この記事は2024年1月23日に「The Finance」で公開された「経済安全保障推進法とは?4つの柱と金融を含む基幹インフラ14業種の対応事項を解説」を一部編集し、転載したものです。


世界情勢が不安定化、社会経済構造が変化している近年、経済的な観点から国家安全保障上の課題に対応し、国家間の平和と安定、国益を確保することを目的とした法律が成立しました。それが「経済安全保障推進法」です。本稿では、2022年5月に成立し、同年8月から一部が施行開始されている「経済安全保障推進法」をわかりやすく解説します。

目次

  1. 経済安全保障推進法とは?
    1. (1)成立に至った背景
  2. 経済安全保障推進法の「4つの柱」
    1. (1)サプライチェーンの強靭化
    2. (2)基幹インフラの安全性・信頼性の確保
    3. (3)重要最先端技術の開発支援
    4. (4)特許の非公開化
  3. 経済安全保障を巡る世界の動き
    1. (1)アメリカ
    2. (2)中国
    3. (3)EU
  4. 施行までのスケジュール
  5. まとめ

経済安全保障推進法とは?

FRBの利下げ態度に左右されるドル円相場
(画像=pinkrabbit/stock.adobe.com)

経済安全保障推進法とは、「日本の経済安全保障の包括的な強化」を目的とし、2022年5月に成立した法律です。公布から2年以内に段階的に施行される予定となっており、同年8月から一部が施行されています。
そもそも経済安全保障とは、経済的な観点から国家安全保障上の課題に対応し、国家間の平和と安定、国益を確保する動きのことです。経済安全保障推進法では、これらを達成するために「サプライチェーン(供給網)の強化」「官民重要技術の支援」「基幹インフラの安全性確保」「特許出願の非公開化」の4つの柱を掲げているのが特徴です。

(1)成立に至った背景

経済安全保障推進法が成立した背景には、世界情勢が不安定化、社会経済構造が変化している中で、世界各国で「経済安全保障」という概念が注目されていることが挙げられます。
また、現在のサプライチェーンは世界中に広がっているため、世界中のどこの場所でも非常事態が起きてしまうと、ひとたびモノが手に入らないリスクを抱えているのが現状です。たとえば近年では、新型コロナウイルス感染症拡大によるマスク不足、半導体不足による自動車生産の停止、ロシアのウクライナ侵攻によるガス供給の停止などが挙げられます。
これらは世界のサプライチェーンがつながっているため、起きた危機であると言えます。こうした背景から、平和と安全、経済的な繁栄等の国益を経済上の措置を通じて確保することを目的に経済安全保障推進法は成立しました。

経済安全保障推進法の「4つの柱」

(1)サプライチェーンの強靭化

前章で解説したサプライチェーンに関するリスクに対応し、国民が安定した社会生活を行うために「サプライチェーンの強靱化」が掲げられています。強靭化とは「強くしなやかな」という意味で、国家観では災害や事故などによって致命的な被害を負わない強さと、速やかに復旧できるしなやかさと表現されています。
サプライチェーンも同様にリスクに対応できる強さや速やかに復旧できる強さが必要です。

サプライチェーンの強靱化では、政府が国民生活を滞らせないように、国民生活に必要不可欠な物資を指定することから始まります。指定された物資は「特定重要物資」とされ、対象の物資の安定供給を行う民間事業者に対して、支援措置を実施します。
支援措置を受けるためは、事業者が「特定重要物資等の安定供給確保のための取組に関する計画」を策定し、物資所管大臣からの認定を受ける必要があります。認定後、取組の実施に必要な金融支援などを受けることが可能です。

支援措置を受ける選定基準は、「特定重要物資の安定的な供給の確保に関する基本指針」によって、以下の4点が基本的な考え方として定義されています。

  1. 国民の生存に必要不可欠な又は広く国民生活若しくは経済活動が依拠している重要な物資であること(重要性)
  2. 外部に過度に依存し、又は依存するおそれがあること(外部依存性)
  3. 外部から行われる行為により国家及び国民の安全を損なう事態を未然に防止する必要があること(外部から行われる行為による供給途絶等の蓋然性)
  4. 安定供給確保を図ることが特に必要と認められること(本制度により安定供給確保のための措置を講ずる必要性)

本章で挙げている「特定重要物資」については、「経済安全保障推進法概要」にて、以下のように定義されています。

国⺠の⽣存に必要不可⽋⼜は広く国⺠⽣活・経済活動が依拠している重要な物資で、当該物資⼜はその原材料等を外部に過度に依存し、⼜は依存するおそれがある場合において、外部の⾏為により国家及び国⺠の安全を損なう事態を未然に防⽌するため、安定供給の確保を図ることが特に必要と認められる物資。
参照:経済安全保障推進法概要

現在定められている特定重要物資と所管省庁は以下の表の通りです。

所管省庁 特定重要物資
厚生労働省 抗菌性物質製剤
農林水産省 肥料
経済産業省 永久磁石
工作機械・産業用ロボット
航空機部品
半導体
蓄電池
クラウドプログラム
可燃性天然ガス
重要鉱物
国土交通省 船舶の部品

(2)基幹インフラの安全性・信頼性の確保

電気・ガス・水道・金融・鉄道等の「基幹インフラ」に対して、安全性・信頼性を確保し、国民に対して安定的な提供確保を目指すものです。基幹インフラとは、社会生活の維持のために必要不可欠なものです。

基幹インフラの安定的な供給の確保は安全保障上重要であり、提供している重要設備は、役務の安定的な提供を妨害する手段として使用されるおそれがあるとされています。こうした妨害行為を防止するため、事前に該当の所管省庁によって、基幹インフラに関する重要設備の導入・維持管理等の委託などを審査されます。
現在、対象とされるインフラと審査対象は以下の通りです。

<対象インフラ14分野>
電気 ガス 石油      水道 鉄道
貨物自動車運送  外航貨物    航空 空港 電気通信   
放送 郵便 金融 クレジットカード
<審査対象>※経済安全保障推進法概要から引用
審査対象 事前届出・審査 勧告・命令
  • 対象事業:法律で対象事業の外縁(例:電気事業)を⽰した上で、政令で絞り込み
  • 対象事業者:対象事業を⾏う者のうち、主務省令で定める基準に該当する者を指定
  • 重要設備の導入・維持管理等の委託に関する計画書の事前提出
  • 事前審査期間:原則30日(場合により、短縮・延長が可能)
  • 審査結果に基づき、妨害行為を防止するため必要な措置(重要設備の導入・維持管理等の内容の変更・中止等)を勧告・命令

インフラ事業者に求められる対応

インフラ事業者は、本制度に対応するために以下の3点が必要であると考えられます。

  1. 自社のサプライチェーンの洗い出し
  2. 代替調達先確保の検討
  3. 維持管理業務のリスク管理

まずは「自社のサプライチェーンの洗い出し」です。自社製品やサービスのサプライチェーンを正確に把握し、調達経路や運営体制について適切に対応することが求められます。また、審査結果によっては体制の変更も求められるため、指定基準の確認や社内管理体制の整備も必要です。

「代替調達先確保の検討」では、サプライチェーンが海外の一定の国や企業に依存している場合、サプライチェーンが脆弱であると判断され、設備導入が認可されないケースも考えられます。そのため代替調達先の検討・確保が必要です。

特定重要設備の維持管理等を委託している場合は、原則的に再委託先もすべて導入等計画書の届出が必要になります。「維持管理業務のリスク管理」では、基本指針に対応するための委託先との契約条項や情報管理方法を適切に見直すことが大切です。場合によっては、委託から内製化に舵を切ることが必要なケースもあるでしょう。

基幹インフラ市場では全体を通して、外国製品の活用は審査に通らないリスクも高くなる可能性もあるため、今後は国産製品への回帰が進むことも考えられます。

(3)重要最先端技術の開発支援

宇宙・海洋・量⼦・AI等の分野は、政府インフラ、テロ・サイバー攻撃対策など、国家の安全保障の観点から重要技術分野とされています。重要技術分野に関しては、日本が中長期的に国際社会で存在感を発揮し続けるために、研究開発の促進や適切な活用が必要と定義されています。
政府は先端的な重要技術に対して、特定重要技術研究開発基本指針を策定し、研究開発に必要な情報提供および資⾦⽀援等を実施する予定です。

また、研究開発大臣は基本指針に基づいて、個別のプロジェクトごとに研究代表者の同意を得て官民パートナーシップ(協議会)の設置を行います。協議会では、研究開発の推進のニーズの共有や開発したモノが社会において、スムーズに運用されるための制度面での協力など、政府が積極的な伴走支援を行うのが特徴です。

(4)特許の非公開化

公にすることによって、国家および国⺠の安全が損なわれる事態が⽣ずるおそれの⼤きい発明が記載されている特許出願については、非公開化することで機微な技術公開や情報流出を防止することが目的です。
特許庁によって技術分野が選定され、内閣府に対して特許出願を提出します。その後、その発明情報は保全することが適当と認められるかの審査を行い、保全指定を行います。

以下の表は、特許技術分野で対象となった25分野になります。
<我が国の安全保障の在り方に多大な影響を与え得る先端技術が含まれ得る分野>
※10~19は「付加要件対象分野」。付加要件対象分野とは、保全指定をした場合に産業の発達に及ぼす影響が大きいと認められる技術分野のこと。

1 航空機等の偽装・隠ぺい技術
2 武器等に関係する無人航空機・自律制御等の技術
3 誘導武器等に関する技術
4 発射体・飛翔体の弾道に関する技術
5 電磁気式ランチャを用いた武器に関する技術
6 例えばレーザ兵器、電磁パルス(EMP)弾のような新たな攻撃又は防御技術
7 航空機・誘導ミサイルに対する防御技術
8 潜水船に配置される攻撃・防護装置に関する技術
9 音波を用いた位置測定等の技術であって武器に関するもの
10 スクラムジェットエンジン等に関する技術
11 固体燃料ロケットエンジンに関する技術
12 潜水船に関する技術
13 無人水中航走体等に関する技術
14 音波を用いた位置測定等の技術であって潜水船等に関するもの
15 宇宙航行体の熱保護、再突入、結合・分離、隕石検知に関する技術
16 宇宙航行体の観測・追跡技術
17 量子ドット・超格子構造を有する半導体受光装置等に関する技術
18 耐タンパ性ハウジングにより計算機の部品等を保護する技術
19 通信妨害等に関する技術

<我が国の国民生活や経済活動に甚大な被害を生じさせる手段となり得る技術が含まれ得る分野>

20 ウラン・プルトニウムの同位体分離技術
21 使用済み核燃料の分解・再処理等に関する技術
22 重水に関する技術
23 核爆発装置に関する技術
24 ガス弾用組成物に関する技術
25 ガス、粉末等を散布する弾薬等に関する技術

経済安全保障を巡る世界の動き

(1)アメリカ

アメリカは対立関係にある中国を念頭に、エマージング技術(AI・量子化学等)や先端基盤技術(半導体等)の囲い込みを行っています。アメリカは地政学上の脅威を「中国」としており、あらゆるサプライチェーンにおける中国排除の動きを加速させています。たとえば、ファーウェイなど中国企業への先端半導体供給の規制を行う、エマージング技術14分野の機微技術管理を行うなどです。
さらに2023年4月に「新ワシントンコンセンサス」という新しい経済戦略を発表し、国内産業の強化やサプライチェーンの強靱化など新たな動きを加速させています。加えて同盟国等との連携を強化するため、「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」においても、2023年5月にIPEFサプライチェーン協定の実質妥結が発表されました。

(2)中国

中国では2014年、「総体国家安全観」とされる概念を提唱しています。総体国家安全観は、対外安全保障と国内安定、伝統的安全保障と経済・社会安全保障を同時に追求するという概念です。この概念に基づき、さまざまな安全保障関連法令が整備されています。
たとえばデータの取り扱いに関しては、2017年6月にサイバーセキュリティ法が成立、2021年9月にデータセキュリティ法が成立、2021年11月に個人情報保護法が施行されるなど、データの越境管理を法制化しています。
他にも「中国製造2025」と呼ばれる産業政策を2015年5月の時点で発表しており、次世代情報技術など10の重点分野と23品目を設定しています。さらに「信頼できない主体リスト」規定の交付・施行がされており、このリストは中国版エンティティリストとして警戒されています。

(3)EU

アメリカと中国の板挟みに合うEUでは、2021年2月に「オープンな戦略的自律(Open Strategic Autonomy)」と呼ばれる新しい貿易政策を公表しています。オープンな戦略的自律は、以下の6つの柱を設定し、EUの戦略的利益と価値を反映したリーダーシップなどを、周辺国や世界に影響力を与えることをコンセプトにしています。

<オープンな戦略的自律の6つ柱>

  1. WTO改革
  2. グリーン/責任ある・持続可能なバリューチェーンへの貢献
  3. デジタル/サービス貿易
  4. EU規制の実効性強化
  5. アフリカを含む近隣諸国とのパートナーシップ強化
  6. 貿易協定のエンフォースメント強化とLevel Playing Fieldの確保を設定

さらに2023年6月に「経済安全保障戦略」を発表し、サプライチェーンにおける中国依存の仕組みを軽減する取り組みとして「デリスキング」という概念を提唱しました。欧州理事会議長であるシャルル・ミシェル氏は、経済安全保障戦略の発表に際して、「経済関係における中国との適正なバランスを取り戻さなければならない」と述べています。

施行までのスケジュール

経済安全保障推進法は、内閣府より2022年5月18日の交付後、6月以内〜2年以内に段階的に施行したいとしています。

以下はそれぞれの制度の施行スケジュールです。

制度 スケジュール
重要物資の安定的な供給の確保 2022年9月:閣議決定
運用開始済
基幹インフラ役務の安定的な提供の確保 2023年4月:閣議決定
2024年度春頃より制度運用開始予定
先端的な重要技術の開発支援 2022年9月:閣議決定
運用開始済
特許出願の非公開 2023年4月:閣議決定
2024年度春頃より制度運用開始予定

まとめ

経済安全保障推進法は、世界情勢の不安定化や社会経済構造が変化している背景から成立しています。日本のみならず世界各国で「経済安全保障」についての概念が注目されており、サプライチェーンに関するリスクなどへの対応は急務といえます。
すでに施行されている制度もあり、今後は期間インフラ役務の安定的な提供の確保などが順次施行予定です。新しい時代に対応する経済安全保障推進法が、平和と安全、国民の繁栄につながることを期待しています。


[寄稿]TheFinance編集部
株式会社セミナーインフォ