本記事は、宮川淳哉氏の著書『中小企業のための人事評価の教科書 制度構築から運用まで』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています
形骸化する人事制度とは
●人事制度がうまく機能していない会社の姿
中堅・中小企業において「人事制度がまったくない」という会社は少ないでしょうが、「うまく機能している」と言える会社もまた非常に少ないものです。
人事部門の責任者や担当者から、次のような声をよく聞きます。
「人事制度の目的や効果が社員に理解されていないまま、定例作業として進んでいる気がする」
「人事評価の時期になって、人事部から評価・面談のアナウンスをすると、社内で『この忙しいときにまた面倒だな』だという空気が流れる」
「評価や面談、評価会議に費やす時間が負担で『業務運営に支障をきたすのでなんとかしてほしい』という不満の声がある」
「評価者である上司も、被評価者である部下も、面談が憂鬱と感じていると思う」
「当社の評価制度は査定のための評価制度であり、育成・教育と切り離されていて断絶してしまっていると思う」
「評価だけで時間もエネルギーも割かれてしまう上に、評価が終わると同時に次の目標設定が始まり、じっくり考える間もなく記入・提出を求められ、間に合わせの作業で欄を埋めるだけの質の低い目標設定になってしまう傾向がある」
以上の声を踏まえて、私がこれまでに支援させていただいた多くの会社に共通する評価制度や人材育成についての問題意識・機能不全の代表的な症状例と、それを解決した後のありたい姿を以下にまとめます。
〈問題意識・機能不全の症状例〉
・人事評価・面談のアナウンスをすると社内で面倒な空気が流れる ・評価は期末の終わりの行事であり、期の振り返りと評価の理由の伝達 ・憂鬱でお互いに気の乗らない面談 ・未計画で現場丸投げのOJT、新人指導止まりのOJT ・一般論ばかりでマンネリ化している階層的研修の実施 ・自分の仕事は普段の日常業務であり、+αの評価作業・面談、+αの研修受講はおまけの仕事 ・個人任せのマネジメントで、目標達成・成長するかどうかはフタを開けてみないとわからない
思い当たる問題意識はあるでしょうか?
これらの問題意識を解消し、次のような制度運用を目指したいものです。
〈ありたい姿〉
・査定は差をつけるのが目的でないので、手間暇をかけずに終わらせる ・評価は期初スタートに向けての出発点であり、未来の話がメイン ・「評価→育成」がセットであり、評価は育成の出発点 ・日常の当たり前のコミュニケーションとしての面談 ・指導ではなく育成のための計画的なOJT ・一般論ではなく実践と紐づけた研修 ・自社として確立した組織マネジメントで、成長のための再現性のある仕組みで目標達成や成長を実現する
●そもそも人事制度の目的を間違えている会社が多い
人事制度とは、そもそも何のためにあるのでしょうか? 筆者が人事制度についての悩みや相談を受けた際に、実際の制度や運用状況をたずねると「そもそもの目的」のところで間違っていると感じるケースが多いのです。
よく耳にするのは、次のような目的です。
「成果を出している社員や能力のある社員とそうでない社員で給与が一緒だったら不公平だから、できる社員とできない社員で報酬に適切に差がつくようにしたい」
→できる社員とできない社員で報酬に適切に差をつけるための評価制度
「これまで社長の私がものすごい時間をかけて一人ひとりの査定をして給与を決めていたが、『何を評価されているのかわからない』という不満の声が多い。また『社長が鉛筆をなめて給与を決めている』なんて言われて。こちらの苦労も知らずに……。せっかくの機会なので、誰が見ても納得できる査定基準と合理的な報酬決定ルールを作りたい」
→誰が見ても納得できる査定基準と合理的な報酬決定ルールを作るための評価制度
「これまでは会社の規模も小さかったので一人ひとりの顔も仕事も見られていたが、社員数が20人を超えたくらいから、それがちょっと難しくなってきた。それに評価制度もないというのもどうなのかと思い、それなりの組織になった証として感覚ではなく会社の仕組みで運営したいと考えている」
→それなりの組織になった証として作る評価制度
以上はありがちな目的ですが、これらを目的として掲げても、人事制度がうまく機能することは難しいでしょう。その理由は次のとおりです。
〈社員の報酬に差をつけると、上がる人と下がる人が出てきて、下がる人のモチベーションが単純に下がる。また、上がる人のモチベーション向上効果は持続性が低い〉
報酬が上がった人のモチベーション向上は一過性であり、すぐにそれが当たり前となります。また、報酬が下がった人の意識ががらりと変わり成果を上げるようになるかというと、そんなに単純な話ではありません。
結果として、組織全体でのトータルのモチベーション向上効果はありません。
〈査定基準や報酬決定ルールが明確になると、査定や報酬を決める経営者の苦労は減るが、現場の負荷が高まる〉
査定基準や報酬決定ルールを作っても次なる不満が聞こえます。それは、「現場の負荷が高く、運用しきれない」です。査定基準や報酬決定ルールが明確になると、査定や報酬を決める経営者の苦労は減りますが、現場の負荷が高まるのです。
自分たちで一連の目標設定・運用・評価・フィードバックを丁寧に進めるのではなく、普段は何の負荷もない状態で期末になってAIで評価入力ボタンを押すと評価点数が自動的に出てくるようなものがあるならば別ですが、当然ながらそんな便利なものはありません。
〈それなりの組織になった証として作るのが目的であれば、人事制度ができあがった瞬間に自己満足して、運用のマンネリ化が始まる〉
それなりの組織になった証として作るのが目的であれば、人事制度ができあがった瞬間には満足します。しかし、制度ができあがるのは目的であり、そこから運用の負荷のみが継続し、マンネリ化するという状態が目指す姿ではないでしょう。そこからがスタートであり、運用しながら本来の目的、ありたい姿、得たい効果を目指すのです。
●人事制度の運用は投資である
では、人事制度の本来の目的とは何でしょうか。
たしかに、社員の報酬に差がつき、経営者の苦労が減り、それなりの組織の証ができました。しかし、これらを実現することが「真の目的」でよいのでしょうか? もし仮に、この目的で人事制度を行った場合、成果や効果は本当に生まれるでしょうか?
人事制度の運用には毎年多大な工数がかかります。そして、その工数の大部分は現場の負荷となります。どんなにきれいごとを言っても、人事制度という大掛かりな仕組みを運用するには大きな投資が必要です。投資ですから、それに見合ったリターンを回収しなければなりません。「投資が必要だ」という現実を直視し、「それでもこれだけの効果・リターンがあるので、徹底して運用しよう」という心積もりで人事制度を展開する必要があるのです。
人事制度運用によって得られる効果よりも、人事制度運用の負荷のほうが高ければ、人事制度は必ず形骸化します。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます