識者プロフィール
インディペンデント・フィデュシャリー株式会社
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出版社名:公益財団法人 公益法人協会
公益法人協会が行った資産運用アンケート調査結果を徹底分析し、公益法人の資産運用の現状を踏まえた「新しい運用モデル」について、具体的な運用事例をもとに、分かりやすく解説しています。 豊富な図表や読みものとしてのコラムを盛り込み、知識だけでなく、資産運用の原理原則、理論とその歴史的な背景から、理解できるようになっています。 平易で分かりやすい言葉で書かれており、公益法人・学校法人の運用担当の役職員にはもちろん、法人アドバイザーにも最適な一冊です。
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第2章では前章での問題提起について掘り下げてみたい。「問題の原因は何で、どこに由来するのか?」について、A法人(旧来型資産運用)とB法人(新しい資産運用モデル)を対比しながら考察してみる。
今後、5年後、10年後、公益法人の資産運用は、進化を遂げるグループと現状にとどまるグループとに大きく2つに分かれていくのではないかと思う。前者は、十分な分散投資、政策的な資産配分比率を基礎として運用の計画、執行、リスク管理などを実施していくことを志向するグループで ある。後者は、個別銘柄投資、個別金融商品の取捨選択を重視する旧来型の資産運用を続けるグループである(預金や国債などの公債、母体企業株式のみで運用するような法人も金融商品ごとに消極的な意味での取捨選択を行っているといえるので、後者の旧来型グループに含まれる)。
1.公益法人を取り巻く運用環境の変遷
まず本題に入る前に、公益法人を取り巻く運用環境についての最近までを振り返ってみたい。過去10年ほどを顧みても、驚くほど短期間のあいだに、劇的に変化していること(あるいは劇的な変化を繰り返していること)が分かる。
1-1 金利、為替、株式、REIT
(1)金利
まず、国債利回りの2002年末~2016年末の14年間の推移である。この10年ほどの間に、5年国債は0.5%~1%⇒-0.11%へ、10年国債は1%~1.5%⇒0.04%へ、20年国債では2%ほど⇒0.57%へと、それぞれ劇的に低くなってしまった。
しかも、年末時点のデータのグラフなので表れてはいないが、昨年、2016年7月には、20年国債利回りが一時マイナス利回りを記録するなど、直近の1年間でも、非常に大きな変動があったのである。
(2)外国為替レート
つぎに、為替レートの2002年末~2016年末の14年間の推移である。仕組債などの参照為替、外貨建て債券の通貨としても人気のある米ドル、豪ドルを取り上げた。
米ドルが75円だったのも今は遠い過去のようにも思われるかもしれないが、ほんの5年ほど前の出来事なのである。そして前回、仕組債投資で多くの公益法人が大痛手を被ったリーマンショックからは10年ほどしか経過していない。
また、先ほどの国債利回りのグラフ同様、年末時点のデータなので図表2-2のグラフには表されていないが、昨年、2016年の中でも、一時、米ドルで100円台、豪ドルでも73円台の円高を記録するなど実際の為替の短期変動はグラフよりも相当大きいのである。
(3)株式、REIT
近年、一部の公益法人の間でも高配当株式やREIT(不動産投資信託)への投資が人気であるようだ。グラフは日本株式、REIT(不動産投資信託)の2007年末~2016年末の価格推移である。
先の為替レートと同様、ほんの5年ほど前を起点として、日本株式、REITともに価格が急騰しているのが分かる。一方で、リーマンショックの渦中では半値ぐらいまでに急落している。上がる時も下がる時も非常に大きく動くのである。そして、今では既に忘れ去られているのではないかと危惧されるのだが、意外にもREITの方が株式よりもハイリスク・ハイリターンであったことが分かる。
(4)それは短期間で変わり続ける
以上、過去10年ほどの金利、為替、株式、REITなどの推移を振り返って総括するとすれば、次のとおりであろう。①国債利回りが著しく低下している。②外国為替、株式、REITは、短期的にも長期的にも大きく上昇と下落を繰り返していることが分かる。③しかも、外国為替、株式、REITが上昇トレンドに転じたのは、つい最近であり、ちょっと前まではリーマンショック時の暴落以降ずっと安値に沈んでいたことを忘れてはいけないのである。
(5)公益法人の資産運用が置かれた状況(過去から現在まで)
さて、事業の安定遂行を運用収益によってサポートする必要のあった本邦公益法人は、長らく預貯金、債券運用を中心として、そこから生じる利子(インカム)を支出に充当してきた。しかしながら、ご覧いただいたとおり、超長期国債の利回りがほとんどゼロになってしまっている。
このような運用環境の中で、事業の遂行のための運用収益を必要とする法人は、やむなく、社債・劣後債、外国為替等を参照する仕組債、外貨建て債券、REIT、(高配当)株式などで運用を始める。そうして、少しでも運用収益を稼ごうと試行錯誤しているのが法人の置かれた実態ではなかろうか(あるいは、このような試行錯誤は、リーマンショック以前からずっと、現在に至るまで続いていると言ったほうが良いだろう)。
しかしながら、このような試行錯誤において投資対象となっている資産、金融商品は、預貯金や国債などの公債で運用するのとは全く異質、次元が異なるものである。このことをよく理解している法人はいまだ非常に少ないようである。さらに、それを理解したうえで、うまく対処できている法人となると、ほとんど存在していないように思われる。
すなわち、社債・劣後債、外国為替等を参照する仕組債、外貨建て債券、REIT、(高配当)株式など、容易に大きな価格変動をし得る資産、容易に条件が覆り得る金融商品を取得、保有しているにもかかわらず、そのリスク管理が周到でない法人が非常に多いのである。もっと言えば、予見可能な安定収益確保と運用元本の保全、公益事業の長期間にわたる安定遂行という公益法人としての資産運用の本分に適合しているか? と問うた場合に、結果的に適合していたか判明するかどうかは“運任せ” “担当の曖昧な主観、相場観任せ” となっている法人がほとんどだとも言える。つまり、“為替、株式、REIT、発行体などのトレンドが変わらなければ” あるいは、“為替、株式、REIT、発行体などに何事も起こらなければ” という簡単に覆り得る条件付きの状態に過ぎないのである。これでは、実態的に公益法人の資産運用の本分に適合しているとはとても言えない。
2.A法人(旧来型の資産運用)
2-1 資産構成、運用内容、運用実績(収入、価格変動)
財産規模80億円のA法人は旧来型の資産運用(積極タイプ)の典型である。仕組債が約80%を占める資産構成となっている。
保守的な債券運用という建前ではあるが、保有する仕組債の実態は外国為替レートに連動する外貨建て債券投資に酷似している。しかしながら、 外貨建て債券投資とは異なり、円安時にはすぐに早期償還されるので、受取利息や元本での為替差益はほとんど見込めない。一方、円高時には、一 般的な外貨建て債券投資よりも受取利息の減少、喪失リスクが大きく、流動性にも劣るので非常にリスクは高い。つまり、外貨建て投資に比べて も、ハイリスクかつローリターンな性質を持つ。
図表2-4が示すとおり、運用収入の実績は、2014年度約5億円、2015年度約4億円、2016年度約3.5億円であった。非常に高い運用収入の源泉は、仕組債投資における為替変動リスクと民間発行体の信用リスクを引き受けた見返りである。ただし、2014年までの円安進行時は良かったが、2015年~2016年の円高(円安のピークから▲10%~▲20%の円高)の反動で、受取収入も大きく目減りしたのが分かる。
同時に運用元本の時価も大きく下落している。2017年3月末時点、仕組債だけの含み損は▲22%(金額で▲19億円)に達する。個別の仕組債でみれば、取得原価に対して▲30%~▲40%も下落しているものも珍しくない。まるで大不況時の株式やREIT並みの下落率である。通常の債券運用では考えられない、別次元のリスクの大きさであることが分かる。
2-2 運用収入見込み
2017年度の運用収益については、米ドルを110円、豪ドルを80円と仮定した場合、3.15億円【2016年度実績比▲0.3億円】を見込む。しかしながら、為替レートがそれぞれ5円円高、10円円高になってしまうだけで、2.5億円【2016年度実績比▲1億円】、2.1億円【2016年度実績比▲1.3億円】まで簡単に落ち込むことが予想される。同時に、保有する仕組債の時価も一層の下落に見舞われ、“塩漬け” の状態になってしまうと思われる。事業の遂行がいよいよ困難になる恐れが常に存在している(しかも、保有する仕組債は、一定期間は為替変動に関わらず、固定クーポンを約束している銘柄も多く含まれている。そのような一定期間が経過した後は変動クーポンに変更になるのだが、為替レートが変化していない場合でも、変動クーポンは固定クーポンに比べ、目減りする度合いが大きい。また、円安シナリオも一応の参考としているが、円安の場合は早期償還⇒再投資の検討要となる可能性が高い。仕組債投資では、円安シナリオでの2018年以降の収入予測はほとんど意味をなさないと考えられる)。
2-3 旧来型の資産運用とは
(1)個別銘柄投資の実態は“運任せ” の運用
予見可能な安定収益確保と運用元本の保全、公益事業の長期間にわたる安定遂行という公益法人としての資産運用の本分に適合しているか? と問うた場合に、結果的に適合したか判明するかどうかは“運任せ” “担当の曖昧な主観、相場観任せ” となっている法人が未だに多いと言った意味がお分かりいただけただろうか。A法人の場合、“為替などのトレンドが変わらなければ” あるいは、“為替、仕組債の発行体などに何事も起こらなければ” という簡単に覆り得る“薄氷” の上に立っているに過ぎないのである。
さらに、仕組債投資に限らず、社債・劣後債、外貨建て債券、REIT、(高配当)株式などへの投資にも言えることだが、個別銘柄を法人が自ら選んで直接投資している。有価証券の発行体の個別・固有の信用リスクを直接引き受けているのである。金融や経済の全体的な危機の時は言うまでもないが、平時における発行体固有の重大事故、法令違反、粉飾決算などでも、まさかと思われた信用リスクがいとも簡単に顕在化してしまった事例は数多い。そういった、万が一のケースのことも考えた場合、事業を永続的に遂行するために保全していくべき財産の取り扱い方として、有価証券の発行体の個別・固有の信用リスクを直接引き受けることは望ましくないのである(結局、個別銘柄投資の問題も、結果オーライなら良しとする“運任せ” “担当の曖昧な主観、相場観任せ” “発行体に何事も起こらなければ” という同じ構造の上に立っているのである)。
(2)旧来型の資産運用の共通点と弊害
一言でいえば、判断材料とした運用環境や前提が変わってしまえば、事業そのものに非常に大きく、かつ想定外と呼ばれる影響をいとも簡単に被ってしまう点である。
そして、判断材料とした運用環境や前提自体が、常に変化し続けるものであり、また簡単に翻るものである。超低金利、為替や株式、REITなど資産価格の変動、信用リスクの顕在化(個別銘柄リスクの顕在化)など、これまでの歴史が教えるところである。また、今後、将来にわたっても同様に繰り返されるに違いない。
A法人のような積極運用タイプの法人にとって、旧来型の資産運用によるリスク、弊害はとても大きい。(また、預金、国債などの公債、持ち切り母体企業株式などのみを保有する消極運用タイプの法人も、運用環境やかつての前提の変化の影響を少なからず受けているという意味で、やはり同じ旧来型の資産運用に属しているのである。)
3.B法人(新しい資産運用モデル)
3-1 資産構成、運用内容、運用収入実績、価格変動実績
(1)資産構成、運用内容、運用収入実績
一方、B法人の資産運用においては、運用環境そのほかの変化が運用収益や資産内容に及ぼす影響は、A法人やほかの旧来型の資産運用を行っている法人の場合と比べて、非常に小さい。
200億円ほどの資産規模を有するB法人の資産構成の70%は、保守的な預金、債券運用あるいはそれに準ずる資産である。国債などの公債が約50%、預金・社債で計13%、残り8%を為替ヘッジ外債(投資適格債)が占める。
残りの30%ほどで、世界の各種外貨建て債券が計14%ほど(投資適格債、新興国国債、ハイイールド債)、世界のREITが計10%ほど(国内REIT、海外REIT)、世界の株式が計6%ほど(日本を含む先進国株式、新興国株式)に幅広く分散投資している。
国債や社債のみならず、内外の株式、REIT、外債にまで資産配分していることには、明確な意図がある。それは、①「法人の運用資産全体の特性、効果が、各種資産の集合総体としての世界経済の構成、特性・効果を模倣、トレースできるように、可能な限り分散投資を行うこと」、また②「法人の運用資産全体の価格変動リスクが多くなりすぎないよう保守的な資産を多めに維持しつつも、その他の利子配当収入の源泉、元本・発行体リスクの源泉を可能な限り分散しておくこと」という2つである。
このように、資産配分比率はあらかじめ政策的に決められており、全体をポートフォリオとして捉え、意図的にデザインされている。
また、ポートフォリオに組み入れられる具体的な金融商品は、国債とそのほか公債、一部の短期社債以外を除き、各種外国債券、世界REIT、世界株式の各市場全体と連動することを目指すETF(上場投資信託)等を中心としている。個別銘柄での投資を避け、ETF等を使ってポートフォリオを構築することで、自動的に世界の各種金融市場全体と同等の広範囲な銘柄分散、通貨分散と、価格変動特性、利子配当利回りと限りなく近似するように意図されている。
図表2-6が示すように、B法人の運用収益の源泉は、幅広く分散されており、様々な種類の資産からの利子配当収入に由来していることが分かる。
運用収入の実績は、2014年度4.4億円、2015年度4.3億円、2016年度4.4億円と、非常に安定的である。各組み入れ資産の利回りは、国債などの債券の利子収入のほかは、ETF等を利用することで各市場平均利回り程度を分配金として受け取っている。したがって、ポートフォリオ全体の利回り は、資産配分比率に比例した加重平均利回りにほぼ等しい。
(2)価格変動実績
利子配当収入を除く、運用財産の価格変動の実績は、2014年度は+8.33%、2015年度+0.86%、2016年度+0.43%となる。
特に2016年度は大方の予想を裏切る出来事が続いた1年だった(日銀のマイナス金利導入、英国のEU離脱の国民投票、米国大統領選挙など)。並行して、金融市場も、前半は円高、株安&債券高に振れ、後半には円安、株高&債券安へと逆転して、目まぐるしく変化した。
同時に2016年度は、B法人のポートフォリオにとって、その価格変動リスクの抑制効果の真価を発揮した1年でもあった。まず、年度前半は外債や株式が下落に見舞われたが、保有する国債などの上昇がその下落を相殺するかたちになった。逆に、年度後半は国債などが下落に見舞われたが、今度は保有する外債、株式の上昇がそれを見事に相殺する結果となったのである。2016年度の価格変動実績も結果として悪くなく、数々の予想を裏切る出来事にも翻弄されず、やり過ごすことができたのである。
3-2 運用収入見込み、許容リスク(価格変動リスクの見込み)
(1)運用収入見込み
B法人の2017年度の収益は、現在ポートフォリオで保有している13億円ほどのキャッシュを2%程度の為替ヘッジ外債(投資適格債)に再投資することで、4.6億円【2016年度実績比+0.2億円】を見込む。次年度以降は、順次到来する短期社債の償還金を同じく2%程度の為替ヘッジ外債(投資適格債)に再投資することで、4.6億円~4.7億円程度の運用収益は安定的に見込めるのではないかと考える。
ETFの分配金の一部は外貨で支払われたものを円転しているものがある。これらについて円高による受取額の減少リスクを勘案しても、▲0.2億ほどの運用収入の減少リスクへの備えさえあれば、事業そのものに支障をきたす恐れはないと思われる。
このように将来の運用収益が見通せるのも、収入の源泉が、国債などの債券クーポンとETFの分配利回り≒世界株式、世界REIT、各種外債の市場全体の平均利子配当利回りとして計算できるからである。幅広く分散された市場全体の平均利子配当利回りは、個別銘柄のそれとは異なり、前年と、本年、来年とでは、さほど大きく変わらないことが予見しやすいからである(言い換えると、想定外の事態が起こりにくいのである。)
過去の運用実績もさることながら、将来の運用収益の変動が比較的小さく、予見性に優れていることは、法人の事業計画策定にあたってもメリットは非常に大きい。
(2)許容リスク(価格変動リスクの見込み)
一般に、非常にリスクの大きな資産運用は、公益法人にはふさわしくないと言われる。
図表2-10は、B法人の資産運用における許容リスク(想定される価格変動の大きさ=ダウンサイド・リスクの折れ線グラフとアップサイド・ポテンシャルの折れ線グラフに挟まれた範囲)を示している。そして、実際の運用実績は、毎月、▲印をつなげた赤い折れ線グラフに重ねてモニター している。
ポイントは、内外の株式、REIT、債券の各市場には、それらの実績を記録した長期間の統計データが存在していることである。それらの統計データを任意の資産配分比率で組み合わせてみることで、同様のポートフォリオで運用する場合に許容すべき価格変動の大きさをおおむね知ることができる。例えば、ある資産配分比率のポートフォリオがリーマンショック時に最大でどれくらいの下落したのか? ある一定期間運用した場合に、最高の運用実績と最低の運用実績、その間のどれくらいの範囲の中に過去の実績値が分布していたか? などを把握することができる。
つまり、今後運用しようとする任意の資産配分比率のポートフォリオの価格変動の大きさも、過去の統計の数字をひとつおおむねの目安として、可視化して判断することができるのである。
B法人のポートフォリオと同様の資産配分比率に組み合わせた統計データによれば、リーマンショック級の金融危機時には最大▲10%程度の価格下落を記録したことが分かる(下方のダウンサイド・リスクの折れ線グラフ)。B法人の現在の時価総額に当てはめると、一時的ではあるが、213億円⇒192億円(▲21億円)ほどの価格下落もひとつの目安として覚悟しておくべきということになるのである。
さて、B法人が一定の安定収益を確保しつつ、許容している最大▲10%の価格変動リスクについては、全ての法人が同じように許容できるわけではないことは承知している。しかしながら、国債や社債のみでの運用であっても、金利上昇や信用リスクが高まった際には、▲10%程度は十分起 こり得る水準とはいえないだろうか? まして、▲20%~▲50%下落することも珍しくない仕組債や劣後債などの特殊な“債券” 運用と比べた場合では、非常に保守的なリスク許容とは言えまいか?
また、実際には、最大▲5%程度までしか許容できないという法人もあるだろう。他方で、最大▲15%~▲20%ぐらいまで許容しても構わないので、運用収益を高めたいという法人もあるかもしれない。そういう場合は、あらかじめ資産配分比率を、より保守的にしたり、積極的にしたりし て、リスク量を変えてやればよい。そうすることで、各法人に適合する価格変動リスクの大きさと期待運用収益のバランスは、柔軟かつ容易に図ることができるのである。
B法人が実施している資産運用は、将来の運用収益の推計について、変動が比較的小さく、予見性に優れ、法人の事業計画策定への恩恵が大きいばかりではない。このように、許容すべき価格変動リスク(価格下落)についても、運用計画の段階で数字やビジュアル化して、おおよその把握、覚悟が出来ているのである。
3-3 運用方針書の策定と運用手続き
さらに、B法人では少なくとも年度ごとに資産運用方針を書面で策定、これを運用委員会や理事会などで審議、報告を行っている。
方針書には、“運用財産全体の資産配分比率”、“資産配分の背景となる考え方”、“組み入れ可能な資産/組み入れ出来ない資産”、“運用モニター/リスク管理の方法” などが明記されている。
この方針書は、運用担当や事務局の業務指針や引継ぎ資料として役立っているだけではない。役員を含む法人組織全体が具体的に実施されている資産運用とその背景となる考え方を理解、関与する重要な材料としての役割を果たしているのである。組織としての資産運用、その透明性、説明性、一貫性、継続性を持たせることに大いに寄与している。
特に、「安定収益の確保」「運用元本の保全」「価格変動の小さい保守的な運用」というB法人の運用の最終目標が、「分散投資」「資産配分比率の決定とその遵守」「個別銘柄投資の制限や禁止」「ETFなどを中心とした投資信託の活用」という具体的な運用施策にどのように結びついているのか、この“重要な考え方” を組織的に共有していくために方針書の策定は大変重要である。
また、理事長を含む役員が都度、このような方針書に触れ、関与することは、日常の運用業務の意思決定、オペレーションにも大きな変化をもたらす。理事長に対して事務局が運用執行の事前説明と決済を仰ぐ際に、例えば、「外債ETFを、方針書に記載の資産配分比率××%まで、金額にして■■億円取得したい」と提案すれば、理事長は、その提案と方針書のそのほかの記載が矛盾していないかに焦点を当てて判断すればよいのである。
その都度、どんな金融商品を買うのかというような、枝葉末節かつ、不充分な説明、提案が繰り返されることは決して起こらないのである。
- ◆B法人の資産運用方針(記載されている事項とその骨子)
- 1.資産運用の考え方、政策とする資産配比率
・価格変動を抑えた保守的な運用を志向する(円建て債券を中心とした資産構成、為替ヘッジ外債はこれに含める)
・財産の一部は、外債、不動産(REIT)、株式などに投資し、収益補完、リスク分散する。
・外債、不動産(REIT)、株式などを合計した資産配分比率は全体の30%±5%程度までとする。
2.ポートフォリオに組込める金融商品の条件・基準 / 組込めない金融商品の条件・基準
・日本国債、そのほか公債
・社債(日本国債、そのほか公債)は抑制(長期あるいは同一、同種の民間リスクの制限)
・為替ヘッジ外債(投資適格債、為替ヘッジ100%、投資信託・ETFを通じた分散に限る)
・仕組債は禁止
・ETF等を通じた外債、不動産(REIT)、株式の投資に限る(ローコスト、透明性の高い投資信託)⇒個別銘柄に投資は禁止。
3.リスク管理(継続モニターや資産売却、資産組み換え、リバランスの基準)
・有価証券ごとの時価推移を毎月モニター(信用リスク等の早期発見)
・資産配分比率の推移を毎月モニター(過度な資産集中、価格変動リスクの監視と対応)
4.事業の拡大および縮小(資産運用益の増加あるいは減少が継続した場合の措置)
・資産の取り崩し/積み増し、事業の縮小/拡大(理事会、評議員会の決議を経て)
⇒ 資産の取り崩しや事業の縮小のセーフティネットを示すことで無理な運用収益追求防止の意図も
- ◆B法人の資産運用とは(新しい資産運用モデルとは)
- ①徹底的なグローバル分散投資(ETFなどの活用)を前提
②政策的な資産配分比率を中心基準とした運用管理
・資産配分比率≒運用収益、価格変動リスク(許容リスク)
・資産配分比率≒その決定は運用(執行)計画、その遵守はモニター・リスク管理の基準、手順、その評価と見直しは報告や次年度運用計画策定の基準
・資産配分比率≒担当の一連の業務オペレーションの基準、役員が意思決定・理解・関与するための基準、組織としての透明性、説明性、一貫性、継続性の維持のための基準
3-4 新しい資産運用モデルとは
もうお気付きかもしれないが、B法人では、世界の各種金融市場に分散投資することを前提とする政策的に決められた資産配分比率を計画する段階で、おおむね許容する価格変動リスクの大きさも、おおよその利子配当収入の水準も決まっているのである。
あとは、国債などの公債と一部の短期社債を除き、原則として個別銘柄への直接投資はしないこと、必ず何十~何千の銘柄と通貨に分散投資ができるETFなどパッシブ運用(各種金融市場全体と同様の運用内容、価格変動特性、利子配当利回りをトレースすることを目指す運用手法)を使っ てポートフォリオを構築する、というシンプルなルールに忠実に従っているまでである。
このようにして構築されたポートフォリオにおいて、政策的な資産配分比率は、日常の運用業務から組織のガバナンスに至るまで、非常に重要な役割、意味を持ち続けるのである。
まず、運用開始したポートフォリオのモニター、リスク管理は、政策的な資産配分比率に対して、各資産の時価での比率が多くなりすぎないか、あるいは少なくなりすぎないかという点にフォーカスすることになる。
これの意味するところは、もはや、個別銘柄の格下げや価格下落のケアという枝葉末節な事象に煩わされずに済むということだけではない。政策的な資産配分比率を基準に維持、管理することは、「上がったとか下がったとか」「上がりそうだとか下がりそうだとか」いう無節操な相場観運用や売買運用とは一線を画すことができ、日常業務に運用担当の曖昧な判断や主観をあまり必要としなくなるのである。
さらに、このような政策的な資産配分比率を基準とすれば、法人組織としても、重要な運用基準を明確にすることができ、それを共有することもずっと容易になる。基準となる資産配分比率は、資産運用管理に関する組織的なガバナンスの向上に対しても重要な役割を担うのである。
すなわち、B法人の資産運用(新しい資産運用モデル)とは、徹底的な分散投資を前提とし、政策的な資産配分比率を中心に据えた資産運用管理 なのである。
分散投資を前提とするならば(デフォルトしないとされる国債などの債券と、各種金融市場全体をカバーするETFなどパッシブ運用を前提とするならば)、政策的な資産配分比率≒期待される運用収益であり、許容する価格変動リスクの大きさなのである。
また、資産配分比率の決定≒運用計画であり、日常の運用執行、モニター・リスク管理の基準でもあり、運用報告と評価・次年度運用計画策定の基準でもある。
さらに、資産配分比率を基準とするこれら一連のプロセスと、運用担当の業務オペレーション、役員の関与とは、切り離すことができないものなのである。資産運用管理に関する組織のガバナンス(透明性、説明性、一貫性、継続性の維持)においても極めて重要な役割を果たすのがこの資産配分比率なのである。
4.まとめ
そろそろ、本章のまとめとしたい。図表2-11をご覧いただきたい。A法人(旧来型の資産運用)とB法人(新しい資産運用モデル)について比較したものである。運用収益の安定性・予見性、価格変動の大きさ・予見性、運用財産の長期的な保全のいずれの観点でも、A法人はB法人よりも不確実性が高いといえる。
なぜ、A法人はB法人より不確実性が高くなるのかといえば、運用環境などの変化に対して、A法人はB法人より脆弱な根本原因を抱えるからである。
その根本原因とは、A法人の個別銘柄、個別金融商品に執着した運用内容、言い換えれば、個別銘柄・金融商品、オリエンテッドな資産運用に固執、あるいはいまだ、その状態から脱しきれていないことにある。個別銘柄・金融商品は、運用環境などの状況変化によって陳腐化しやすく、その判断の前提も簡単に覆りやすいからである。
一方、B法人は、ETFなどを通じて徹底的な世界経済全体への分散投資を前提とし、個別銘柄投資は、国債など公債を除いては、原則禁止している。どの銘柄や商品をいつ買うかではなく、全体をどのように資産配分するかという、分散投資・資産配分比率オリエンテッドな資産運用を実施しているのがB法人なのである。
A法人では、資産運用の結果・成果(収益やリスク)は、いつ、どんな商品で運用するかで決まると考えている。だから、証券会社など金融機関からの投資情報や商品提案の詳細な精査に多くの労力と時間を割いている。ただし、それが報われるかどうかは、“実質的な判断をしている担当 が正しければ” “環境や発行体に大きな変化がなければ” という条件次第である。実態は“結果オーライを期待した運任せ” 運用であるともいえる。
一方、B法人では前提条件として、“一担当者の判断は容易に間違える” “環境や発行体に大きな変化はいつでも起こりうる” と捉えている。だから、徹底的な分散投資を前提とし、個別の商品よりも全体の資産配分比率に重点を置くのである。
旧来型の資産運用か新しい資産運用モデルかの違いは、個別銘柄・金融商品オリエンテッドか分散投資・資産配分比率オリエンテッドかの違いである。もっといえば、“実質的な判断をしている担当が正しければ” “環境や発行体に大きな変化がなければ” という前提か“一担当者の判断は容易に間違える” “環境や発行体に大きな変化はいつでも起こりうる” という前提かの違いなのである。
“一担当者の判断は容易に間違える” “環境や発行体に大きな変化はいつでも起こりうる” ものだという前提に立った時に、担当者や役員を含む法人組織としてどのように意思決定し、取り組んでいくべきかを示唆しているのが「新しい資産運用モデル=分散投資・資産配分比率オリエンテッド・モデル」の真に意味するところなのである。