シンカー:長期金利(10年金利)の動きは、企業と政府の資金需要の合計でもあるネットの資金需要が左右していると考えられる。基軸通貨である米ドルの長期金利をアンカーとして、米国の10-30年金利差も影響を与える。両要因の基調の動きに、日銀の金融政策要因(コールレート、国債買い入れ、イールドカーブコントロール、信用サイクル)などが加わり、長期金利が決定すると考えられる。大きな財政赤字が継続していても、金利の高騰や財政破綻とならない理由は、企業貯蓄率が異常なプラスで、財政収支と企業貯蓄率の和であるネットの資金需要が弱いからだ。財政赤字だけをみていても、長期金利の動向は理解できないことになる。民間の資金需要の動きも総合的にみないといけない。民間の過剰貯蓄が財政収支をファイナンス力となるからだ。民間の過剰貯蓄が縮小していけば、長期金利には上昇圧力がかかる。民間の過剰貯蓄の縮小は、総需要を破壊する力が小さくなることを意味し、景気回復が税収を増加させる。企業貯蓄率の低下と財政収支の改善がバランスすると、ネットの資金需要に変化はなく、民間の過剰貯蓄の縮小がすぐに長期金利の大きな上昇につながるわけでもない。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

財政収支の赤字が続く中で、企業の貯蓄率は上昇してきた。企業貯蓄率の上昇は、デレバレッジやリストラが強くなるなど企業活動の鈍化を意味し、景気下押しとデフレ悪化の圧力となる。企業のデレバレッジや弱いリスクテイクカ、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を追加的に破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。 企業の支出の力が弱く、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となってしまっているのであれば、政府が支出を増やさねばならない。市中のマネーの拡大には、政府と企業を合わせた支出の拡大が必要になる。

企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(GDP比、マイナスが強い)が、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルを表す。これまで財政赤字を過度に懸念し、恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率が表す企業の支出の弱さに対して、政府の支出は過少であった。結果として、企業貯蓄率と財政収支の和であるネットの国内資金需要が消滅してしまっていた。ネットの資金需要が消滅すると、企業と政府の支出する力がなくなり、家計に所得が回らない。そして、国内の資金需要・総需要を生み出す力がなくなり、貨幣経済と市中のマネーが拡大できなくなってしまっていた。ネットの資金需要の消滅による市中のマネーが拡大する力の喪失が、物価下落、名目GDP縮小、円高という日本化の原因になってきた。

図1:リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=内閣府、日銀、岡三証券 作成:岡三証券)

長期金利(10年金利)の動きは、企業と政府の資金需要の合計でもあるネットの資金需要が左右していると考えられる。基軸通貨である米ドルの長期金利をアンカーとして、米国の10-30年金利差も影響を与える。両要因の基調の動きに、日銀の金融政策要因(コールレート、国債買い入れ、イールドカーブコントロール、信用サイクル)などが加わり、長期金利が決定すると考えられる。短期的な需給要因などのよる変動を考慮するため、1標準誤差を基準にして、ダミー変数で調整する。

大きな財政赤字が継続していても、金利の高騰や財政破綻とならない理由は、企業貯蓄率が異常なプラスで、財政収支と企業貯蓄率の和であるネットの資金需要が弱いからだ。財政赤字だけをみていても、長期金利の動向は理解できないことになる。民間の資金需要の動きも総合的にみないといけない。民間の過剰貯蓄が財政収支をファイナンス力となるからだ。民間の過剰貯蓄が縮小していけば、長期金利には上昇圧力がかかる。民間の過剰貯蓄の縮小は、総需要を破壊する力が小さくなることを意味し、景気回復が税収を増加させる。企業貯蓄率の低下と財政収支の改善がバランスすると、ネットの資金需要に変化はなく、民間の過剰貯蓄の縮小がすぐに長期金利の大きな上昇につながるわけでもない。

10年金利=-0.6 + 0.5 コールレート + 0.4 米10年金利 + 0.6 米10-30年金利差 + 0.01 短観中小企業貸出態度DI - 0.08 ネットの資金需要 - 0.09 日銀当預GDP比(前年差) - 0.4 YCCダミー + 0.5 アップダミー - 0.4 ダウンダミー; R2=0.99

企業貯蓄率が異常なプラスの状態で、財政赤字を過度に恐れて、拙速な財政収支の均衡を目指してしまうと、ネットの資金需要が消滅し、貨幣経済と市中のマネーが拡大できなくなってしまう。そして、景気の悪化で更に財政状況が悪化するという悪循環に陥る。経済が新型コロナウィルス問題から立ち直り、デフレを脱却するためには、財政拡大でネットの資金需要を膨らませ、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルを強いまま維持する必要がある。リフレ・サイクルの上振れで企業が刺激され、投資と雇用の拡大などで企業貯蓄率が正常なマイナスに戻り、総需要を破壊する力が一掃される。そうなって初めて、ネットの資金需要を一定にしながら慎重に財政再建を進めるべきだろう。

図2:長期金利の推計値

長期金利の推計値
(画像=日銀、Refinitiv、岡三証券 作成:岡三証券)

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来