要旨
中国の国勢調査が発表されて、改めて人口減少の課題が注目された。コロナ禍は、中国だけではなく、日本・台湾・韓国でも共通して、人口減少の流れを加速させるだろう。日本の人口推計の前年比をみると、2020年3月は前年比▲0.227%だったものが、直近2021年5月は前年比▲0.425%と、▲0.2%ポイントほど下振れする動きとなっており、人口減の加速が感じられる。さらに、2021年以降に出生数の減少が進むことは、とりわけ日本で経済成長に対する人口減少の重みを強く意識させることになるだろう。
同時発生する人口減少問題
コロナ禍で人口減少に悩むのは日本だけではない。中国も人口減少に頭を悩ましている。台湾、韓国も2020年に初めて人口減少に転じた。これは、まだコロナ禍の影響が表れたというよりも、従来の流れが強まったのだろう。家計が豊かになると、若い人たちは若い年齢で子供をつくらなくなる。豊かさの代償として、少子化は進んでいく。こうした共通の原理が、日本・中国・台湾・韓国で共通して起こっている(図表1)。アジア以外では、米国でも人口の伸び率が低下してきた。移民の勢いが落ちてきて、特に白人の伸び率が低調になっているとされる。
今後、コロナ禍の影響は、2021年の出生数をさらに下押しするかたちで表れるだろう。そのことは、少子化による人口減の加速を東アジア各国に強く警戒させる。老いていく社会への恐怖である。
中国の未来
中国では、10年毎に行われる国勢調査の2020年データが発表された。2010年と2020年を比較すると、人口は5.7%増加、つまり年平均0.57%の微増である。これをIMFのデータベースで単年で確認すると、2018年0.38%、2019年0.33%、2020年0.31%と漸減していた(図表2)。国連の推計では、2032年に人口の伸び率がマイナスに転じる見通しである(コロナ以前の2019年予測)。ただし、台湾、韓国の人口増加率が前年比減少に転じたタイミングが数年単位で前倒しされている。国連の推計では、台湾が2030年だったマイナス転化が10年早まっている。韓国は2025年が5年早まっている。そのことを勘案すると、中国の人口減少は2032年よりも、もっと早まる可能性がある。
2020年の国勢調査でのもうひとつのショックは、出生数の大幅な減少だった。出生数1,200万人を平均寿命の76歳で掛けると、9億1,200万人になる。たとえ現在の出生数が未来にずっと維持されたと仮定すると、76年後は2020年の人口14億1,177万人に比べて総人口が▲35%も減ってしまう計算になる。
コロナ禍では、人と人との接触には感染リスクがあり、さらに若者たちが結婚相手を見つける出会いの場が少なくなる。中国でも、日本ほどは極端にひどくはないと思うが、コロナ禍の後遺症として少子化や結婚減が起こる可能性がある。すでに、一人っ子政策は見直されて、2016年から二人っ子政策へとシフトしている。将来、少子化のトレンドを転換させるような積極的な政策へと大きく舵を切ることだろう。
もっとも、少子化の背後にある「豊かさの代償としての少子化」は深刻だ。中国では、農村から都市への人口流入は、豊かな人の割合を高めてきた。中国の都市人口割合は、2020年でまだ61.4%と低い(日本91.8%、韓国81.4%、国連データ)。今後、都市への人口流入が進んでいることによって経済成長は継続するだろうから、「豊かさの代償」はまだ続きそうだ。
ますます厳しい日本
中国や台湾、韓国の心配をする前に、日本自身の心配をすべきだと指摘されるかもしれない。確かに、その通りである。日本こそ、コロナ禍の収束に手間取って、2021年だけではなく、2022年以降も少子化・結婚減少が深刻化しそうだ。多くの識者は、まだその重大さに気が付いていないと筆者は思う。
まず、コロナ禍が始まって、人口推移がどう変化したかを確認しておこう。総務省の人口推計で、月初人口の対前年比の推移である(図表3)。概数値での対前年比は、2021年5月は▲0.425%までマイナス幅が拡大した。コロナ禍が始まった2020年3月は前年比▲0.227%だったから、約▲0.2%ポイントほど14か月間に下ぶれしたことがわかる。単月の変化には、確率的変動も大きいはずだから、この▲0.2%ポイントは幅を持ってみる必要はあろうが、数年かけてゆっくりと進むはずの減少ペースが一気に加速した事実を楽観的にみてはいけないと思う(図表4)。
人口減少と経済成長
今から約10年前に、「デフレの犯人は人口減少なのか、技術進歩の停滞なのか」という論争が識者の間で交わされた。ここでのデフレとは、物価下落というよりも、低成長率を指していたと思う。論争の是非はともかく、経済停滞の原因には人口減少が絡んでいることは間違いない。国内市場のパイは、人数減少によって確実に縮小するからだ。しかし、1人当たりの消費量が増えると、人口減少圧力があったとしても、国内市場を膨らませることは可能だ。
このことは、生産性上昇の問題とも重なっている。生産性上昇→1人当たり所得増加→1人当たり消費増加が可能だからだ。生産性を政策的に上昇させられるとすれば、人口減少による経済停滞は必然ではなくなる。
マクロの生産性を論じると、次のような算式がわかりやすい。
生産性上昇率=1人当たり就業者の実質GDPの伸び率国民1人当たり実質GDPの伸び率=実質GDPの伸び率-総人口の伸び率1人当たり就業者の実質GDPの伸び率=国民1人当たり実質GDPの伸び率-就業率の変化
↓
生産性上昇率=実質GDPの伸び率-総人口の伸び率-就業率の変化
となる。よって、式を変形して
実質GDPの伸び率=総人口の伸び率+生産性上昇率+就業率の変化
となる。言いたいことは、人口減少圧力によって、低成長にならないためには、(1)生産性を上げること、(2)就業率を上げること、が突破口になるということだ。
日本の場合、シニアの定年延長、再雇用、再就職が行われても、シニア労働者はそれ以前の仕事に比べて、生産性を発揮できない仕事になってしまうことが多い。そのことは、単に見かけ上、就業率を上げても、就業者1人当たり平均の生産性を下げてしまうことになる。これは、停滞を脱せないという政策的インプリケーションを教えてくれる。女性の活躍についても同様である。女性を生産性を高めやすい仕事に就くことができ、スキルを形成できなくては、やはり生産性は持続的に上昇しない。人口減少の圧力が強まるほど、人材の力、働き手の活躍が重要になる。果たしてわが国はそれができているだろうか。
アジア諸国と日本との違い
上記の事情は、日本だけではなく、各国とも共通している。人口減少圧力にさらされている中国は、今後、日本のような低成長の罠にはまってしまうのだろうか。
日本と中国、韓国、米国の間で、国民1人当たり実質GDPの伸び率の比較を行ってみると、やはり日本の伸び率の低さが目立っている(図表5)。日本は、1人当たり就業者数の実質GDP(生産性)の伸び率でみても、同様に低いのが実情である。
その点、中国の方は、生産性上昇率は高く、未だ人口減少に伴う「低成長の罠」は、起こっていない。とはいえ、趨勢的にみると、中国も成長ペースは鈍化している。これは、人口減少だけではなく、高齢化による社会保障負担や労働者がシニアになると成果を発揮し続けるのが難しいなどの課題がじわじわと表れてきているのだろう。
また、1人当たりの生産性を上昇させるためには、技術進歩がより重要性を増す。中国は、習近平体制になって、「中国製造2025」を推進し、テクノロジーの発展を目指してきた。最近になって、トランプ・バイデン政権は、中国に技術覇権を奪われないように、分断化=デカップリングを強力に推進するようになった。その点は、人口減少圧力にさらされていく中国にとっては、自前で先端技術を磨いていくことになり、技術進歩による成長は、従来以上に厳しくなるだろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生