東京大田区・弁当屋のすごい経営
菅原 勇一郎(すがはら・ゆういちろう)
1969年東京生まれ。立教大学卒業、富士銀行(現みずほ銀行)入行。流通を学ぶため、小さなマーケティング会社に転職し、1997年から「玉子屋」に入社。葬儀やパーティ用の仕出し屋「玉乃屋」も設立。2004年社長になり、97年当時12億円くらいだった売り上げを、90億円までに。2015年からは、世界経済フォーラム(通称ダボス会議)にも、フォーラムメンバーズに選出されている。

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あえて大卒を採用する必要はないとわかった

私が入社した1997年に玉子屋は初めて大卒者を新卒採用しました。

それまでは弁当屋に大卒者がやってくるなんて考えられないことで、アルバイトに「社員にならないか」と声をかけるのが採用活動のようなものでした。

きちんと新卒を採って、毎年4月には新人が入ってきて、社員たちには可愛い後輩ができる。そんな普通の「会社」にしようということで、この年から新卒採用を始めた。最初の年は確か、大卒4人、高卒3人を採用したと思います。

それから3年連続で新卒を採用したのですが、だんだん「新卒採用に意味があるのか」という空気が社内に立ち込めてきました。

なぜなら、大卒で入ってきた社員よりも叩き上げのアルバイトのほうが全然仕事ができるということが、誰の目にも明らかになってきたからです。

中卒、高卒の「悪ガキ」たちのほうががよっぽど頭の回転が速いし、融通は利くし、リーダーシップも取れる。人も育てられる。

大卒者を採ったからといって、将来、経営幹部になるとは限らないことがよくわかりました。

結局、2000年からは新卒、大卒にこだわらず、その都度その都度でご縁のあった人を通年で採用することにしました。

4月入社組は一応新卒の正社員という形で採用しますが、1年を通じて適宜、アルバイトや正社員を募集する。通年採用では基本的にはすぐに社員では採用しません。全員まずアルバイトとして入社してもらいます。

正社員希望の場合は、全社員にそれを告知した上で、3ヶ月ごとの試用期間を設けます。

アルバイトとして3ヶ月働いてもらった上で、その人が正社員にふさわしいかどうか、会議をして決める。

「ふさわしい」という結論になれば社員として受け入れるし、「ふさわしくない」となればアルバイトのまま。早ければ半年で社員になるケースもあれば、社員希望でも2年間アルバイトのままというケースもあります。「社員になれないなら」とアルバイトを辞めてしまう人もいれば、「社員になるまで頑張ります」とアルバイトを続ける人もいる。

今は継続的な採用はしていませんが、大卒者を採るようになって社内の雰囲気も変化したように思います。菅原一族の「家業」から「企業」に、玉子屋が変わりつつあるという自覚を社員それぞれが持つようになった。

「上場こそしてないけど、最近はテレビや雑誌でも取り上げられるし、大卒も入ってきた。結構しっかりした会社なのかな」などと少し誇らしく思ってくれるようになったり。

それまでは仲間意識の強さでうまく回っていた部分もありました。しかし、大卒者が入ってきたことで「今に見ていろ。大卒に負けるもんか」という競争意識も芽生えた。勝手にライバル視された大卒社員としては風当たりが厳しくて、つらいものがあったかもしれません。

もちろん、経営者としては幹部候補のつもりで大卒を採ります。

頑張って叩き上げの先輩社員を抜いて、皆に認められて、2年後、3年後には配達エリアのリーダーぐらいにはなって欲しい。「そのつもりで給料もボーナスもアルバイトとは違う体系になっているんだから」と本人たちにも言い聞かせていましたが、なかなか思い通りにはならなかった。

それでも「あえて大卒を採る必要はない」という教訓を得られたことには意味があったと思っています。大卒募集をやめたわけではありませんが、就職セミナーに参加したり、会社説明会を開いたり、わざわざコストをかけてまで大卒者を採りにはいかない。「ご縁があれば」でいい。

近頃は大卒よりも高卒を採って鍛えたほうが効率的ということで、ここ数年は高卒の新卒採用を増やしています。2017年4月の採用について言えば、高卒を5人(女子4人、男子1人)、大卒を1人採りました。

玉子屋には大手企業のような社員向けの細かい研修プログラムがあるわけではありません。業務の基本は古いスタッフが新しいスタッフに教え、また現場でスタッフ自身が技術を習得していく。そうした「学び」は、若くて柔軟な高卒のほうが素直に受け入れられる。

今後一層求められるITやAIのようなICT教育(情報通信技術を駆使した教育)についても、必ずしも大卒が有利ということはありません。

それに高校卒業したての若い世代が入ってくると社内の刺激になります。たとえば弁当の注文を受ける事務スタッフは約100人います。そこに自分の娘と同じくらいの新人が4人入った。すると「しょせんは高校生よね」などと言いながらも、一生懸命新人に仕事を教える。新人もそれに応えて一生懸命仕事を覚えようとする。

春にやってくる新人が刺激になって、会社全体が活気づく、という効果は少なからずあるようです。

欠かせない外国人の労働力

外国人スタッフについてもひと言触れておきたいと思います。

人手不足が常態化している外食産業、弁当業界では、今や外国人の労働力は欠かせません。コンビニに並んでいる弁当やおにぎりにしても、その多くは外国人によってつくられています。

玉子屋でも弁当の盛り付けなど製造部門では、技能実習生などの外国人の働き手が増えています。これは玉子屋に限ったことではなく、日本人スタッフの高齢化が著しい製造部門では、いずれの産業も外国人なしには成り立たない状況と言えます。

外国人だから安く使おうなどという考え方はまったくありません。玉子屋では社員になると日本人も外国人も同じ給料を払っています。その意味では国籍不問です。

一頃はブラジル人やイラン人が多かったのですが、今はネパールやタイ、ベトナム、フィリピンの人が多くなりました。

東日本大震災以降、外国人労働者のお国柄も変わってきたように思います。

ネパール、タイ、ベトナム、フィリピンの人たちは総じて皆、素直でよく働きます。日本人と結婚したり、子どもをつくって、日本に骨を埋めようという覚悟のある人は、本当によく頑張る。日本人以上に努力して、正社員になった外国人スタッフも何人かいます。

外国人を雇用している以上、不法就労には注意を払わなければなりません。

過去に直接雇用していた外国人が本人も知らないうちにパスポートが偽造されたことがあって、一度、会長が警察に出頭したことがあります。

これ以後は外国人の直接雇用はやめて、派遣会社や技能実習生を受け入れる監理組合などのワンクッションを入れて採るようにしました。ただし、日本の国籍を取っている外国人については直接雇用しています。

少子高齢化で年間30万人超ずつ人口が減っている日本では、今後、労働力の確保が大きな課題になります。機械化やAIなどによる自動化だけでは現場の労働力不足は絶対に補えません。移民の是非を含めて、外国人労働者を受け入れるための方策がこれからもっと真剣に議論されるようになると思います。

人手不足に悩んでいる我々のような中小企業にとっては、外国人労働者はもはや欠かすことができない存在になっています。玉子屋では今後も外国人スタッフの割合は増えていくでしょうし、配達スタッフの半分が外国人になる日がやってくるかもしれません。

適材適所で徹底した能力主義

玉子屋は調理や盛り付けなどを担当する調理・炊飯スタッフ、電話注文などを受け付ける事務スタッフ、そして配達と営業を担当するサービススタッフという三つの部門に大きく分けられます。

直接お客様とコンタクトするのはサービススタッフですが、彼らは契約しているお客様企業からの評判もいい。「とても感じがよくてしっかりしている。いったいどうやって教育しているのか」と尋ねられることもしばしばあります。

サービススタッフは配達コースごとに20の班があって、各班に班長がいる。班長を中心に約200人のスタッフが配達・営業活動を進めています。

彼らはただ弁当の配達と容器の回収をするだけではなく、営業も仕事です。

取引先の担当者と密なコミュニケーションを取ることは大事な仕事で、次の日の弁当の見込み数を決定するのに欠かせない情報をここで仕入れます。密に挨拶を交わして世間話でもしていれば、取引先の担当者が明日の会社の予定など弁当の食数に関連するような情報をいろいろ話してくれるものです。

また、自分が担当するルートに新しいビルが建設されていることなどに気づいたら、どんな会社が入っているかを調べて、営業ができそうなところがあれば前もって新規開拓をする。そういう手間をかけながら小まめに営業して、新しいお客様を獲得するのも、サービススタッフの仕事です。

毎日、夕方5時頃、弁当を届けたオフィスから容器を回収し終えた配達スタッフが本社に戻ってくる。ひと息入れる間もなく、それぞれの班ごとに会議が始まります。

お互いの仕事がどうだったか、お客様の様子はどうだったかなどを熱く語り出す。ミスがあったときにはどうしてミスが起きたのか。今後どうやって同じミスを防ぐか、議論が交わされます。

玉子屋では社員、アルバイトは雇用形態の違いであって、そこに上下関係はありません。あくまで能力主義なので、アルバイトで班長を務めている者もいます。

ときにはアルバイトが社員に向かって「社長からお金をもらっているんじゃない。お客様からもらっているんだ!」などと熱い意見を言うことも。ダラダラとお題目を唱えているような形骸化した無駄な会議も少なくありませんが、玉子屋の会議はとにかく熱い。

アルバイト上がりながら、メキメキ力をつけてきたので班長に抜擢した社員がいました。タナカ君(仮名)です。ところがタナカ君の部下から「あの人にはついていけない」と抗議が入った。タナカ君は頑固な男で、自分の意見を曲げない。部下の意見にも耳を貸さないというのです。

どうしたものかと思っていた矢先、今度はタナカ君が隣の班の班長と大喧嘩をして、「辞めます」と言ってきた。

エリアが隣り合った班長同士は、エリアの端境にあるような顧客の担当をどちらが受け持つべきか、配達ルートや配送効率を考えて話し合いで調整することがあります。しかし、タナカ君と隣の班長はまったく折り合いがつかなかった。

せっかく力をつけてきた人材を社内のいざこざで辞めさせてしまうのはもったいない。タナカ君も「玉子屋が嫌いになったわけではない」と言うので、まったく別の班に移動させることにしました。班長のままでは社内的にしめしがつかないので、一度降格させて副班長として。

移動先の班で気分一新頑張ってくれればよかったのですが、副班長としての仕事ぶりには特筆すべきところはなし。しかし配達ルートのコース編成をやらせてみたら、これが意外な才能を発揮しました。その班の班長以下、誰も想像していなかったようなルートを考えついて、配送効率が格段に上がったのです。

人を使うマネジメントが不得手なタナカ君が、コース編成に長けているというのは大発見でした。そんな能力があるなら班単位の仕事ではなく、各エリアのコース編成を横断的に見直して改善していくルートづくりの専門家として活躍してもらうことも可能です。

仕事はすべてがうまくいくわけではありません。小さな失敗はたくさんある。どこに目を瞑って見逃すかということも大事だと私は思っています。それを繰り返しているうちにタナカ君のケースのように長所が見えてくることがある。

長所を伸ばせるポジションにつけてあげれば、会社の中で輝ける。人材も生きる。それが適材適所ということなのでしょう。