この記事は2022年7月25日に「第一生命経済研究所」で公開された「今こそ、人、モノへの投資が必要な理由」を一部編集し、転載したものです。


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(*)本稿は週刊エコノミスト(2022年7月26日号)への寄稿を基に作成。

(1) 失われた30年に設備、人への投資を怠った付け

新型コロナウィルス感染症に伴う影響やロシアのウクライナ侵攻などにより日本経済を取り巻く環境は厳しさを増しているが、それ以前から日本経済は危機的な状況にある。

バブル崩壊以降の日本経済は、マクロ安定化政策を誤ったことでデフレが長期間放置されてしまった。そして、設備や人への成長投資が十分になされなかったこともあり、経済成長が長期停滞を続ける「失われた30年」という状況が続いている。

実際、主要国の実質総固定資本形成の推移を見ても、1991年比で米国が2.7倍、英国が1.7倍、ドイツが1.4倍に伸ばしているのに対し、日本は逆に0.9倍以下に減少している。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

また、企業内教育に重点が置かれてきた日本では、企業外での教育が手薄であることはよく知られており、実際に先進国で比較するとOJT以外の人材投資/GDPが少なく、低下傾向にあることがわかっている。

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成長会計に基づけば、こうした有形・無形の固定資産や人的資本の蓄積が停滞することで、資本・労働投入量や全要素生産性の低迷を通じて潜在成長率の低迷につながることになる。逆に設備や人への投資を促して経済の長期停滞から抜け出すためには、経済全体や企業それぞれの成長期待が高まることが必要であり、それによって設備や人への投資が拡大すれば、需要拡大を通じた生産性向上により賃金も上がり、経済成長の好循環につなげることができる。

(2) ウクライナ危機で、サプライチェーンの再構築が必須に

他方、コロナ禍やウクライナ情勢に端を発した物資や資源の供給制約が拡大している。新型コロナウィルスを受けたサプライチェーン寸断の一部の例をピックアップしても、世界的な旅客機の減便に伴う航空輸送の減少や、世界最大の経済大国である米国でも入国に伴う隔離措置により技術者の移動に障害が生じたりしている。

EUでも国境通過に要する時間の増大や移民の停滞に伴う労働力不足などにより、医療関連物資の供給に障害が生じた。中国でも出稼ぎ労働者が地方から戻らないことによる労働力不足や、都市封鎖による陸上輸送の遅延やコンテナ船の減便が生じている。そして、肝心の日本でも、中国や東南アジアからの自動車や電子部品の供給制約が発生している。

ウクライナ危機以降も、新興・途上国を中心に世界的に人口が増加し、一次産品の需要が拡大する中、生産やサプライチェーンの混乱などにより、一次産品も含めて需給のひっ迫がさらに進行している。

このため、国際的な供給途絶リスクをできるだけ抑制し、持続的に経済成長をしていくためには、経済の国内自給率向上を通じて経済の強靭化を高める経済安全保障の考え方がこれまで以上に重要になっている。そして、これまでの資源循環経済に経済安全保障の考え方も加えた成長志向型の資源自立経済を確立できれば、必要な技術や制度・システムを海外展開につなげることも可能となろう。

(3) 日本の賃金は十分に安い

こうした中、日本の製造業においても、生産拠点を国内に回帰させる動きが活発化している。そして、経済産業省の「ものづくり白書」に掲載された2016年の調査によれば、企業が国内回帰を行った理由として、「為替レート」、「人件費」が上位に挙げられている。

そこで、独立行政法人労働政策研究・研修機構が公表している「データブック国際労働比較2022」を基に、各国における製造業の賃金をドルに換算した月給ベースで比較してみた。すると、既に日本の製造業賃金はシンガポールや韓国よりも低い水準になっていることがわかる。

さらに、日本の製造業賃金は中国よりも高水準を維持しているが2021年に急落しているのに対し、中国では賃金が急速に上昇傾向にあることもわかる。

中国は安い人件費などを武器に各国の投資を集め、“世界の工場”としての地位を築いてきた。しかし、中国の経済成長進展に加えて、経済安全保障の重要性が高まることに伴うサプライチェーンの再構築が進むにつれてその構図が変わっていることが、日本の製造業の国内回帰の大きな要因になっていると考えられる。

ただ、人件費コストだけで考えれば、依然として生産拠点としての優位性は人件費の低いタイやフィリピンなどの新興国に分がある。このため、日本が立地競争力を得るには、コモディティ化した製品というよりも、そうした新興国では供給できない高い技術に裏打ちされた製品を生み出す国になることが求められる。そのためには、高度な研究開発を可能とする人材投資も必要だろう。

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(4) 為替動向にかかわらず国内の強みへの投資が必要

実際に海外では、AIやIoT、ロボット、バイオ、量子コンピューターなどの技術が飛躍的に進捗することで、これらの分野への研究開発投資が飛躍的に増加している。例えば、中国は2015年5月に産業戦略となる「中国製造2025」を公表し、次世代IT・ロボット産業や新エネ自動車等の重点強化産業を育成し、科学技術力・サプライチェーン強化やコア技術国産化を表明している。

欧米でも、「サプライチェーン強靭化」や「戦略的自律」を標榜して、産業政策を展開している。背景には、中国のハイテク分野で技術力向上が顕著となり、米中の技術覇権をめぐる争い等がある。そして、戦略産業の育成やグローバル・サプライチェーンの見直し等、各国で経済安全保障に関する取り組みが強化されており、欧米でも競争力のある新産業育成と技術イノベーション政策を重視している。

特に、半導体の要となる技術において、国際的な機微技術の管理強化の動きが活発化しており、世界経済の減速や生産拠点の多元化の要請から、グローバル・サプライチェーンの一部に国内回帰の動きも出ている。

また、世界的なカーボンニュートラルの加速により、再・新エネ、スマートシティ、革新的エネ・環境技術開発が進展しており、廃プラスチック等に関する循環経済への関心の高まりなどもあり、結果として新たな産業政策が台頭するのは当然の帰結といえよう。

こうしたことからすれば、足元ではたまたま円安で国内回帰を決断しやすい環境ではあるが、為替動向にかかわらず、気候変動対策や経済安保、格差是正等の将来の社会・経済課題解決に向けてカギとなる技術分野や戦略的な重要物資、規制・制度等に着目し、国内の強みへの投資が今まで以上に必要となってくるだろう。

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣(