大切なのは普通の人間関係と同じ。「相手のことを知る」
内閣府の『令和元年版 障害者白書』によると、精神障害者の人数は419万人で、身体障害者の436万人よりも少ないとはいえ、それほど大きく違うわけではない。しかし、厚生労働省の「平成30年 障害者雇用状況の集計結果」によると、民間企業に雇用されている障害者は、身体障害者が34.6万人なのに対して、精神障害者はわずか6.7万人。精神障害者の雇用を義務化する改正障害者雇用促進法が2018年に施行された影響か、精神障害者の雇用者数の伸びは身体障害者や知的障害者よりも大きいものの、雇用者数自体は少ないのが現状だ。精神障害者を職場に迎え入れ、戦力として活躍してもらうためには、どうすればいいのか。全国で「就労継続支援A型事業所(以下、A型事業所)」の運営をはじめ、障害者の就労支援を行なうセルフ・エー〔株〕の代表取締役・大島公一氏に話を聞いた。
大島氏によると、セルフ・エーの利用者のうち、6割以上が精神障害者だ。
「身体障害など、他の障害もあわせて持っている方もいるので、正確には把握しにくいのですが、精神障害者が多いのは、どこのA型事業所でも同じではないでしょうか」(大島氏)
A型事業所とは、障害者手帳や医療受給者証などを持つ人を、原則、雇用して仕事をしてもらいながら、就労のための知識や能力を向上させる訓練、すなわち「就労継続支援」をする施設だ。
一方、雇用契約に基づく就労が困難な障害者に対して就労継続支援を行なうのが、B型事業所である。
「A型事業所の利用者に精神障害者が多い背景には、身体障害者は精神障害者よりも一般企業に雇用されやすいことや、知的障害者はB型事業所を利用することが多いことなどがあるのではないでしょうか」(大島氏)
A型事業所は、B型事業所と違い、利用者と雇用契約を結んで仕事をしてもらうので、その点では通常の企業と似ている。利用者からサービス利用料を受け取る一方で、最低賃金以上の賃金の支払いもするのだ。その金額は、厚生労働省が発表している「平成29年度工賃(賃金)の実績について」によると、平均で月額7万4,085円だ。
「サービス利用費も得られるし、国からの助成金(特定求職者雇用開発助成金)も受け取れて、簡単に利益が上げられると考える人もいて、A型事業所の数は急速に増えました。しかし、補助金頼みの経営になったA型事業所が多くなったので、補助金からではなく、事業所が上げた利益から賃金を支払わなければならないと、2017年に厚生労働省令などが改正されました。これによって経営が立ち行かなくなり、大量解雇をする事業者も出ました」(大島氏)
省令改正以降、A型事業所は、賃金を支払えるだけの利益を上げるため、生産性を向上させることが必須となった。セルフ・エーでも、障害者の生産性向上に取り組んでいる。しかし、義務として障害者を雇用しなければならない一般企業の中には、障害者に戦力として活躍してもらうためにはどうすればいいのか、よくわからないというところも少なくないだろう。障害者の中でも雇用が進んでいない精神障害者については、とりわけそうなのではないだろうか。
「障害者を雇用しなければならいということは企業もわかっていますし、障害者に対する偏見を持ってはいけないという意識も強くなっています。精神障害に対する理解も、以前よりも進んでいると思います。むしろ、あまりに安易に精神障害の診断がされているのではないかと危惧しているくらいです。しかし、いざ精神障害者の雇用について検討する段階になると、色眼鏡で見てしまう人がまだまだ多いと感じています。精神障害者の中には、大手企業に勤めてスキルを高め、経験も積んできたのに、ストレスなどで精神障害を発症して退職を余儀なくされた方もいます。経営者としては、そうした方を採用したほうが、スキルも経験もない健常者を採用するよりもいいはずです。それなのに、先入観があるために、精神障害者の雇用が進んでいません」(大島氏)
実際には、精神障害者であろうと、健常者であろうと、仕事をしてもらううえでのポイントは同じだと、大島氏は話す。
「人と人とが一緒に仕事をするときは、お互いのスキルはもちろん、個性も知っておかなければ、うまくいきません。ひと口に精神障害といっても、統合失調症、躁うつ病、ADHDやアスペルガー症候群といった発達障害など、様々な種類がありますし、同じ種類の精神障害でも現れ方は人それぞれです。大切なことは、個々の障害者の方が、どういうストレスに対してどういう反応を示す傾向があるのか、その反応に対してどういう周囲はどういう対応を取ればいいのか、その方に適したストレス解消法は何か、などを知っておくことです」(大島氏)
これは、周囲だけでなく、本人や家族の問題でもあるという。
「本人が、自分が精神障害であることを認めたがらないケースもあります。また、親が周囲に知られたくないと考えるケースもあります。しかし、長期にわたって就業するためには、自分の障害の特徴を本人もきちんと把握し、周囲にもオープンにすることが必要でしょう」(大島氏)
もちろん、障害者を雇用する組織のトップの意識や、研修などによって現場に障害者を受け入れる風土を醸成することも不可欠だ。セルフ・エーでは、精神障害者のストレスの状態をチェックする仕組みの導入も進めているという。
「これから、さらに人手不足が進んでいくことが予測されています。特に地方の人手不足は深刻です。女性や高齢者、外国人材の活用が叫ばれていますが、精神障害者も含めた障害者の活用も、ますます重要になっています」(大島氏)
大島公一(おおしま・こういち)
セルフ・エー〔株〕代表取締役
1982年生まれ、石川県出身。20歳のときに起業したのち、複数の会社の役員に就任。2009年に障害者を雇用したことをきっかけに、10年に障害者支援事業をスタート。12年、障害者の就労を支援するセルフ・エー〔株〕の代表取締役に就任し、スタッフも利用者(障害者)も共に活躍できる会社作りに取り組んでいる。モットーは「誰もが自己実現(self-Actualization)できる社会の創造を目指す」。(『THE21オンライン』2019年09月18日 公開)
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