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株式会社が自社で保有する株式を自社株という。自社株の取得や保有は、一般的には株主対策/税金対策が目的になる。それぞれの目的に沿って円滑な企業運営のために売却あるいは買戻しが行われる。また、自社株の活用は、事業承継対策として検討されることも多い。事業承継を検討している経営者は、自社株を事業承継に活用するそもそもの仕組み、自社株を売却することでどのようなメリット/デメリットが生じるのかについて理解を深めておく必要があるだろう。本稿では事業承継における自社株の売却について概要を解説する。

目次

  1. 自社株とは? 概要と取得/保有のルールを解説
  2. 自社株売却を検討する2つのケースと注意点
  3. 事業承継のパターンと自社株
  4. 自社株を売却する3つのメリット
  5. 自社株を売却する3つのデメリット
  6. 自社株売却のために経営者が押さえておきたい注意点
  7. 自社株売却のメリットとデメリットを理解し、スムーズな事業承継につなげる

自社株とは? 概要と取得/保有のルールを解説

一般的に、自社株といえば従業員から見て、勤務している会社の株式のことを指すことが多い。しかし、本記事では、自社株式を自己株式、つまり「株式会社が発行する株式のうち、自社で取得して保有している株式」の意味で用いる。自社株は金庫株、社内株とも呼ばれる。

自社株の取得/保有に関する規制緩和の歴史と現在のルール

日本では、インサイダー取引や株価操縦を防ぐため、株式の消却のほか例外的な場合を除き、自社株買いは原則禁止であった。1994年の法改正により、一部の制限のもとで自社株買いが解禁されたが、自社株の保有(金庫株)は認められず、自社株買いも特定の目的のためにしか行うことができなかった。

2001年の商法改正により、ようやく自社株保有が解禁され、特定の目的がなくても自社株買いが可能となった。

ただし、これはインサイダー取引が認められているという意味ではない。自社株の売買ができるのは、あくまで重要事項を知る前に締結した契約の履行などの法令で定められた事項に該当する場合である。

参考:インサイダー取引とは

インサイダー取引とは、上場会社の役員などの会社関係者が、その立場にいることによって知ることができた重要な事実を利用して、その公表前に自社の株式等を売買する行為である。これらの事実を知らされていない一般の投資家は、不利な立場で取引を行うことになるため、証券市場の信頼性が損なわれかねない。したがって、インサイダー取引は金融証券取引法で禁止されている。

自社株売却を検討する2つのケースと注意点

自社株を売却する目的は、ほとんどが資金調達である。しかし、別の目的を持って自社株の売却を行うこともある。それは会社経営の事業承継である。ここではこの2つのケースについて解説していく。

資金調達の必要がある場合

自社株の売却の目的は、ほとんどがこの資金調達であるといえる。株を売却することによって、対価となる現金が手に入るからだ。その際、元の購入価格より株価が上がっていれば、差額の売却益を得ることもできる。

逆に株価が下がっている時に売却すると、現金は手に入るものの購入時より低い金額となる。売却するタイミングに注意する必要があるのは、一般の投資家が株式の売買をする場合と同じだ。

後継者に事業を承継する(自社株を譲渡する)場合

中小企業では、経営者が株主を兼ねていることがほとんどである。この場合、自社株の売却は、後継者に事業を承継するために行われることが多い。事業承継は、自社株を後継者に譲渡し、経営者の地位を交代することで完了する。

自社株を後継者へ譲渡する方法は、「売買」「贈与」「相続」の3つが主となる。

後継者が親族以外の場合、譲渡は「売買」が一般的とされる。そもそも親族ではないため「相続」という選択肢はなく、また、「贈与」を選ぶことはできるが、よほど元の経営者にメリットがなければ、贈与をする理由がないからだ。

したがって、自社株の売却は、親族以外の後継者に事業を承継する手段として用いられることになる。

逆に後継者が親族の場合、「売買」「贈与」「相続」、どの方法でも譲渡は可能になる。しかし、「売買」による譲渡を選択した場合は注意が必要だ。

実際の売却価格が明らかに時価より低い場合、贈与とみなされ、買い手に贈与税がかかることがある。かといって、親族間で時価より高い価格で売買するのも不自然だ。このため、親族間で売買する場合は、価格が適正か、などにより親族内で議論がまとまらなかったり、売却タイミングによって損益が発生したりする。したがって、親族の場合は基本的に「贈与」か「相続」によって譲渡するのが一般的とされる。

事業承継のパターンと自社株

事業承継をする際は、売却はもちろん、相続や贈与でも自社株の評価をしておくことが重要である。事業承継には、後継者の種類によって主に3つのパターンがある。それぞれのパターンと自社株の株価の関係について見ておこう。

事業承継のパターン(1)親族への事業承継

事業承継と聞いて後継者として真っ先に思い浮かぶのは、子や親族だろう。

相続や贈与によって引き継ぐ場合、後継者は自社株の取得に対価を払う必要がない。したがって、親族が承継する場合は資金面でメリットがある。

ただし、相続または贈与の際に、相続税または贈与税が発生する。これらの税金は、自社株の時価が高ければ、当然税額も大きくなる。

一方、元の経営者としては一般的に得られる金銭がない。したがって、親族への事業承継においては、自社株の株価が低いほど後継者にかかる相続税あるいは贈与税が小さくなるため、有利であることが多い。

事業承継のパターン(2)従業員への事業承継

現在では少子化やキャリアの多様化により、そもそも子が事業に関わっていないことも多い。この場合、事業をよく知る優秀な従業員に事業承継ができれば、経営体制の変更がスムーズに進みやすく、他の従業員や取引先への影響も少ない。

このケースでは、自社株を売却する元の経営者側から見ると、売却によって所得税は発生するものの、自社株の株価は高い方が多くのキャッシュを得ることができる。一方、後継者としては株価が高ければ高いほど、その株式の取得代金が高額になる。

事業承継のパターン(3)第三者への事業承継

親族内や社内の従業員への承継が難しい場合、外部への事業承継を視野に入れることになる。具体的には、懇意にしている取引先や同業他社に自社株を売却して事業を承継してもらうほか、M&Aを検討することもある。このケースでは、元の経営者は事業の売却によって現金を得ることができる。したがって、自社株の株価が高いほど得られる現金が多くなる可能性があるので、有利といえる。

自社株を売却する3つのメリット

ここからは自社株を売却するメリットを解説する。

自社株を売却するメリット(1)資金調達がスムーズ

自社株を売却することで得られる最もわかりやすいメリットは、借入などとは違い、負債を増やすことなく運転資金を得られることだ。売却する株式の数や会社の価値によって金額は変わるが、自社株を売却することでそれに見合った対価を受け取ることができる。

この際、発行済株式総数を変更しなくてよい点もポイントである。

同じ資金調達でも、新株を発行する場合では、発行済株式総数が増加することになるため、定款の変更などの手続きが発生する。さらに、銀行の払込証明書が必要になったり、印紙税がかかるなど、コストと手間がかかるのだ。

自社株の売却は、すでに保有している株式を売却するため、新株の発行に比べコストがかからず、スムーズかつスピーディに資金調達が可能だ。

自社株を売却するメリット(2)企業再編が進められ、コストや手間が削減できる

企業再編がスムーズに行えるのも自社株売却のメリットといえる。

企業の再編には、一般的に「合併」「分割」「株式交換」などの方法が用いられる。これらの企業再編では、合併の時は存続企業の株式を対象企業の株主に割り当てるなど、対象企業への株式が必要になる。

この時、自社株がないと新株の発行や登記内容の変更など、コストと手間がかかってしまう。しかし、自社株を持っていれば、企業再編を目的に代用自己株式として用いることができるのだ。

新株発行に比べて手続きとコストが抑えられるため、企業再編もスムーズに行えるというメリットがある。

自社株を売却するメリット(3)後継者や従業員の負担を軽減できる

中小企業の経営者にとって、自社株売却の目的の1つは事業承継だろう。自社株の売却による事業承継は、後継者や働いている従業員たちにとってもメリットが大きい。

自社株の売却は、相続と違い現在の経営者の生前に行うことができる。これにより、複雑な相続問題や、必要な事項の引き継ぎ忘れなどのリスクをなくせるため、後継者への負担が少ない。

また、従業員にとっても経営者が変わることは大きな関心事である。もし会社の経営権が外部に移ったり、廃業などの噂が出ると、従業員にとっては自分の雇用は継続されるのか、仕事はどうなるのかと精神的にも負担が大きいだろう。

その点、適切な後継者への事業承継が円滑に行われれば、経営者は変わるが現在の会社は継続される。それに伴い、会社との雇用契約や雇用状況も継続されるので、従業員の負担はかなり軽減されるだろう。

自社株を売却する3つのデメリット

自社株売却にはデメリットもある。

自社株売却のデメリット(1)株価の下落リスクがある

自社株を売却するという行為は、市場において自社の株式の流通量を増やすことを意味する。

物の値段は需要と供給のバランスで決まり、需要より供給が多いと下がるのが一般的だ。この傾向は株式にも当てはまる。つまり、自社株が市場に大量に出回ることで需給のバランスが崩れ、株式の価格が下落する要因になることがある。資金調達での投資や事業承継などで業績が回復すれば、株価も元の水準を超えて上昇するだろう。しかし、何も対策がなければ株価は下落したままである。こうなると投資家から批判を受け、経営への悪影響につながる恐れもある。

したがって、自社株を売却する場合は、どの程度なら価格への影響が少ないかなど、売却する株数を慎重に設定する必要がある。

自社株売却のデメリット(2)売却益に税金が課せられる

株式を売買した経験がある人であれば、株を売って得た利益に税金がかかることは知っているだろう。同様に、自社株を売却して利益が出た場合も税金が課される。

ただし、一般の株式の売買と異なる点は、自社株の売却の場合、誰に売るかで課税額が変わる点だ。具体的には、自社株を社外に売却するか、社内に売却するかで、所得の種類が変わるため、税率が違ってくるのだ。これはもちろん、同額の株式を売却した場合である。

まず、社外に自社株を売却した場合、売却によって得た利益(売却価額-取得費など)は「譲渡所得」となる。譲渡所得は分離課税方式によって計算されているため、他の所得の影響は受けない。

そして、課される税率は、所得税15.315%(本則は15%だが、2037年までは1.021%の復興特別所得税が加わる)、住民税5%の計20.315%だ。

一方、自社株を社内に売却した場合、その利益は「配当所得」として扱われる。配当所得は一般的な給与所得や事業所得、不動産所得などの収入と同列に見なされるので、譲渡所得のような分離課税にはならない。いわゆる「総合課税」になる。

総合課税は譲渡所得のように税率が一定ではなく、累進課税である。累進課税では、所得が大きくなればなるほど、税率も高くなる(表:所得税の税率)。

課税される所得金額税率控除額
1,000円〜194万9,000円まで5%0円
195万円〜329万9,000円まで10%9万7,500円
330万円〜694万9,000円まで20%42万7,500円
695万円〜899万9,000円まで23%63万6,000円
900万円〜1,799万9,000円まで33%153万6,000円
1,800万円〜3,990万9,000円まで40%279万6,000円
4,000万円以上45%479万8,000円

上記のように、累進課税では最高で45%の所得税がかかる。これに復興特別所得税が加わり、また約10%の住民税も加わるため、自社株売却による税率は最高で約55%にもなる。

売却益が少なければ税率は低くなるが、経営者であればある程度の収入はあるはずである。したがって、分離課税の20.315%より税率が低くなることはあまり期待できないだろう。

このため、自社株の売却では、社外に売却した方が、売却益の金額にかかわらず税率を20.315%に抑えることができるため、経営者の負担は軽くなる。

自社株売却のデメリット(3)後継者が買取資金を準備しなければならない

株式を売却するためには、当然ながら買い手が必要だ。自社株の売却を事業承継の手段として考えた場合、買い手は後継者である。

後継者に充分な資金力があればいいが、ない場合は融資によって買取資金を準備しなければならない。もし金融機関からの融資後、株価が下落してしまうと、後継者は大きな損失を被ることになる。

自社株売却のために経営者が押さえておきたい注意点

自社株売却のメリットとデメリットを伝えてきたが、特に事業承継のために自社株の売却を行いたい場合、経営者は相応の準備が必要になる。ここでは押さえておきたい注意点をまとめる。

自社株売却の注意点(1)譲渡制限、株券発行の有無を確認

本来株式は自由に売買されるものだが、中小企業の場合、株式の分散を防ぐために譲渡制限がついていることが多い。この制限がある場合、株式の売却には株主総会、もしくは取締役会の決議が必要になる。

また以前は、株式会社は株券の発行が必要だったが、2004年の法律改正以降、不要になっている。株券がある場合、株式の譲渡が成立するタイミングが変わってくるので、自社が株券を発行しているか、していないかはしっかりと確認しておきたい。

自社株売却の注意点(2)売却先の決定

自社株の売却を決めたら、まずすべきことは売却先の決定だ。社内の役員や従業員にするのか、社外の取引先にするかなど、さまざまな選択肢を検討することになる。

買い取る側にも大きな決断になるため、売却先がスムーズに決まるとは限らない。また、売却先によって課される税率が変わることや、会社の方針によって従業員に精神的な負担がかかることなども含め、しっかりと検討しなければならない。

自社株売却の注意点(3)買取資金、連帯保証の認識と共有

後継者に充分な資金があるかどうかの確認はもちろんだが、後継者が社内の従業員の場合、会社債務への連帯保証についての理解が不足している場合がある。オーナー経営者であれば経営者自身が連帯保証人になっているケースも多いだろう。

このことを後から伝えると、後継者や従業員にとって精神的な重荷になることもある。特に社内の人間への事業承継では、資金と連帯保証の認識をしっかり共有しておくべきだ。

自社株売却の注意点(4)株主総会、取締役会の実施

親族だけで経営している会社などでは、株主総会や取締役会などは形式的なもので済ませているケースも少なくないだろう。

しかし、自社株の売却は多くの場合、財産の問題が絡むうえ、会社の将来を左右する問題でもある。後々のトラブルを防ぐためにも、充分な議論ができる場を設けるようにしたい。

自社株の売却は簡単ではない

自社株の売却は、中小企業の事業承継で広く用いられている手法である。合併や会社分割など他のM&Aスキームと比べ、比較的手続きが簡易で、会社を独立した状態で引き継げるため従業員の負担も少ない。

しかし、いくら簡易といっても、リスクの分析や自社株の譲渡価格の算定などは、専門的な知識がなければ難しいだろう。滞りなく事業承継を行うためにも、必要に応じて外部識者や専門家のサポートを受けることを検討すべきと考えよう。

自社株売却のメリットとデメリットを理解し、スムーズな事業承継につなげる

自社株売却のメリットとデメリットを、主に事業承継への活用を中心に解説した。中小企業にとって事業承継は大きな課題である。他のM&Aスキームに比べ、自社株売却による事業承継は手続きが簡易といわれる。

しかし、実際に行うには会社法や税法、自社株の譲渡価格の算定など、幅広い専門知識や専門家の助けが必要だ。加えて、後継者や親族、従業員としっかり話し合うことが、スムーズな事業承継につながることを理解しておこう。


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