図らずもジャニーズ事務所が適用申請したことで注目を集めた事業承継税制。相続税の支払いを免除するために事業承継税制の特例制度を利用したのではないか。藤島ジュリー景子氏が株主として居座る理由の一因ではないかという批判もありました。事業承継税制に詳しいビジネス・ブレインの畑中孝介CEO・税理士に、事業承継税制の実態と制度の利用について話を伺いました。
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誤解されやすい事業承継税制
―事業承継税制とはどんな制度ですか?
事業承継税制は後継者が中小企業の株式を相続や生前贈与で引き継いだときに、本来納めるべき相続税や贈与税の支払いが実質ゼロになる制度です。まず誤解されやすいのが「納税猶予」であって、「免除」ではないこと。次に事業承継における「伝家の宝刀」ではないことです。親族が事業に関わっていない場合は代表者になれないので、事業承継税制は使えません。また、特例制度を使うほかに、受け皿会社の設立や株式移転でホールディングス化するパターンもあります。事業承継税制はあくまでも承継スキームの選択肢のひとつに過ぎません。
本制度は2008年に創設されましたが、一般型と呼ばれる一般措置の活用が思ったほど進まなかったので、2018年の税制改正で要件緩和や税制適用後のリスクを軽減する特例措置が導入されました。対象株式数の上限を撤廃したことで相続税の猶予割合が約5割から全額納税猶予という今までにない規模の税制改正となったため、主導する経済産業省だけでなく、商工会議所や与党も一体となって推し進めたそうです。
―経済産業省の本気度が伝わる税制改正ですね。
背景にあるのは、事業承継問題に対する経産省の危機感です。中小企業庁によると2025年に平均引退年齢の70歳を超える中小企業経営者が245万人、そのうち約半数の127万人が後継者未定で、このうち約半数が黒字廃業の可能性があり、2025年までの累計で約22兆円のGDPが失われると試算しています。産業界全体でみるともったいない。事業承継は日本全体で取り組まなければならない課題であるといえます。ほかにも税制ではありませんが、事業引継ぎ補助金などが用意されており、事業承継を円滑に行う支援は手厚くなっています。
タイムリミットが迫る事業承継税制の特例措置
―税制改正で事業承継税制は普及しましたか?
制度改正で事業承継計画の申請件数は年間400件程度から年間3,000件を超え、約10倍になりました。さらに申請期限も近いので駆け込み需要もありそうです。特例措置の適用を受けるには、まずは来年(2024年)の3月31日までに特例承継計画を都道府県に提出しなければなりません。申請期限の延長が検討されていますが、いずれにせよ時限措置としてタイムリミットが迫っています。
特例承継計画は提出後に承継の相手を変えても、事業内容すら変えてもいい。簡単な内容でいいのでとにかく承継について考え始め、提出することが大事です。提出したら必ず贈与まで実行しなければいけないわけでもありません。使うかどうかは後から考えてもよいのです。弊社の顧問先でも計画を提出して実際に制度を利用するのは3,4割程度。残りは毎年少しずつ株式を贈与していくなど、ほかの対策により制度を使わなくても納税可能な額まで引き下げることも可能です。
―適用対象となるのは?
非上場の中小企業が対象ですが、資産管理会社や資産運用会社、従業員数がゼロの会社など事業の実態がない会社は対象外です。事業を世代交代、次世代に伝えるための税制ですから、代表権を有していた人から新しく代表になる人に引き継ぐのが大原則。また経営権を引き継ぐわけですから、筆頭株主であることなどの要件もあります。
ジャニーズ事務所でまさに注目されたのが、特例経営贈与承継期間の5年間でした。事業継続要件として5年間は事業を継続しないといけません。従業員も継続雇用してください、最低限会社を運営してください。あくまで事業承継なので、事業を切り離したりM&Aをしたりしたらだめですよという要件があります。
今回のジャニーズ事務所のケースは至って普通の事業承継であり、制度上は何の問題もありません。ただし、ジュリーさんが株式を売却したら、猶予した税金は納めないとダメです。経営が上手くいかず廃業したら、廃業時の価格に応じた税額を、売却するときには売却時点での価格に応じた税額(最低限半額)は納めないとダメという制度です。