会社の今後を考える際に、M&Aの活用を検討する経営者は多いだろう。M&Aには、売り手と買い手の双方にメリットとデメリットがあるため、それらをよく考え合わせた上で行うことが重要だ。この記事では、M&Aの売り手と買い手それぞれにとってのメリット・デメリット、およびM&Aの手法別のメリットを徹底的に解説する。
目次
M&Aを行う目的
M&Aは日本の伝統的な企業風土との相性が悪く、以前はあまり良い印象を持たれない経営拡大手法だった。しかし近年では、売り手と買い手の双方が成功するような、前向きのM&Aが日本国内でも実施されるようになった。ではなぜ今、M&Aが必要なのだろうか?
そもそもM&Aとは?
M&Aとは「Mergers(合併)」と「Acquisitions(買収)」を表しており、企業同士の間で行われる資本の移動を伴う経営統合である。また、企業同士がそれぞれの経営の独立性を維持した状態で協力関係を築く「提携」という手法もM&Aに含めることがある。M&Aにはさまざまな手法があるが、主なものを下記に挙げる。
【合併】
「合併」とは、複数の会社が1つの会社になることである。合併後存続する会社の形式により、新設合併と吸収合併に分かれる。
・新設合併
A社とB社が合併して1つの会社になる際、両社ともに解散して新たにC社を設立する形式。新設合併後、A社とB社の株主はC社の株主となる。
・吸収合併
A社とB社が合併して1つの会社になる際、A社は解散してB社が存続する形式。吸収合併後、A社の資産や負債はB社が引き継ぎ、A社の株主はB社の株主となる。
【買収】
「買収」とは、ある会社が他社の株式や事業を買い取ることだ。株式や事業を買収(売る側から見ると譲渡)する方法によってさまざまな手法があるが、ここでは以下の3つについて述べる。
・株式譲渡
A社がB社の発行済株式を買収し、B社の経営権を得る方法だ。B社の株主はA社に株式を売り、対価を得る。B社をA社の子会社にする際に用いられる手法である。
・事業譲渡
A社がB社の事業の一部、またはすべてを買収し、A社の事業に組み入れる方法だ。A社は、買収した事業の対価をB社に払う。また、B社から買収する事業に関する資産や負債、契約などについて、A社は引き継ぐものと引き継がないものを指定する。
・会社分割
会社分割とは、ある企業の事業を分離・独立させる手法である。分離した事業をもとに新会社を設立する方法を「新設分割」、他社に引き継がせる方法を「吸収分割」と呼ぶ。会社分割は事業譲渡と異なり、引き継ぐ側は事業に関する資産や負債などを取捨選択できず、包括的に引き受ける。
【提携】
提携とは、経営権に影響を与えない程度に複数企業が協力し、事業などを推進する手法である。A社とB社が提携するにあたり、A社がB社の株式を経営権に影響のない範囲で取得し、資金を提供するなど資本の移動がある場合を「資本提携」、資本の移動を伴わず、共同で事業を進める場合を「業務提携」という。なお、資本の移動を伴う業務提携を「資本業務提携」とよぶ。
なぜM&Aを行うのか?
現在行われているM&Aは、買い手側企業による一方的な合併・買収だけではない。注目すべきは、さまざまなノウハウを持ちながら、今後の事業継承が難しい企業を、別な企業がM&Aによって存続させるケースだ。
また、いわゆるスタートアップ(ベンチャー)企業が、非常に優れた技術を開発した場合に、その技術を必要とする大手企業などが、M&Aによって相手企業を合併・吸収するケースも増えている。
他にもさまざまな目的でM&Aが行われるが、現在のM&Aとは既存の企業の技術やノウハウを、より大規模な企業の力によって、社会全体に広めることが根本的な目的になっているといえるだろう。
M&Aのメリットとは?
M&Aの概要をつかんだところで、なぜ企業はM&Aを行うのか、ここからは売り手側と買い手側それぞれのメリットを見ていこう。
売り手にとってのメリット
まずM&Aで自社を売りに出す企業にとって、主なメリットは以下のとおりである。
・事業承継の問題を解決できる
M&Aの売り手のメリットとして第一に挙げられるのは、事業承継の問題を解決できることである。近年中小企業経営者が高齢化しており、事業承継は大きな課題となっている。経営者の子どもが会社を引き継ぐ意思がない、あるいは経営者に適していないなどの理由で後継者が見つからず、廃業せざるを得なくなる中小企業が増えている。
このようなケースでM&Aは、事業承継の手段として有力な選択肢になる。優良企業に会社を売却することによって、事業承継問題を根本的に解決できるからだ。
・従業員の雇用や独自の技術・ノウハウを守れる
会社の廃業を選択すると、これまで会社を支えてくれた従業員の雇用は失われることになる。また、従業員によって長年にわたって培われてきた技術やノウハウも失われる。このことはその会社だけでなく、社会にとっても大きな損失といえる。この場合もM&Aによって、従業員の雇用や技術・ノウハウを守ることができるだろう。
・事業がさらに拡大することもある
M&Aで会社を売却すれば、事業を継続できるだけでなく、さらに拡大・発展させることも可能だ。大企業が買い手となれば、それまではなかった大規模な資本やインフラを事業に投下できるからである。従業員も、給与や福利厚生が改善されて、モチベーションアップにつながるケースも多い。
・廃業費用がかからない
廃業には、かなりの費用がかかる。設備や在庫の処分費用や税務処理費用、それに従業員に対する補償も必要だ。しかしM&Aで事業が継続すれば、それらの費用はかからない。
・創業者利益を得られる
M&Aの大きなメリットとして、創業者利益を得られることも挙げられる。会社の売却代金である創業者利益は、一般的に会社の利益の数年分になることが多く、創業者は多額の現金を手にすることができる。それによって、その後の人生を豊かに過ごす、あるいは新規事業へ投資するなど、さまざまな選択肢が生まれる。
・個人保証から解放される
会社債務の個人保証は、中小企業の経営者にとって大きな負担になる。会社を売却すれば個人保証から解放されることも、M&Aのメリットといえる。
・主力事業に集中できる
M&Aでは、会社のすべてではなく一部の事業のみを売却する「事業譲渡」や「会社分割」も選択できる。不採算事業を売却すれば、得られた売却益やその事業に投入していた経営資源を主力事業に投下できるようになる。それによって、主力事業の業績アップが期待できる。
一般的なM&Aでは、売り手側の経営状況が良くない場合や、事業の後継者がいない場合などが多く、企業としての先行きは決して明るくない。しかし別な企業にとって価値のある技術やノウハウを持っていれば、M&Aによって事業の継続が可能になる。売り手にとっては、企業価値があるかどうかがM&A成功のカギになるだろう。
買い手にとってのメリット
次にM&Aの買い手側企業にとってのメリットを確認してみよう。
・経営資源をスピーディーに獲得できる
買い手にとってのM&Aのメリットとしてまず挙げられるのは、経営資源をスピーディーに獲得できることだ。どのような事業でも、一定の水準まで成長するまでには時間がかかるし、失敗のリスクもある。すでにその水準にある会社を買うことによって、経営のスピードアップを見込める。
・事業規模を拡大できる
企業にとって、事業規模が大きいことは大きなアドバンテージになる。規模が大きいことによって、仕入れコストを引き下げられたり、設備の稼働率を引き上げられたりするメリットがあるからだ。M&Aで会社を買えば、時間と労力をかけずに事業規模を拡大することができる。
・事業の多角化と拡大が同時にできる
自社業務の拡大を目指す時には、新規事業への参入も視野に入れる必要がある。その場合1から新規事業を立ち上げるよりも、その分野で実績のある企業に対してM&Aを行った方が、効率的な事業開拓が可能になる。
一般的に、企業が事業を拡大する場合、事業の多角化を検討することが多い。事業を多角化することで、収益の安定性が高まるからだ。M&Aにより自社に欠けていた事業を直接加えられれば、事業の多角化を短期間で達成し、企業としての成功を収めるチャンスも広がるだろう。
・弱点を補強できる
M&Aによって、弱点を補強することもできる。例えば、製品開発には強いが販売は弱いという企業なら、販売網を持つ会社を買収することで弱点を迅速に補強できる。
・自社にない技術を取り込める
M&Aでは、売り手側の企業が持つ人材や技術、特許、ノウハウなどをそのまま自社に組み込むことができる。それによって、自社にない技術をスムーズに取り込むことが可能になる。
・シナジー効果が得られる
「シナジー効果」が得られることも大きい。シナジー効果とは、複数のものを組み合わせることによって、足し算以上の成果が得られることだ。
例えば、独自の営業ノウハウを持つ会社を買収すると、既存事業の営業成績まで向上することがある。会社の買収は、シナジー効果を狙って行われることも多い。
・節税対策ができる
M&Aは、節税対策になることもある。例えば、繰越欠損金を抱える会社を買収すれば、その分支払う税金は少なくなる。また税率の低い国の会社を買収し、そこを本社とすることで、合法的に節税を図ることも可能になる。
企業が新規事業を立ち上げる場合、または業務の多角化を目指す場合には、1から計画を立てて準備を進めるとなると、多大な時間と労力を費やさなければならない。その点では、M&Aにより必要な事業を自社内に取り込めれば、即戦力として経営強化が期待できる。ただし買い手にとっても、相手側の企業価値を見極めることが重要だといえるだろう。
M&Aにはデメリットもある?
M&Aには、デメリットやリスクもある。ここからは、M&Aの売り手と買い手それぞれのデメリットやリスクを見ていこう。
売り手にとってのデメリット
売り手企業にとってのデメリットやリスクは、以下のとおりだ。
・従業員の不満が出ることがある
長く勤務し、会社や経営者に愛着を持っている従業員は、会社が売却されることでモチベーションが低下し、不満が出ることがある。最悪の場合、優秀な従業員が離職してしまうリスクもある。
・取引先の反発が出ることがある
会社の売却によって取引先からの反発が出て、最悪の場合は取引が中止になるリスクもある。会社の売却によって経営体制が変わり、契約条件や担当者が変わることがあるからだ。
・最適な買い手が現れないことがある
M&Aは、相手があってはじめて成立する。売却したくても、希望する価格や条件で買収してくれる企業が見つからないこともある。買い手が見つからないケースは、将来の収益性に不安があると判断される場合に多い。
・従業員の待遇が低下することがある
買い手側の業績や待遇の条件によっては、従業員の待遇が売却前より低下することもある。待遇の低下を防ぐためには、従業員の待遇の条件について買い手側としっかり交渉しておく必要がある。
・企業文化の融合がうまく行かないことがある
買収された企業は、買い手企業のシステムやルールに従わなければならないケースが多い。しかし、企業文化が大きく異なる場合は、システムやルールの融合がうまく行かないこともある。
・経営者としての肩書きがなくなる
会社を売却すれば、経営者は経営者ではなくなる。「社長」の肩書がなくなることに、寂しさを感じる経営者は少なくないだろう。
買い手にとってのデメリット
一方で、買い手企業にとってのデメリットやリスクは、以下のとおりだ。
・想定していたシナジー効果を得られないことがある
買い手にとって、M&Aのデメリットとしてまず挙げられるのは、想定していたシナジー効果を得られないケースがあることだ。シナジー効果を得られないと、規模が拡大したことによる管理コストばかりが増大し、結果として収支がマイナスになることもある。
・優秀な人材が流出してしまうことがある
会社の買収では、労働条件の変更や社内のトラブルなどが発生する場合が多く、従業員にとっては精神的な負担が大きい。そのため、買収後に活躍してもらうはずだった優秀な人材が流出してしまうリスクがある。
・簿外債務や偶発債務が発覚することがある
会社の買収にあたっては、買収先の会社の財務状況や事業内容を徹底的に調査するデューデリジェンスが実施される。しかし、それでも簿外債務や偶発債務が発覚することがある。
・最適な売り手が見つからないことがある
企業は、自社の経営戦略に則り、目的を持って会社を買収する。しかし、M&Aが相手あってのものだけに、最適な売り手が見つからないこともある。
M&Aの手法別のメリット
M&Aには複数の手法があり、どの手法を選ぶかによって、M&Aが成功するか失敗するかが決まる可能性もある。ここでは4つの手法に分けて、それぞれのメリットを見てみよう。
株式譲渡のメリット
株式譲渡とは、会社の株式を買い手企業に売却する手法である。株式を売却するだけなので、他のM&A手法と比較して手続きが簡単なことが主なメリットだ。また、売却益にかかる税金が後述の事業譲渡などに比べて少ないため、より多くの売却益を得られるというメリットもある。
事業譲渡のメリット
事業譲渡とは、会社の一部の事業のみを売却することである。不採算事業のみを切り離して売却することができるため、会社の経営戦略の一環として行えるのがメリットだ。買い手企業にとっては、負債などの希望しない資産の引き継ぎを拒めることがメリットになる。
会社分割のメリット
会社分割とは、ある事業を別会社として分割した上で売却することである。債権者の同意がなくても進められることが主なメリットだ。買い手企業にとっては、対価を株式で支払えるケースがあることもメリットといえる。
資本業務提携のメリット
資本業務提携とは、会社が互いに相手の株式を取得し、かつ業務提携を行うことだ。お互いの資本や技術などを活用できるため、シナジー効果が期待できることが主なメリットだ。会社の支配を目的としないため、会社の独立性を保てることもメリットといえるだろう。
事例で見るM&Aのメリットとデメリット
M&Aについて総括する前に、これまでに行われたM&Aの中から、注目に値する事例と失敗事例を紹介しておこう。
【最新】2023年に行われた注目の国内企業M&A事例とポイント
M&A支援を行う株式会社レコフの調査によると、2023年に国内企業が関わったM&Aは4,015件、金額は約17兆9,000億円だった。前年と比べて件数は6.7%減少したが、金額は52.3%増加している。これは大型案件が増加した影響だという。ここでは、おもなものをいくつか紹介しよう。
・富士フイルム×CMCマテリアルズKMG(アメリカ)
2023年5月、富士フイルムはアメリカのCMCマテリアルズKMGの全株式を取得し、子会社化すると発表した。買収金額は7億米ドル(1米ドル140円換算で約980億円)。CMCマテリアルズKMGは「半導体用プロスケミカル」と呼ばれる半導体製造ラインで用いるフッ酸や過酸化水素水などの化学薬品を製造し、世界中の主要半導体メーカーに供給している。
富士フイルムは、半導体製造過程で用いる電子材料の事業を手がけており、電子材料分野のさらなる事業拡大を狙っての買収である。また、富士フイルムは国内のほかにアメリカとヨーロッパに半導体材料の製造拠点を持っているが、CMCマテリアルズKMGはアメリカのほかに東南アジア、ヨーロッパに製造拠点を持っている。
今回の買収により、富士フイルムは製造拠点のグローバル化を進めることが可能になった。
・日本産業パートナーズ×東芝
2023年9月、事業再生ファンドであるJIP(日本産業パートナーズ)は、2015年の不正会計発覚以降、財務状況が悪化していた東芝をTOB(株式公開買付)という方法で買収した。買収価格は約2兆円。TOBとは、買収対象企業の株式を持っている株主に呼びかけ、価格や期間を決めて株式を買い取る方法だ。
東芝は、海外ファンドからの支援を受けており、「物言う株主」の影響を受けて経営再建が思うように進まなかった。そこでJIPがTOB提案し、東芝側が応じることとなった。JIPは東芝を子会社化し、東芝の上場を廃止。非上場としたうえで経営再建に取り組み、数年後の再上場を目指す。
・日本製鉄×USスチール(アメリカ)
2023年12月、鉄鋼メーカーの日本製鉄はアメリカの鉄鋼メーカー・USスチールの買収と合併契約の締結を決定した。買収価格は約2兆1,000億円。USスチールの全株式を取得し、子会社化すると日本製鉄は世界3位の鉄鋼メーカーとなる。
日本製鉄は、世界No.1の鉄鋼メーカーを目指し、すでにインドやタイのメーカーを買収している。今回の買収により、先進国最大の市場であるアメリカにも事業拠点を持つことになり、グローバル戦略のさらなる伸長が見込まれる。
2024年4月には、USスチールの臨時株主総会で買収が承認された。日本製鉄は9月をめどに買収手続きを完了させたいとしている。
日本製鉄と富士フイルムの事例は、グローバル戦略の一環によるものだ。一方、日本産業パートナーズによる東芝買収は、海外ファンドに連なる「物言う株主」から東芝を救済し、経営再建を支援する意味合いがある。M&Aも目的は、さまざまなのだ。
失敗したM&Aの事例とポイント
・セブン&アイホールディングス×そごう・西武
流通大手のセブン&アイホールディングスは、かつて経営の多角化を目指して積極的にM&Aを進めた。2006年には、百貨店「そごう」「西武百貨店」を運営する株式会社そごう・西武を買収して子会社とした。しかし、そごう・西武は直近4期連続で最終赤字となり、経営不振に陥る。
セブン&アイホールディングスは、2023年9月に米投資ファンドへそごう・西武の全株式を売却。企業価値は約2,200億円といわれていたが、負債などが影響して売却額は8,500万円だった。近年、経営環境の変化からセブン&アイホールディングスは主力であるコンビニ事業に資源を集中させる方針に転換している。
2003年に子会社化したニッセンも2024年5月に石川県の企業に全株式を売却することを決定した。傘下に置いていた百貨店や通販といった事業は、ネット通販などに押されて収益を上げるのが難しくなっている。セブン&アイホールディングスは、資本投下する事業を見極め、グループ再編を加速させるだろう。
・日本郵政×トール社(オーストラリア)
2015年、日本郵政はオーストラリアのトール社を約6,200億円で買収した。オーストラリア・ニュージーランドでの物流事業に参入し、海外への事業拡大を目指したが、2020年のサイバー攻撃や、新型コロナ禍による需要低下の影響で業績が悪化。貨物輸送を手がける「エクスプレス事業」の業績が特に低迷していた。
2021年、エクスプレス事業をオーストラリアの投資ファンド傘下企業に事業譲渡することを決定。売却額は約7億円だった。
M&Aはメリットとデメリットを考え合わせて検討しよう
M&Aの売り手にとっての最大のメリットは、事業承継の問題を解決できることである。後継者を親族や従業員などから見つけられずに、M&Aによって事業承継を行う会社は多い。廃業せずに事業承継を行えば、従業員の雇用や培ってきた技術・ノウハウを守ることができ、さらに創業者利益を得ることもできる。
ただし、M&Aでは従業員の不満が出ることがある。また、企業文化の融合がうまく行かないことがあるなど、デメリットも少なくない。M&Aではメリットとデメリットをよく比較して、慎重に検討することが必要である。
文・THE OWNER編集部
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