東京大田区・弁当屋のすごい経営
菅原 勇一郎(すがはら・ゆういちろう)
1969年東京生まれ。立教大学卒業、富士銀行(現みずほ銀行)入行。流通を学ぶため、小さなマーケティング会社に転職し、1997年から「玉子屋」に入社。葬儀やパーティ用の仕出し屋「玉乃屋」も設立。2004年社長になり、97年当時12億円くらいだった売り上げを、90億円までに。2015年からは、世界経済フォーラム(通称ダボス会議)にも、フォーラムメンバーズに選出されている。

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廃業率0.1% 玉子屋の廃棄率は一般の3 0分の1

環境省と農林水産省の2015年度の発表によれば、日本国内で1年間に発生した食品廃棄物の量は約2800万トン(前年度は2775万トン)。

日本の食品廃棄量は世界トップクラスで、約2800万トンという数字は日本の食料消費全体の3割に当たります。このうち売れ残りや食べ残し、期限切れなどで食べられるのに捨てられる、いわゆる「食品ロス」は年間で646万トン(前年度は621万トン)以上もあるそうです。

食品ロスを含む食料廃棄物の削減は地球規模の食糧問題、環境問題と深くかかわる社会的なテーマであり、我々の業界も積極的に取り組まなければならないと思います。

そもそもせっかくつくった弁当が売れ残るということは、ロス(損失)が出るということです。普通の消費材なら在庫で抱えておくこともできますが、食べ物はそうはいかない。廃棄処分しなければなりません。

牛や豚などの飼料にしてもらうためにリサイクルに回す食品廃棄物の廃棄料は1キロで45円程度かかります。つまり、売れ残りはただのロスでは済まなくて、余計な廃棄コストがかかる。さらに利益が削られるわけです。

したがって経営の観点からもロスを出さないことが非常に重要になってきます。

玉子屋の弁当のロス率、つまり廃棄率は平均で0・1%です。6万食の弁当をつくって、余るのは60個程度。弁当屋の一般的なロス率は3%と言われますから、玉子屋の廃棄率は驚異的に低い。

玉子屋の廃棄率はなぜ低いのか。

その最大の理由は前日に決定する翌日の弁当の見込み数にあります。前日に見込んだ数が実数に近ければ近いほど、追加でつくる量も減るし、ロスは少なく、作業は楽になる。逆に読み間違えば、修正作業に追われます。

致命的なのは極端に多く見込み数を出してしまうこと。注文数より多い分はすべて余ってロスになる。幸いにして玉子屋では見込みが実数を上回ることは年に数えるほどしかありません。

プロのワザ「見込み」をAIがこなす日はくるか

実数に近くなるように、見込み数を割り出すのは難しい作業です。

基本は前日に取引先を回った配達担当のスタッフが各自判断した予想数の合計です。これに天気や曜日、日程、メニュー内容などのファクターを加えて、最終的な見込み数を決定する。

そのため配達スタッフは日頃から各契約会社の担当者と密なコミュニケーションを取るように努めています。使い捨て容器ではなく、回収して再利用するリターナブルの弁当箱を使っていることが、実はここで一役買うのです。

弁当を配って終わりではなく、食べ終わってから回収するわけですから、単純に接点が倍増します。

「明日は会議が多くて会社に残っている人が多く、営業の社員も社内にいる」
「大きな販促イベントがあって、外に出る社員が多い」

弁当の回収時に各社の情報をさりげなく聞き出す。それが弁当の見込み数を決定する上で大事な役割を果たします。

天気も弁当の数を左右する重要なファクターです。天気がいいと外に食べに出る人が増えるので、弁当の注文数は減る。逆に大雨が降ったときや極端に寒い日、暑い日は注文が増える。

曜日によっても傾向が違うし、給料日前か後か、連休前か連休後かでも違います。給料日前や連休後は懐具合が寂しくなるので注文が増える。給料日後はちょっと贅沢しようと外食する人が増えるので、注文がやや減ります。

また当日のメニュー自体も見込み数に影響します。玉子屋の献立には納豆が加わることがありますが、そういう日は関西系の会社では注文がぐんと下がる。

このような要素を加味して、製造工場の工場長が明日の弁当の見込み数を割り出します。実数に近い見込み数の算出法を方式化するのは非常に難しい。これはプロのワザと言っていいと思います。AIを使い、大量のデータの中からある情報を発掘する、いわゆるデータマイニングでどこまで正確に割り出せるか、試してみたいものです。

お弁当の食べ残しから見えるもの

配達スタッフが足で稼いでくる各社の情報はマーケティングの上でも貴重です。

弁当箱を回収する際に「今日のお弁当いかがでしたか?」と担当者に一声かければ、「○○が美味しいと評判だったよ」とか「今日は味付けが濃かったみたい」とか、「近頃、ちょっと揚げ物が多いね」とか、反応が返ってくる。

毎日ではありませんが、紙ベースで「今日は皆さんにアンケートを取らせてください」とお願いすることもあります。「今日の弁当は?」というご感想から玉子屋の弁当へのご要望まで、直接、お客様の声を集めて、今後のメニュー改善につなげていく。

実際に回収した弁当箱の食べ残し調査もしています。すると、担当者から聞き出した評判とアンケート結果と食べ残しの調査結果が、必ずしも一致しない。この「一致しない」ということがマーケティング的にとても重要だったりします。

コンビニでも総菜屋でもケーキ屋でも、お客様がやってくる店舗の場合、レジを通る瞬間に買った商品と見た目で「20代女性」という程度の情報しか得られません。買った商品の何を美味しいと思ったか、同じ商品を買いにくるかこないかもわからない。

我々の場合、まず担当者レベルでたとえば「もうちょっとヘルシーなメニューにして欲しいという声が多いんです。『揚げ物を減らして』とか。そうすれば注文がもっと増えると思います」という声が返ってきます。

しかし、実際にアンケートを取ってみると、一番入れて欲しいメニューは「ハンバーグ」で、一番入れて欲しくないメニューも「ハンバーグ」という結果が出たりする。

さらに回収した弁当を調査すると、揚げ物やハンバーグの日は食べ残しがほとんどなくて、かえって和食の日は食べ残しが多かったり、食数が減ったりする。

つまり、担当者の声とアンケート結果と食べ残し調査の結果が全然違うのです。

これはどういうことかといえば、人間の心理特性で、こうありたいと思うことと違う行動を取る場合が多い。

「あ〜あ。和食なら3分の1は残すのに、揚げ物だからつい全部食べちゃった」という人もいるわけです。あるいは揚げ物メニューだと剝がした衣の食べ残しがあったりします。本当は全部食べたいけど、太りたくないから油の多い衣を剝がして食べる人もいる。

そういう心理をどう読み解いて、メニューに反映して、お客様の満足度を高めていくか。

弁当箱から見えてくるものと口頭の情報とどちらが大事かという問題もあります。

弁当箱の中身が真実だと決めつけて、担当者がわざわざ教えてくれた要望を無視すれば「玉子屋は我々の言うことを聞いてくれない」と思うかもしれない。

いずれにしても、リターナブルの弁当箱を使って回収しているからこそ見えてくる情報があり、それがメニューの改善や見込み数の精度アップにつながり、その積み重ねが0・1%という廃棄率に結実しているということです。

ロスを出さない仕組み

ロスを出さない秘訣は当日のオペレーションにもあります。

なぜ廃棄率が0・1%になるのかといえば、前日の見込み数に対して少なめに弁当をつくって、足りない分を後からプラスしてつくるからです。

たとえば「明日は6万食出る」と読んだら、5万7000食分の材料を仕入れる。玉子屋は在庫を持たないので、夜中の0時に材料が届きます。

未明に弁当づくりが始まって、午前9時30分までに5万7000食ができ上がるようなペースで弁当をつくる。

一方、9時から始まった注文受け付けを10時30分に締め切ったら、最終的に6万1000食になったとしましょう。業者に連絡して4000食分の材料を追加注文すると、15〜30分で材料が届きます。

調理して盛り付けしている間に、それまでに出払っている配達車が持ち出している弁当の数と不足している数を計算。遠距離、中距離、近距離の配達車同士で受け渡ししながら、最終的に追加分の4000食を積み込んだ調整車を出発させて、近距離地区の不足分を補います。すると結果的に12時までにすべての弁当が届けられる。

見込みで少なめにつくっておいて、注文確定後に不足分を後から追加でつくるわけですから、基本的にロスはゼロになるはず。それでもオペレーターが注文数を聞き間違えたり、運んでいる間に突風が吹いて弁当を積んだケースが倒れるようなアクシデントもあります。

年々難しくなる「見込み」の読み

台風が来ると見込み数の割り出しは難しくなります。

台風が来ても電車が動いていれば、基本的に食数は増える。電車に乗って出社したものの、「外回りはやめよう」ということで内勤が増えますから。5%ぐらいは増えるので、1日6万食とすると3000食は多めにつくらなければならない。

ところが2017年に首都圏を台風が直撃したある月曜日、「明日は食数が伸びる」と予測して多めに仕込みをして弁当をつくりましたが、結果的に3800食も余ってしまったことがありました。

私がサラリーマンをしていた時代は、台風が来て通勤時間が読めないとなれば、始発に乗って出社したり、前日に会社近くのビジネスホテルに泊まったりして、備える人が大勢いたものです。だから食数が増えたのです。

しかし、今は通勤途中にケガでもされたら困るから「明日は出社しなくていい」とか「午後出社でいい」という会社が非常に増えてきた。

そのときの台風は規模としては大して大型でも強力でもなかったのですが、玉子屋と契約している会社だけでもものすごい数の社員が自宅待機になったのだと思います。

また台風以上に困るのは通勤ラッシュの時間帯に電車が止まることです。人身事故や車内トラブルなどで、最近は朝から止まることが増えてきました。

午前9時を過ぎれば関係ありませんが、朝の7時台、8時台に電車が止まると出社が遅れて弁当の注文時間に間に合わない。すると注文が大きく減る。たとえば電車が止まって30万人に影響が出たとしたら、そのうちの1%で3000食に相当する。だから朝はテレビとラジオをつけっぱなしにして、交通情報に耳を傾けています。

近年、注文数の予測はどんどん難しくなってきました。

今は何もない日でも、忙しくなければ企業は社員に有休休暇をなるべく取るように指示します。契約会社が5000社ありますから、1社1食間違えば5000食違ってくる。

玉子屋には社員が約600人いるので600食余っても何とかなります。社員向けの弁当はつくらないでおくので、余った分は社員に補填できる。

逆に言えば誤差を埋めるには600食がマックスで、それ以上は難しい。だから弁当が余った場合に買い上げてもらえるお客様を見つけたり、午後1時以降には割引販売するなど、廃棄率を0%に近付ける努力を継続しています。