この記事は2022年5月13日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「人口減少下の財政問題-政府の借金をどう返すか」を一部編集し、転載したものです。


人口
(画像=PIXTA)

米テスラ社CEOのイーロン・マスク氏がツイッターで「当たり前のことをいうようかもしれないが、出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ存在しなくなるだろう」と述べたことが話題になった(*1)。

歴史的に見て、人口は(一時期の停滞や減少を除いて)一貫して増加傾向を辿ってきたことから(*2)、人口が(急速に)減少する将来の姿を想像することは意外に難しいように思う。

海外との流出入がないとすれば、出生数が死亡数を下回り続けた国で人口が減り続けるというのは当たり前だが、そのような経済を想像することは良い頭の体操になる。すでに人口減少下にある日本が抱える問題を考えるヒントになるようにも思う。

「日本が存在しない」将来には当然、「日本が抱える問題も存在しない」はずだが、人口が減少するにつれて、問題が小さくなっていくのだろうか。もちろん現実はそう上手くはいかないだろう。

このコラムでは、人口減少をマクロ経済に関する問題でもある財政問題と絡めて考えて見たい。

財政問題とは、端的には日本政府の支出(歳出)が収入(歳入)を上回っているために、国債などの借入でその支出を賄っており、この借入額が増加し続けているという「問題」である。また、そもそも政府の借入が増え続けることが「問題」なのか、という点にも触れたい。

さて、政府の借入に関して、「借り」るためには、「貸し」てくれる相手が必要である。経済全体を見た場合には、「貸し」や「借り」の一方だけが増えることはない。つまり、経済全体で「貸し」と「借り」をネットすればゼロとなる(*3)。

日本の場合、この「貸し」を行っている主体は、主に銀行や保険・年金基金などの金融機関であるが、さらにこの金融機関の貸出原資を辿ると、家計や企業(の現預金など)であることが分かる(*4)。例えば、我々の預金が銀行を経由して、政府に「貸し」ていることになる。

政府の歳出は、社会保障サービスなど行政サービスの提供や年金や給付金といった再分配にあてられる。ここで注意しておきたいのは、これらの行政サービスを利用したり、年金や各種給付金を受け取ったりしているのは、政府ではなく、家計や企業だということだ。年金や給付金もモノやサービスの購入に使うと考えれば、結局、家計や企業がモノやサービスを購入するための支出ということになる。

このうち歳出のうち税金として賄われる部分は(政府を経由して)間接的に利用者自身が払っていることになる。ただし、「借入」で賄われる部分は家計や企業など「利用者の借入」ではなく、通常、「政府の借入」として認識されている。

利用者の「借入」であれば、その利用者が(労働で賃金を稼ぐなどして)返済することが期待されるだろう。一方、政府の「借入」の解消は、政府の運営者が(労働を増やすなどして)返済すべきものとも言えない(そもそも政府の「借入」は政府の運営者がモノ・サービスを購入するために「借り」たものとは限らず、大部分は一般の国民が行政サービスを利用したり、年金や給付金を受け取ったりするために生じている)。

政府の「借入」の解消は歳入(≒税金)を増やすか、歳出(行政サービスや所得移転)を減らして、政府の収支を黒字にしないと返済できない(「借り」をチャラにするという手段もあるが、「貸し」ている人、例えば、金融機関やその原資を提供している家計・企業が損失を被る)。

ここで具体的に、日本の「貸し」「借り」の状況を見ると、2021年末の家計資産(「貸し」)のうち現預金残高は約1,100兆円(その他の金融資産も含めれば約2,000兆円)、一般政府の証券性負債(「借り」)は約1,200兆円(その他の金融負債も含めて約1,400兆円)である(*5)。日本人1人当たりに換算すれば、現預金残高が1千万円弱(その他の金融資産を含めて2千万円弱)ということになる。

さて、ここで冒頭の人口減少の話を思い出していただきたい。

この家計の資産保有額が維持されたまま、日本の人口が2分の1の約6千万人に減ったとする(*6)と、1人当たりの金融資産は2倍に増え、1人当たり現預金残高は約2,000万円(その他金融資産を含めて約4,000万円)ということになる。人口減少が上手く進めば、国民の1人あたりの資産残高が倍増する将来が訪れるのだろうか。

実際には、こんなことは起こりそうもない。

例えば、人口減少が進む過程(厳密には少子高齢化が進む過程)で、「(労働などを通じて)モノやサービスを提供して(お金を稼ぎ)貯蓄をする世代」(「貸し」をする世代)が減り、「(退職等で)モノやサービスを利用する世代」(「借り」をする世代、あるいは「貸し」を返済する世代)が増えれば、経済全体で見た個人の「貸す」力は減少することになる(*7)。

さらに、「貸す」力が減っていけば、貯めてきた貯蓄を取り崩すことになるだろう。その場合、家計の金融資産はその規模を維持できずに減っていく。そして、政府も借入規模を維持することが困難になるだろう。人口が減少するので、政府の行政サービスへの需要も減れば、借入余力が小さくなっても問題ないかもしれないが、貯蓄の減少スピードに比べて、(「(退職等で)モノやサービスを利用する世代」の割合が増加することで)行政サービスへの需要減少スピードが遅くなれば、政府は借入規模を維持することが困難となる分、こうした需要に応えられないかもしれない。

さらに言えば、家計の金融資産規模が維持されて、かつ政府の借入が続けられても問題が生じる可能性がある。「モノやサービスを提供し貯蓄をする世代」が減れば、経済全体として利用できるモノ・サービスの総量が減ってしまう可能性が高いためである。

1人あたりの現預金残高が2倍になったとして、人口が2分の1の世界で、2倍のモノやサービスが利用できるだろうか。お金の量とは関係なく、モノやサービスを提供する人がいなくなれば、当然ながらそれを利用することはできない。

そのため、人口減少で「モノやサービスを提供する人」(生産をする人たち)が減り、「モノやサービスを利用する人」(消費をする人たち)の割合が相対的に増加した場合に、消費力に対して生産力が維持できるかという問題はいずれにしろ残る。

この供給が需要に応じられるかという問題は、政府の「借入」の多寡とはまた別の問題である。つまり、政府債務残高の大きさという財政問題とは異なるが、行政サービスの維持に関する課題と言える。政府がいくら「借り」を行っても、行政サービスを提供する人がいなければ、それを利用することはできない。

一方、人口が2分の1の世界でも、1人あたりのモノやサービスの生産量が2倍になれば、経済全体のモノやサービスの供給総量は変わらないので、2倍のお金を持つ人は2倍のモノやサービスと交換できるだろう。

急に1人あたりのモノやサービスの生産量は2倍になることは考えにくいが、人口も急に2分の1になるわけではないので、現実的な解決策としては、需要に応じられるだけの供給を確保するために労働の生産性を徐々に上げていくことが必要と言える。また、「モノやサービスを提供し貯蓄をする人」を増やし、「(退職等で)モノやサービスを利用する人」を減らすというのも解決策になるだろう。

政府と言っても、それを運営しているのは国民(例えば公務員)であり、政府の「借り」でモノ・サービスを享受するのも国民である。単純化すれば、どんな経済を見ても、国民がモノ・サービスを生み出して(「貸し」をつくり)、国民がモノ・サービスを利用して(「借り」をつくって)いるだけである。政府はひとつの組織であり、モノやサービスを生み出す労働を提供しているのは国民である。政府の「借り」といっても結局、国民がモノやサービスを生み出して返さなければならない。

もちろん、この「借り」の返済負担は、国民間でなるべく公平にすることが必要であり、重要な点と言える。ただ、すでに「借り」たものの負担をなくすことはできない(上述のように、「借り」をチャラにするという手段は、結局「貸し」の原資を提供している家計や企業の負担となる)。この「借り」がすでにかなり積みあがっていることが財政の「問題」と言える。

なお、このコラムではあえて触れなかったが、海外部門からの「貸し」に頼るといった方法も考えられなくはない。ただし、海外からの「貸し」に頼るには、日本が「借り」を返済してくれる(モノ・サービスを生産し、提供する)力があるということを見せる必要があるだろう。日本の生産力が乏しければ、海外からの「貸し」には頼れないかもしれない。将来の生産力に対する期待が小さい国にはなかなか投資(「貸し」)は集まらない。

それだけに成長戦略、とりわけ1人あたりの生産性を伸ばすこと、生産力を維持することが、人口減少に直面する国においては、ますます重要となっていくように思われる。


*1:例えば、日本経済新聞電子版「マスク氏「日本はいずれ存在せず」 出生率低下に警鐘」2022年5月8日(2022年5月13日アクセス)。
*2:例えば、日本の人口については国土交通省「「国土の長期展望」中間とりまとめ 参考資料」令和2年10月の2ページ。世界の人口については、Our World In Data, World population from 10,000 BC to today(2022年5月13日アクセス)で概観できる。ペスト(黒死病)など疫病が流行した時期や戦争の時期などを除き、超長期で見れば、人口はほぼ一貫して増加していることが分かる。
*3:これに関連した話題について、高山武士(2020)「失ったGDPは戻ってこない? ―― シンプルにコロナ禍と経済活動自粛の影響を考える」『研究員の眼』2020-07-14のコラムで触れている。
*4:例えば、日本銀行「参考図表 2021年第4四半期の資金循環(速報)」2022年3月17日の1ページ(2022年5月13日アクセス)。
*5:上記脚注4の日本銀行の資金循環統計(速報)。個人金融資産については、上野剛志(2022)「資金循環統計(2021年10-12月期)~個人金融資産は2,023兆円と初めて2,000兆円を突破、海外勢の国債保有高が初めて預金取扱機関を上回る」『経済・金融フラッシュ』2022-03-17も詳しい。
*6:上記脚注2の「「国土の長期展望」中間とりまとめ 参考資料」に記載されている、将来人口の中位推計(国立社会保障・人口問題研究所の平成29年推計)は、日本の2100年(約80年後)の人口を5,972万人としている。
*7:より厳密には、人口の増減ではなく、貯蓄を志向する人々より消費を志向する人々の割合が増えることが貯蓄需要の減少に寄与する。この論点は、櫨浩一(2014)「マイナス貯蓄率の時代」『エコノミストの眼』(2014-12-26)も参照。


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高山 武士(たかやま たけし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 准主任研究員

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