本記事は、河合薫氏の著書『50歳の壁 誰にも言えない本音』(エムディエヌコーポレーション)の中から一部を抜粋・編集しています。

妻から「つまらないおじさんになった」と言われます

うまくいく夫婦の関係は恋人? 戦友?

ミドル夫婦
(画像=polkadot/stock.adobe.com)

私のインタビューに協力してくれた方の中には、人事部ダイバーシティ課やダイバーシティ推進室という部署に所属する女性が数名いらっしゃいます。度々私の著書に登場する〝第二秘書室〟のみなさんです。女性たちはいずれも「女性活躍」を進めるために招集された豪胆無比ごうたんむひのお局つぼねさまや、上司に楯突くことを恐れないおてんば娘たち。出世や建前に興味のない彼女たちは、冷静に人間ウオッチし、実に小気味よく「男性陣」を斬りまくります。むろん男性には「うちの夫」も含まれています。


「うちの夫がつまらないおじさんに成り下がっちゃったんですよね〜」

こう嘆くのは、大手出版社に勤める麻子さん(仮名)52歳です。

麻子さんは2年前に〝玉突き人事〟であれよあれよと、ダイバーシティ課の課長さんから人事部長に昇進。かたや「うちの夫」は、昨年、現場から外され、他部署に配属。ついに……左遷です。

麻子 「夫はもともとラインの人ではなかったので、辞令も『仕方ないね~』って感じでした。
ところが最近、すっかりつまらない男になってしまって。しけた顔ばかりして、なんか頭にくるんですよね。
今まで夫は私のいちばんの理解者でした。自分の理想とか、欲望とか、うまくいかないこととか、折り合いのつけ方とか、よく語り合いました。たまには意見が対立することもあったけど、夫と話すのは楽しかったし、一緒に成長している感覚が好きでした。彼がいるから私もやってこれた。夫婦というより戦友のようでした。
なのに、セカンドライフだの、老後どうする? だの、完全にフェードアウト態勢です。なんでこんなに内向きになってしまったのか。もう、がっかりです」

河合 「実は密かに独立とか、転職とか、起業とか考えてるのでは?」

麻子 「ないない、まったくないと思います。追い出し部屋が社会問題になった頃は、必死であがいている感じがありました。でも、今は完全に目が死んでます。給料が下がっても、とりあえずは会社にいられるって開き直ってるんじゃないでしょうか。不愉快なのは、会社に貢献してきた感がやたらと強いことです。『今まで散々がんばってきたんだから、少しくらい楽させてもらうよ』とか平気で言うんです。自分の夫にはそんなふうになってほしくなかったんですけどね。
夫はついこの間まで、50過ぎると〝働かないおじさん化〟していく先輩たちを批判していたのに情けないです。なんで男たちは、〝つまらないおじさん化〟してしまうんでしょう」

河合 「男たち……ですか?」

麻子 「はい、先日大学のゼミの集まりが久々にあったんですけど、同級生の1人が『こんなに出世できないとは思わなかった』ってボヤいてて。ボヤくくらいなら、なんとかしろって思いませんか?」

河合 「入社面接のときに、『御社の社長になりたいです!』とか言って、『いいね~。向上心があって』なんて、上司に気に入られたタイプですかね(笑)」

麻子 「そうなんですよ! 前向きで、明るくて、野心があって、反発を恐れない人だった。なのに今は死んでます。男たちはつまらない! 女の人たちと話している方が元気が出るし、よっぽど楽しいです!」

夫もつらいけど、妻もつらいよ

夫や同級生を、容赦なく一刀両断いっとうりょうだんする麻子さんのお言葉には、異論・反論があるかもしれません。


「会社のために30年近くがんばってきたのは紛れもない事実なんだから、少しくらい楽をさせてもらってもいいじゃないか」

「夫婦なんだから老後のことを話して、何が悪いんだ!」

はい。おっしゃるとおりです。そう言い返したいお気持ちは、よくわかります。

しかし、妻の気持ちもわかってほしいのです。

夫が、理不尽だらけの会社組織で上司の悪態に耐えてきたように、妻だって男だらけの会社組織で踏ん張ってきた。夫に妻には言えない苦悩があるように、妻にも言いたくても言えない苦しみがあった。それでも妻が踏ん張れたのは、男であり、夫であり、父親であり、同志であり、先輩であり、助言者でもあり ── そんな夫がいたからこそ。

仕事も慣れない育児も、子どもの反抗期も乗り越えられたのは、頼りになる夫の存在があってこそ。麻子さんにとって、うちの夫は唯一無二の存在だからこそ、夫がつまらないおじさんに成り下がるのは耐えられない。「腐らないで! 一緒に踏ん張ろうよ!!」と言いたいだけなのです。

成長し続ける妻、停滞する夫

私がこれまでインタビューしたビジネスパーソンの8割は男性です。しかし、2割の女性たちの声に耳を傾けるたびに、男性に欠けている〝もの〟を感じてきました。それはいくつになっても衰えない「向上心」です。

ある人は「中国のクライアントが増えているので中国語の勉強始めたんです」と照れくさそうに語り、ある人は「資格取ったんです!」と手作りの名刺を嬉しそうに見せ、ある人は「大学院に行きたいんですけど、私にはちょっと難しそうなので、通信教育を受けることにしました」と爽やかな笑顔を浮かべました。

女性たちの向上心の高さは21世紀職業財団の「働く意識調査」でも確認されています。

この調査の対象は、50歳のときに、300人以上の企業に正社員として勤務している(あるいはしていた)50〜60歳の男女の2,820人です。(*1)

「各年代で重視していたことは?」との問いで、男性は「成長」「仕事のおもしろさ」が20代をピークに年々低下していたのに対し、女性は40代までは低下するものの、50代で一気に上昇に転じていたのです。さらに、「モチベーションがもっとも高かった時期」と比べ、「現在の方が低い」と答えた人の割合は、男性総合職では45.8%だったのに対し、女性総合職は21.6%と24ポイントも少なくなっていました。多くの女性は50代になっても、若いときのモチベーションを維持してたのです。

*1:「女性正社員50代・60 代におけるキャリアと働き方に関する調査─男女比較の観点から」

単色な男性のキャリア、多彩な女性のキャリア

キャリア
(画像=marchmeena/PIXTA)

現在50代以上の女性は、結婚・出産で仕事を辞めるか、出産ギリギリまで働き、速攻で復職して両立させるかの二者択一を迫られた世代です。

どちらの道も茨いばらの道。言い訳は許されませんでした。

キャリア中断を選んで不満を漏らすことは、出産を否定することになりかねませんし、仕事との両立を選んで不満を漏らそうものなら、「子どものためにも仕事を辞めた方がいいんじゃない?」だのと言われるのがオチ。全力でがんばるしかなかった。

そのしんどさを救ってくれたのが、頼りになる夫であり、わが子の笑顔でした。


「仕事が終わって、家事と育児があると思うといやになる。夜残業して早起きして子どものお弁当作るのもしんどい。でもね、ドアを開けた途端に飛びついてくるし、お弁当見て目をキラキラさせる。世の中にこんなに私のこと愛してくれる男(=息子)がいるだなんて、信じられないの!」

「子どもがいてくれたから、生き方を変えることができたんだよね。子どもを持つまでは、仕事が人生だと思っていたけど、仕事だけが人生じゃないって気づいた。そのときどきで、自分のできることを精一杯やればいい。そう思うと人生、色々なことができるなぁって思えるから不思議だよね」

私は30代の頃、友人たちが満面の笑みでこう話すのを、とてもうらやましく思いました。彼女たちのキャリアは色とりどりです。母として、働く女性として、妻として。そして、1人の女性として、さまざまなキャリアを重ねた経験のすべてが、女性たちの受容する力と生き延びるたくましさをもたらしました。

〝うちの夫〟が小さなプライドにしがみつき、逃げの姿勢に転じるのに対し、妻の向上心や成長はまったく衰えない。彼女たちは自分をあきらめていません。

女性たちは「人格的成長」を高める働き方をし続けているのです。

人格的成長のスイッチを押すのはあなた

人格的成長(Personal growth)とは、「成長し続けている感覚がある状態」を意味し、「自分の可能性を信じる気持ち」です。人格的成長は年齢と共に低下しやすいリソースですが、いくつになっても人格的成長を維持できる人は、進化し続けます。

40代後半から50代のいわゆる中年期になると、職場での立ち位置の変化や体力の低下に加え、恩師の訃報ふほうが届いたり、同級生が亡くなったり、親の死を経験したりと、職業人としても家庭人としてもネガティブな経験が増えます。若いときには無縁だった喪失感という感情に翻弄され、人生に限りがあることに気づかされ、曖昧な不安に襲われる「ミッドライフクライシス」は、誰もが通過する人生の危機です。

これを機に成熟に向かうか、退行し干上がってしまうか。その鍵を握るのが、人格的成長です。

「自分をあきらめたくない」という強い意志さえあれば、それは自分を照らす光になります。すべての人に「人格的成長」の機能は常備されていますが、スイッチは、「あ・な・た」しか押すことはできません。スイッチがオンにさえなれば、生きるエナジーがドンドン充電されます。

会社という階層組織で「組織人」として生きていると、とかく限界を感じてしまいがち。

  • これ以上、出世は望めないだろう
  • これ以上、自分の能力を伸ばすことはできないだろう
  • これ以上、新しい仕事に取り組むことはできないだろう

と、自分をあきらめる。

その「あきらめの心」を打開するには、目の前の仕事の「質」を高めるしか方法はありません。

「自分の成果物」の価値を上げるべく邁進するのです。自分をどうこうするのではなく、目の前の仕事を「少しでもいい仕事」にすべく努力する。あなたの「学問」でプラスαを加えて下さい。それらはすべて「私の可能性」にかける行為です。

自分で限界さえもうけなければ、可能性は無限に広がります。

●出世はあきらめても人生はあきらめるな!

=50歳の壁 誰にも言えない本音
河合薫
健康社会学者(Ph.D)
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
産業ストレスやポジティブ心理学など健康生成論の視点から「人間の生きる力」に着目した調査研究を幅広く進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は900人を超える。長岡技術科学大学非常勤講師、東京大学講師、早稲田大学非常勤講師などを歴任。日経ビジネス、ITmedia ビジネスなどでキャリア開発、組織運営、リーダーシップ、SOCに関する連載を展開。近著『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)など著書多数。

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