2021年9月2日、日本の公正取引員会はAppleに対する独占禁止法被疑事件の審査結果に関する報道資料を公開した。要旨としては、Appleがアプリ配信業者に対してガイドライン(規約)で禁止していた、アプリ外ウェブサイトにおけるコンテンツ購入への誘導を容認することとし、これを受けて公正取引委員会はAppleに対する被疑事件の審査を終了したというものである。

公正取引委員会報道資料
(画像=PIXTA)

公表文は4ページ程度のもので、詳細がわからない点もあるが、欧州や米国での動きなども踏まえて、適宜補足して読み解いていきたい。

スマートフォンのオペレーティングシステム(OS)で分類すると、AppleのiOSを利用するiPhoneと、GoogleのAndroidをOSとした機器の二つに事実上限定されている。AppleのiPhoneでは、ユーザーが音楽や電子書籍、ゲームなどを楽しむためには、Appleが用意したアプリを利用するか、あるいはアプリストア経由でアプリ配信業者(開発者(developer))のアプリをダウンロードする必要がある。アプリ配信業者がAppleのアプリストアでの配信を行うには、Appleの審査を受け、ガイドラインにそったものであると認められる必要がある。この点、Androidでは、サイドロードと呼ばれる、Googleのアプリストア(GooglePlay)以外からのダウンロードが可能になっているという違いがある。

Appleのガイドラインでは、配信されたアプリのデジタルコンテンツの販売にあたっては、その購入代金はアプリ内課金システム(In-App purchase system、IAP)経由で徴収するように義務付けられている。また、アプリ配信業者自身のウェブサイトや他のウェブサイトでの購入を誘導するようなボタンの表示や外部リンクを張る行為(アウトリンク)を禁止する条項(アンチステアリング条項という)が定められている。

これらのAppleのガイドラインには独占禁止法上の懸念がある。すなわち、デジタルコンテンツの販売にあたってIAPの利用を義務化し、外部のウェブサイトでの購入に誘導することを禁止することが、不公正取引である拘束条件付き取引に該当するのではないかという点である(独占禁止法19条、2条9項6号ニ)。法文としては「相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもって取引をすること」であって、「公正な競争を阻害する(=公正競争阻害性がある)」行為であるものが禁止される。つまり決済方法を限定することによって公正な競争を阻害しているのではないかという懸念である。

公表文から読み取れるのは、アンチステアリング条項の適用を、音楽配信事業、電子書籍配信事業、動画配信事業についてAppleが自発的にやめたことで、公取委が審査を取りやめたということだけである。ただ、これらはAppleが競合事業を行っている分野である(Apple music、Apple+、Apple TV)。つまり、Appleが競合する音楽配信等事業において、かつ著作物として本体価格の下落が期待できないデジタルコンテンツについて、原則的に30%もの手数料を徴収する決済サービスを利用義務化することが、公正競争阻害性が認められる可能性があると考えていたものと思われる。拘束条件付き取引の公正競争阻害性は一般に(1)価格維持効果が生ずる場合、あるいは(2)市場閉鎖効果が生ずる場合のいずれかの場合であるとされている。この点、公正取引委員会は、同種事業を営むAppleがIAP利用義務を課すことで、意図的かどうかは別として価格維持効果および市場閉鎖効果の両方が生じていると考えていたのではないかと思われる。つまりAppleはIAPにより競合事業者から利益を獲得し、そしてそのことで、Apple自身の音楽配信等事業が価格競争から守られるものであったということである。

EU委員会でも、Spotifyからの申立てにより、音楽配信事業におけるアンチステアリング条項の削除とアプリ内配信でもIAP利用義務の撤廃を求めた暫定的見解を出している1。今回の公取委の公表は、範囲は異なるにせよ、Appleと競合事業者に対するIAP利用強制を規制するものとして、軌を一にするもののようである。

しかし、たとえば本報道発表直後に出た米国連邦地裁判決(2021年9月10日)で取り扱われたゲームアプリ(Appleが競合事業を持たない)については、公表文では触れられていない。したがって、ゲームアプリについては、引き続きIAP利用義務が適用されるようである。米国連邦地裁では事業分野にかかわらずアンチステアリング条項の全面的な削除を命じており、日本の公正取引委員会の判断を大きく超えるものとなっている2。

ただ、米国の判決も州法違反を問題にしたもので反トラスト法違反を認定したものではなく、かつ確定したものではない。また米国議会にはプラットフォーム規制法が提案されているということであり、動きが激しい。

今回の公正取引委員会の審査は平成28年から行われてきたものであり、かつ確約計画も行われないという結果を見ると、海外企業に対する日本独占禁止法の適用がかなり難しいものであることを思わざるを得ない。

おそらく、EU委員会および米国の動きをにらみつつ公正取引委員会はその事務を行っていくことになると思われる。今後の動きを引き続き注視していきたい。

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1 基礎研レポート「デジタル・プラットフォーマーと競争法(4)-Appleを題材に」参照。
2 基礎研レポート「エピックゲームズ対Apple地裁判決-反トラスト法訴訟」参照。

松澤 登 (まつざわ のぼる)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長・ジェロントロジー推進室研究理事兼任

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