都心に続々~格安&激ウマ「未来の八百屋」
東京・品川区の「旬八青果店」には、毎日昼時になると驚くほど長い列ができる。理由は550円のお弁当。肉以上に存在感のある野菜が大人気とか。水蒸気と熱風で蒸し焼きにする野菜専用の特殊なオーブンで、甘みを閉じ込めてホクホクに。さらにもう一つの名物は、水を使わない野菜と果実の濃厚なスムージー「旬ムージー」(200円)だ。
今、この店の野菜が引っ張りだこだ。
東京・渋谷区の「恵比寿ガーデンプレイス」にあるシーフードレストラン「South」でも、集客の要となっているのは「旬八」の野菜を使った「サラダビュッフェ」(1300円)。ずらりと並んだ色鮮やかな野菜には香川県の「さぬきオリーブ」なんてものもある。
「旬八青果店」は都内にある小さな八百屋さん。賑わう五反田店の店内には、長い葉っぱと土がそのままついた新鮮なカブに、マイルドな辛みがおいしいレディサラダ大根、「四角豆」「モロッコいんげん」といったあまり見たことのない野菜も数多く並んでいる。スタッフがその場でミカンの味見をさせてくれたり、キウイには、食べごろではないことが書かれていたり、顧客目線の店でもある。
客にその魅力を聞くと、誰もが口を揃えるのは新鮮なおいしさとその圧倒的な安さだ。おいしさと安さの秘密は、「旬八」を展開するアグリゲート社長、左今克憲(35歳)の「こだわり農家」探しにある。
左今が高知で訪ねたのは、他にないおいしいトマトを作る農家「トマトの村」の野村貴隆さん。海洋深層水のにがりを肥料に混ぜ、ミネラル豊富で肉厚なトマトを作っている。
左今が狙うトマトは、農協が決めている規格以上に大きく育ってしまった規格外品。わずかな差で出荷ができないのだ。しかも野村さんのトマトは、無駄になる量が半端ではなかった。「時期によっては規格外品が5割出ることもあります」(野村さん)と言う。
旬八の野菜が安くてうまい秘密は、もったいない規格外品の有効活用にあった。
「出荷コストより廃棄したほうがましな市場単価のときもある。『旬八』さんとがっちり組みたいと思っています」(野村さん)
一方、平塚市の「湘南きゅうり園」。手間をかけたキュウリ作りで評判の吉川貴博さんも規格外品に悩まされてきた。頑張って作ったおいしいキュウリなのにお金にならない。
「200gを超えるようなサイズは市場へは出荷できないんです」(吉川さん)
ちょっと大きかったり、一定以上曲がったりしているキュウリが出荷できない理由は、決められた袋にキュウリを5本入れることができないから。
「廃棄せざるを得ないんです」と言う。
だが、「旬八」が規格外品を買ってくれるようになってから状況は一変した。
「規格外でも『旬八』さんで販売できるので収入を得られる。ありがたいです」(吉川さん)
左今は全国の農家を回る中、この規格外品の問題を見過ごせないと感じたという。
「販売側の論理で『受け入れられない』と言われる。特に市場だと規格品以外は受け入れられないと言われる。おいしいのに捨てないといけないという現実があったので、それを受け入れる売り場があれば、生産者側は喜ぶだろうなと思ったんです」(左今)
現在、左今が組むこだわりの農家は全国でおよそ100軒。おいしい規格外品を安定的に買い上げ「旬八」で売ることで、頑張る農家を応援しているのだ。
農家と消費者をつなぐ~絶望の中から未来を掴む
アグリゲートは2009年に創業し、現在の年商は4億円。品川区にある本社はまさにベンチャーといった雰囲気だ。「旬八」は現在、目黒や港区を中心に10店舗を展開。平均的な青果店の3倍を売り上げる圧倒的な強さで快進撃を続けている。
本来なら敬遠される規格外品が「旬八」では飛ぶように売れる理由には、店のスタッフにもあった。農家のこだわりを丁寧に客に伝えることで、客は規格外品でも喜んで買う。
それによって思わぬものも商品になる。例えば、ブロッコリーの葉っぱは「旬八」ファンに大人気。農家が捨てていたものに左今が目を付け、商品化した。ざっくり切って肉などと炒めるだけでおいしい炒めものに。「旬八」はその接客力で、今まで捨てられていた葉っぱさえも商品に変えてしまうのだ。
この対面販売は、さらにある重要な役割を果たしている。店舗から送られてきた日報には、接客で吸い上げた様々な要望が書かれている。品目ごとの客の反応や、どんな大きさが好まれたかまで。この細かい要望を次に生かす。「こういう結果が出たから明日はこうやろうと、向上させていくから売り上げは上がっていく」(左今)と言う。
都会の客からの要望は、取引のある農家に直接伝えている。反応のいい商品を「旬八」の店専用に作ってもらうことも行なっている。左今は都会のニーズと農家をダイレクトにつなげることで、より効率的に農家が儲かる仕組みを作り上げようとしているのだ。
京都府京丹後市にある「まつみやファーム」の松宮靖さんは「収入的に上がっているのを実感しています。いろいろな発想、アイデアがあるので夢を持たせてくれる。本音で付き合える方です」と、左今を評している。
左今がタッグを組むのは、全国を回る中で出会ったやる気のある若い農家たち。農業が過渡期にあるからこそ、今をチャンスと捉えている。
「これから農家さんの数は減るので、一戸一戸の農家さんが売り上げを上げられるように強くなっていかないといけない。それをやれる農家さんとやっていきたいと思います」(左今)
1982年、福岡に生まれた左今は、父親がほとんど家にいない複雑な家庭に育った。 「僕は親が結婚しないで生まれた子供で、『生きていてもダメなんじゃないか』と思い込んでしまった。大学に受かったけど、生きている意味がないと思っていたので、何でもいいから他の人がやらない経験をしようと、バイクで全国の旅をやってみようかな、と」(左今)
ひたすらバイクで走り続けた旅。そんな中で左今は地方の風景を見てあることに気づく。行けども、行けども、農業の現場を支えるのは年老いた人ばかり。行く先々の農家の人に「息子さんは農家の跡を継いでくれないんですか?」と疑問をぶつけてみた。
「息子や娘に農業は継がせたくないと、基本的にネガティブな発言が多いんです。どうすればいいんだろう、と」(左今)
この経験をきっかけに、左今は、日本の農業について考え始め、自分の一生を農家が笑顔になれる仕組みづくりにかけたいと思うようになる。2013年に「旬八」をオープン。「日本の農業自体を活性化していきたい。これをやらなかったら死んでもいいと思っているので」と言う左今は、人生をかけ、農業を変えるための第一歩を踏み出した。
左今は今、新たなチャレンジに乗り出している。長崎県雲仙市と組んで東京に新たな店を出すというのだ。地の利は悪いが、いい作物を作る地域をもっと東京の消費者とつなげられないか。12月4日、そんな念願を形にした店が都心にオープンした。港区の「旬八キッチン虎ノ門店」。「旬八」と雲仙市のコラボ店舗だ。聞いたことのない雲仙野菜に興味深そうな客たち。好調な滑り出しにほっとした様子の左今は、新たな可能性を感じていた。
「いろいろな産地と結びつきながらこういう店を拡大していき、それをやる人が増えていけば、絶対に農業は変わると思います」(左今)
東京近郊の楽園~農業をレジャーに変える革命児
都心から車で1時間ほどの神奈川県大井町。この田舎町に東京から大勢の客が詰めかけている。
客は道ばたの果物畑へ。ニュージーランドなどで作られるフェイジョアの実をもぎり始めた。フェイジョアは、梨のような甘みが口の中に広がる水々しい食感が特徴だ。別の一行はおいしそうな温州ミカンを収穫している。
彼らの本当のお楽しみはここからだ。この日開かれていたのは、収穫したばかりの果実で様々な味わいを楽しむイベント。フェイジョアは砂糖をたっぷり入れてワインで煮詰めてデザートに。上品な甘みが癖になる「フェイジョアの赤ワインコンポート」だ。ミカンはそのまま大胆にしぼって「絞り立てみかんジュース」になった。他では味わえない新鮮さを味わったら、今度は隣の畑で野菜の収穫だ。
果物から野菜まで、思う存分、農業を楽しめるここは、会員制農園「里山シェア」。月会費1万2000円(別途入会金)で様々な収穫イベントに参加でき、隣接する温泉の利用も無料。さらに自分専用の畑も持つことができる。忙しくて来られないときは、 替わりに手入れしてくれるサービスもある。都心からほど近い美しい里山を、みんなでシェアして楽しむ。そんな今までにないコンセプトが受けているのだ。
この「里山シェア」で最も喜んでいるのは、果樹園や畑を提供している地元農家。収穫の負担がなく安定した収入が得られるため、高齢の農家たちは「自分で採ってお金にするより、みんなが採ってお金になるほうがプラス。助かっています」と言う。
農家が喜ぶ新ビジネスを作るアグリメディア社長・諸藤貴志(38歳)は、東京近郊の農家と組み様々な楽しいサービスを展開してきた。
例えば柏市では、客の一行がザルとはさみを受け取って次々に畑へ行く姿が。始まったのは農家の畑を借り切った野菜の収穫体験だ。その後は採りたての野菜を切って、その場でバーベキューが始まった。これは今人気沸騰中の収穫体験付きバーベキュー「ベジQ」(大人2500円~)だ。
この「ベジQ」に畑を貸して助かっているのが、今まで産直市場に出荷していた小栁功さん。「ベジQ」では市場価格の最大2倍で買い取ってくれる。
「『ベジQ』さんが来ると野菜があっという間になくなる。うれしいですよ。全部売れるということは作りがいがあります」(小栁さん)
諸藤は全国の農業の現場を回り農家の収益がアップする様々なサービスを提案、実現してきた。「『こんな小さな畑を貸して本当にお金を払ってくれるのか』『農業体験にお金を払うのか』といまだに言われます。農家さんの声と消費者の声を一致させるのがアグリメディアの役目だと思っています」と言う。
アグリメディアは新宿にある。2011年の創業から社員70人に成長したベンチャー。年商は9億円に近づいた。そのコンセプトは「農業をフィットネスのように楽しもう」だ。
首都圏70カ所で展開するのは、まさにそんな感覚で野菜作りが楽しめる菜園、「シェア畑」。どんな素人でも、専門のスタッフが手取り足取り野菜作りをコーチしてくれるのが人気の理由だ。今や会員数は1万5000人を超えた。
この「シェア畑」も、野菜作りを諦めた高齢の農家などに替わり、収益を上げるモデル。横浜市鶴見区の農家、椎橋幸夫さんは「70歳を超えたら農作業はきつい。ここも繁盛しているから、うまくいったと思う」と語っている。
「収穫体験をした人が野菜を作ってみようと『シェア畑』へ行ったり、『シェア畑』をやった人が農業に興味を持ち、地方に移り住んだり。そういう方がもっと増えると農業にとってプラスになると思います」(諸藤)
農業を変えろ~都市と田舎をつなぐ新ビジネス
神奈川県横須賀市で人気を呼んでいるというレストラン「かねよ食堂」。客を掴む秘密が新鮮野菜が山盛りのピザ。実はピザに使われる野菜は、アグリメディアのスタッフが大井町の自社農場で作ったものだ。飲食店向けに育てた野菜を配達までしてくれる「シェフズファーム」という新たなサービスだ。
1979年、福岡に生まれた諸藤は、大学卒業後、住友不動産へ入社。様々な不動産開発の現場を経験する。仕事柄、関東近郊の様々な土地を回ったが、ある時、農地の使われ方に疑問を感じた。
活用されていない荒れ果てた農地。ある時、諸藤はどうして畑をやらないのか、農家に聞いてみた。「この畑の売り上げはせいぜい100万円。でも経費に150万円かかるから、赤字にしかならない」というのが答えだった。
「都市部からもう少しお金が流れる農業にしていかないと、収益性は上がっていかないだろうな、と。都市部のお金が直接流れる仕組みを作りたいと思いました」(諸藤)
諸藤は2011年、思い切って起業する。諸藤は300軒の農家を回り、その現状を調査。農地を有効活用するため自分に任せて欲しいと、農家を口説いて回った。
最初は誰も相手にしてくれなかったが、「1回行っただけでは『ハイ』とはならない。農家さんと2人でスナックに行ったり……」と言う諸藤が、ようやく口説き落とした農家の土地で始めたのがレンタル菜園「シェア畑」。諸藤は農地を有効活用できることを証明した。
この日、諸藤が訪れたのは福島県伊達市のブドウ農家、五幣治男さん。五幣さんはかねてから、「体力的に今の畑の面積を維持するのは厳しい。減らすしかない」という悩みを抱えていた。
ところが最近、その悩みが解消された。それが五幣さんの下でバリバリと働く23歳の原田拓弥さんの存在だ。原田さんが働くきっかけとなったのは、諸藤が運営する農業の求人を専門に扱う国内最大級のサイト「あぐりナビ」。若者と農家を結びつけ、後継者問題を解決する新たなサービスだ。
「毎月1000人以上の若い人が登録するので、興味、関心はかなり高いと思います。興味のある人が農業に入ってくるきっかけを作れれば、と思います」(諸藤)
~村上龍の編集後記~
収録前、スタッフ間でお二人を「アグリ・ブラザース」と呼んでいた。
映画『ブルース・ブラザース』はリズム&ブルースを復活させたが、お二人は農業再生を新しい形で実践していて、しかも、どことなくおしゃれな印象があった。農業は、現代を代表するビジネスだという確信が、外見にも表れていた。
生産者は大地に根ざし、土や水とともに生きる。だが本来、農業は先端的であり、成長産業であるべきだ。
「6次産業化」という常套句があるが、左今さんも諸藤さんも、独自の視点でその先を見つめている。
<出演者略歴>
左今克憲(さこん・よしのり)1982年、福岡県生まれ。東京農業工業大学卒業後、インテリジェンス入社。2010年、アグリゲート設立。
諸藤貴志(もろふじ・たかし)1979年、福岡県生まれ。九州大学卒業後、住友不動産入社。2011年、アグリメディア設立。
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