会社の今後を考える際に、M&Aの活用を検討する経営者は多いだろう。M&Aには、売り手と買い手の双方にメリットとデメリットがあるため、それらをよく考え合わせた上で行うことが重要だ。この記事では、M&Aの売り手と買い手それぞれにとってのメリット・デメリット、およびM&Aの手法別のメリットを徹底的に解説する。

M&Aを行う目的

M&A
(画像=hquality/stock.adobe.com)

M&Aは日本の伝統的な企業風土との相性が悪く、以前はあまり良い印象を持たれない経営拡大手法だった。しかし近年では、売り手と買い手の双方が成功するような、前向きのM&Aが日本国内でも実施されるようになった。ではなぜ今、M&Aが必要なのだろうか?

そもそもM&Aとは?

M&Aとは「Mergers(合併)」と「Acquisitions(買収)」を表しており、企業同士の間で行われる資本の移動を伴う経営統合のことである。具体的には、一方の企業が相手側の企業を完全に取り込む形の「吸収合併」と、株式取得などにより相手側企業を傘下に組み込む「事業買収」などの方法で行われる。

なぜM&Aを行うのか?

現在行われているM&Aは、買い手側企業による一方的な合併・買収だけではない。注目すべきは、さまざまなノウハウを持ちながら、今後の事業継承が難しい企業を、別な企業がM&Aによって存続させるケースだ。

また、いわゆるスタートアップ(ベンチャー)企業が、非常に優れた技術を開発した場合に、その技術を必要とする大手企業などが、M&Aによって相手企業を合併・吸収するケースも増えている。

他にもさまざまな目的でM&Aが行われるが、現在のM&Aとは既存の企業の技術やノウハウを、より大規模な企業の力によって、社会全体に広めることが根本的な目的になっているといえるだろう。

M&Aのメリットとは?

M&Aの概要をつかんだところで、なぜ企業はM&Aを行うのか、ここからは売り手側と買い手側それぞれのメリットを見ていこう。

売り手にとってのメリット

まずM&Aで自社を売りに出す企業にとって、主なメリットは以下のとおりである。

・事業承継の問題を解決できる
M&Aの売り手のメリットとして第一に挙げられるのは、事業承継の問題を解決できることである。近年中小企業経営者が高齢化しており、事業承継は大きな課題となっている。経営者の子どもが会社を引き継ぐ意思がない、あるいは経営者に適していないなどの理由で後継者が見つからず、廃業せざるを得なくなる中小企業が増えている。

このようなケースでM&Aは、事業承継の手段として有力な選択肢になる。優良企業に会社を売却することによって、事業承継問題を根本的に解決できるからだ。

・従業員の雇用や独自の技術・ノウハウを守れる
会社の廃業を選択すると、これまで会社を支えてくれた従業員の雇用は失われることになる。また、従業員によって長年にわたって培われてきた技術やノウハウも失われる。このことはその会社だけでなく、社会にとっても大きな損失といえる。この場合もM&Aによって、従業員の雇用や技術・ノウハウを守ることができるだろう。

・事業がさらに拡大することもある
M&Aで会社を売却すれば、事業を継続できるだけでなく、さらに拡大・発展させることも可能だ。大企業が買い手となれば、それまではなかった大規模な資本やインフラを事業に投下できるからである。従業員も、給与や福利厚生が改善されて、モチベーションアップにつながるケースも多い。

・廃業費用がかからない
廃業には、かなりの費用がかかる。設備や在庫の処分費用や税務処理費用、それに従業員に対する補償も必要だ。しかしM&Aで事業が継続すれば、それらの費用はかからない。

・創業者利益を得られる
M&Aの大きなメリットとして、創業者利益を得られることも挙げられる。会社の売却代金である創業者利益は、一般的に会社の利益の数年分になることが多く、創業者は多額の現金を手にすることができる。それによって、その後の人生を豊かに過ごす、あるいは新規事業へ投資するなど、さまざまな選択肢が生まれる。

・個人保証から解放される
会社債務の個人保証は、中小企業の経営者にとって大きな負担になる。会社を売却すれば個人保証から解放されることも、M&Aのメリットといえる。

・主力事業に集中できる
M&Aでは、会社のすべてではなく一部の事業のみを売却する「事業譲渡」や「会社分割」も選択できる。不採算事業を売却すれば、得られた売却益やその事業に投入していた経営資源を主力事業に投下できるようになる。それによって、主力事業の業績アップが期待できる。

一般的なM&Aでは、売り手側の経営状況が良くない場合や、事業の後継者がいない場合などが多く、企業としての先行きは決して明るくない。しかし別な企業にとって価値のある技術やノウハウを持っていれば、M&Aによって事業の継続が可能になる。売り手にとっては、企業価値があるかどうかがM&A成功のカギになるだろう。

買い手にとってのメリット

次にM&Aの買い手側企業にとってのメリットを確認してみよう。

・経営資源をスピーディーに獲得できる
買い手にとってのM&Aのメリットとしてまず挙げられるのは、経営資源をスピーディーに獲得できることだ。どのような事業でも、一定の水準まで成長するまでには時間がかかるし、失敗のリスクもある。すでにその水準にある会社を買うことによって、経営のスピードアップを見込める。

・事業規模を拡大できる
企業にとって、事業規模が大きいことは大きなアドバンテージになる。規模が大きいことによって、仕入れコストを引き下げられたり、設備の稼働率を引き上げられたりするメリットがあるからだ。M&Aで会社を買えば、時間と労力をかけずに事業規模を拡大することができる。

・事業の多角化と拡大が同時にできる
自社業務の拡大を目指す時には、新規事業への参入も視野に入れる必要がある。その場合1から新規事業を立ち上げるよりも、その分野で実績のある企業に対してM&Aを行った方が、効率的な事業開拓が可能になる。

一般的に、企業が事業を拡大する場合、事業の多角化を検討することが多い。事業を多角化することで、収益の安定性が高まるからだ。M&Aにより自社に欠けていた事業を直接加えられれば、事業の多角化を短期間で達成し、企業としての成功を収めるチャンスも広がるだろう。

・弱点を補強できる
M&Aによって、弱点を補強することもできる。例えば、製品開発には強いが販売は弱いという企業なら、販売網を持つ会社を買収することで弱点を迅速に補強できる。

・自社にない技術を取り込める
M&Aでは、売り手側の企業が持つ人材や技術、特許、ノウハウなどをそのまま自社に組み込むことができる。それによって、自社にない技術をスムーズに取り込むことが可能になる。

・シナジー効果が得られる
「シナジー効果」が得られることも大きい。シナジー効果とは、複数のものを組み合わせることによって、足し算以上の成果が得られることだ。
例えば、独自の営業ノウハウを持つ会社を買収すると、既存事業の営業成績まで向上することがある。会社の買収は、シナジー効果を狙って行われることも多い。

・節税対策ができる
M&Aは、節税対策になることもある。例えば、繰越欠損金を抱える会社を買収すれば、その分支払う税金は少なくなる。また税率の低い国の会社を買収し、そこを本社とすることで、合法的に節税を図ることも可能になる。

企業が新規事業を立ち上げる場合、または業務の多角化を目指す場合には、1から計画を立てて準備を進めるとなると、多大な時間と労力を費やさなければならない。その点では、M&Aにより必要な事業を自社内に取り込めれば、即戦力として経営強化が期待できる。ただし買い手にとっても、相手側の企業価値を見極めることが重要だといえるだろう。

M&Aにはデメリットもある?

M&Aには、デメリットやリスクもある。ここからは、M&Aの売り手と買い手それぞれのデメリットやリスクを見ていこう。

売り手にとってのデメリット

売り手企業にとってのデメリットやリスクは、以下のとおりだ。

・従業員の不満が出ることがある
長く勤務し、会社や経営者に愛着を持っている従業員は、会社が売却されることでモチベーションが低下し、不満が出ることがある。最悪の場合、優秀な従業員が離職してしまうリスクもある。

・取引先の反発が出ることがある
会社の売却によって取引先からの反発が出て、最悪の場合は取引が中止になるリスクもある。会社の売却によって経営体制が変わり、契約条件や担当者が変わることがあるからだ。

・最適な買い手が現れないことがある
M&Aは、相手があってはじめて成立する。売却したくても、希望する価格や条件で買収してくれる企業が見つからないこともある。買い手が見つからないケースは、将来の収益性に不安があると判断される場合に多い。

・従業員の待遇が低下することがある
買い手側の業績や待遇の条件によっては、従業員の待遇が売却前より低下することもある。待遇の低下を防ぐためには、従業員の待遇の条件について買い手側としっかり交渉しておく必要がある。

・企業文化の融合がうまく行かないことがある
買収された企業は、買い手企業のシステムやルールに従わなければならないケースが多い。しかし、企業文化が大きく異なる場合は、システムやルールの融合がうまく行かないこともある。

・経営者としての肩書がなくなる
会社を売却すれば、経営者は経営者ではなくなる。「社長」の肩書がなくなることに、寂しさを感じる経営者は少なくないだろう。

買い手にとってのデメリット

一方で、買い手企業にとってのデメリットやリスクは、以下のとおりだ。

・想定していたシナジー効果を得られないことがある
買い手にとって、M&Aのデメリットとしてまず挙げられるのは、想定していたシナジー効果を得られないケースがあることだ。シナジー効果を得られないと、規模が拡大したことによる管理コストばかりが増大し、結果として収支がマイナスになることもある。

・優秀な人材が流出してしまうことがある
会社の買収では、労働条件の変更や社内のトラブルなどが発生する場合が多く、従業員にとっては精神的な負担が大きい。そのため、買収後に活躍してもらうはずだった優秀な人材が流出してしまうリスクがある。

・簿外債務や偶発債務が発覚することがある
会社の買収にあたっては、買収先の会社の財務状況や事業内容を徹底的に調査するデューデリジェンスが実施される。しかし、それでも簿外債務や偶発債務が発覚することがある。

・最適な売り手が見つからないことがある
企業は、自社の経営戦略に則り、目的を持って会社を買収する。しかし、M&Aが相手あってのものだけに、最適な売り手が見つからないこともある。

M&Aの手法別のメリット

M&Aには複数の手法があり、どの手法を選ぶかによって、M&Aが成功するか失敗するかが決まる可能性もある。ここでは4つの手法に分けて、それぞれのメリットを見てみよう。

株式譲渡のメリット

株式譲渡とは、会社の株式を買い手企業に売却する手法である。株式を売却するだけなので、他のM&A手法と比較して手続きが簡単なことが主なメリットだ。また、売却益にかかる税金が後述の事業譲渡などに比べて少ないため、より多くの売却益を得られるというメリットもある。

事業譲渡のメリット

事業譲渡とは、会社の一部の事業のみを売却することである。不採算事業のみを切り離して売却することができるため、会社の経営戦略の一環として行えるのがメリットだ。買い手企業にとっては、負債などの希望しない資産の引き継ぎを拒めることがメリットになる。

会社分割のメリット

会社分割とは、ある事業を別会社として分割した上で売却することである。債権者の同意がなくても進められることが主なメリットだ。買い手企業にとっては、対価を株式で支払えるケースがあることもメリットといえる。

資本業務提携のメリット

資本業務提携とは、会社が互いに相手の株式を取得し、かつ業務提携を行うことだ。お互いの資本や技術などを活用できるため、シナジー効果が期待できることが主なメリットだ。会社の支配を目的としないため、会社の独立性を保てることもメリットといえるだろう。

事例で見るM&Aのメリットとデメリット

M&Aについて総括する前に、これまでに行われたM&Aの中から、注目に値する成功事例と失敗事例を紹介しておこう。

成功したM&Aの事例とポイント

現在、日本国内で上場企業によって行われているM&Aは、2019年だけでおよそ4,000件に達している。その中でも電気通信分野とヘルスケア分野でのM&Aと、国境を越えたクロスボーダーのM&Aが目立っている。

・ダスキン✕EDIST.CLOSET
2021年5月、衛生用品レンタル大手のダスキンが、女性向けファッション・レンタルの、EDIST.CLOSETをM&Aにより子会社化した。これまでの衛生用品に加えて、新たにファッション系の分野を強化することで、元々女性に支持されていたサービスを、さらに拡充することが狙いにあると見られる。

・ベネッセホールディングス✕プロトメディカルケア
6月には、教育事業を大規模に展開するベネッセホールディングスが、介護事業を運営するプロトメディカルケアをM&Aで買収。教育と介護という2つの事業を、今後車の両輪にして展開するベネッセホールディングスにとって、介護事業に関するノウハウを吸収したことは、経営基盤を固める上でも非常に大きな意味があるはずだ。

・GMO✕OMAKASE
同じく6月、インターネット界でゲームやメディア運営を幅広く手がけるGMOが、オンラインによる人気飲食店予約サービスのOMAKASEをM&Aで子会社化した。GMOは新たな業務を切り拓くためと、既存事業との相乗効果を狙いM&Aを行ったと推測されている。

このように日本でも、大手企業が事業展開をする上で、積極的にM&Aを利用する事例が目立つようになってきた。M&Aによって経営基盤の強化と経営規模の拡大に成功する企業が、今後はさらに増加すると考えられる。

失敗したM&Aの事例とポイント

2013年の事例だが、大手総合商社の丸紅がアメリカの穀物商社ガビロンを買収し、中国市場での穀物取引量拡大を目論んだ。穀物需要が飛躍的に増大する中国で、取引シェアを拡大すれば、企業としての業績拡大に大いに貢献する。

しかしこのM&Aは中国政府内で危機感を高める結果になった。丸紅の動きが、中国穀物市場の寡占化を狙うものとみなされたわけだ。その結果市場に対する中国政府の介入を招き取引量は減少、丸紅のM&Aは本来の目的とは反対の結果を生んでしまった。

同じ2013年には、セブン&アイホールディングスが、カタログ通販大手のニッセンをM&Aで子会社化した。セブン&アイホールディングスとしては、通販分野での豊富な実績から、ニッセンを取り込むことで、実店舗と通販との相乗的な売り上げ拡大を狙ったと見られる。

結果的には、すでにニッセンのカタログ販売が顧客のニーズに合わなくなっており、セブン&アイホールディングスにとっては、不採算部門を増やすことになってしまった。完全な戦略ミスといえるだろう。

M&Aはメリットとデメリットを考え合わせて検討しよう

M&Aの売り手にとっての最大のメリットは、事業承継の問題を解決できることである。後継者を親族や従業員などから見つけられずに、M&Aによって事業承継を行う会社は多い。廃業せずに事業承継を行えば、従業員の雇用や培ってきた技術・ノウハウを守ることができ、さらに創業者利益を得ることもできる。

ただし、M&Aでは従業員の不満が出ることがある。また、企業文化の融合がうまく行かないことがあるなど、デメリットも少なくない。M&Aではメリットとデメリットをよく比較して、慎重に検討することが必要である。

文・THE OWNER編集部

(提供:THE OWNER