3|格差拡大の原因

なぜこのように差が広がってきたのか、説明したい。最低賃金は、1|で説明したように、地域における労働者の生計費と賃金、企業の支払能力の3要素を考慮して定められる。そのため、改定額は以下のプロセスで決められている。まず全国の都道府県は、各都道府県の消費実態や給与、企業の経営力などを指標化して、AからDの4ランクに分けられる(図表4)(6)。そして、厚生労働大臣の諮問機関である中央最低賃金審議会(以下、「中央審議会」と呼ぶ)が毎年、ランクごとに改定額の「目安」を示している。それを受けて、各都道府県労働局に設けられた審議会(以下、「地方審議会」と呼ぶ)が、地元の実情を鑑みて、実際の改定額を決める仕組みとなっている。

最低賃金引上げ,東京一極集中,地方
(画像=ニッセイ基礎研究所)

中央審議会は、AやBなど上位のランクに対しては、CやDよりも高い目安を示す。例えば2018年度に示した目安は、Aランクが27円引上げ、Bランクは26円引上げ、Cランクは25円引上げ、Dランクは23円引上げ、と差があった。しかし毎年このような差が積み重なってきた結果、格差が広がってきたのである。都道府県ごとの格差についてはこれまでにも指摘する意見はあったが、上述した最低賃金法の考慮要素には含まれておらず、是正のための有効な措置は行われてこなかった。

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(6)ランク分けについては概ね5年ごとに見直しが行われており、2017年度の見直しでは一部の県のランクが変更された。

2018年度改定に見られた地方の抵抗

このような状況に対して、今年度の改定プロセスにおいて、注目すべき動きが見られた。中央審議会が目安を示した後、下位ランクの地方の審議会において、その目安を上回る引上げ額に決定したケースが続出したのである。その数は計23県となり、過去5年間で最大だった(図表5)。一般的に経営者側にとっては、1円でも引上げ幅を拡大することは、経営圧迫につながるため、避けたいことである。その負担を許容してでも引上げ額を積み増した意味は大きい。

最低賃金引上げ,東京一極集中,地方
(画像=ニッセイ基礎研究所)

これまでにも、地方審議会が中央審議会の目安から増額して引上げたケースはある。しかし、より詳しくみると、今年は状況が異なる。例えば、計22府県が目安を上回った2014年度の状況を見てみると、目安を上回った府県の数と割合は、経済状況が最も良いAランクでは40%、B ランクでは73%、Cランクは36%、D ランクは41%といった具合に、Bランクの割合が最も多く、A、C、Dはいずれも4割前後だった。また、目安よりも2円上回った県は千葉、埼玉など上位ランクの県を含むAからDの7県、1円上回ったのはBからDの15県だった。つまり、比較的経済状況が良いBランクの県を中心に、積極的な引上げが行われたと言える。

これに比べて、2018年度はAランクで目安を上回ったのは0%、Bランクは9%だったのに対し、Cランクは43%、Dランクに至っては100%と、下位のランクほど割合が高い。また、目安より2円高く引上げた県はいずれもDランクの8県で、1円高く引上げた県はBからDの15県だった。つまり、Dランクを中心に、最低賃金額の低い地方が、上位の県との格差拡大を強く懸念し、少しでも拡大幅を抑えようとした現れだと考えられる。

終わりに~結びに替えて~

これまで、東京と地方の間で最低賃金の格差が年々拡大していっている状況と、今年度の改定における地方の抵抗の動きについて見てきた。最低賃金は2013年度以降、毎年、大幅に引上げられてきたため、その引上げ幅に注目が集まってきた。そして着実に、低賃金で働く労働者の底上げが進んできた。しかしその一方で、都道府県格差が広がり、賃金面から、東京一極集中に拍車を掛けかねない事態となっている。個別の都道府県では、その地方における労働者の生計費や賃金水準、企業の支払い能力という3要素に照らし合わせて適切な最低賃金を決定したとしても、労働者、特に若者は県境をまたいで移動するということを考え合わせれば、広域的にはバランスが取れているとは言えない。

政府が地方創生を掲げている以上、最低賃金の審議においても、東京と地方の格差を是正するための十分な配慮が必要ではないだろうか。仮に、中央審議会が地方審議会に目安を示す際、上位ランクの引上げを抑制すれば、格差を緩和することになる。ただしこの方法だと、都市部の最低賃金が物価水準や労働市場の賃金水準から乖離するなど、低所得労働者に不利益が及ぶ可能性がある。また、仮に下位ランクの引上げをより積極的に行えば、格差緩和にはつながるが、地方の中小企業の経営を逼迫する恐れがある。従って、3要素を土台に判断する方法は維持した上で、地方の企業の労働生産性が向上するよう政府として支援策を拡充したり、労働生産性の高い企業の地方移転を促進する仕組みを整えたりする必要があるだろう。それにより下位ランクの地方における企業の支払い能力を高め、最低賃金の引上げ幅拡大を目指すべきである。

地方でも人手不足が悪化しており、最低賃金の格差拡大によって地方から東京へと若者の流出がこれ以上進めば、地方の企業は人材確保ができず、業績が悪化し、雇用の質の悪化につながる恐れがある。逆に東京では人口流入によって「規模の経済」がより強く働き、いっそう企業が集積して質の高い雇用が増え、益々地方の若者を吸い寄せるという可能性もある。

政府は若者の東京流出を改善するため、大学の入学定員の管理を厳しくしているが、肝心の所得格差を是正しなければ、地方の大学を卒業しても都市圏で就職する、という経路をたどる若者は多いだろう。冒頭で述べた「増田レポート」で指摘されているように、東京は出生率が全国で最も低いため、次世代の再生産力がある若年女性の東京流出が収束しなければ、地方の経済社会が衰退するだけではなく、日本全体で人口減少が加速することになる。今年度、CランクやDランクの地方が見せた必死の抵抗から危機の大きさを認識し、長期的な人口政策の視点を踏まえて、地方創生と整合性の取れた最低賃金を実現できるよう取り組む必要があるのではないだろうか。

坊 美生子(ぼう みおこ)
ニッセイ基礎研究所 社会研究部 准主任研究員

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