はじめに

アベノミクス開始から6年目に入ったが、依然として個人消費は力強さに欠ける。開始当初は、円安・株高の影響で消費が活気づいた時期もあった。しかし、その後、賃金の増加を上回って物価が上昇し、さらに消費増税の打撃もあり、消費水準指数は未だ増税前の水準に戻っていない(図表1)。

消費活性化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

また、2016年頃から徐々に改善傾向を示す賃金指数に対して、一層低迷する消費水準指数の状況を見れば、「賃金が上がれば消費も増える」とは単純に言えないようだ。

本稿では、なぜ消費は活性化しないのか、改めて、その原因について見ていきたい。

消費が活性化しにくい理由

●経済不安の強まり~現役世代の雇用不安や社会保障不安、高齢者の生活防衛意識

まず指摘できることは、消費者全体で経済不安を背景にした消費抑制意識が強まっていることだ。

足元では失業率が低下し、全体としては雇用環境は改善している。しかし、長らく続いた景気低迷の中で若い世代ほど厳しい雇用環境にある。生まれ年が若いほど、同じ年齢でも非正規雇用者率は上がっており(図表2)、正規雇用者であっても30~40代で賃金カーブがフラット化している(図表3)。フラット化は定年延長の影響で生涯賃金では大きな変化はないという見方もある。しかし、子育てなどで支出がかさむ時期に収入が伸びにくくなれば、消費抑制意識が強まることは自然だ。さらに、現役世代では少子高齢化による社会保障制度の世代間格差の懸念もある(図表4)。旧世代より厳しい雇用環境にある上、将来の経済不安もあれば、目先の賃金が多少上がっても消費にはつながりにくい。

一方で高齢者でも年金受給額の引き下げや医療費自己負担額の引き上げにより、生活防衛意識の強まりが予想される。次世代の厳しい経済環境から、経済面では子や孫を頼りにくい状況もあるだろう。

消費活性化
(画像=ニッセイ基礎研究所)
消費活性化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

●高齢化の進行~世帯当たりの消費額が減り、賃金増の影響を受けにくい高齢世帯の存在感

高齢化の進行も消費が活性しにくい理由としてあげられる。世帯当たりの消費額は、世帯人員数の増加に伴い、世帯主の年齢が40~50代の世帯で膨らみ、60代以降では減少に転じる(図表5)。60代以上の世帯は世帯数で45.1%、消費額で41.3%を占めるが(2015年)、更なる高齢化により存在感は増していく。また、高齢世帯では、無職世帯が60代で47.3%、70代以上で82.3%であり(総務省「平成28年家計調査」)、賃金が増えても影響を受けにくい。さらに、前述の生活防衛意識の強まりの懸念もある。なお、現在の消費額を基に世帯構造の変化を考慮して、国内最終家計消費支出を推計すると、高齢世帯の増加に伴い、国内最終家計消費支出は2025年頃から減少に転じる見込みだ。図表2は、男性の1981~90年生まれでは、雇用者に占める非正規雇用者の割合は15~24歳時点では44.3%、25~34歳時点では16.6%というように見る。その結果、男性では生まれ年が最近であるほど、つまり、若い世代ほど、各年齢階級における非正規雇用者の割合が高くなっている。

消費活性化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

●消費社会の成熟化~商品・サービスの低価格化や高機能化、シェアでお金を使わずにすむ

さらに、現代では消費社会の成熟化や技術革新の恩恵を受けて、支出額を抑えても質の高い消費生活を楽しめるという環境もある 。

例えば、食の面では、食費に占める割合が最も高い外食について見ると、外食産業の多様化や価格競争の激化により、現在では安価で質の良い外食サービスを利用することができる。さらに、ファストフードなどでは価格や品質面だけでなく、無料のWi-Fiサービスなど、食以外の面で付加価値を提供することが珍しくなくなっている。ファッションについても、2000年頃から海外のファストファッションメーカーが相次いで上陸したこともあり、低価格で流行を楽しめる環境がある。娯楽面では、旅行は格安航空券やLCCがあり、テレビなどの家電製品は技術革新による価格下落が著しい。

さらに、最近ではシェアリングサービスの登場で、従来は購入していた商品でも購入しなくてもすむ環境も広がっている。自動車はカーシェアリングサービスやライドシェアリングサービスの普及拡大が進み、自転車は鉄道駅や街中の主要拠点、コンビニエンスストアなどで借りることができるシェアサイクルサービスがある。また、ファッションのシェアリングサービスとして、月々に定額で数千円支払うと、スタイリストがコーディネートした洋服が送られてくる、あるいは、数十万円の高級ブランドバッグが借り放題といったものもある。

さらに、「モノ」ではなく「ヒト」を時間単位でシェアするという考え方で、家事代行サービスやシッターサービスのシェアリングサービスも登場している。運営者は、利用者と提供者のマッチングサイトを用意し、利用者と提供者が直接契約する仕組みだ。運営コストや仲介コストを抑えられるため、従来と比べて低価格となる。さらに、直接契約であるため、提供者の手元に入る金額も増える。これらのサービスは価格の高さも障壁の1つであり、低価格化により共働き世帯を中心に人気が高まっているようだ。

以上のように、消費社会の成熟化や技術革新によって、従来からある商品やサービスを低価格(かつ高品質)で利用できるようになる一方、通信費は支出額が増加傾向にある。しかし、1990年代以降の情報通信領域の技術革新を振り返れば、消費者は支出額の増加分以上の恩恵を受けている。例えば、同じ通信費でも、携帯電話でインターネットへ接続できるようになり始めた2000年頃とスマートフォンが主流となった現在では端末やサービスの質が格段に違う。