識者プロフィール

インディペンデント・フィデュシャリー株式会社 代表 梅本 洋一(うめもと ひろかず)
梅本 洋一(うめもと ひろかず)
インディペンデント・フィデュシャリー株式会社 代表 梅本 洋一(うめもと ひろかず) 投資助言・代理業 関東財務局長(金商)第2965号 ICUを卒業後、野村證券を経て、学校法人・公益法人などへの投資アドバイス業務、運用体制構築のコンサルティング業務に特化。2008年12月、インディペンデント・フィデュシャリーを創設。(公財)公益法人協会の資産運用講座 (2015~2019)の講師。現在、日本版RIA(フィーオンリーの投資助言サービス)の離陸を目指す。

インディペンデント・フィデュシャリー株式会社
HP:http://www.i-fiduciary.co.jp/
Facebook:https://www.facebook.com/i.fiduciary.ltd/
新しい公益法人・一般法人の資産運用
『新しい公益法人・一般法人の資産運用』
太田 達男(序)・梅本 洋一
出版社名:公益財団法人 公益法人協会
公益法人協会が行った資産運用アンケート調査結果を徹底分析し、公益法人の資産運用の現状を踏まえた「新しい運用モデル」について、具体的な運用事例をもとに、分かりやすく解説しています。 豊富な図表や読みものとしてのコラムを盛り込み、知識だけでなく、資産運用の原理原則、理論とその歴史的な背景から、理解できるようになっています。 平易で分かりやすい言葉で書かれており、公益法人・学校法人の運用担当の役職員にはもちろん、法人アドバイザーにも最適な一冊です。

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それでは、これまで説明してきた「新しい資産運用モデル」すなわち分散投資、政策的な資産配分比率を中心に据えた資産運用の計画⇒執行⇒モニター・リスク管理⇒評価⇒計画修正、という一連の運営実務の考え方と流れについて紹介したい。

「新しい資産運用モデル」における基本的な考え方、核となる資産、ポートフォリオ(資産配分比率)の構築の考え方などが現実の資産運用でどのように機能するのか? X法人の運用事例で一つの検証してみたい。X法人は「新しい資産運用モデル」で10年近くの運用実績がある。特にこの 間、リーマンショック、世界金融危機、ギリシャショック、ユーロ危機などが続くなど、シビアな検証にはある意味もってこいの期間でもあった。

このような困難な時期をどのようにやり過ごしてきたのか?また、今後も難しい運用環境が続く中、どのように対処しようと考えているのか?について一緒にみていきたい。

1.約10年間の運用実績

資産運用
(画像=Zadorozhnyi Viktor/Shutterstock.com)

1-1 政策的な資産配分比率

図表8-1はX法人の2017年度の政策的な資産配分比率である。このポートフォリオには日本国債を除き、個別銘柄は一切含まない。ETFなどを使って各資産の市場全体をカバーする金融商品で組み上げていく。すなわち、主なリターンの源泉は市場リターンである(銘柄選択や投資タイミングでリターンを高めたり、リスクを小さくしようとしたりする要素を排除している)。世界の株式市場、債券市場、不動産(REIT)市場が自然に生み出している利子、配当、キャピタルゲインが漏れなく運用成績に反映されるよう意図して構築されている。

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日本株式、先進国株式、新興国株式の合計は13.5%である。X法人では日本株式は世界株式の一部としてしか捉えていない。

また、国内不動産(REIT)、海外不動産(REIT)の合計は9.5%であり、海外不動産(REIT)への配分比率の方が多い。

外債は、投資適格債、新興国国債、ハイイールド債は合計で17%。新興国国債やハイイールド債の割合が多い。

日本国債、為替ヘッジ外債、預金の合計は60%。内訳は預金が10%、日本国債25%、為替ヘッジ外債25%ほどである(為替ヘッジ外債については、日本国債が2%ほどあれば組込んでいなかったであろう。しかしながら、現在の運用環境下でやむを得ず組み入れているという状況である)。

先ほど述べたように、そもそも資産配分比率には絶対の正解というものがない。X法人の資産配分比率は、(1)X法人なりに①期待リターンが高い資産、②インフレに弱くない資産、③価格変動のクッションになる資産という3つの資産のバランスに配慮した結果である。

また、(2)X法人が期待する(インカム)リターンと許容する価格変動リスクとのバランスに配慮した結果である。また、(3)日本株式や海外REIT、新興国国債やハイイールド社債、為替ヘッジ外債などに対するX法人のスタンスや考えを反映した結果である。

このように資産運用の原理原則をしっかり踏まえつつも、独自のスタンスや志向を配分比率に反映させることは非常に重要である。このプロセスに法人がしっかり関与することで初めて、どんなことが起ころうとブレない、自分のものとしてのポートフォリオが構築でき、これを維持、または主体的に改善していくこともできるのである。

1-2 運用実績(その1)(利子配当金込み累積)

図表8-2はX法人が「新しい資産運用モデル」での運用をスタートさせて以来、世界経済全体、世界の金融市場全体を構成する重要な要素である各種の株式市場、債券市場、不動産市場(REIT市場)が生み出してきた利子、配当、キャピタルゲインを蓄積してきた成績の推移である。

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運用開始直後、ポートフォリオ騰落率の折れ線グラフが大きくへこんでいる箇所がある。これがリーマンショック、世界金融危機の影響を受けた時期である。もしも、これらが起きることがあらかじめ分かっていれば、運用開始を半年ほど遅らせもしたが、残念ながらそれは誰も分かりえないことである。結果として、最大▲20%弱の市場価格の下落に一時甘んじることとなった。

1-3 運用実績(その2 その3)(年度インカム収入と運用元本の保全)

(1) 運用実績(その2)(年度別の利子配当利回りと運用元本の騰落率)
図表8-3は年度別の運用元本の値動きと利子配当利回りを示している。ご覧のとおり、リーマンショックに当たってしまった運用初年度の▲15%以降、運用元本(元本運用実績の棒グラフ)は年度ごとに上がったり、下がったり、横ばいだったりをランダムに繰り返している。短期間では全く予測不可能、コントロール不可能であることが分かる。

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ただし、年度の利子配当利回り(利子配当利回りの棒グラフ)については、比較的安定していることが分かる。年度途中で追加投資を行ったりしているので、期末運用金額での加重平均の利子配当利回りは、当初の数年度は薄められている。しかしながら、追加投資が行われていない直近3年間では2%半ばで安定している。また、2017年度以降についても、少なくとも同じ2%半ばは、安定的に維持できるものと推計している。

これは各市場の代表的なベンチマーク・インデックスの市場平均利回り程度支払われるETFの分配金利回りが、運用元本の価格変動(円高や株安など)の如何に関わらず、比較的安定的に見込めることが要因である。

(2)運用実績(その3)(運用元本の含み損益と利子配当金込み損益の累積金額)
図表8-4は累積金額でみた運用元本の含み損益と利子配当金込み損益である。世界の株式市場、債券市場、不動産市場(REIT市場)を合計すると長期的なキャピタルゲインも生みだしている様子がここでも確認できる。ただし、統計データによれば、短期的には、キャピタルゲイン/キャピタルロスが出現する確率は半々ぐらいである。それが、時間の経過とともに(十分な運用期間を確保することができれば)、キャピタルゲインに転じる確率はどんどん高まっていく(元本損益①の棒グラフ)。さらに、このことは同時に相応の期間、利子、配当を受け取り続けられることを意味し、利子配当金込み損益を正の値へと持ち上げる力がどんどん強力になっていく(元本損益②の棒グラフ)。

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1-4 保有資産一覧

図表8-5は2017年3月末現在、X法人の各資産の保有一覧と資産配分比率である。各資産の代表的なベンチマーク・インデックスに対応するETF(上場投資信託)などを各資産それぞれ1~3銘柄保有を続けている。全体で保有、管理している銘柄数は非常に少ない。

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また、ETF(上場投資信託)などには償還期限がないので、償還⇒再投資の作業が発生しない。運用開始直後から10年間近く、ずっと保有し続けている銘柄も沢山ある。各資産の代表的なベンチマーク・インデックスに対応するETFなどは該当銘柄が絞り込まれるため、新しい商品を検討する必要はほとんどない。例えば、年度の運用計画の執行は、既に保有しているのと同じETFなどを決めた資産配分比率まで買い増しすれば、執行完了である。

資産ごとに大きく含み益が生じているものもあれば、含み損のものもあることが分かる。しかしながら、「新しい資産運用モデル」では個々の含み損益は全く重視しない。唯一重視するのは資産配分比率である。決めた資産配分比率に対して、時価で見た実際の資産配分比率が多くなりすぎていないか(許容乖離幅の上限を上回っていないか)、少なくなりすぎていないか(許容乖離幅の下限を下回っていないか)、だけに焦点をあてる。

そして、多く持ちすぎている資産は決めた比率になるまで減らし、少なくなった資産は決めた比率まで買い増しする。すなわち、個々の資産の上がり下がりだけを基準にした意思決定、管理は一切行なわない。

1-5 許容する価格変動リスク

図表8-6はX法人が許容する価格変動リスクの大きさの目安を示している。リーマンショック、世界金融危機の時の各資産の騰落率を2017年度の政策資産配分比率、2017年3月末時価総額に当てはめて考えた場合、最大▲14.7%(金額にして▲60億円)の一時的な下落に見舞われる可能性を 示唆している。

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既に約10年間の利子、配当、キャピタルゲインを蓄積した実績のあるX法人にとって、最大▲14.7%(金額にして▲60億円)はこれまで投下した投資元本の金額に戻ることに過ぎないので、これを許容している。例えそのような下落に見舞われたとしても、動揺することなく、利子、配当を受け取りながら、市況の回復を待つ方がずっと賢明であると考えている。なぜなら、過去のリーマンショック、世界金融危機の時の経験によって、この法人は学習済みだからである。

2.約10年間の資産運用の歴史

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(画像=Phongphan/Shutterstock.com)

それでは、X法人の約10年間の資産運用の歴史について振り返ってみたい。リーマンショック~世界金融危機から最近のトランプ大統領選挙まで、世界の金融市場は激しく乱高下を繰り返してきた。そんな中で、いかに振り回されることなく、法人の資産運用としての規律を守ってきたかを紹介したい。X法人が「新しい資産運用モデル」に移行を開始したのは2008年6月だった。それまでは、仕組債や外貨建て個別銘柄債券への投資によって利子収入の補完を試みていたが、それも限界ではないかと考え始めていた時期だった。また、2008年6月は折しもリーマンショック~世 界金融危機の直前の時期に重なった、100年に一度と言われた金融危機によって、いきなりテストされる船出となったのである。

2-1 リーマンショック~世界金融危機(リバランスの重要性と対応の実務)

リーマンショックや世界金融危機が起こることが分かっていたなら、運用開始時期を半年ほど遅らせたであろう。しかしながら、そんなことは誰にも分からないので、結局、100年に一度と言われた大暴落にも一時甘んじることになった。

全ての株式市場や不動産市場(REIT市場)は半値から半値を超える大暴落となった。ポートフォリオ全体でみても2009年2月末時点で▲17.9%も下落を記録した。

図表8-7の左端の列が2008年度の政策資産配分比率、その隣の列は2009年2月末時点での資産配分比率の実績と政策資産配分比率(目標)との差である。株式やREITは各1%~5%、目標より少なく、日本債券は目標よりも14%多い状態であることを示している。

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すなわち、資産配分比率を基準とするルールでは、下落している株式やREITを買い増しすると同時に、日本債券の比率を引き下げて、ポートフォリオ全体として元の目標とする資産配分比率まで戻してやらなくてはいけない。これをポートフォリオのリバランスと呼ぶ。

方法は2通りある。①日本債券を一部売却した資金で下落した資産を買い増しするか、②日本債券は売却しないでほかの資金で下落した資産を買い増しして全体の比率を整えるか、である。後ほど説明するが、X法人は後者の方法を選択した。

しかしながら、100年に一度と言われた大暴落の渦中では、このシンプルなリバランスのルールも忠実に守り通すことはそんなに簡単ではない。事実、同様の考え方、ルールで資産運用している多くの年金基金や機関投資家でさえ、この年リバランスすることに怖気づいてしまい、結果、その後のポートフォリオの回復を大幅に遅らせてしまうことになった。

「新しい資産運用モデル」の試行運用を始めたばかりのX法人も完璧な冷静を保っていられたかといえば、そんなはずもない。株式市場など金融市場の異常ともみえる下落の速さ、大きさを目の当たりにして動揺しなかったはずはない。しかも、連日のニュースや新聞では米国をはじめとす る世界の政府や中央銀行が事態との収拾に動いていたが、状況はちっとも好転しない状態が続いていた。世界経済や資本主義経済がこのまま終わりを迎えるのではないか、とさえ囁かれていた。

しかしながら、金融、資産運用の世界では未曾有の事態が続いていた一方、投資家の身近な実体経済では当時でも、商店や企業は営業を続けており、雇用者に賃金は支払われ続けていた。消費者は買い物が出来なくなったり、やめてしまったりする様子もなかった。この先、売り上げ、賃金、消費が多少減ることはあるかもしれないが、世界経済や資本主義経済の仕組み自体が消えてなくなるとはとても思えなかった。

結局、X法人は2009年に入ってから、ほかの追加資金で下落している株式やREITなどを買い増しするリバランスを実施することになった。ただし、3月の期末直前に行うことにした。理由は、リバランスした株式やREITがさらに下落して平均取得価格が▲50%を下回り、期末時点で強制評価減しなければならなくなることを避けるためであった。このように、リバランスを実施する時期については、投資家の事情を勘案して柔軟に対応するのでも構わないと考える。ただし、基本的な方針(決めた資産配分比率)を組織として変更しない限り、リバランスをきっちり行うことの重 要性は、組織の意思決定の根幹を順守することでもあり、のちの運用成績にも大きく左右することでもあり、それは明らかなのである。

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2-2 ギリシャショック~東日本大震災(地理的な分散の重要性)

リーマンショック~世界金融危機以降、世界経済やポートフォリオはある程度の回復をみることになったが、2010年ギリシャショック(後のユーロ危機につながる)が起こり、再び長い低迷期が始まった。その年が明けた2011年3月には東日本大震災、原発事故が立て続けに起こり、日本国内は一時パニックとなった。

2010年度のX法人の政策資産配分比率は2008年度のそれと比べて、ドラスティックに変化しているわけではなかった。しいて挙げるとするなら、①日本の株式の比率が減り、外国株式の比率が増えていること、②REITの比率が減り、外国債券の比率が増えているというX法人独自の見方を反 映した僅かな変化であった。

しかしながら、2010年度はX法人の分散投資がその意図している効果の片鱗を見せた年でもあった。図表8-9は月末時点のポートフォリオの騰落率の推移を示したものである(利子配当を除く運用元本)。春先にギリシャの財政赤字の隠ぺいが発覚したいわゆるギリシャショックによって再びマイナスに沈んだが、後半は回復基調であった。そんなさなかの2011年3月に東日本大震災、原発事故が起きてしまった。日本の株式市場は1日で▲10%以上、REITに至っては▲20%近く急落するパニック状態に陥った。ところがX法人のポートフォリオの騰落率(網かけの部分。2011年2月末と2011年3月末とでは)は驚くほど影響が軽微であった。これは、日本以外の地域の各市場にあらかじめ地理的な分散投資を図っていたことに尽きる。

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そして、この出来事をきっかけに、日本株式への配分比率をさらに減らしたり、日本REITだけでなく海外のREITも加えて投資地域を広げたりするなど、その後の資産配分比率を考える上での教訓としたのである。

2-3 ユーロ危機~アベノミクス相場での対応(分散投資の推進と長期継続するための工夫)

ギリシャショックは後に2011年から2012年にかけてアイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリアなどに飛び火し、さらには欧州全体の金融システムを揺るがしかねないユーロ危機にまで発展した。円/米ドルの為替レートも75円の超円高を記録するなど、世界の金融市場も混乱に巻き込まれた。

このような渦中のなかで、X法人のポートフォリオは、リーマンショック~世界金融危機の反省から、価格変動の大きな内外株式への投資は控えていった。代わりに海外のREITや新興国国債やハイイールド債などへ新たな種類の資産へと配分を増やし、価格変動リスクを抑えつつ安定的なイ ンカム収入を期待できる資産配分比率へと徐々に移行していった。

そんな中の2013年頃から、それまでの金融市場の動きとは一変、世界の株式市場やREIT市場は急回復を始める。特に日本では株高、REIT高、円安のいわゆるアベノミクス相場と呼ばれた市場環境に一変した。図表8-10は、X法人の2014年度政策資産配分比率と2014年3月末時点の実際の資産配分比率の実績である。

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2010年度の政策資産配分比率と比較してREITの比率が増えた。特に外国REITが新たに加わり、すでにかなりの比率を占めていることが分かる。これは以前から保有していた日本REITの価格がほぼ2倍に上昇し、その一部を売却して分散投資を図ったものである。東日本大震災におけるREITの地理的分散の教訓を活かしたわけである。その後、日本REITの一部をさらに売却して、外国REITに振り向けた。2017年6月現在では日本REITよりも外国REITへの配分比率の方が多くなっている。   また、ギリシャショックからユーロ危機の頃より、外債も先進国国債市場だけでなく、新興国国債市場やハイイールド市場にも範囲を広げている。それぞれの価格変動リスクは多少大きくなるかもしれない。しかしながら、ギリシャショックからユーロ危機のように低迷が続く時期には多少インカム収入が多く受け取れる資産もポートフォリオに加えておくことは重要だと考えたからである。なぜなら、インカム収入は、市況が低迷する時期でも運用を長期継続するためのインセンティブ(動機付け)の一つになると気づいたからである。

図表8-10の表には網掛けが何か所かあるが、薄い網掛けは、期初において、実際の資産配分比率が該当年度目標の下限を下回っている資産である。濃い網掛けは、逆に、目標の上限を上回っている資産である。当該年度の運用計画は、下回っている資産を目標の比率まで買い増し、上回っている資産を目標の比率まで減らすことである。それらが執行されれば、そのほかにすべきことは基本的にない。

2-4 マイナス金利、トランプ相場での対応(価格変動相殺効果の再確認)

最後に、直近の2016年度の運用実績について簡単に触れておきたい。

2016年は大勢の予想を裏切るイベントが続いた年だった。2月の日銀のマイナス金利導入に始まり、6月の英国のEU離脱を決める国民投票、そして、米国大統領選挙でのトランプ氏の勝利と驚きの連続だった。金融市場もそれらに反応し、猫の目のように変わった。年の前半は、債券高、株安、円高の展開になった。20年国債が一時マイナス利回りまで買われ、為替は米ドルで100円台をつけた。ところが後半は全く逆の、債券安、株高、円安の展開である。世界的に株式市場は反転、米ドルも一時期118円まで戻った。

図表8-11はX法人の2016年度の政策資産配分比率である。年の前半は網かけのない部分、日本国債、為替ヘッジ外債が上げ、その他の資産が円高や株安で下落した。

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図表8-12の運用元本の騰落率の推移をご覧いただければ、ポートフォリオ内部でうまく相殺効果が働いたことが分かる。年前半の騰落率(利子配当を除く)は円高、株安にもかかわらず、18%台から20%台の間でずっと推移した。

資産運用

後半は一転して、日本国債、為替ヘッジ外債が下落し、その他の資産が円安や株高で評価を上げた。しかしながら、やはり、18%台から20%台の間でずっと推移したのである。結局、2016年度通算では運用元本は0.01%の上昇。つまり、上がりも下がりもしていない。それとは別に、利子配当収入はしっかり2.69%受け取っている。

このように、2016年度はたまたま分散効果、個々の価格変動が相殺し合って全体のリスクを小さくするという教科書どおりの現象が観察できた年でもあった。

3.今後の資産運用に対するX法人のスタンス

さて、このような経緯、学習と改良を経ながら、X法人の「新しい資産運用モデル」がリーマンショック~世界金融危機から最近のトランプ大統領選挙まで、とにかく生き延びてこられた様子をご覧いただいた。

市場が生みだしているリターンを源泉とすること。世界経済の主要な構成要素である株式市場、不動産市場(REIT市場)、債券市場に万遍なく分散投資すること(そのために、それらと同等の価格変動特性、利回り特性を目指すETF(上場投資信託)などを利用すること)。①リターンの高い資産、②インフレに弱くない資産、③価格変動のクッションになる資産のバランスに配慮して資産配分比率を決めること。その比率を最優先の基準として、運用執行、リスク管理、運用計画の点検と見直しを行っていくこと。以上の基本的なスタンスは運用開始後ずっと変わっていない。また、このような運用管理の根本については、今後も変える必要は全くないと考えている。

今後の運用環境については、これまでの運用環境がそうだったように、この先10年も不確実性は非常に高く、リーマンショック、世界金融危機のような事態も繰り返すのではないかと覚悟している。また、世界的な金利低下がますます進んだりして、最も起きてほしくないと恐れていることほど、現実化したりするのではないかと、X法人は常に気構えている。

しかしながら、だからといって何か新しいことを次々探そう、追いかけよう、試そうとは思っていない。市場が生み出すリターンが普遍的かつ最も信頼に値すると信じている。だから、可能な限り投資する金融市場の分散を進めていく。そして、それとは切り離すことができない市場の価格変動リスクは甘んじて受け入れようと思っている。例えば、最大▲15%程度あるいはそれ以上下落したとしても、市場にとどまり、利子配当を受け取り続ける覚悟である。

また、金融市場は投資家の側からコントロールできることは何もないし、たくさんの機会から都合よく、よい銘柄、よい投資タイミングを選び続けられるとも思っていない。コントロールできることは分散投資することと、その資産配分比率を決めることだけである。この基準に従って運用管理を続けることが、長い目で見た場合の運用成績の安定性、確実性が最も高く、組織の資産運用としての透明性、説明性、一貫性、継続性を保つことに寄与すると考えている。

そして何よりも、この考え方、やり方で運用管理を実施していくことは、ギリギリ、普通の法人、普通の運用担当である、X法人と担当者の今の能力、理解の及ぶ範囲に運用内容、管理方法をとどめておくことが出来ると考えている。

4.まとめ

第6章の「核となる資産の条件」「核となる資産」の考え方、第7章の資産配分の手順で構築され、第5章のETFを組み合わせて準備されたX法人の政策ポートフォリオが、現実の運用環境の中でどのようにテスト、運営されてきたのかを一緒に確認した。「リーマンショックや世界金融危機 を経た運用実績は?」「東日本大震災やギリシャショック、ユーロ危機をどのようにやり過ごしてきたのか?」「今後の見通しやそれに向けた運用スタンスはどんなものか?」 リアルな世界での「新しい資産運用モデル」の効果と業務オペレーションをイメージしていただけたのではないかと思う。

4-1 本当の成否を分けるのは、運用開始後の投資家の振る舞い(市場の振る舞いではない)

X法人の資産運用事例から、とても重要なことにお気付きいただけたのではないと考える。それは、ポートフォリオ構築と対応するETFの取得までは比較的たやすい。しかしながら、本当の運用成果の成否を決めるのはその後だということである。つまり、どんなことが起きようと、決めた 方針のとおりの運用管理を継続、完遂できるか、によって運用の最終的な成否は決まっていくのである。

X法人の場合も市場リターンを源泉としたそこそこの利子、配当、キャピタルゲインを蓄積するまでは10年近くを要している。その間、リーマンショックや世界金融危機、ギリシャショック、東日本大震災、ユーロ危機などを経験している。そのような期間でもブレないで、資産配分比率を再考しながら維持し続けることは、思うほど簡単なことではない。必要であれば、この部分をサポートしてくれそうなスペシャリストを探してみてもよいだろう。

いずれにしろ、この「新しい資産運用モデル」における運用開始後の知識、経験(成功体験)を含むノウハウを法人において蓄積できれば、それは法人の「宝」となるはずである。役職員の交替や運用環境の変遷という時代を超えて受け継いでいけるからである。

新しい公益法人・一般法人の資産運用
『新しい公益法人・一般法人の資産運用』
太田 達男(序)・梅本 洋一
出版社名:公益財団法人 公益法人協会
公益法人協会が行った資産運用アンケート調査結果を徹底分析し、公益法人の資産運用の現状を踏まえた「新しい運用モデル」について、具体的な運用事例をもとに、分かりやすく解説しています。 豊富な図表や読みものとしてのコラムを盛り込み、知識だけでなく、資産運用の原理原則、理論とその歴史的な背景から、理解できるようになっています。 平易で分かりやすい言葉で書かれており、公益法人・学校法人の運用担当の役職員には勿論、法人アドバイザーにも向けた一冊です。

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