シンカー:グローバルな経済の大きな潮流を読んでみたい。10年単位のシナリオライティングである。これまでのグローバルなデフレ懸念から新型コロナウィルス後のインフレトレンドへの転換を含め、グローバルなマクロシナリオと日本経済に対する考え方を11回にわたって解説する。①グローバルな需要不足とデフレ懸念からポピュリズム(8月18日)、②インフレ復活への序章(8月20日)、③コロナショックの財政拡大でインフレへの転換(8月24日)、④コロナショック後の景気の形、⑤アベノミクス2.0、⑥米国マーケットの緩和度合いを示すg-r、⑦米中の覇権争いがもたらすもの、⑧グローバルデフレからマイルドインフレへの変化、⑨生産性がほぼすべて、⑩過度の楽観マインドがバブルを生み、その崩壊により財政破綻に近づくリスクシナリオ、⑪過度の悲観マインドと緊縮財政が景気の著しい悪化を生み、生産性の低下により財政破綻に近づくリスクシナリオ。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

コロナショック後の物価の動きを予想するには、短期的な変動ではなく、需要と供給のトレンドの違いを見極めなければいけないだろう。目先は、新型コロナウィルスに対する警戒感が残り、政府も自粛の呼びかけを続けているため、経済活動が抑制され、サービスを中心に需要の戻りは緩やかだろう。東日本大震災のように生産設備に大きな物理的ダメージがあったわけではなく、物流は維持されている。供給対比で需要が弱いため、物価には下押し圧力がかり、物価下落による実質所得の増加が需要を支える形となるだろう。物価が落ちて、供給対比で極めて弱い需要の下支えになるのは正常な動きである。

新型コロナウィルス問題の終息後の展開は逆となるだろう。需要は通常の生活を取り戻す中で、雇用・所得が維持されていることにも支えられ、しっかり回復していくとみられる。グローバル生産体制のリスクの見直しと改変が進行する可能性がある。更に、危機管理の在庫手当ても含め、安定した供給体制に対するプレミアムが上昇するだろう。ソーシャルディスタンシングへの意識も、サービス業を中心に供給を制約することになるだろう。企業は販売数やシェアより利益率を重要視するようになり、一時的な需要の弱さによる値下げに踏み切るハードルを上げ、価格弾力性を考慮した価格戦略が広がるとみられる。需要の回復とともに、供給対比での需要の強さが生まれ、物価動向はデフレよりもインフレへの方向性も持つ可能性がある。

企業の過剰貯蓄が問題になる中で、財政政策が緊縮であったことが、総需要を破壊する過剰貯蓄を解消できず、これまでのデフレの一つの大きな理由であったと考えられる。現在は、ポピュリズムに対処する上に、新型コロナウィルス対策もあり、グローバルに財政政策は緊縮から拡大に転じた。企業の過剰貯蓄を十分にオフセットする財政拡大と金融緩和のポリシーミックスの影響で、需要の回復とともに、マネーが拡大する力が強くなる可能性がある。国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)がコロナ前は消滅していたが、財政拡大で復活し、それをマネタイズする金融政策の効果も大きくなるだろう。ネットの資金需要の有無で判断すれば、コロナ前後でポリシーミックスの強弱は全く違う。財政政策が緊縮から拡大に転じていることは、これまでのデフレトレンドからインフレトレンドへの変化を促すだろう。

グローバルにみても、新型コロナウィルス問題に対処するため、各国は巨額の財政拡大に踏み切った。財政収支の赤字幅は大きく膨らむことになる。米国では、財政赤字の拡大に対して、家計と企業の貯蓄率の上昇が小さければ、国際経常収支の赤字幅は膨らむことになる。米国は国際経常収支を赤字にすることで、世界に向けてドルを供給しているのが、ドル基軸通貨の体制であると考えられる。米国の国際経常収支の赤字幅が増加し、しかもFEDの強力な金融緩和が継続するということは、世界のドル供給が増加することを示唆している。ユーロ圏では、他圏から需要を奪う形で急速に拡大してきた国際経常収支の黒字額が縮小に転じる可能性がある。一方、日本では、家計への資金の流れの目詰まりが解消され、内需拡大の可能性がある。これらのマネーが拡大する要因は、資産価格の上昇、そしてこれまでのグローバルなデフレがインフレへ変化していくきっかけとなるかもしれない。

図)米国国際経常収支

米国国際経常収支
(画像=FRB, SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司