温泉にカジノに小旅行~元気が出る介護革命
名古屋のベッドタウン、愛知県一宮市に人気の介護施設がある。その名も「たんぽぽ温泉デイサービス」。
朝9時半、続々と高齢者がやってきた。実ははこの日は恒例のビッグイベントが。キリリとハチマキをしめて始まったのは運動会。スタッフがチアリーダーに扮して盛り上げる。さっそく競技開始。玉入れはお年寄りでもできるよう、座ったままでもOK。パン食い競争のような競技も手で取る高齢者に優しいルール。袋の中にはお菓子が入っている。
運動会で汗をかいた後はお風呂。地下1300メートルから汲み上げた天然温泉を楽しめる。さらにここにはカラオケやパチンコまである。一見、健康ランドのようだが、日本最大級のデイサービス施設なのだ。1日に250人もの高齢者が利用し、90人のスタッフがケアをしている。
デイサービス施設とは、介護保険の認定者が食事や入浴、リハビリなどを日帰りで受けられる場所のこと。介護士や看護師が常駐していて、日々の体調管理も行ってくれる。
ちなみに一般的なデイサービスでは、20人ほどの利用者を数人のスタッフでケアし、みんな同じリハビリやレクリエーションなどを行う。だが「たんぽぽ」は全く違うという。
仲山峯夫さん(74歳)は3年半前に脳梗塞で倒れ、左半身がマヒ。当初は寝たきりだったが、「たんぽぽ」でリハビリを続け、歩けるまでに回復した。介護が必要となってから娘の家族と2世帯で暮らしている。
「たんぽぽ」を利用するのは週に2日。デイサービスは、介護する家族にとっても欠かせないものだという。娘の佐々尚子さんは「たんぽぽさんに行くときは昼食をお願いできるので、母がちょっとお友達と会ったり、リフレッシュしたりできるんです」と言う。
仲山さんを乗せた車はおよそ30分で「たんぽぽ」に到着。着くとまず受付をする。「たんぽぽ」には250以上ものリハビリやレクリエーションのプログラムがある。小さな施設とは違い、利用者自らがその日の気分や体調に合わせて好きなプログラムを選べるのだ。
仲山さんが選んだのは「パン教室」。伸ばしたパン生地にアンコを載せて包んでいく。指先を動かすことで脳を刺激し、それがリハビリになるという。パンはスタッフに焼き上げてもらって土産に。
続いて向かったのは「頭の体操」教室。頭の体操は、簡単な文章を声に出して読むことで脳の活性化をはかる学習療法。脳梗塞で失語症となった仲山さんも、このリハビリで少しずつだが言葉を取り戻していた。
それ以外にも女性の利用者に大人気の「フラワーアレンジメント教室」や、介護施設には珍しい温水プールで行う「水中エクササイズ」など、利用者が進んでリハビリをできるようにいろいろなメニューを用意している。
これだけ充実した施設とプログラムでも、利用料は他の介護施設と変わらない。介護保険は手助けが必要な度合いによってそれぞれ自己負担額が変わるが、たとえば「要介護2」の場合、1日の利用料は743円となる。
日本最大級の介護施設~高齢者のレジャーランド
さらに、「たんぽぽ」には利用者が積極的にリハビリしたくなる仕掛けもある。
ロープで体を支えて行う柔軟性やバランス向上のトレーニング。それが終わると、参加者はなにやらお札のようなものを受けとっている。これは「シード」という「たんぽぽ」だけで使える施設内通貨。リハビリをすればご褒美がもらえるのだ。
階段を上がってきたのは中原みふささん(88歳)。実は一昨年、骨盤の一部を骨折。当初は車椅子生活だったが、「たんぽぽ」で歩行訓練をすること1年、いまでは普通に歩けるようになった。歩行訓練では、100メートルのコースを1周するごとに100シードもらえる。中原さんは10周を30分足らずで歩いた。シードが利用者のヤル気を引き出しているのだ。
そんな仕組みを作ったのが、たんぽぽ介護センター代表の筒井健一郎(69歳)だ。
「要介護状態など、お年を取られると、ほとんど家族がお金や通帳や印鑑や財産を管理することになるんです。そこでこの施設の中で経済活動やってみようよと。人間って不思議と『稼ぐ、貯める、使う』というのが生きる根本じゃないですか」(筒井)
シードをがっぽり稼ぎたいという人のために、カジノまで用意されていた。これも脳を刺激するリハビリのひとつなのだという。
貯まったシードを使う仕組みもある。喫茶コーナーでは500シードでお茶とお菓子のセットが楽しめる。シード専用の売店では、小袋のスナック菓子が200シード。飴3つで100シード。ちょっとした買い物が楽しい。
そして多くの利用者の目標が「あなたの夢 叶えますツアー」。介護士が買い物などの街歩きや小旅行に連れて行ってくれるのだ。
伊貝和子さん(78歳)は20万シードで念願のツアーへ行くことになった。およそ40分かけて到着したのは名古屋市内の霊園。伊貝さんの夢は墓参り。ここには一昨年亡くなったご主人が眠っている。一人では来ることもままならなかった。リハビリを頑張ったご褒美のシードが伊貝さんの夢を叶えてくれたのだ。
この施設のもう一つの自慢がランチ。専門スタッフが毎日手作りする。特に気遣うのは栄養のバランスとカロリー。実は一人暮らしの高齢者の多くが自宅で満足な食事を取っていないという。厨房チーフの堀野由美は「ここに来たときぐらいは、外食のつもりで食べていただきたいと思います」と語る。
ランチは調理スタッフの思いがこもった日替わりのバイキング(昼食代648円)。20種類のメニューから、好きな料理を自分で取り分けることもリハビリになる。体を動かすから、みなさん食が進むという。
たんぽぽグループは有料老人ホームも運営している。「たんぽぽ本神戸」には、現在40人ほどが暮らしている。グループはこのほか、認知症のグループホームや訪問介護ステーションなど11の施設を運営している。創業以来、右肩上がりで成長。グループ年商は17億5000万円に及ぶ。
「キーワードはお年寄りのディズニーランドを目指そうよ、と。喜んでもらえていることを実感できるから介護はすごいんです」(筒井)
集団就職から浮き草稼業~社長にはなったけれど…
たんぽぽ温泉デイサービスに大型バスがやってきた。続々と降りてきたのは全国から集まった中小企業の経営者や幹部たち30人。介護とは関係ない異業種の人たちだ。
視察に訪れた彼らが見ているのは従業員の接客。「たんぽぽ」のスタッフの利用者に寄り添う働き方が、注目を集めている。モットーは「従業員も客もハッピーになれる」会社だ。
「お客様だけが楽しんで、従業員は辛い思いをしていたら、お客様はいつか従業員の対応、振る舞いを見て、もうそんなところに来たくなくなる」(筒井)
「従業員ファースト」を掲げる筒井だが、その背景には過去の苦い経験があった。
筒井は1948年、大分県の山あいの貧しい農家に生まれた。中学を卒業すると、集団就職で愛知県岡崎市へ。大手企業の工場で働くも、わずか4年で辞めてしまった。
「いいこと、いい仕事があるだろうと思って名古屋に来て、でもやっていたのは仕事を転々とする浮き草稼業でした」(筒井)
その後、土建業や弁当屋、ナイトクラブなど職を転々とした。
2人目の子供が生まれたとき、「家族のために真剣に働こう」と心を入れ替えた。仕事は運送会社の長距離ドライバー。寝る間も惜しんでハンドルを握った。その働きぶりが認められ、35歳の若さで子会社の社長を任されることに。9人でスタートした物流会社は、10年で従業員500人を抱えるまでに成長した。
だがそれは筒井が、若き日の自分のように従業員をがむしゃらに働かせた結果だった。
「『お前なぜ休むんだ。会社は忙しいのに休んでいる場合じゃないだろう』と言って。人に対する思いが薄かったんですね」(筒井)
やがて人を駒としてしか見ていなかった筒井は窮地に立たされる。労働組合が結成され、長時間労働や残業代の未払いが問題となったのだ。「あんたそれでも社長かよ!」「従業員をなんだと思ってんだ!」……次々と飛んでくる罵声に筒井は唇をかんだ。
「もう悔しいなんてものではなかった。(机を)ひっくり返したかったけど、じっと我慢しました」(筒井)
筒井は自ら、物流会社の社長の座を退いた。その後2年間は無職。蓄えを切り崩しながら生活を送った。
従業員も客も幸せに~笑顔あふれる介護施設
そんな筒井の転機となったのが、「利用者12名の小さなデイサービスから始まりました」という介護事業だった。知人に頼まれて2000年、たんぽぽデイサービスの社長を引き受けたのだ。
とはいえ介護はまったくの素人。筒井は経験の豊富なスタッフを雇ったが、これが問題となる。例えば食事。介護に慣れ切ったスタッフは笑顔一つ見せない。利用者を客と思わないから、ぞんざいに扱う。だから利用者に笑顔など浮かぶはずもなかった。
さらに病院などから依頼があった利用者の受け入れも、止まったままだった。面倒な利用者はいやだと、勝手に選り好みをしていたのだ。
「そういうプロといわれる方の仕事の進め方に納得がいかなかった。技術的ノウハウやスキルはなくてもいい。まずは利用するお客様に親切丁寧に対応していこうと思った」(筒井)
筒井は素人ばかりの集団で再出発することにした。そして「従業員も客も幸せにする」と誓ったのだ。
それから18年。たんぽぽ介護センターは日本最大級のデイサービスへと成長した。たんぽぽグループのスタッフはおよそ600人。その9割がパートで、しかもほとんどが介護の仕事は未経験だったという。
2ヵ月前からスタッフに加わった内海実香も、やはり介護は全くの素人。指導するのはパート歴8年の藤村真理。新人には先輩がマンツーマンで1から10まで教えていく。この日は機械を使った入浴方法を指導。器具の操作はもちろんだが、大事なのはお客を安心させる接し方だ。
「とても細かく教えていただけるので、わからなくなることを怖がらずに仕事に挑めていると思います」(内海)
別の日、「たんぽぽ」にやってきたのは出産で休職していた北野まい。1年ぶりの出社になる。「子どもを預けられるから、働きやすい」と、復職を決めたのだという。
「たんぽぽ」には託児所が用意されている。利用料は1日500円で、出勤から退社まで預けることができる。社内に託児所を設けたこともあり、最近の復職率は100%だという。
働く主婦を応援する「たんぽぽ」は、子連れ出勤も認めている。この日来ていたのは、青木赳道君(小学4年生)。赳道君は、学校が休みの日にはここでお手伝いを買って出ている。高齢者と接することで、ちょっぴり成長しているようだ。
「嬉しいですね、家とは違う表情をするので。自分の子どもの新しい一面を発見できました」(母親の寿江さん)
働きやすい環境があるからこそ、スタッフとその家族、そして高齢者も笑顔になれるのだ。
生涯現役を目指そう~介護予防プログラムも
たんぽぽ温泉デイサービスで、フラダンス教室が行なわれていた。これはまだ介護は必要ではないシニアに向けた介護予防のプログラム。地域の人たちに、少しでも長く健康で自立した生活をおくってもらうという取り組みだ。
フラダンス以外にも体操や空手といったアクティブなもの、さらに手先を使うクラフト教室など、様々な介護予防プログラムを行なっているのだ。
たんぽぽグループの別の施設、「たんぽぽデイサービス森本」では、地域住民を招待して15周年の感謝祭が行なわれていた。遊びにひかれて子どもたちが集まると、その後ろには付き添いの親たちが。親の介護が身近となった世代に施設を知ってもらうのが狙いだ。
そして施設の見学会では、普段は縁遠い介護の現場を実際に見てもらう。そこには生き生きとした高齢者の姿があった。
伊藤ひろみさん(69歳)は、たんぽぽ温泉デイサービスのボランティアスタッフ。今ではすっかり元気になったが、かつては持病のリウマチが悪化して、車椅子生活に。だがここで3年間、懸命にリハビリを行い、みごと回復。その恩返しにと、週1回、無償でお手伝いに来ている。
「友達もできたし、楽しいです。いろいろな人と話しができて。まだ頑張っている人が励んで、『お互いに頑張ろうね』と言えるじゃないですか。それでちょっとでもお役に立てばと思って」
伊藤さんの宝物は、介護が必要でなくなったときに筒井から贈られた卒業証書。「伊藤さんのような人を一人でも多く」というのが筒井の願いだ。
~村上龍の編集後記~
母もデイサービスに通っている。だから、「たんぽぽ」が、多様なサービスを通じ、徹底して、利用者の側に立っているのがよくわかる。
だが、筒井さんの半生は、「たんぽぽ」というほのぼのとした名称からは想像できない、激烈なものだ。過酷な幼少期、中卒後、職業を転々としたが、なぜか笑顔を忘れなかった。
言うまでもなく、「介護」の本質は、ヒューマニズムだ。だが、それは経済合理性と、人の喜びや悲しみへの想像力がなければならない。 同情ではなく共生、筒井さんの強い意志によって、「たんぽぽ」全体に、笑顔が生まれる。
<出演者略歴>
筒井健一郎(つつい・けんいちろう)1948年、大分県生まれ。中学卒業後、愛知県で働く。1983年、運送会社設立。2000年、たんぽぽ介護センター開設。
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