〝まなざし〟というプレッシャーから逃れる力

フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルは、他者の〝まなざし〟が個人に与える影響を、「地獄とは他人」という、少々刺激的な言葉で表現しました。ステレオタイプ脅威という特定の「社会的アイデンティティー」(高齢だから、若いから、男性だから、女性だから、おじさんだから、おばさんだからなど)に対する世間のプレッシャーは、「私」を地獄に突き落とす威力を持ちます。〝まなざし〟、恐るべし! です。

では、その脅威から逃れるには、どうしたらいいのか?

まずは、一歩ひいて、深呼吸し、「社会的アイデンティティー」の枠から出てください。「おじさんだから」と言い訳に使わないように、距離をおく。その上で、「意志力(Grit)」を具現化するのです。

意志力にはさまざまな解釈がありますが、私の言う「意志力」とは、「自分が、どうありたいか?」といった仕事上の、いや、人生上の価値観です。

具体的には、「私」が「私」でいるために、もっとも重要な価値を明確にする。仕事や人間関係、家族関係、生活態度など、大切にしたいことをできるだけ具体的に書き出すことをお勧めします。

この手法は、「自己肯定化作業」と呼ばれ、ステレオタイプの脅威から抜け出し、本来の「私」の能力発揮につながる効果が実証研究でも確かめられています。

「意志力」は例外なく、誰もが持っているものですが、大きな川にうまいこと流され続けていると忘れがち。長い時間1つの組織に身をおくことは、大きな川の流れに乗ることでもあります。「働かないおじさん」というステレオタイプは、その川下にできた渦のようなもの。そこから一旦離れて、岸に登り、徹底的に自己を掘り起こす作業をする。仕事人としてだけの「私」ではなく、もっと大きな価値観での「私」として、どうありたいか? を自問し続けてください。

まかり間違っても、「自分を他の奴らと一緒にするな! ステレオタイプが間違いであることを証明してやる」と意気込まないでくださいね。かえって能力をうまく発揮できなくなってしまうので、「一歩ひいて、深呼吸」をお忘れなく。

●一歩ひいて、深呼吸せよ。思い込みで自分に隠れるな!

=50歳の壁 誰にも言えない本音
河合薫
健康社会学者(Ph.D)
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
産業ストレスやポジティブ心理学など健康生成論の視点から「人間の生きる力」に着目した調査研究を幅広く進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は900人を超える。長岡技術科学大学非常勤講師、東京大学講師、早稲田大学非常勤講師などを歴任。日経ビジネス、ITmedia ビジネスなどでキャリア開発、組織運営、リーダーシップ、SOCに関する連載を展開。近著『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)など著書多数。

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