●価値観の変容~消費欲求の弱まりとスマート消費、使わないことが格好良い?

安価で便利な商品やサービスがあふれる中で、消費者の価値観が変容している可能性もある。「良いモノ」が必ずしも高額ではなくなることで、バブル期に見られたような「高級品」=「良いモノ」という意識は弱まり、高級品を買うことへの憧れも薄れているのではないか。また、モノがあふれる中では、そもそもモノを欲しいという欲求も弱まるだろう。

従来品を低価格品で代替できるようになっただけでなく、技術革新による高機能化で、1つの商品で従来の複数商品を代替するものもある。例えば、単身勤労者世帯の男性ではテレビの保有率が低下しているが、背景にはスマートフォンによる代替があるだろう 。スマートフォンはデジタルカメラや携帯音楽プレイヤー、書籍・雑誌等も代替している。

さらに、経済不安が強まる中で、同様の商品やサービスであれば、安価なものを利用する方が賢い消費者という自負が高まる風潮もあるのではないか。必要以上にモノを買わない「ミニマリスト」的な消費態度は、「エコ」という観点でも評価が高まるだろう。

消費活性化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

これらの経済不安や価値観の変容による消費抑制傾向は、若年世帯で強くなっている。勤労者世帯の可処分所得と消費支出の関係を見ると、高齢世帯と比べて若年世帯では、可処分所得の減少幅に対して消費支出の減少幅(線の傾き)が大きい傾向がある(図表6)。つまり、若年世帯では所得の減少以上に消費額が減っており、消費性向が低下している様子が読み取れる。

●欲しい商品・サービスがない~子どもの教育はインフレ気味、工夫で売れるものも?

一方で、欲しい商品やサービスがないという点も指摘できる。消費者の暮らし方や価値観が変わっているために、一部では強いニーズがあるものの、商品やサービスが足りていない状況も見える。

例えば、共働き世帯の増加で保育園待機児童問題が社会問題化していることから分かるように、子どもの保育需要は増している。また、待機児童問題では保育園のみが注目されがちだが、小学生の学童保育でも待機児童問題はある。共働き世帯では、平日は子どもの習い事の送迎ができないことが多いために、子どもの習い事関連のサービスに対するニーズも強い。現在、都市部では、英会話や楽器などの習い事教室が併設した民間学童や習い事送迎タクシーなどは高額にも関わらず予約で埋まっていると聞く。今後、子育て世帯では大学進学世代の母親が増えることで、子どもの教育関連サービスへのニーズは、さらに強まるのではないか。

従来商品であっても、消費者の暮らし方の変化に合わせて見せ方を工夫するだけで、売れる商品に変わる可能性もある。例えば、従来同様の機能を持つ冷蔵庫でも、単純に大型化して大量の作り置きや下ごしらえ食品を保存しやすい作りにして共働き世帯向けに打ち出すことなども考えられる。

●消費統計上の課題~シェア消費やケータイ払いなど、十分に捉えられていない消費も

最後に、統計上の課題をあげたい。政府の消費関連統計は改善が進められている ところだが、実は活性化している消費があっても、現在のところ、十分に捉えられていない可能性もある。

総務省「家計調査」は、世帯を対象とした家計簿調査だが、共働き世帯が増える中では世帯共通の財布だけでなく、複数の世帯員が個別に財布を持つ世帯が増えることで(家計の個別化の進行)、世帯の家計簿としては捉えにくくなっている可能性がある。

さらに、シェアリングサービスなどの新しい形態は、従来の調査枠組みでは該当箇所が分かりにくい懸念もある。また、個人間決済を行う場合は、供給側の統計としては捉えられないという課題もある。

消費活性化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

決済手段多様化の影響も指摘できる。近年、スマートフォンの普及拡大に伴い、インターネット通販の決済手段として、携帯電話通信料に上乗せして支払う「キャリア決済」の利用が増えている。この場合、「家計調査」では通信費に紛れる可能性がある。「家計調査」における1世帯当たりの通信費は増加傾向にあるが、NTTドコモの1契約当たりの通話料は減少傾向にある(図表7)。なお、同社の2015年の金融決済取扱高(クレジットカード決済含む)は3兆円を超えて増加傾向にある。ただし、「キャリア決済」による消費は、通信費として計上されるため消費全体への影響は小さいが、被服や書籍など個別品目の消費への影響は増している。

おわりに~経済基盤の安定化や社会保障制度の持続性確保等の政策、企業努力の余地も

この数年、消費がなぜ活性化しないのか、各所で議論にあがっている。実質賃金の伸び悩みも大きな要因の一つだが、賃金水準を下回って消費水準は低迷している。その理由は、(1)若い世代をはじめ消費者全体で経済的不安が広がっていること、(2)高齢化の進行で世帯当たりの消費額が減る高齢世帯の存在感が増していること、(3)消費社会の成熟化の恩恵を受けて支出を抑えても質の高い消費生活を送ることができること、また、それに伴う(4)価値観の変容、(5)消費者の暮らし方が変化する中でニーズの強い領域に商品やサービスの不足感があること、そして、(6)統計上の課題があげられる。

よって、賃金が上がれば消費が増える、という単純な構造ではない。しかし、(1)の経済不安による消費抑制意識は、政策として、現役世代の経済基盤の安定化や社会保障制度の持続性確保などを、さらに強く推し進めることで緩和できる。(2)については、今後、高齢世帯では単身世帯が増加する中で、ひとり暮らしならではのニーズなどもあるのではないか。(3)~(5)については、消費者の潜在ニーズを探り、それに合う商品やサービスを提供することが企業活動の醍醐味とも言えるだろう。全体としては個人消費の力強さは欠ける中でも、売れている商品もある 。その背景には何があるのか、また、革新的な商品を生み出す土壌作りとして政府や企業は何ができるのか。まだまだ工夫の余地はある。

久我尚子(くが なおこ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員

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