要旨

米国,移民政策,DACA.国境の壁
(画像=PIXTA)
  • 若年層の不法移民救済策であるDACAの廃止期限が18年3月に迫る中、18年度の暫定予算審議と絡めて代替案の動向が注目されている。

  • トランプ大統領は、国内の犯罪やテロの防止、米労働者の就業機会が奪われていることなどを理由に、不法移民対策の強化、合法移民の流入制限などの移民政策方針を示しており、その中には国境警備強化としてメキシコとの国境に壁を建設することも含まれる。

  • 米国内には海外で出生(foreign-born)した移民が約44百万人おり、そのうち不法移民は約11百万人を占めている。国別ではメキシコからの流入が移民全体の3割弱を占めて突出している。一方、移民の年齢構成は働き盛り(25から54歳)の比率が高く、労働力人口のおよそ2割弱を占めるほか、農林水産業やサービス業など一部業種では不可欠な戦力となっている。

  • トランプ大統領が目指す移民対策強化によって、不法移民の大幅な減少や将来の移民流入が制限されることによって、労働力人口の減少や高度人材の確保が困難になるなど、米経済にネガティブな影響がでるとみられる。また、注目されているDACAについても、廃止が経済に悪影響があるとの見方が優勢な上、国民的な支持も高い。

  • 移民政策は、インフラ投資や通商政策と並んで18年の重要政策課題とみられることから、今後の動向が注目される。

米国,移民政策,DACA.国境の壁
(画像=ニッセイ基礎研究所)

はじめに

トランプ大統領は16年の選挙期間中からメキシコとの間に「国境の壁」を建設することを柱とする不法移民対策の強化や、米低所得者層の就業機会を奪う低技能労働者の移民を抑制する方針を示していた。同氏は大統領に就任後の17年9月に子供として入国した不法移民の強制送還を免除するDACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)プログラム(1)を今年3月に廃止する方針を示したほか、17年10月に署名した大統領覚書(2)で「国境の壁」建設のための資金確保、移民・関税執行局(ICE)の増員などを通じた移民管理の強化、能力重視の移民審査を可能とする永住権制度の変更などの方針を示した。

そんな中、3月のDACA廃止期限が迫っており18年度暫定予算の処理に絡めて「国境の壁」建設の予算を確保したいトランプ大統領と、DACA延長のための措置を盛り込みたい野党民主党のせめぎ合いが本格化している。

一方、米国において移民は既に労働力の点から重要な役割を担っており、今後ベビー・ブーマーの引退に伴う労働力人口の減少が見込まれるため、不法移民の強制送還や将来の移民流入を減少させる可能性のある政策に対しては保守、リベラルなどの政治的な立場を問わずに反対する意見が多い。

本稿では、米国の移民状況を確認した後、DACA廃止も含めて移民対策強化が米経済に与える影響について確認する。結論から言えば、移民減少は労働力確保や高度人材維持の点で米経済にネガティブな影響を及ぼす可能性が高い。一方、DACAについては国民の多くが支持しているほか、トランプ大統領自身も廃止を望んでいないことから、期限が到来する前に代替案が策定されると予想する。いずれにせよ、移民政策はインフラ投資、通商政策とならび18年の重要政策課題とみられることから今後の動向が注目される。

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(1)12年8月にオバマ政権が開始した措置。一定の条件を満たす若者に対して国外退去処分を一次的に延期し、その間就労許可を与える。DACA資格を得るには年齢や学歴・軍隊歴、犯罪歴などで一定の条件を満たす必要がある。
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2)“Trump Administration Immigration Policy Priorities”(17年10月8日)https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/trump-administration-immigration-policy-priorities/
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米国の移民状況

(移民人口):不法移民も含む移民人口(16年)は43.7百万人(人口対比13.5%)

米国外で出生(foreign-born)した移民人口は、16年に43.7百万人(人口対比13.5%)である(前掲図表1)。このうち、21.2百万人は市民権を獲得している一方、11百万人程度(同3%台半ば)の不法移民が存在するとみられている。移民人口を時系列でみると1970年以降から足元まで大幅に増加している。もっとも、人口におけるシェアは1900年代初頭に比べて低い水準に留まっていることが分かる。

(出身国):メキシコからの流入が高水準、不法移民ではさらに顕著

移民の出身国別シェアは、メキシコが11.6百万人と移民全体の26.5%を占め、2位中国の同6.2%に大きく差をつけて突出している(図表2)。

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また、不法移民については、ピューリサーチセンターによる14年の推計(*3)でメキシコのシェアが52.7%と過半数を占めており、移民全体のシェアに比べて非常に高い水準となっている(図表3)。これは米国に滞在するメキシコからの移民の半数以上が不法移民であることを示している。

さらに、DACAによって実際に強制帰国を免除されている人数は17年9月時点で69万人であるが、このうち、メキシコ出身者が54.8万人と全体のおよそ8割と大宗を占めている。トランプ大統領はメキシコとの間に「国境の壁」建設などを通じて国境警備の強化を目指しているが、不法移民におけるメキシコのシェアが高いことなども背景にあるとみられる。

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(*3)“Overall Number of U.S. Unauthorized Immigrants Holds Steady Since 2009 “ 16年9月20日)http://assets.pewresearch.org/wp-content/uploads/sites/7/2016/09/31170303/PH_2016.09.20_Unauthorized_FINAL.pdf
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(居住地域):カリフォルニア州に集中

一方、移民の居住地域をみると、カリフォルニア州が10.7百万人と突出しており、州人口に占める移民のシェアも27.2%と最も高くなっている(図表4)。また、不法移民についてもおよそ2割がカリフォルニア州に住んでいるようだ(*4)。

一方、同州以外では、テキサス州(同4.7百万人)、ニューヨーク州(同4.5百万人)、フロリダ州(同4.2百万人)に居住している移民が多く、これら4州で移民全体の55%を占める。

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(*4)ピューリサーチセンター”U.S. unauthorized immigration population estimates”(16年11月3日)
http://www.pewhispanic.org/interactives/unauthorized-immigrants/
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(年齢構成):米国生まれに比べ、働き盛り(25-54歳)の比率が高い

次に、移民の年齢構成を米国生まれと比較すると、25歳から64歳にかけて移民のシェアが高くなっていることが分かる(図表5)。

労働市場では、働き盛りの25-54歳がプライムエイジと言われ、労働力として非常に重要視される。25-54歳合計のシェアを比較すると米国生まれの36.7%に対して、移民が57.8%と、移民のシェアが20%超も高くなっている。

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(労働力人口):移民の労働力人口(17年)は17.1%と人口シェアを上回る水準

次に、米労働市場における移民の状況について確認する。まず、移民の労働力人口の推移をみると、1970年の4.3百万人から17年は27.4百万人へ大幅に増加している(図表6)。

また、米国の労働力人口全体に占めるシェアも70年の5.2%から17年に17.1%と移民のシェアが拡大していることが分かる。

これを人口シェアと比べると、プライムエイジの比率が高いこともあって、労働力人口のシェアが高くなっており、人口対比で労働力人口の増加に貢献していることを示している。

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(業種別雇用者数)農林水産業、建設業、娯楽・宿泊で高い

最後に業種別雇用者数をみると、米シンクタンクCenter for American Progress(CAP)の試算(*5)によれば、11~13年の平均で合法と不法移民の合計では農林水産業(米国生シェア:70.1%)、建設業(同76.2%)、娯楽・宿泊業(同78.1%)で移民の雇用シェアが高くなっている(図表7)。

一方、移民シェアを合法と不法で分けると、農林水産業では不法移民のシェアが17.7%と、合法移民の12.2%を大幅に上回っている。また、建設業についても、不法移民のシェアが逆転しており、これら2業種ではとくに不法移民の労働力の重要性が高くなっていると判断できる。

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(*5)CAP “The Economic Impacts of Removing Unauthorized Immigrant Workers” (16年9月21日)
https://www.americanprogress.org/issues/immigration/reports/2016/09/21/144363/the-economic-impacts-of-removing-unauthorized-immigrant-workers/
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移民対策強化の経済への影響

(高度人材の不足)就業ビザ発給審査厳格化の影響が顕在化

トランプ大統領が17年4月に署名した「米国製品購入および米国民雇用」に関する大統領令(*6)では、米国内の労働者に高い賃金の職を創出するために、就労ビザの一種であるH-1Bビザ審査の厳格化が指示された。H-1Bビザは、専門知識もしくは特殊技能を有する大卒以上の学位取得者を対象とした短期就労ビザの一種である。現在、新規に発行されるビザは年間6.5万人で、これとは別に修士号取得者に対して2万人の上限がある。

H-1Bビザの継続申請を含んだ申請件数、許可件数の推移をみると、10年度(10年10月1日~11年9月30日)の24.8万件から16年度には39.9万件に増加する一方、許可件数は19.2万件から34.8万件に増加している(図表8)。

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この結果、申請件数に対する許可件数の割合は、10年度の77.4%から16年度の87.2%まで概ね上昇基調となっていた。

しかしながら、大統領令が出された後の17年度は、申請件数が33.6万件に減少した一方、許可件数は19.7万件に大幅な減少となったことから、許可率は58.7%と大幅に低下しており、大統領令の影響が顕著にでていることが分かる。

一方、このようなH-1Bビザ許可件数減少の影響を一番受けるのは米国のIT関連企業と考えられる。実際、同ビザ申請件数に占めるコンピュータ関連のシェアは、16年度から2年連続で7割程度と非常に高くなっている。このため、ビザ審査基準の厳格化によるIT関連企業の影響が最も大きいだろう。

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(*6)“Presidential Executive Order on Buy American and Hire American” (17年4月18日)
https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/presidential-executive-order-buy-american-hire-american/
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(労働力への影響)移民なしでは35年にかけて労働力人口は減少

次に、全般的な労働力人口に対する影響について確認する。トランプ大統領は不法移民の強制送還の徹底や、移民資格審査の厳格化などによって移民人口の減少を目指している。これまでみたように、移民は労働力人口の2割弱のシェアを占めており、政策変更に伴う影響が大きいほか、不法移民の強制送還が強化される場合には、農林水産業や建設業で人材不足が深刻化するとみられる。

さらに、将来の労働力人口低下への影響が懸念される。米国ではベビー・ブーマーが大量に引退する時期を迎えるため、米国生まれの労働力人口は減少することが見込まれている。ピューリサーチセンターの試算7によれば、両親も含めて米国生まれの25-64歳人口は、05年~15年の+4.8百万人増から、15-25年に▲4.3百万人、25-35年にも▲3.8百万人の減少に転じることが示されている(図表9)。

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一方、足元の移民増加ペースや、年齢構成が今後も維持される場合には、移民の両親から米国で出生する人口の増加や、海外からの移民によって、増加ペースは鈍化するものの、35年まで25-64歳人口は増加基調を持続することが可能になることが示されている。

このため、高齢化に伴い労働力人口の減少が見込まれる米国では、寧ろ海外からの積極的な移民の流入が労働力の確保という点では重要だろう。

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(*7)”Immigration projected to drive growth in the U.S. working-age population through at least 2035” (17年3月8日)
http://www.pewresearch.org/fact-tank/2017/03/08/immigration-projected-to-drive-growth-in-u-s-working-age-population-through-at-least-2035/
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(DACA廃止の影響)今後10年間で2,830億ドルの損失

最後に、18年3月にDACAが廃止された場合の経済への影響について確認したい。保守系のシンクタンクであるケイトー研究所は、DACAプログラムの対象者75万人が強制送還された場合に、今後10年間でGDPを2,150億ドル減少させるほか、税収減により政府の歳入を600億ドル減少させると試算している。

さらに、強制帰国させるコストは1人平均1万ドルを超えるため、75万人を帰国させるコスト(75億ドル)を加味すると、今後10年間でDACA廃止に伴う損失が2,830億ドルに上ると試算(*8)している。同研究所以外にも複数のシンクタンクが試算しているが、概ね経済損失になるとの結論では一致しているようだ。

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(*8)“The Economic and Fiscal Impact of Repealing DACA”(17年1月18日)
https://www.cato.org/blog/economic-fiscal-impact-repealing-daca
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今後の見通し・注目点

DACAに対する世論調査(18年1月)では、トランプ氏の積極的支持者を除いてDACA支持が半数を超えており、全体では7割が支持するなど国民的な支持が強い(図表10)。また、与党共和党幹部やトランプ大統領もDACA廃止を望んでいないため、「国境の壁」建設費用の確保と併せて維持される可能性が高いとみられる。

一方、DACAと「国境の壁」以外で足元争点となっているのは、合法的移民者が海外の親族を呼び寄せる「連鎖移民」の条件厳格化と、移民ビザ発給が少ない国の出身者に割り当てられる抽選永住権プログラムの廃止問題のようだ。

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移民政策は18年の重要政策課題の一つとなっているが、米国内では既に一部業種で人手不足が顕在化しており、移民政策の行方は労働供給に影響するため、その動向が注目される。

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窪谷浩(くぼたに ひろし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主任研究員

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