「実際に社長が詰め替えて、ノズルを見ると残っていなかった。『これだったらいいよ』と言ってくれました」(上席主任研究員・岩坪貢)

この詰め替え容器に切り替えて以降、シャンプー「エッセンシャル」の売り上げは1.2倍にアップしたという。会社一丸となった消費者目線の改良が、感動的に便利な商品を生み出したのだ。

ヒットの裏に驚きの研究集団~客熱狂の商品を生み出す秘密

今、女性たちの心をわしづかみにしている花王商品がある。最新の柔軟剤「フレアフレグランス」。日経MJの柔軟剤ランキングでも第1位に輝いた。汗や体温に反応し香りが長続きする機能と、5種類の個性的な香りが人気の秘密。「スウィートスパイス」という商品は、スズランやライムにシナモンなどのスパイスをブレンドした大人っぽい香り。「フラワーハーモニー」は、様々なフルーツにシトラスなどで瑞々しさを加えた癒しの香り。

実は花王には、香りにうるさい女性たちを攻略する専門部隊がある。それが花王すみだ事業場にある香料開発研究所。いわば香りを極める集団だ。そこで行なっていたのは、世の中のあらゆる香りを採取する活動。研究員の佐藤麻希子は「北海道にシロツメクサの香りを採りに行ったり、屋久島に森の香りを採りに行ったりしたこともあります」と言う。

花王社内では誰もが知る香り分析のマエストロ、澤村茂。1000種類を越える世界中の香料を組み合わせ、狙った香りをピタリと作り上げてしまう。ところが澤村の研究ノートを見せてもらうと、「野菜のにおい」のように、商品開発とは無関係そうな内容が記されている。その根底にあるのは、商品開発というより、香りそのものへの探究心だ。

「我々の理想は香りで世界の人を幸せにすること。それが我々の志です」(澤村)

このように花王には、商品作りとは別に、様々な研究分野を追求する集団がある。

例えば泡を極める集団。泡と向き合って25年、別名・泡博士の坂井隆也が、ある画期的な泡の設計図を見せてくれた。坂井とともにその画期的な泡を開発した主任研究員の西澤がフラインパンに新開発の洗剤を入れ、水を注いでいく。すると泡立った泡が次の瞬間、一瞬で消えていった。西澤は「洗浄にも泡切れにも、両方に効くような基剤を見つけ出すことができ、お客様の暮らしを楽にすることができたと考えています」と言う。

この一瞬で消える泡の発見が、とんでもないヒットを生み出した。それが日本中の家庭で愛用されているおなじみの食器洗剤「キュキュット」だ。泡立ちがいいのに泡切れも抜群。驚くほどすすぎが簡単になった。3年前、「キュキュット」は、この新しい泡の改良版を発売、世界的企業P&Gから食器用洗剤シェア首位の座を奪った。

「商品を出すだけではなく、商品を支えるしっかりとした技術を、僕らみたいな研究員が何十年もやり続けている。性能の良い製品を作るにはかなり役立っているのではないか、いや、役立ちたいなと思っています」(坂井)

花王は泡や香りなど様々な物の本質を徹底的に研究、その成果を使って、消費者がほしがる商品を作り上げている。これが花王の「本質研究」だ。

シャンプー、おむつ…花王のヒットを支える「本質研究」の真髄

カンブリア宮殿,花王
© テレビ東京

今、中高年を中心に売れている花王のシャンプー「セグレタ」。シャンプーとして使うだけで、張りがなくなった髪のボリュームがふっくらと仕上がるという。中高年の悩みに応えたシャンプーだ。

その開発を支えたのは、髪研究のエキスパートとして知られる長瀬忍。長瀬は長年の研究で、髪のしなやかさは表面だけでなく、その内部構造が関係していることを世界で初めて突き止めた。しなやかで美しく見える髪は、外側が軟らかく内部が硬いという独自のバランスで成り立っているという。

花王はそんな「本質研究」の成果をヒットにつなげてきた。トップの澤田も1981年の入社以来、研究畑を歩んできた。澤田自身、逆境を「本質研究」に救われた経験を持つ。

それは47歳の時。オムツの「メリーズ」を扱うサニタリー研究所の所長時代のことだった。当時の「メリーズ」は、競合各社のおむつに太刀打ちできず、事業の打ち切りさえ囁かれる苦境にあった。澤田は、巻き返しを図るため、おむつを使う家庭への訪問調査を徹底的に行ない、「やはり肌への優しさがお母さんの一番欲するものだった。じゃあ世界一肌に優しいおむつを作ろう」(澤田)という結論にたどり着く。

澤田は、紙おむつを作る原材料を扱う研究者たちに指示を出した。上席主任研究員・奥田泰之によれば、それは「眠っている技術にはいいものがたくさんあるはずだろう。まずはそれを徹底的に土俵に上げてみよう」というものだった。

そして澤田は、そんな研究者たちの成果を元に画期的な肌触りの商品開発に成功する。それがおむつの表面に細かい凹凸をつけた新しい「メリーズ」。「肌との接触面積を減らす。くっついていない隙間を通って、蒸れた空気を追い出す機能を持っています」(奥田)という肌触り抜群の新型「メリーズ」は、母親たちの心をつかみ大ヒット。おむつ市場のトップシェアを奪い取った。

「それを具現化できる技術があったということ。そのためにはやはり本質的な研究、本質的な技術を準備していたからできたんです」(澤田)

花王で月に一度は開かれるイベント。それは様々な「本質研究」の成果を、研究者たちが商品開発の現場へ伝える研究発表会だ。参加していた入浴剤「バブ」のマーケティング担当者は、「今後の商品開発に今回紹介された知見を少しでも取り入れて、より良い商品をお客様に届けたいと思っています」と言う。

精鋭の研究者と顧客目線の商品のプロががっぷり組んだ共同戦線が、花王の商品の強さを支えている。

世界の難問を解決~東南アジアの女性を救う商品

世界第4位の人口を誇るインドネシアの首都ジャカルタ。この国の女性たちには、大きな悩みがあった。それが日々の洗濯。インドネシアではいまだに家庭の8割が粉洗剤で手洗い。だがインドネシアの水はいわゆる硬水で、汚れを落ちにくくするカルシウムを多く含んでいる。洗濯機を持っていても、ひどい汚れは手洗いで落とすのが一般的だという。それでも落ちにくいため、クリーム状の洗剤も使ってひたすらごしごし。そのため、インドネシアの女性たちの手は荒れ放題だ。

そんなインドネシアの女性たちに救世主が現れた。飛ぶように売れていくのは「ジャズワン」なる洗濯洗剤。花王の商品だ。

ジャズワンを作ったのが、和歌山にあるハウスホールド研究所の洗濯水のスペシャリストたち。花王はそれまで蓄積した洗浄技術を駆使し、2014年、硬水でも汚れを落とせる「アタックジャズワン」を開発した。

「インドネシアのお客様のために開発した商品になります」(杉山陽一室長)

インドネシアの女性たちの長年の悩みを解決し、「ジャズワン」は急速に普及し始めている。花王が生み出した技術が、世界で感動的な便利さを広げていた。

~村上龍の編集後記~

前回の収録で、わたしは「花王」を評して「面白くないくらい立派」だと言った。

今回、「さらに進化している」と驚き、さらなる敬意を抱いた。

「花王は技術が軸だ」メーカーなのだから当然と言えば当然だが、技術を生む基盤である研究、それも、必ずしも応用を前提としない基礎研究の蓄積は、おそらく他に類を見ない。

しかも各研究部門、開発、営業、販売など、すべてが見事に連携している。

「花王」は、「全力士の中でもっとも稽古量の多い横綱」のような、そんな企業だ。

「面白さを通り越して立派」なのだと見識を改めた。

<出演者略歴> 澤田道隆(さわだ・みちたか)1955年、大阪府生まれ。1981年、大阪大学卒業後、花王入社。2003年、サニタリー研究所長就任。2012年、社長就任。

放送はテレビ東京ビジネスオンデマンドで視聴できます。

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