この記事は2022年2月28日に「第一生命経済研究所」で公開された「行動制限延長を繰り返す日本」を一部編集し、転載したものです。
要旨
- 政府は、新型コロナウイルスのオミクロン株の感染拡大を受け、来月6日を期限としてまん延防止等重点措置を適用している31都道府県のうち、首都圏、中京圏、関西圏の10都府県の期限を延長する方向で調整に入った。
- 米国ではオミクロン株の影響が弱まる中、2月の総合PMIが大幅に上昇している。欧州でも行動制限緩和が進んだこと等を追い風に、2月のユーロ圏総合PMIが大幅に上昇した。対照的なのは日本。オミクロン株の感染拡大に伴う消費者のリスク回避姿勢継続等からサービス産業の悪化が続く結果、日本の総合PMIは主要国で唯一大幅に分岐点の50を下回っている。
- 有事における医療提供体制の構築が遅れ、慎重な国民性の日本経済を正常化に近づけるには、諸外国以上に希望者に対するワクチンのブースター接種の必要性が高まろう。しかし、人口当たりのワクチンブースター接種率の国際比較をすると、日本の接種率が圧倒的に低い。行動制限が延長される一方で、ブースター接種率が遅いとなると、日本経済の回復が諸外国に比べて大幅に遅れ続ける可能性が高い。
- にもかかわらず、欧米中心に経済政策が出口に向かうことで、日本でも経済政策を出口に向かわせる議論が高まるリスクがある。しかし、欧米経済と違って経済の正常化から程遠いのに経済政策の出口に向かうと、日本経済は正常化に向かうチャンスを失うことになる。
- 多くの先進国ではサービス産業が回復しているのに対し、先進国にもかかわらず有事の医療提供体制が脆弱な日本では、行動制限の延長が続いている。そのため、他の先進国はコロナショックから脱しつつあるのに、日本はコロナショックから脱却できていない。このままでは、世界経済は多くの先進国が正常化に近づく一方で、行動制限緩和が遅れる日本経済の回復が遅れるK字型回復が続くことが予想される。
- コロナショックは移動や接触需要を急激にシュリンクさせたことで業種や産業間でK字型回復をもたらしたが、有事における医療提供体制の格差により、国間でのK字型回復が続こう。特に日本は先進国の中で数少ない行動制限を延長している国であることから、他の先進国に比べて経済の正常化が大幅に遅れることになろう。
はじめに
政府は26日、新型コロナウイルスのオミクロン株の感染拡大を受け、来月6日を期限としてまん延防止等重点措置を適用している31都道府県のうち、首都圏、中京圏、関西圏の10都府県の期限を延長する方向で調整に入った。
こうした中、2月以降、欧米と日本で景況感格差が拡大している。代表的な指標の一つであるマークイットPMIによれば、米国の総合指数は2022年1月の51.1から2月には56.0まで上昇し、米国の景気は明確に加速している。内訳をみると、オミクロン株の影響が弱まる中、製造業・サービス業ともに上昇していることがわかる。
一方のユーロ圏でも、総合指数2月分は55.8と1月分の52.3を上回り、2月の域内経済活動規制緩和などにより、サービス業を中心に景況感が改善している。
対照的なのは日本だ。オミクロン株の感染拡大に伴う消費者のリスク回避姿勢継続からサービス業の悪化が続いた結果、日本の総合PMIは主要国で唯一大幅に悪化している。
日本の総合PMIは21年10月に拡大・縮小の分岐点となる50を上回り、12月まで拡大を維持していたものの、1月以降は再び50を大きく下回っている。これは、感染拡大に伴いまん延防止措置が全国で頻発しているだけでなく、国内で新型コロナウィルスワクチンのブースター接種が欧米に比べて遅れていることもある。つまり、主要先進国で日本だけが行動制限の延長とワクチン接種の遅れに苦しめられる構図は2月以降も変わっていない。
遅れる日本のブースター接種率
筆者は、日本の総合PMIが諸外国に比べて劣後してきた理由は、脆弱な医療提供体制にあるとみている。すなわち、人口当たり病床数などは世界トップレベルにあるが、いざコロナショックのような有事になると、当局がコントロールしやすい公営病院の割合が低いこと等から、諸外国より少ない感染者数でも医療がひっ迫してしまう。また、日本人の良い意味でも悪い意味でも慎重な国民性も影響していよう。
このように、有事における医療提供体制の構築が遅れ、慎重な国民性の日本経済を正常化に近づけるには、諸外国以上に接種希望者に対するブースター接種の必要性が高まろう。しかし、人口当たりのブースター接種率の国際比較をすると、日本の接種率が圧倒的に低い。医療提供体制の差がある一方で、ブースター接種率が遅いとなると、日本経済の回復が諸外国に比べて今後も遅れる可能性が高い。
一方で、欧米諸国では、経済政策が出口に向かいつつある。そうなると、日本でも経済政策を出口に向かわせる議論が高まり、欧米経済と違って経済の正常化からほど遠いにもかかわらず、経済政策が出口の方向に向かうリスクがある。そして実際にそのリスクが顕在化すれば、日本経済は正常化に向かうチャンスを失うことになる。
日本は他国と異なり、コロナショック前から景気後退下の消費増税等により、経済は正常化していなかった。これまでも日本は、バブル崩壊以降に経済が少し好転すると、経済が完全雇用に達成する前に金融・財政政策を引き締めてしまっており、こうしたことが失われた30年の主因と筆者は考えている。
日本と海外のK字型回復継続
一般的にコロナショック後の景気回復局面でよく指摘されてきたのが、K字型回復だ。K字型回復とは、 人の移動や接触を伴う宿泊・飲食や運輸等のいわゆるサービス関連産業の回復が遅れる一方で、逆に人の移動や接触が減ることの恩恵を受ける情報・通信等に関連する産業は大きく回復するため、回復がK字のように二極化することを示す。
しかし、既に行動制限が緩和されている国では、サービス関連産業も回復している。これに対し、有事における医療提供体制が脆弱な日本では、行動制限が延長されている。そのため、他国は既にK字型回復を脱しているが、このままでは日本は当面K字型回復から脱却できないだろう。このため、世界経済は行動制限が緩和されている多くの先進国が正常化に近づく一方で、行動制限緩和が遅れる日本経済の回復が遅れるK字型回復が当面続くことが推察される。
以上より、コロナショックは移動や接触需要を急激にシュリンクさせたことで業種や産業間でK字型回復をもたらしたが、今後も有事の医療提供体制や行動制限の格差により、国間でのK字型回復が当面続こう。そして、特に日本の現状を考えると、先進国の中で数少ない行動制限緩和が遅れる国であることから、他の先進国に比べて経済の正常化が大幅に遅れ、デフレ克服がより困難になるだろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣