仕事はできるのに出世できない人

プレイヤーとして能力的信頼を得るためには、業務のスピードや正確性、業務の経験、専門能力、専門知識、段取りや手際の良さ、コミュニケーション能力の高さといったものが求められます。一般的に「仕事ができる人」という言葉は、この能力が高い人という意味で使われることが多いでしょう。

一方、マネージャーとして求められる能力とは、人を使って現場をまわし、人や組織を育て、チームや組織全体のパフォーマンスを最大化する力です。

プレイヤーには、「自分」が高いパフォーマンスを発揮する能力が求められ、マネージャーには、「部下」や「チーム」、「組織」に高いパフォーマンスを発揮させる能力が求められます。

この両者において求められる能力は大きく異なるため、プレイヤーとしては一流、マネージャーとしては二流という方もいらっしゃいます。そういった方に多い特徴として、部下に任せることができず、自分でやってしまうということが挙げられます。

部下を抱えるリーダー、特に経営者のご相談を受ける中で、最も多いと感じているご相談が、部下が育たず、自分ばかりが忙しいというものです。

特に、プレイヤーとしての能力が高い人ほど、部下に求めるレベルが高くなり、部下に任せられず自分でやってしまう。その結果、こういった状況に陥りやすい傾向にあります。

ただ、こういったマネージャーのもとでは、部下は難しい仕事を担当する機会が得られず、マネージャーに指示された通りに動くのみとなるので、大きく成長する機会を得ることができません。部下の成長を考えると、マネージャーには、部下の能力をある程度見極めたうえで、部下が失敗した場合の責任をとる覚悟を持って、部下に仕事を任せ切る力も求められます。

また、マネージャーとしての能力を考えるにあたり、社会心理学者の三隅二不二氏が提唱したPM理論についてお話ししたいと思います。PM理論はリーダーシップの機能を示すものであり、その機能はP機能(Performance機能)とM機能(Maintenance機能)の2つからなります。

P機能は目標設定や計画立案、指示、叱咤などにより、成績や生産性を高める能力を指し、M機能は集団の人間関係を良好に保ち、チームワークを強化、維持する能力を指します。そして、この2つの能力の強弱により、リーダーシップのタイプを次の4つに分類します。

①PM型:P機能、M機能ともに強い。生産性を高め、目標を達成する力もあり、集団の人間関係を良好に保ち、まとめる力がある。リーダーの理想像。
②Pm型:P機能が強く、M機能が弱い。生産性を高め、目標を達成する力はあるが、集団の人間関係を良好に保つ力に欠け、集団をまとめる力は弱い。
③pM型:P機能が弱く、M機能が強い。集団の人間関係を良好に保ち、まとめる力はあるが、生産性を高め、目標を達成する力が弱い。
④pm型:P機能、M機能ともに弱い。生産性を高めることができず、目標を達成する力も弱く、集団の人間関係を良好に保ち、まとめる力も弱い。リーダーとしては失格。

マネージャーの中には、「仕事=P機能を発揮すること」という意識を持っている人もいます。その結果、Pm型のマネージャーになりますが、プレイヤーとしての能力が高い人がPm型のマネージャーになると、チームや組織は大きな危機を迎える可能性があります。

「彼は仕事はできるんですが、当たりがきつくて困っています。彼の下についたスタッフからは不満が多く、辞めていく人も後を絶ちません。ですので、現場がいつまで経ってもまとまらないんです。とは言え、彼は仕事ができるので、上司の私としてもなかなか強く言うことができなくて…」

仕事はできるが、当たりがきつい。仕事はできるが、人情味がない。ただ、本人は「これだけ仕事をやってるんだから、とやかく言われる筋合いはない!」と言わんばかりの態度。

確かに仕事のパフォーマンスは高く、その人に辞められると現場が回らなくなるので、上司としてもなかなか強く言えない。その結果、チームや組織の空気は重く、その人の下で働く人たちは強いストレスを抱え続ける。

こういった話をすると、「分かる! 実はうちも困ってるんですよ」と、身を乗り出して話を始めるリーダーの方も少なくありません。それほどに、こういう人材の扱いに悩むリーダーは多いと感じています。

この事例の「仕事ができる」とは、プレイヤーとしての能力が高いことを意味します。そのため、プレイヤーとしての能力的信頼は得られているものの、マネージャーとしては能力的信頼を得られていないという状況でしょう。周囲の人間としてはM機能を高め、マネージャーとして一流になって欲しいと願っています。

こういった人は、頭の回転が速く、成功体験が多いため、自らの意見に自信があることから、周囲の意見をなかなか素直に受け入れられず、他者を否定することも少なくありません。ただ、プレイヤーとしての能力は高いことから、周囲も一目置く存在であり、社内で発言力、影響力を持つようになります。特に、売上への貢献度が大きい場合や、その人にしかできない業務がある場合には、社長も上司も強く言うことが難しくなります。

このタイプの人は短期的には組織に大きな貢献をもたらすかもしれませんが、長期的には組織を衰退させる危険性をはらんでいます。

仕事ができるがゆえに、仕事ができない人の気持ちが分からない。気持ちが分からないからきつく当たる。その結果、現場の空気が悪くなり、メンバーのストレスが増大し、チームや組織全体のパフォーマンスが下がる。離職者が多い会社には、こういった人がいる可能性が高い傾向にあります。

チームや組織は売上が少々低迷しても、業務のパフォーマンスが下がっても、なんとかもちこたえることはできます。しかし、内部の人間関係が崩壊するとたちまち機能しなくなります。

経験豊富な人事評価者はこのリスクを分かっているため、このタイプの人材を上のポストにつけようとはしません。

その結果、「仕事はできる」のに出世できないという状況になります。

こういったことからも、プレイヤーとして能力が高い人がマネージャーとしても能力を発揮するためには、人を立てる能力、仕事ができない人の気持ちも理解する能力、そして人に仕事を任せ切る能力が十分かどうかを意識することが重要だと感じています。

そして、「仕事ができる」の定義を広く持ち、P機能のみならずM機能も強くてはじめて「仕事ができる」と言えるという認識を持つことも大切なことだと言えるでしょう。

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藤田 耕司(ふじた・こうじ)
公認会計士、税理士、心理カウンセラー、一般社団法人日本経営心理士協会代表理事、FSGマネジメント代表取締役、FSG税理士事務所代表。
1978年生まれ。2002年早稲田大学商学部卒業。04年公認会計士試験に合格、同年有限責任監査法人トーマツ入所。12年に独立し、藤田公認会計士・税理士事務所(現FSG税理士事務所)開設。13年FSGマネジメント株式会社設立・代表取締役就任、15年一般社団法人日本経営心理士協会設立・代表理事就任。年商100億円を超える企業の社長など、多くの社長のメンターを務める。経営・ビジネスの現場における成功体験・失敗経験と心理学を融合した経営心理学を新たな企業経営のあり方としてコンサルティングしている。

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