首都圏新築マンションの発売戸数(供給量の推移)
2020年前半の新築マンション市場では、コロナ禍下の緊急事態宣言発令で、ショールームが閉鎖されるなど販売活動が制限され、多くの人が購入を見送った。不動産経済研究所によると、2020年5月の月次発売戸数は393戸(前年同月比▲82%)となった。
しかし、2020年後半以降の発売戸数は徐々に回復し、最近では在宅勤務の広がりから自宅の居住環境や作業環境が重視されるなど、マンション需要は大きく回復した。こうした需要回復を受け、2021年9月の発売戸数(供給量)は月次2,311戸、前年比▲7%であるが、12カ月移動累計では3.3万戸(前年同月比30%、2019年比▲1%)と2019年の水準に戻っている(図表1)。
2021年上半期の首都圏新築マンションの売買動向は好調であった
新築マンションの好不調は、初月契約率70%を超えるかどうかで判断されることが多い。首都圏の初月契約率は、2021年1月以降68%から76%で推移しており、現在は好調といって良いだろう。
また、価格も上昇傾向である。約10年前の2011年1月を100とすると、2021年9月の平均発売価格(12カ月移動平均 )は136、発売戸数(12カ月移動累計 )は74となっており(図表2)、供給戸数が少なく調整されることにより、高い価格が維持される状態が続いている。
首都圏新築マンションのエリア別の動向には違いが生じてきている
(1) 発売戸数の動向
首都圏の新築マンションについては全体的に回復基調にあるが、エリア別の動向には違いが生じている。長谷工総合研究所によると、エリア別の2021年上半期の首都圏新築マンションの発売戸数は、「東京23区」が5,816戸(前年同期比+51.3%、2019年同期比+6.4%)、「神奈川県横浜市・川崎市」が2,339戸(+107.2%、+17.5%)、「千葉県その他」が1,193戸(+73.1%、+53.5%)とコロナ禍前を上回った。
一方で、「東京都下(23区以外)」は963戸(前年同期比+26.5%、2019年比▲24.8%)、「神奈川県その他」は1,227戸(+188.7%、▲8.2%)、「埼玉県さいたま市」は465戸(+194.3%、▲45.0%)、「埼玉県その他」は838戸(+146.5%、▲25.8%)、「千葉県千葉市」は436戸(+207.0%、▲28.6%)と、供給量がコロナ禍前より少ないエリアが多い(図表3)。
「東京23区」、「横浜市・川崎市」の発売戸数が首都圏全体に占める割合(2021年上期)は61%であり、首都圏全体の回復をけん引した。また、「千葉県その他」は、比較的価格水準の低いエリアの中で選好され、需要を引き付けたと見られる。一方、2019年の水準を回復していないエリアでは、コロナ禍に関係なく、元々2019年末から減速傾向が強かったと思われる。
(2) 価格動向
平均発売価格は、「埼玉県さいたま市」(5,512万円、前年同期比+12.5%、2019年同期比+5.9%)、「神奈川県その他」(4,994万円、+6.3%、+4.7%)の2エリアでは前年同期比、2019年同期比とも上昇、「東京23区」(8,041万円、前年比▲1.8%、2019年同期比+5.2%)、「千葉県その他」(4,637万円▲0.6%、+12.5%)の2エリアでは前年比で減少、2019年比では上昇となった。一方、「東京都下(23区以外)」(5,338万円、▲1.1%、▲4.4%)、「千葉県千葉市」(4,255万円万円、▲5.8%、▲14.0%)の2エリアでは前年同期比、2019年同期比とも下落した(図表4)。
「埼玉県さいたま市」は供給量が少なかったために価格が高まったという側面があるものの、「神奈川県その他」とともに価格上昇幅がかなり大きく、供給面からの一時的な価格上昇ではなくエリア全体の価格水準が上方修正されている可能性が高い。また、「東京23区」と「千葉県その他」はコロナ禍によるスペース拡大等の需要増を受けて物件取得競争による価格上昇があったとみられるが、2021年半ばでは落ち着いている模様だ。「東京23区」では既にかなり高水準の価格となっており、そのエリアで購入希望ではあるものの、収入面で購入できなくなり、需要が低迷してきている可能性がある。このような要因で価格と発売戸数が伸び悩むエリアでは、今後しばらく価格が停滞する可能性がある。
なぜエリアによって差が生じたのか
(1) ターゲット層の世帯年収の減少している
エリア別の動向に差が生じた原因の一つに、コロナ禍の世帯年収への影響が考えられる。労働政策研究・研修機構の6月の調査によると、世帯年収(2020年)が低いほど、世帯生活の程度がコロナ禍前より「低下した(700万円以上」17.5%、「300万円未満」35.1%)」と回答している。また、現在の状況が「中の上」または「中の中」である人は「今後の状況は変わらない」と答えた人が半数を超えたのに対し、「中の下」では「今後は悪化する」と答えた人が半数を超えた。コロナ禍では、世帯年収が低い層ほど収入が減少し、その影響も続く傾向があるようだ。
住宅購入にあたっては、住宅ローンを利用する人が多いが、住宅ローンの借入可能額からそのエリアの需要者がどの世帯年収層をターゲットにしているのかがわかる。元利均等返済の借入可能額は次の2式で概算できる。
ローン審査において、ローン返済に充当できるのは年収の30%程度であり、他の借入がなく、借入条件を(1)金利は1%、(2)返済期間は35年と設定すると、借入可能額は、世帯年収500万円の場合は4,420万円と「千葉県」の新築マンションの現在の価格に近く、同様に1,000万円の場合は8,850万円と東京23区の現在の新築マンションの価格に近い(図表5)。
また、2021年に購入をする人の借入可能額は、前年の年収である2020年の年収から算出される。労働政策研究・研修機構によると、就労者の収入のうち、2020年4月から12月の「きまって支給される給与」は前年同月比で平均▲1.1%(最大値▲2.0%)、「時間外手当など」は平均▲15.3%(最大値▲26.4%)、「ボーナスなど」は平均▲4.9%(最大値▲12.8%)で推移しており、特に時間外手当とボーナスの減少が大きい(図表6)。世帯年収500万円から600万円程度の層の時間外手当やボーナスの減少が、価格水準が4000万円半ばのエリアの価格を停滞させていると推定される。
さらに、2022年に購入をする人の借入可能額は、2021年の年収から算出される。2021年1月から8月は「時間外手当など」は前年比平均+5.0%(最大値▲9.1%)、「ボーナスなど」は前年比平均▲0.5%(最大値▲20.3%)と2019年の水準には戻っておらず、一般的にボーナスの支給水準は急な回復は見込めない。今年の価格動向が下落となっているエリアについては、来年も価格と売行きが停滞する可能性があるのではないだろうか。
(2) エリアの特徴によって、ニーズの変化から受ける影響の大きさは違う
マンション購入希望者のニーズの変化の不動産価格への影響の大きさは、エリアの特徴によって異なる。
例えば、マンション購入希望者において「東京都心部への利便性」が重視されるようになったとすれば、電車通勤時間の短い住宅の価格が高くなると考えられる。図表3と4のエリアは概ね「都県庁の所在市区」と「その他」に分けられているが、「都県庁の所在市区」であってもエリアの特徴は一様ではない。東京駅からの距離を比べると、「埼玉県さいたま市(浦和駅)」は最短約25分、「神奈川県横浜市(関内駅)」は最短約35分に対し、「千葉県千葉市(千葉中央駅)」は最短約50分とやや距離がある。また、「千葉県その他」には、浦和市、船橋市などの、マンション適地になりやすく、千葉市より東京に近いエリアも含まれ、一概に県庁所在地でないから競争力が劣るとは言えない。
今後は、コロナ禍後の生活が徐々に意識されるようになると思われるが、「首都圏」という大枠だけでなく、このような変化に応じて細分化されたエリアごとに動向を見る必要があるだろう。
当面は供給調整により価格上昇が続く見込みか
マンションの販売は、これまでの実績から見ると、住宅取得控除の期日直前の12月と、転勤・転居の多い3月の売行きが良く、下期に減速することはあまりない。2021年通年の供給見込みも、長谷工総合研究所によると約3.5万戸(前年比+28.5%、2019年比12.0%)と良好に推移する見込みである。
さて、新築マンションの今後の価格見通しであるが、これまで新築マンションの価格の大きな下落は、バブル崩壊のあった1990年から1995年ごろなど限られた期間でしか起こっておらず、今後も大きな価格下落は考えにくい。
現状、一部のエリアでは価格が高すぎて需要が減少し、販売計画が遅れていると思われるマンションも出てきている。しかし、そうした場合でも、マンションがあるエリアでの新築マンションは、マンション販売業者が供給量を減らして価格を維持していく可能性が高い。従って、全体的な傾向としては、首都圏新築マンションの価格は、当面は引き続き緩やかに価格上昇が続き、高い水準が維持されていくと思われる。まずは、マンション需要が一旦落ち着くと予想される2022年4月以降の動向に注目したい。
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渡邊 布味子 (わたなべ ふみこ)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員
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