この記事は2022年3月17日に「テレ東プラス」で公開された「殺虫剤だけじゃない!~日用品でヒット連発のアース製薬~:読んで分かる『カンブリア宮殿』」を一部編集し、転載したものです。
目次
掃除グッズ、入浴剤に口腔ケア ―― 日用品メーカーに大変貌
1本のスプレー缶を排水口に押し当てると、洗面台の上部にあいた穴の部分(オーバーフロー)から泡がモコモコと出てきた。洗面台の排水管用の洗剤「らくハピマッハ泡バブルーン洗面台の排水管」(877円)は、泡をジェット噴射することで排水管にこびりついた汚れを押し出してくれるという画期的な掃除アイテムだ。
▽洗面台の排水管用の洗剤「らくハピマッハ泡バブルーン洗面台の排水管」
これまでの洗剤では洗えなかったオーバーフローという部分まで、泡の力で奇麗にする。泡と汚れが飛び出す様子が面白いとSNSでも話題を集め、2020年日経MJのヒット商品に選ばれた。
トイレ用の「らくハピいれるだけバブル―ントイレボウル」(437円)は、便器に入れると泡が汚れを包み込むから、こすらなくても奇麗に。浴室用の「らくハピお風呂カビーヌ」(492円)は、一度使えば最長2カ月半もカビが生えにくくなる。一般的な防カビ剤に入っている塩素系成分を使っていないので、浴室の小物類も置いたままでOKだ。
▽トイレ用の「らくハピいれるだけバブル―ントイレボウル」
アース製薬といえば「ごきぶりホイホイ」などの殺虫剤の会社というイメージがある。だが会社を訪ねてみると、並んでいる商品の多くは掃除用や芳香剤などの日用品。かつては売り上げの9割近くが虫ケア用品だったが、今では日用品が5割以上を占めている。
例えば入浴剤。おなじみの「バスロマン」はもちろん、「温泡」は炭酸成分が入っているので、体の芯からあたたまる入浴剤。さらに2012年には「バスクリン」を買収し子会社化した。コロナ禍のいま売れているのが「日本の名湯シリーズ」。全国の名だたる温泉地から公認を受けている入浴剤だ。
▽アース製薬が販売する入浴剤
今やアース製薬グループの入浴剤は業界シェアの50%近くを占めるまでになった。
「らくハピエアコン洗浄スプレー」(712円)も画期的な商品。それまでプロに頼むしかなかったフィルター奥のフィンの掃除もスプレーするだけで洗浄できる。汚れは排水パイプから外へ。累計1億本を売る大ヒットとなった。口臭ケアのロングセラー「モンダミン」もアース製だ。
今やアース製薬は殺虫剤メーカーから日用品メーカーに変貌を遂げているのだ。本社は東京・千代田区神田。社員およそ1400人、創業130年の老舗企業だ。
殺虫剤から日用品メーカーへの変貌を支えているのが消費者のニーズをとらえるマーケティング部門。商品ごとに、購買層やどこで買われているかなどを細かく分析している。
マーケティング会議の席上、社長の川端克宜(50)が、「2022年最強運ランキング1位から48位。1位は牡牛座でA型の人なんだって」と、占いの話を始めた。
「会議は会議で真面目にやる。でも僕がモットーにしているのが、仕事も遊びも一所懸命。仕事の話を真剣にしていて、突然仕事ではない話を振った時にそれを楽しめる会社になればいいと思うんです」(川端)
消費者目線で開発&販売 ―― 17年連続の増収達成
アース製薬は1970年、「オロナイン軟膏」や「ボンカレー」などで知られる大塚グループに入る。以降、社長は大塚家から選ばれてきた。しかし8年前、プロパー社員から初めて社長となったのが川端だ。
それまで商品開発はオーナー家のトップダウンで進められたが、川端は消費者目線をより大事にしようと、新たにマーケティング部門をつくった。それによって商品の幅が広がり、新たな顧客をつかむことに成功したのだ。
「アース製薬はおかげさまで130年の歴史があるのですが、変な意味での頑固な『老舗』はいらない。社員はあらゆることにチャレンジしたらいい、と」(川端)
そんな川端のチャレンジ精神はさまざまな変革につながっている。兵庫・赤穂市にある研究所もそのひとつ。川端の社長就任を機に、100人近くの研究員は自発的に研究・開発の幅を広げるようになった。
ここでは100種100万匹の虫を飼育、研究。ほかにも気になるものがたくさんある。例えば、特注品透明の便器。「配管の奥までしっかり洗えているか確認できる便器」と言う。値段は100万円くらいするとか。研究員は「アース製薬の商品はお客さまの目線に立って使いやすい物にするのが前提で作っています」と言う。
開発だけではない。売り方でもお客目線を意識している。
埼玉・久喜市の「ホームセンタームサシ」久喜菖蒲店。そこにスーパーやホームセンターの売り場作りを担うアース製薬の店頭サポート部隊、通称「EMAL」の荒井千尋がいた。「EMAL」は全国に227人を配置。アース製薬の商品の購買客の7割が女性ということから、メンバー全員を女性にした。
▽アース製薬の店頭サポート部隊、通称「EMAL」の荒井千尋さん
荒井の仕事ぶりを見てみる。ホームセンターの担当者を連れて向かった先は、アース製薬では扱っていない洗濯洗剤のコーナー。「防虫剤をサイドネットにつり下げで展開させていただければ」と申し入れると、担当者も「展開していただけると店も助かります」。荒井は棚の側面にあるネットに、自ら持ち込んだボードを取り付け始めた。僅かなスペースを狙って商品を陳列していくのだが、これも実はお客目線だ。
洗濯コーナーに衣類用の防虫スプレーを置いたのは、「洗濯して乾いたら畳んで洋服ダンスに入れる。そんな時にワンプッシュで虫が付かない関連商品を展開させていただいた」(荒井)というのが意図だ。同様に、ゴミ袋売り場にはゴキブリ退治のグッズを置いた。
一見関係なさそうな売り場でも、客のニーズを読み取り、あったら便利な商品を並べていく。「ついで買い」へと導く売り場作りが、小売店からも信頼されているのだ。
「お客さまにとって、欲しい商品のついでに便利な商品があると、店の評判につながるので、ありがたいと思っています」(店長・玉木健一さん)
売り場と開発の双方が徹底した消費者目線を貫く。それを武器に17年連続の増収を達成した。
「虫ケア用品を売ってきたけど、必要とされていなかったらそこにこだわる必要はない。柔軟に形を変えながら脱皮しながら、商品を通してお客さまの悩みを解決する」(川端)
「次はお前やってくれ!」 ―― 40歳で社長就任への要請
商品展開だけでなく、川端は社内の雰囲気もガラリと変えてきた。例えば「経営計画」。これまでは文章で配られていたが、伝わらなければ意味がないと、マンガに変えた。
▽「伝わらなければ意味がない」とマンガに変えた「経営計画」
また、今年のバレンタインデーでは、チョコを配るのは個人の自由とした上で、「年賀状同様、儀式・形式的なことである、いわゆる義理チョコはやめましょう。もし、義理チョコを待っている男性社員がいましたら、誠に申し訳ございません」と、メールで提案した。
アース製薬は、大阪の薬剤師・木村秀蔵が1892年に家庭薬の製造会社として創業。飛躍のきっかけは、1929年に発売した国内初の家庭用噴霧式殺虫剤「アース」だ。これが大ヒットし、それに伴って社名もアース製薬に変えた。
しかし、この商品は、薬をその都度ポンプに入れる手間もあり、売り上げは頭打ちに。その後もヒット商品を生み出せず、会社は倒産の危機に陥る。
その知名度に目をつけた大塚グループが1970年、アース製薬に資本参加。その時、大塚家から送り込まれたのが大塚正富だった。
「当時の大塚正富社長が、大塚家から『お前がいってこい アース製薬を立て直せ』と言われて来た。『3年で立て直せなかったらお前はクビだ』と言われたとか。でも潰れかけている会社だから、いい材料がない」(川端)
研究費をかけずにヒット商品を産めないか。正富が狙ったのはゴキブリだった。研究チームはゴキブリの行動をつぶさに観察。壁や物に沿って動くことをつかんだ。
そして1973年に発売したのが「ごきぶりホイホイ」。臭いにひかれて入ってきたゴキブリを粘着剤でキャッチ。「ホイホイ捕れる」という分かりやすいネーミングと、ゴキブリに触らず捨てられる手軽さが主婦の心をつかみ、爆発的なヒットとなった。
さらに正富は1978年、火を使わない新しいタイプのくん煙殺虫剤「アースレッド」を開発、ドル箱商品に導いた。こうして長年低迷していたアース製薬は、ついに殺虫剤のトップシェアを奪い取ったのだ。
川端が入社したのは1994年。営業マンとして、売り上げ最下位だった広島支店の成績をトップにし、38歳で花形の大阪支店長に抜擢された。
40歳の時、当時の社長・大塚達也(現会長)から食事に誘われる。
「『俺が社長を辞めるのは知ってるだろう』と。『はい、あと2年ですよね?』、これは新社長のスクープネタが聞けるなと。『誰ですか?』と聞いたら、『お前やってくれ』。理解ができなかった。『俺がするの? 俺?』と言いました」(川端)
それもそのはず、大塚家とは無縁だし、上にいる十数人の役員は全員年上。当時、川端より上の立場にいた降矢良幸(現取締役専務)にとっても、晴天の霹靂だったという。
「『え?』みたいな。まずいかなと思いました。支店長にものをいう立場だったので、上がってきた数字に『なんだこれ』『予算を使いすぎじゃないか』といつも指摘していた。それが逆の立場になるのかと。(川端は)営業のトップにはなると思っていたけど、会社のトップになるとは思わなかったです」(降矢)
社長就任早々の大決断~社員のやる気に火を点ける
2014年、42歳の若さで就任した川端は、いきなり大きな決断に迫られる。それは衣類の防虫剤「パラゾール」や保冷剤の「アイスノン」で知られる老舗日用品メーカー「白元」の買収案件だった。
買収に必要な金額はおよそ75億円。それは当時のアース製薬があげる年間純利益の2.5倍だった。加えて、「白元」が抱える負債も引き受けなくてはならない。アース製薬の役員会は紛糾した。
だが、「白元」の人気商品が加われば顧客層は広がるはず。そう考えた川端は買収を断行する。
狙い通り、アース製薬の子会社となった「白元アース」の日用品はグループの収益をどんどん押し上げていった。特に、アース製薬では扱っていなかった「白元」の不織布マスクは、今回のコロナ禍で大きな追い風となった。
さらに川端は、全員参加型の会社にしようと、社員の意識も変えていく。それを象徴する取り組みが、社内ネットワークを使った仕組みだ。
「こんな商品があったらいいと、社員から上げてもらう。研究者ではなく一般の社員から。いいなと思えば、ポイントが社員に行くようになっています」(川端)
▽こんな商品があったらいいと、社員から上げてもらう
ポイント数が多い社員には金一封を贈呈。去年1年間だけで1万件を超える提案があったという。
「こんな提案をしたら怒られるとか、恥ずかしいとかなしに、やりやすくしてハードルを下げることが会社の力だと思います」(川端)
ハードルが下がったことで、開発部門ではない社員も提案しやすくなったという。社員のひとりは「いいねと思ってもらうと、商品化されるかは別として、次につながるという可能性が見えてモチベーションにつながります」と話している。
社員のモチベーションをあげるため、川端はオフィス内に「自由に休める場所」を作った。単なる休憩室を超えたリフレッシュ空間にしたい。そんな思いから、有名店のコーヒーが1杯100円から楽しめるようにした。一角には「スポーツ観戦のパブリックビューイングとしても使える」シアタースペースも。
「なんやかんや。ワーワー言っている方が、新しいものが生まれやすい。そういうのを目指してやってくれたらいいと思います」(川端)
元横綱も機内でも重宝 ―― 体に優しい除菌剤
アース製薬が画期的な新商品を世に出した。「MA-T」と呼ばれる除菌剤だ。
「MA-T」はウイルスだけに反応し、撃退する、「水性ラジカル」という成分が含まれた新しいタイプの除菌剤。成分の99.9%は水だから安全性も極めて高い。すでに「ANA」が機内の除菌用に実際に使っている。
▽除菌剤「MA-T」は機内で使われている
さらに今注目されているのは「コロナウイルスに対して非常に有効性が認められている。(実験段階では)口腔内のうがいによっての効果が認められています」(大阪大学大学院薬学研究所・井上豪教授)という点。実験ではコロナウイルスをほぼ撃退できたという。
この「MA-T」に目をつけたのが元横綱の日馬富士公平さん。母国モンゴルで小中高一貫校「新モンゴル日馬富士学園」を運営する日馬富士さんは、生徒たちに口腔ケアに取り組んでもらおうと、「MA-T」のマウスウォッシュを届けている。
▽「MA-T」について話す元横綱・日馬富士公平さん
「衛生対策を子どもたちが理解することで、もっと衛生を学ぼうとか、そういう気持ちになっているので非常に助かっています」(日馬富士さん)
※価格は放送時の金額です。
~ 村上龍の編集後記 ~
川端さんは、入社して寮で毎日先輩たちと酒盛り、プライベートはなかったが、まったく苦にならなかった。大学時代から企業回りをしていたからだ。
全国でビリだった広島支店長に歴代最年少で入り、自分で車を運転して中四国9県を回り、1年後、トップとなる。40歳で、社長就任を要請される。
いまだに、自分がなぜ指名されたのかわからないらしい。人間、人生を肯定しているからではないか。アース、地球が、会社名の企業だ。人生を肯定する社長でないと務まらない。
<出演者略歴> 川端 克宜(かわばた かつのり) 1971年、兵庫県生まれ。1994年、近畿大学商経学部卒業後、アース製薬入社。2009年、大阪支店長就任。2012年、ガーデニング戦略本部長就任」。2014年、代表取締役社長就任。 |