カンブリア宮殿,カネテツ食品
(画像=テレビ東京)

この記事は2023年4月20日に「テレ東BIZ」で公開された「「関西の老舗」、破綻からの復活劇:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。

目次

  1. 本物そっくりで大ヒット!~「ほぼカニ」はこうして生まれた
  2. 「ほぼホタテ」「ほぼカキフライ」…~本物そっくりが続々登場
  3. 大震災、経営破綻、改ざん…~窮地を救った1本のテープ
  4. 「ほぼカニ」がアメリカへ~世界のバイヤーの反応は?
  5. ~村上龍の編集後記~

本物そっくりで大ヒット!~「ほぼカニ」はこうして生まれた

東京・墨田区の「ライフ」セントラルスクエア押上駅前店。お勧め商品の売り場に並んでいたのは「ほぼカニ」。味や食感を本物のズワイガニそっくりに作ったカニカマだ。味の驚きと印象的なネーミングで人気となっている。作っているのがカネテツデリカフーズだ。

都内のスーパーで練り物売り場を見てみると、並んでいるのは紀文など大手の商品ばかり。カネテツはほとんどない。ところが関西では事情が一変する。

関西では1959年からテレビCMを放送。鉢巻の男の子「てっちゃん」をイメージキャラクターに、絶大な知名度を誇る。だからスーパーの練り物売り場を見ても、かまぼこ、竹輪など、カネテツの商品が棚を占めている。近畿エリアでの練り製品のシェアでは大手を抑え、堂々トップに君臨しているのだ。

カネテツデリカフーズの本社は神戸市東灘区。1926年創業、従業員数約400人。定番のかまぼこやおでんに入れる揚げ物など、あらゆる練り製品を手掛けるメーカーだ。

ただしカニカマは後発で、競合に差をつけられていた。そこで本物のズワイガニそっくりのカニカマ「ほぼカニ」を開発したのだ。

▽本物のズワイガニそっくりのカニカマ「ほぼカニ」

カンブリア宮殿,カネテツ食品
(画像=テレビ東京)

原料は一般的なかまぼこと同じタラのすり身。シート状にした「すり身」に極細の切れ目を入れてから、斜めに丸め、棒状にしていく。この後、企業秘密の特殊な機械で最終的な大きさにカットしていく。

一般的なカニカマの繊維は縦方向に真っ直ぐだが、「ほぼカニ」の繊維は斜め。こうすることで、本物のカニに近い複雑な食感が生まれるのだ。

同時に、本物そっくりの味の開発も進められた。担当の開発部部長・宮本裕志はズワイガニのアミノ酸を分析。100通り近く試作して本物と同じ「うま味成分」を再現した。ところが「やっとできたと思ってそれを食べたらまずかったんです。答えを失ってしまった」(宮本)

そこで宮本はアプローチを変える。本物のカニを何十杯も試食し、味わいを頭に叩き込んだ。

「頭の中のおいしいカニに近づけたほうが良い商品ができると思って。アミノ酸分析の中で『ここだ』という成分を誇張して、試作を何回も繰り返しました」(宮本)

おいしいと感じる成分を誇張することで、本物以上にカニらしい味にしたのだ。試行錯誤は2年。本物そっくりの食感と味をもつカニカマが完成した。

「ほぼホタテ」「ほぼカキフライ」…~本物そっくりが続々登場

日本の練り製品の生産量は83年をピークに減り続け、今や半分に。そんな中で「ほぼカニ」は1日3万パックを売る大ヒット。2022年は、国内メーカーが作る全ての「練り製品」の中で売り上げ1位となったのだ。

「ほぼカニ」だけではない。「ほぼイクラ」は、魚卵成分を使わず、植物油脂やサーモンオイルでイクラの味を再現。魚卵でアレルギーが出てしまう子どもにも喜ばれている。他にも「ほぼタラバ」「ほぼホタテ」など、カネテツはさまざまな「ほぼシリーズ」を販売している。

▽魚卵でアレルギーが出てしまう子どもにも喜ばれている

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さらに「ほぼカキフライ」はすり身だが、カキ特有のプリっとした食感と磯の香りが味わえる。「ほぼうなぎ」はうなぎ工場に「焼き」を依頼し、本物の蒲焼きそっくりの味を生み出した。

カネテツでは新しい「ほぼシリーズ」を作るべく常に商品開発が行われている。開発部・大田成穂は「高級魚のお刺身を作ろうとしています」と言う。

試食したカネテツデリカフーズ会長・村上健(70)は、「まだネーミングが浮かぶほどの仕上がりではないですね」と、ひと言。「ほぼカニ」という名前は村上が付けたものだ。

「関西人なので、ボケが入ったネーミングに。『なんだこれは』とツッコミが入れられる商品にしています」(村上)

そのセンスが認められ、「ほぼカニ」は2022年、日本ネーミング大賞にも輝いた。スーパーの店頭販売などで着る「ほぼカニ」のTシャツには「カニがくやしがる」と書かれていた。

大震災、経営破綻、改ざん…~窮地を救った1本のテープ

カネテツ本社では毎朝、部署ごとに朝礼が行われる。その席で社員が読み上げるのが、「カネテツ・フィロソフィ」。手帳には「利他の心を判断基準にする」など、仕事や人生の心構えが73項目に渡って書かれている。

▽社員が読み上げるのが、「カネテツ・フィロソフィ」

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「パクリですね。京セラさんのものをほとんどそのまま」(村上)

実は村上は京セラの創業者・稲盛和夫さんが主催していた経営塾の元塾生だった。その経営者としての転機は稲盛さんとの出会いにあったのだ。

▽経営者としての転機は稲盛さんとの出会いにあった

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カネテツは1926年、兵庫・西宮市で創業。初代の村上鐵雄と妻・かなめの二人の名前から「かねてつ」と名付けられた。手作りの素朴なかまぼこは地元で評判を呼び大繁盛、1950年には神戸市に工場を建設した。「てっちゃん」のキャラクターとともに、関西でその名を広めていく。

一方、村上は1953年、兵庫県で銀行員の次男として誕生。高校時代、文化祭で知り合った女性と交際を始めた。その女性がカネテツ2代目社長の娘・要子だった。

「『あのかまぼこ屋さんの娘さん?』と思って。同じ大学に進んで付き合いが続いて、『結婚するなら養子に来てもらわないと困る』と言われました」(村上)

かくして村上は1973年、大学卒業と同時に結婚。婿養子となり、カネテツに入社した。1989年には36歳の若さで3代目の社長に就任する。

しかし6年後、村上は大きな試練に直面する。1995年、阪神淡路大震災が発生。工場周辺の物流はストップ。出荷は40日にわたって止まり、競合他社に取引先を奪われた。

3年後、さらなる試練が襲う。原料の7割を仕入れていた卸業者が経営難に陥り、社長が夜逃げした。手形取引で“先払い”していたため、カネテツの資金繰りも急激に悪化。170億円の負債を抱え、神戸地裁に和議、今でいう民事再生を申請した。経営破綻したのだ。

「ご迷惑をおかけしたところに謝罪に回っていたら『もう帰ってくたさい』と言われた。かなり罵声を浴びせられて、『もう死んで謝るしかない』かなと思った時もあります」(村上)

金融機関の支援を受け、何とか事業は継続。再建を目指したのだが、4年後、三たび窮地に陥る。

新聞で報じられたのは「カネテツ、品質期限改ざん」。ある社員が売れ残った冷凍かまぼこの賞味期限を書きかえて出荷ことが内部告発されたのだ。

「『はぁ~』という感じです。『なんでこんなことばかり起きるのだろう』、と。辞める社員もだいぶいました」(村上)

再建途上で再び失った信用。村上が取引先を詫びて回ると、あるスーパーの社長から、「これでも聞いて勉強しておけ」と、あるテープを手渡された。

「『心と経営』という、私を変えるきっかけとなったテープです」(村上)

それは稲盛和夫さんの講話を収めたカセットテープ。家に戻って聞いてみると、流れてきた言葉が胸に突き刺さった。「今、あなたの身の周りに起きていることは全て、あなたの心に原因があります」。

「衝撃でした。そんなこと言われたことがなかった。『自分は運が悪いだけ』と思っていました。経営者としての資質に欠けていたのだと思います」(村上)

村上は経営者として甘かったと深く反省、社員にも詫びた。一からやり直そうと、工場に入り倒れ込むまで働いた。すると社内の空気が変わる。

「『みんなで一丸となってやっていこう』という部分は強くなったと思います。『本当に会社を立て直さないといけない』と伝えてもらった」(取締役・山中智弘)

沈んでいた会社は次第に活気を取り戻し、2年後の2004年に一般債権者への弁済を完了する。村上はリスク管理を徹底し、仕入れ先を分散。賞味期限などのチェック体制も強化した。さまざまな改革を行い、強い会社へと変えていった。

「ほぼカニ」がアメリカへ~世界のバイヤーの反応は?

カンブリア宮殿,カネテツ食品
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アメリカ・ニューヨークの日本食材の専門のスーパー「サンライズマート」。和食ブームが続き、人気になっていると言う。

そこで客が取り出していたのが「ほぼカニ」。5年前からアメリカでも販売を開始し、ファンを獲得している。

客のひとり、デイビッド・トレーナーさんに取材を申し込むとOKがもらえた。その自宅で、アメリカでは冷凍で売られている「ほぼカニ」を解凍。“ほぼカニサラダ”を作った。

「これがフェイク商品だなんて信じられない。本物のカニと同じ味がするよ」(デイビッドさん)

▽「本物のカニと同じ味がするよ」と語るデイビッドさん

カンブリア宮殿,カネテツ食品
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3月12日、アメリカ・ボストンで、北米最大となるシーフードの見本市が開催された。1,300もの企業が出展。世界中から訪れるバイヤーに商品を売り込む。その一角にカネテツのブースも設けられた。

今回は2種類の「“ほぼ”シリーズ」を用意した。ひとつは去年、日本で発売した新商品「ほぼ毛ガニ」。英語では「Almost Crab」と名付けた。

もうひとつは「ほぼいくら」。こちらは「Almost Ikura」だ。

▽英語では「Almost Crab」と名付けた

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「日本国内で売られている新商品を現地の方に食べていただいて、商機があるかを確かめたい」(海外事業課課長・栗田真吾)

「ほぼ毛ガニ」を試食したのはカナダのズワイガニの業者だ。「悪くないね。カナダのズワイガニには勝てないけど、安ければチャンスはあると思う」と言う。

「ほぼイクラ」は海産物の卸業者だという男性が試食。こちらは「寿司屋がこれを出せば客は喜ぶと思うよ。ぜひ卸してみたいね。また連絡するよ」。

海外でも「ほぼシリーズ」は大好評。3日間で60人以上と連絡先を交換し、今後、取引が始まっていく。

「日本では『ほぼ=カネテツ』と言われるので、海外で早く『Almost=カネテツ』にしていきたいと思います」(栗田)

~村上龍の編集後記~

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1998年、経営破綻した。2002年、賞味期限の改ざんが発覚。弁済まであと少しという事件に社内は揺れた。「倒産でもへこたれなかった社員がだめになっていった」稲盛氏の講話を読んだ。

決して不運が続いたのではなく、経営者として未熟な自分自身が危機を招いたのだとわかった。1からやり直そうと、社員と働き、昼休みは社長室の床に寝た。被害者意識を改めたことが、事態が好転しはじめた。

「ほぼカニ」は、奇抜なネーミングで瞬く間に人気商品に。村上さんの明るさが、すべてを救ったような気がする。

<出演者略歴>
村上健(むらかみ・けん)
1953年、兵庫県生まれ。1976年、関西学院大学卒業後、カネテツ食品入社。1989年、社長就任。1998年、専務に降格。2002年、社長に復帰。2019年、会長就任。