シンカー:マーケットでは新型コロナウィルスに対する数十兆円の経済対策を実施しても、政府は前倒債の資金を活用すれば追加国債発行に踏み切る必要はないとの見方が強かったようだ。ただ、前倒債発行で調達した資金は予定がすでに確定している償還資金として使われるため、政府はその財源が必要になるまで、特別会計間や財政投融資にその資金を貸し付けていて、大量の資金が直ちに使える状態ではないだろう。また、前倒債発行を赤字国債発行へ振り替えたり、国債の消化方式別発行額の年度間調整分を増加させるなど、ファイナンスの技術の活用には限界がある。カレンダーベース市中発行額の動きだけに注目すると、今後、市中で消化される国債の総量、そして債券市場へのインパクトを過小評価するリスクがあるだろう。新型コロナウイルスに対する大規模な経済対策の額は数十兆円程度と巨額になり、カレンダーベース市中発行額が大幅に増額される可能性が高く、マーケットがその事実をより意識するとイールドカーブのスティーブ化は加速するだろう。
マーケットでは新型コロナウィルスに対する数十兆円の経済対策を実施していも、政府は前倒債の資金を活用すれば追加国債発行に踏み切る必要はないとの見方がある。
2019年度の補正予算でも、2020年度の当初予算でも、財政を拡大し必要な資金調達額が増加しているにもかかわらず、カレンダーベース市中発行額はほとんど変化しなかったのが理由のようだ。
前倒債を発行する理由は、毎年度の国債発行を平準化するためや、急な財政需要の増減に対して国債市場へ大きな影響をもたらすことなく対応するためとされている。
前倒債発行で調達された資金は主に翌年度以降に使用する目的であるため、償還で資金が必要になるまで剰余金として日銀の政府預金に原則的に預けられる。
日銀の政府預金には同程度の額があり、必要であればそれを取り崩し、施策を実施するための財源にするというのがマーケットの一般的な考え方だろう。
しかし、日銀のバランスシートを見ると、政府預金は前倒し発行分の残高を大幅に下回っている。
前倒債発行で調達した資金は予定がすでに確定している償還資金として使われるため、政府はその財源が必要になるまで、特別会計間や財政投融資にその資金を貸し付けているようだ。
貸し付ける理由は、剰余金として政府預金にただ積んでおくことで金利を得ることができない機会損失を回避することができるとともに、財政投融資などの円滑な資金調達の支援になることである。
言い換えれば、前倒債は財投債と事実上同じような役割になっていると考えることもできる。
よって、既に貸し付けられているため、政府預金には前倒し発行分の残高が存在せず、前倒し債の資金は他の財源が必要になったから直ちに使える環境にはないと考えられる。
ただ、今年度のカレンダーベースの市中発行額を変更せず、補正予算の財源を調達できる方法もある。
財務省の資料には、必要な「調達額が増加した場合には、前倒債として発行を予定していた分を、その年度に必要な国債(建設国債や特例国債等)として発行することで、カレンダーベース市中発行額を変更せずに対応することが可能となります」と記載されている。
このような対応で、振替により前倒債の発行が計画より減額される分、事実上は追加的な国債発行となるが、今年度のカレンダーベースの市中発行額が変更されないことになる。
もし、既に計画されている円滑的な償還スケジュールを維持するため、前倒債の残高を来年度に維持する方針であれば、来年度の前倒債の発行はその分増加すると考えらえる。
前倒債の残高を縮小する方針の場合であっても、結局は将来の償還資金のため国債を発行しなければならない点は変わらないだろう。
更に、補正予算などによる支出を来年度の6月までに国債の追加的な市中発行で資金調達を行うこともできる出納整理期間があるため、今年度のカレンダーベースの市中発行額が変更されないこともある。
これらの方法で、今年度のカレンダーベースの市中発行額に変更がないため、見かけ上は追加的な国債発行がないように見えるが、実際には政府の市中からの資金調達額は増加することになる。
前倒債発行を赤字国債発行へ振り替えたり、国債の消化方式別発行額の年度間調整分を増加させるなど、ファイナンスの技術の活用には限界があり、財政を拡大し必要な資金調達額が増加していれば、いずれカレンダーベース市中発行額を増やさなければならなくなるだろう。
実際に、年度間調整の前年差と翌年度のカレンダーベース市中発行額の前年差(年度間調整の変化が1年先行)には強い相関関係がある。
年度間調整分を増やしたものは、翌年度のカレンダーベース市中発行額を増やすことで対応しているようだ。
カレンダーベースの市中発行額は、政府の資金需要の一部しか表しておらず、裏にかくれて、政府の資金調達額は増加していくとみられる。
2020年度の国債発行計画の年度間調整分は9.7兆円と、東日本大震災による巨額の復興財源が必要であった2011年度(14.7兆円)以来の高水準になっている。
言い換えれば、いずれカレンダーベース市中発行額を増やさなければならない可能性が高まっている。
カレンダーベース市中発行額の動きだけに注目すると、今後、市中で消化される国債の総量、そして債券市場へのインパクトを過小評価するリスクがあるだろう。
新型コロナウイルスに対する大規模な経済対策の額は数十兆円程度と巨額になり、カレンダーベース市中発行額が大幅に増額される可能性が高く、マーケットがその事実をより意識するとイールドカーブのスティーブ化は加速するだろう。
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司