人間の頭には感情の脳と論理の脳が共存する
近年、脳科学の研究が進んだことにより、脳の機能や心の性質に関して多くのことが明らかになってきました。脳の話となると難しそうに感じるかもしれませんが、重要な部分に要点を絞って簡潔にお話しさせていただきます。
人間の脳は大脳、脳幹、小脳などから構成されており、その約8割を大脳が占めます。その大脳には、本能、情動、感情、記憶などを司(つかさど)る大脳辺縁系と、言葉や知性、合理性、論理性、数字、高次の感情、創造性などを司る大脳皮質が存在します。
大脳辺縁系は大脳の中核に位置し、本能の脳、動物的な脳と言われます。一方、大脳皮質は大脳辺縁系の上に覆いかぶさるように発達し、社会性の脳、人間的な脳と言われます。このように人間の脳の中には対照的な性格を有する部位が共存しています。
本書では記載をシンプルにするため、大脳辺縁系を中心とした感情、情動を司る部分のことを「感情の脳」、大脳皮質のうち、言語機能や知性、合理性、論理性、理性などを司る部分のことを「論理の脳」と呼ぶことにします。
対照的な性格を持つ感情の脳と論理の脳は、何らかのコミュニケーションをとる時、それぞれ独自の判断基準でコミュニケーションの内容を受け入れるかどうかを判断します。
感情の脳の判断基準は「快か不快か」であり、「感じる」ものを扱います。
「快」には、嬉しい、楽しい、面白い、気持ちいい、心地よいといった感情、感覚があります。
一方、「不快」には、悲しい、つらい、寂しい、怒り、不安、気持ち悪い、つまらないといった感情、感覚があります。
人間は様々な欲求を覚えます。基本的には、この欲求が満たされた時に快を覚え、欲求が満たされない時に不快を覚えます。感情の脳は、コミュニケーションに快を覚えた時にOKを出し、不快を覚えた時にNOを出します。そして、不快が回避できると思った時にOKを出し、快がなくなると思った時にNOを出します。
一方、論理の脳の判断基準は「論理的か、合理的か」です。
理由や根拠を求め、ロジックが成り立っているか、論理的かどうかを判断します。また、内容を吟味する、分析する、計算する、比較検討するなどして、合理的な判断をしようとします。
コミュニケーションに論理性、合理性があると判断すれば、論理の脳はOKを出します。
このように、人はコミュニケーションをする際に感情の脳と論理の脳の両方の脳の判断を総合的に勘案したうえで、意思決定を行い、行動に移します。こうすることで社会生活の中で秩序を保ちながら一つの個体として生きていくためのバランスをとっています。
こういった脳の構造上、影響力を発揮して人を動かし導くためには、両方の脳からOKを引き出すコミュニケーションが必要となります。
感情を動かす対話、合理性を示す対話
人間には感情の脳と論理の脳の2つの判断基準が存在することから、「何を伝えるか」に関する対話の内容についても、その内容を「快と感じるか、不快と感じるか」という情緒的な側面と、「論理的か、合理的か」という論理的な側面の2つの基準を満たすことが重要です。
前者に関連して、快の感情をもたらし、不快の感情を取り除くことで、感情の脳からOKを引き出す対話を「情緒的対話」と呼んでいます。
一方、後者に関連して、論理的・合理的に筋道を通して話し、論理の脳からOKを引き出す対話を「論理的対話」と呼んでいます。
対話において相手に自分の言葉を受け入れてもらうためには、情緒的対話であり、かつ論理的対話であるということが必要になります。
例えば、ビジネスでの契約交渉の際、丁寧に礼儀正しく、その契約からもたらされる展開がいかに素晴らしいものかについて情緒豊かに話し、快の感情をもたらして、相手の感情の脳からOKを得たとしても、相手の論理の脳は金額や内容、契約条件、同業他社の情報などを確認し、予算や預金口座の残高を考えます。そして、この金額を支払うことに合理性はないと判断した場合、論理の脳はOKを出しません。
逆に、金額や内容、契約条件などが良く、相手の論理の脳からOKを得たとしても、相手の言い方や態度が気に喰わなかったり、感覚的にその契約内容に魅力を感じなかったりすると、相手の感情の脳はOKを出しません。
つまり、契約交渉における対話が、情緒的対話であり、かつ論理的対話である時に、両方の脳がOKを出し、相手は契約書にサインをしてくれます。
上司、部下、お客様、社外のパートナーといった様々な人たちと良好な関係を築き、人間関係を調整し、仕事をどんどん前に進める人たちは、相手にもメリットのある提案を、相手の感情の状態を良くしながら情緒を織り交ぜて、論理的に分かりやすく話すという、情緒的かつ論理的な対話を高いレベルで行っていると感じます。
自己紹介でも感情の脳と論理の脳の両方からOKを引き出す自己紹介には好感を覚えます。
ビジネスの場では、名前、会社名、どんな仕事をしているかといった内容については、ほぼすべての方が話すと思いますが、それだけで終わった自己紹介だといわゆる普通の自己紹介であり、「良かった!」と感じることはあまりないのではないでしょうか。
では、どういう自己紹介が「良かった!」と思えるのか。それは感情を動かす自己紹介です。面白い、楽しい、共感した、親近感を覚えた、そんな風に感情を動かす。
情緒豊かな話し方、ユーモラスな話し方、誠実な話し方、個性的な話し方、そういった話し方で感情を動かす方法もあれば、体験談や想いを話して感情を動かす方法もあります。
あるビジネスマンの方はこんな自己紹介をされました。
「はじめまして。株式会社〇〇の〇〇と申します。仕事は△△をやっています。
実はお恥ずかしい話なんですが、昨日、妻と喧嘩してしまいまして、晩ごはん抜きにされ、今朝もごはん作ってくれなかったので、今日はほとんど何も食べてません。なのでお腹が鳴ってうるさいかもしれないのではじめに謝っておきますね(笑)。
こんなひどい目にあっている私ですが実はちょっとした夢がありまして、妻がイタリアに行きたいってずっと言ってるので、妻とイタリアに行くのが夢なんです。そのために毎月少しずつ妻に内緒でへそくりを貯めてます。へそくりなんて貧乏くさいと思われるかもしれませんが、ささやかな夢のために頑張って貯めてます(笑)。そんな自分ですが、宜しくお願いします!」
この自己紹介の後、会場から拍手が起きました。私の心にも印象に残る自己紹介でした。
名前や会社名、仕事の内容などの説明は論理的な部分であり、奥さんの話や夢の話は情緒的な部分です。論理的な部分が欠けるとそもそも自己紹介にならない。一方で、情緒的な部分が欠けると面白みがない。両方満たしてはじめて印象に残る素敵な自己紹介になります。
1978年生まれ。2002年早稲田大学商学部卒業。04年公認会計士試験に合格、同年有限責任監査法人トーマツ入所。12年に独立し、藤田公認会計士・税理士事務所(現FSG税理士事務所)開設。13年FSGマネジメント株式会社設立・代表取締役就任、15年一般社団法人日本経営心理士協会設立・代表理事就任。年商100億円を超える企業の社長など、多くの社長のメンターを務める。経営・ビジネスの現場における成功体験・失敗経験と心理学を融合した経営心理学を新たな企業経営のあり方としてコンサルティングしている。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます