自動車保険事業の早期再開には「事業譲渡」しかない

伊藤忠は基本合意書を取り交わした段階でビッグモーター側の経営の全容はつかんでいると見られ、よほど悪質で巧妙な隠し事がない限り、買い手側の撤退は考えにくい。当然、伊藤忠は最終契約書に表明保証条項や補償条項を盛り込むはずで、ビッグモーターに表明保証条項で隠れたマイナス要素がない事実を表明させ、それが虚偽であった場合には補償条項に基づく損害賠償請求ができる余地を残すことになるだろう。

最終的にビッグモーターの買収は「事業譲渡」の形を取ることが確実になったと言えそうだ。法人としてのビッグモーターを買収した場合、金融庁の行政処分により3年間は自動車保険の取り扱いができなくなる。中古車販売業としては大きな痛手だ。

事業譲渡の形を取れば伊藤忠の子会社か新会社に優良事業だけを移し、ビッグモーターは事業整理会社として残すという選択ができる。創業者による不祥事が明らかになった旧ジャニーズ事務所が芸能事務所事業を新会社に引き継ぎ、本体はSMILE-UP.として被害者の救済と補償を引き受けたのと同じ方式だ。

その場合、事業を譲受した会社はビッグモーターとは全くの別法人なので、自動車保険の取り扱いは可能となる公算が大きい。伊藤忠エネクスの子会社には、日産自動車ディーラーの「日産大阪販売」を展開する大阪カーライフグループがあり、同社をビッグモーターの受け皿会社にすれば、直ちに自動車保険の販売を再開できる。実現すれば、譲受した事業の早期立て直しにつながるだろう。

さらにビッグモーターを損害賠償や訴訟などの対応に特化した清算準備会社として残すことで、隠れていた不法行為や訴訟リスクを引き受けさせれば、伊藤忠側にとっては表明保証条項や補償条項を上回るリスク回避策になる。不祥事がすべて明らかになっているかどうかが分からないビッグモーターを引き受ける上では、最も理想的な形態だ。

一部報道によれば100%の同社株を保有するオーナーの兼重家は株式売却には同意しているが、事業譲渡には難色を示していたという。兼重家としてみれば、補償や訴訟リスクだけを担う清算準備会社を残されても困る。そうしたリスクごと伊藤忠側に引き渡す企業買収を希望していたようだ。

とはいえ交渉の主導権は伊藤忠側にあり、基本合意書を締結したことからも、兼重家側は事業譲渡という形式も渋々ながらにせよ受け入れたと考えられる。特に保険代理店登録抹消は「事業譲渡しかない」とする主張に強い説得力をもたせる。ビッグモーターの再建は、いよいよ最終コーナーに入った。

文:M&A Online