この記事は2022年4月7日に「テレ東プラス」で公開された「洗濯を変えて生活が変わる~進化するコインランドリー:読んで分かる『カンブリア宮殿』」を一部編集し、転載したものです。
目次
洗濯の待ち時間にカフェ ―― 最新コインランドリー
東京都世田谷区のマンションに半年前に引っ越してきた船所英明さん・美智代さん夫妻は、共働きで洗濯物がたまりがち。週末にまとめて洗っているが、ベランダが狭いうえに西向きで、午前中はほとんど日が当たらない。全自動の洗濯乾燥機もあるが、乾燥まで一度にできるのは最大6kgまでで、数時間かかる。しかも1回では乾燥しきれないという。
2人の悩みを解決してくれたのが、近所に見つけた明るい雰囲気のコインランドリー「バルコランドリープレイス」代々木上原。設置されているのは業務用の洗濯乾燥機。最大16kgと、家の3倍近くを一度に洗えて乾かせる。「脱水力もすごいし、ガスによる乾燥でパワーが全然違う」と船所さんは言う。洗剤や柔軟剤は機械に入っているので、持ってくる必要がない。
▽設置されているのは業務用の洗濯乾燥機
布団専用や低温乾燥など、4つのコースから選べる。舩所さんが選んだのは、スタンダードな1,400円のコースで完了までは1時間。その間は店の奥にあるカフェへ。ショーケースにはおしゃれでおいしそうなパンやケーキが並ぶ。待ち時間がコーヒータイムになる。
▽ショーケースにはおしゃれでおいしそうなパンやケーキが並ぶ
この店は3年前にオープン。「洗濯とカフェ」という新機軸で、今までコインランドリーとは無縁だった人たちにも人気となっている。店のサイトを開けばマシンの稼働状況や残り時間がわかるため、確認してから来れば店で待つ必要もない。
スイーツをスマホで撮る客もいる。撮影していたのは、洗濯機の形をしたオリジナルのスイーツ「ランドリーロール」(198円)。しっとりとした生地にシナモンの味。洗濯機をバックに撮る写真がSNS映えすると、口コミで評判が広がっているという。
▽洗濯機をバックに撮る写真がSNS映えする
羽毛布団など、家の洗濯機だと洗えない大きなものもOK。「洗濯乾燥Lサイズ羽毛ふとん専用」(1,600円)は、洗いから乾燥まで約65分で仕上がる。スニーカー専用の洗濯機は中にブラシが付いていてゴシゴシ洗ってくれる。スニーカー専用の乾燥機まである。
さらに、この店にはスタッフが常駐していて、洗濯代行(1袋約40リットル、1,980円~)のサービスも。客が専用バッグに洗濯物を詰めて持ち込めば、代わりに洗濯してもらえる。しかも乾いた後は、1点1点、丁寧に畳んでくれるのだ。オプションには、自宅まで回収にきて、洗ったあとは届けてくれる洗濯代行+集荷配達のサービス(1袋40リットル、2,970円~)もある。
トップは洗濯機の技術者 ―― こだわりで人気沸騰
「元々は洗濯機の設計をしていた。エンジニア時代は毎日いじっていました」と話すのは、「バルコランドリープレイス」を運営するOKULAB(オクラボ)代表・永松修平(41)。永松はかつて家電メーカーで洗濯機の開発をしていた。だから洗濯には並々ならぬこだわりがある。水量や洗剤の量、回転数などはメーカーが設定しているが、永松はプログラムを自分でいじって変えてしまう。
「コインランドリーの場合、メーカーさんが用意したコースを使っているのがほとんどですが、それだと自分が目指している洗濯ができない」(永松)
洗濯機自体も特注品。通常パイプは洗剤用と柔軟剤用の2本だが、別の洗剤も使えるよう4本にしてもらった。通常のコインランドリーは1種類の合成洗剤と柔軟剤だけ。だがバルコではもう1種類、天然石けんの洗剤と、リンス剤も選べるようにした。
それを作っているのは大阪・八尾市の「木村石鹸工業」。大正13年創業の老舗メーカーで、ヤシの油とアルカリ剤を釜で焚く昔ながらの製法を今も守っている。
「天然石けんは肌に優しく、環境に優しいと実感します。より多くの人に届けたい」(永松)
「木村石鹸」が高級ブランドとして作った洗剤を、永松はバルコで使わせてほしいと直談判したのだ。
「永松さんは洗濯マニア。そこがすごくいいなと思った。コインランドリーでコストを落とすとしたら、水と洗剤くらいしか落とせるところがないので、そういうオーダーになりがち。でも永松さんはそうじゃないところでこだわってる」(木村祥一郎社長)
とことん洗濯にこだわる永松は、コインランドリーの枠を超えたサービスも始めている。
同じ店内でクリーニングも受けつけ。洗濯機NGの衣類は預ければOK。東京・狛江市に自社のクリーニング工場まで持っている。人型の乾燥機など最新の機械や、この道50年以上の職人もいてプロの手で仕上げてくれる。
スニーカー専用のクリーニングも。専門スタッフのシューズスペシャリスト・勝川永一は、まず大まかな汚れをブラシで落とし、クッション性のあるネットに入れて洗濯機へ。
「機械の中で回るのでダメージがないように。中の目に見えない汗とか脂を取ります」(勝川)
▽「中の目に見えない汗とか脂を取ります」と語る勝川さん
洗剤は特別なものを使用。さらに、洗濯機では落とせなかった細かな汚れを手作業で落としていく。
実は勝川は自らのシューズブランドを持つデザイナーでもある。靴のことを知り尽くしているのだ。この日、持ち込まれたのは、かかとがすり切れ、穴があいてしまったスニーカー。補修作業まで受け付けているのだ。
東京・世田谷区に146店舗目となる「バルコランドリープレイス」千歳烏山がオープンした。この店は常駐スタッフのいない無人店舗だが、開業後しばらくはスタッフが使い方を説明している。
「バルコ」を運営するオクラボは創業から5年で売り上げ21億円と、急成長している。 「日本では家で洗濯するのが当たり前になっている。そのカルチャーを変えていきたい。新たな価値を創造していきたい」(永松)
「洗濯」にかけた人生 ―― エンジニアの「選択」とは?
滋賀・甲賀市。永松がやってきたのは、店の洗濯機をつくっている工場だ。ここでは家電メーカー「アクア」の洗濯機や乾燥機をつくっている。「アクア」はクリーニング店やコインランドリーなど、業務用でトップシェアのメーカーだ。
家庭用に比べて洗う量や回数がけた違いに多いため、モーターは大型。部品もほとんどが頑丈な金属製で、そのため1台数百万円はするという。既製品は赤色だが、バルコ向けはシックな店舗に合わせてシルバーグレーにした。
▽バルコ向けはシックな店舗に合わせてシルバーグレーに
「オクラボさん向けの専用モデル。ボタン周りもデザインを変えたりしています」(「アクア」業務用洗濯機事業本部・野呂勝さん)
永松は元「アクア」のエンジニアだった。こだわりの注文に応えてくれる野呂さんはかつての上司だ
「常に前を向いている人間で、(退社は)人材としては惜しかったけど、部下が成長する姿は見たいじゃないですか」(野呂さん)
▽「部下が成長する姿は見たいじゃないですか」と語る野呂さん
エンジニアからコインランドリービジネスへの転身。その裏には抗えない時代の波があった。
永松は2006年、エンジニアとして三洋電機に入社。業務用洗濯機の開発部門に配属された。三洋電機は1953年、国内で初めての噴流式の洗濯機を開発。一般家庭に広めたかつての大手メーカーだ。高度経済成長期にコインランドリーが普及すると、業務用洗濯機でトップシェアとなった。
だが、2000年代に入ると経営が悪化。2011年、パナソニックの完全子会社となる。その時、冷蔵庫と洗濯機部門はリストラの対象になってしまう。永松には後悔があった。トップの座に安住し、市場を拡大する努力を怠ったのではないか。
「コインランドリーという事業はもっと可能性があるのに、なんでそこに取り組まなかったんだろうと。もっと存在感を出せたんじゃないかと、すごく後悔しました」(永松)
そんな永松たちを救ったのが、中国の家電メーカー「ハイアール」だ。三洋の洗濯機と冷蔵庫事業を引き受け、永松を含むおよそ3,100人が移籍することになった。「アクア」と社名を変えての再出発。永松はコインランドリー事業をもっと拡大したいと、現場の調査を始めた。
だが、そこで目にしたのは、掃除の行き届いていない店内だった。壊れた洗濯機が修理もされず放置されていた。これでは客が来てくれるはずがない。
「投資ビジネスという側面も強い。安く作って利益を出すという流れがすごく強い。やれるのにもったいないという思いがありました」(永松)
コンビで生み出す経営力 ―― 洗濯プラスアルファで急拡大
永松は、コインランドリーのあり方そのものを変える必要があると考えた。そして「アクア」の社員の中に、永松の思いを受け止めてくれる人物がいた。経営再建を担うメンバーとして加わっていた久保田淳だ。
久保田は20代なかばでITを使った農業ベンチャーを起業。その後、いくつもの会社で新規事業を立ち上げた経営のエキスパートだ。
「情熱は僕より全然すごい、この産業に対する知見もすごい。永松の言動とか、思っていることは起業家向きだなと思いました。1つの会社にとどまっているのはもったいないなと」(久保田)
意気投合した2人は2016年、共同で「オクラボ」を創業。洗濯に徹底的にこだわり、プラスアルファの価値も楽しめる店舗を拡大していく。
▽久保田さん(左)と打ち合わせる永松さん
例えば、2021年1月、川崎市にオープンした「バルコランドリープレイス」五月台はスポーツクラブの「ルネサンス」と業務提携。「洗濯と健康」という組み合わせだ。
一方、京都に2021年7月にオープンした「バルコランドリープレイス」京都伏見力の湯は、同じ建物にスーパー銭湯を併設している。コインランドリーの場所には以前レストランがあったが、コロナ禍で利用客が激減。そこで銭湯の運営会社が永松に相談したのだ。
「コインランドリーは1時間くらいですべてが終わる。洗濯をしながらお風呂に入っていただき、お客様からも時間節約になって嬉しいという声をいただいています」(「京都伏見力の湯」運営会社・長尾洸太郎さん)
洗濯で全ての人を幸せに ―― 進化するコインランドリー
2022年3月12日、神奈川・愛川町にちょっと変わった施設がプレオープンを迎えた。長い行列の先にあったのはコロッケスタンド。懐かしい感じの「春日台コロッケ」は180円だ。その隣にできたのがコインランドリーだった。
▽懐かしい感じの「春日台コロッケ」は180円
ここは社会福祉法人が運営する地域共生文化拠点「春日台センターセンター」。認知症の人が共同生活するグループホームやデイサービスなども行う、地域の福祉を担う拠点だ。街の人たちの交流の場にしたいと導入したのがコインランドリー「洗濯文化研究所」だった。
ここにはスタッフが常駐して、洗濯代行も行う。今後は障がいのある人も雇用し、仕事を任せる予定だ。
▽洗濯文化研究所の様子
「社会の中に、その人たちが裏方ではなくて、社会の中に見えてくることが非常に重要だと思っています。生活の中の営みを仕事に変えて、そこに障がいのある人たちの仕事をつくる」(社会福祉法人「愛川舜寿会」常務理事・馬場拓也さん)
その実現のため、施設側が助けを求めたのが永松だった。
障がいのある人と一緒に働くスタッフに洗濯代行のノウハウを伝授。車イスでも作業しやすいように高さを調節できる机を用意したり、洗剤の量を間違えないよう、カップに数字や線を書いて分かりやすくした。コインランドリーで雇用支援という新たな挑戦が始まった。
▽車イスでも作業しやすいように高さを調節できる机
※価格は放送時の金額です。
~ 村上龍の編集後記 ~
出店希望者への提案書を読んで、コインランドリーをやってみようかと思った。貯金を集めれば開業できる。提案書は実によくできていた。
「梅雨セール」の告知としてポスティング配布1枚につき9円、店舗前スペースにのぼり(両面印刷)4,000円土台、竿5,000円、こんな親切な提案書はない。
ただ、洗濯への情熱がお二人に比べると足りないと思い諦めた。二人は最初から洗濯への情熱を持っていたわけではない。洗濯を続けるうちに身についたのだ。本物の情熱である。
<出演者略歴> 永松修平(ながまつ・しゅうへい) 1980年生まれ。2006年、三洋電機入社。2016年、OKULAB(オクラボ)創業。 久保田淳(くぼた・あつし)1981年生まれ。2006年、アディダスジャパン入社。2010年、農業ITベンチャーを創業。2012年、ソニーピクチャーズエンタテインメント入社。2014年、ハイアールアジア入社。2016年、OKULAB(オクラボ)創業。 |