一般的に、中小企業に比べると大企業は豊富な経営資源やノウハウを有しています。しかし、そんな大企業でも新規事業を成功させることは容易ではありません。
なかには大企業ならではの体制が原因となり新規事業が失敗に終わってしまうケースもあります。本記事では具体例を交えながら、大企業の新規事業が失敗する主な要因や、それを避けながら新規事業を成功に導くポイントを解説します。
大企業の新規事業が失敗する要因
大企業には豊富な経営資源がある一方で、肥大化した組織構成や社内の固定観念などが新規事業の障害になることがあります。新規事業が失敗する主な要因としては、次の4つが挙げられます。
- 意思決定のスピードと柔軟性が欠けている
- 既存事業をもとに計画を立てている
- 確立した技術ベースでアイデアを練っている
- 社内で意思統一ができていない
なぜ新規事業の失敗につながるのか、1つずつ詳しく見ていきましょう。
意思決定のスピードと柔軟性が欠けている
個々の裁量範囲がしっかりと固まっている大企業では、決裁や新しいルールの採用にさまざまなプロセスを経なければならないケースが多く、意思決定のスピードや柔軟性が欠けがちです。
スピードや柔軟性が欠けると、新規市場の激しい変化にはついていけません。せっかくの事業アイデアが場合によっては時代遅れになってしまい、機動性に優れた中小企業やスタートアップに出し抜かれてしまいます。
既存事業をもとに計画を立てている
収益モデルが確立された既存事業と、未知の部分が多い新規事業は全くの別物です。そのため、新規事業を構築する際に既存事業の枠組みをベースにすると、失敗してしまうことがあります。
大企業はさまざまな既存事業を抱えていますが、手元にあるデータや実績だけでは新規事業の可能性は計れません。特に先進的な事業を始める場合は、研究開発だけでも予算やリソースが大きく変わってきます。
もちろん、既存事業で培ったノウハウの中には、新規事業に活かせるものもあるはずです。チームのアイデアや行動に制限をかけすぎないように、新規事業に有用なノウハウとそうでないものを慎重に見定めましょう。
確立した技術ベースでアイデアを練っている
特にイノベーションが待望されるような分野では、新しい仕組みやアイデアが求められます。前項の「既存事業をもとに計画を立てている」にも通じる部分ですが、そのような分野において、確立した技術をベースにした事業プランは有効とはいえません。
コア技術を活用することは重要ですが、1つの技術にこだわりすぎると新規事業の幅は狭まります。描いているビジョンによっては、研究開発で新しい技術を生みだしたり、自社の弱みを強みに変えたりするような努力も必要になるでしょう。
新規事業では市場や顧客のニーズを意識して、「どのような技術が求められているのか」を考えることが重要です。すでに確立された技術に固執せず、今、さらには今後求められる技術を客観的に判断してみてください。
社内で意思統一ができていない
大企業は組織の規模が大きいため、スタートアップなどに比べると意思統一が難しい傾向にあります。社内の意思を統一できていないと、新規事業では「十分な予算が下りない」「プロジェクトが承認されない」といった問題が生じます。
また、新規事業にこそ優秀な人材が求められますが、既存事業の担当部署もそのような人材は手放したくありません。新たに採用する選択肢もありますが、採用活動には時間と手間がかかってしまいます。
既存事業の推進と並行しながら新規事業にもリソースを投入し、かつスピード感をもってプロジェクトを進めるには、社内の意思統一が必要不可欠です。
大企業が新規事業を成功させるための6つのポイント
大企業ならではの課題を解決するには、どのような施策を進めればよいのでしょうか。ここからは、大企業が新規事業を成功させるための6つのポイントを解説します。
1.独立した部門を立ち上げる
意思決定のスピードや柔軟性に欠けることが予想される場合は、独立した部門の立ち上げを検討しましょう。小規模のチームを作って可能な範囲で裁量を与えることで、新規事業のスピードアップを図れます。
既存部門からの異動による新しい部門の立ち上げは、大企業ならではの人的リソースを活用する施策です。ただし、事業立ち上げの経験があったり、参入する市場に精通していたりなど、ある程度の知見やノウハウは求められます。
従業員本人の意思も確認した上で、新規事業を推進するメンバーを慎重に選びましょう。
2.グループ内の別会社や外部の人材を活用する
新しい部門のメンバーが見つからない場合は、グループ内の別会社や外部の人材を活用する方法も1つの手です。中小企業に比べると、大企業は人的なネットワークが広いため、専門的かつ高度な人材を見つけやすい傾向があります。
ただし、目的に合った外部人材を探すには、「解決したい課題」を明確にする必要があります。新規事業がどの段階にあるのかを踏まえて、的確に動いてくれる人材を選ばなければなりません。
新規事業の現状を把握したら、外部人材に求めるスキルや資質を1つずつ整理していきましょう。
3.コミュニケーションを活性化させる
異なる部署やチームと意思統一を図るには、コミュニケーションの活性化が欠かせません。日頃から密に情報交換ができる体制を整えると、全社的に新規事業への理解が深まります。
実際にどのような方法があるのか、以下では主なコミュニケーション施策を挙げてみました。
- ディスカッションの場を設ける
- 誰でも利用できるリフレッシュスペースを設置する
- 社内報で新規事業の情報を発信する
- 希望者を募って部活動やサークルを始める
- 席を固定しないフリーアドレスを導入する
一例として、株式会社シーエーシーでは、社員同士をランダムにマッチングするコミュニケーションサービス『hashigake(ハシガケ)』を提供しています。『hashigake』はマッチングに加えて自動設定されるトークテーマによって社内コミュニケーションを活性化させることができます。
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4.どの部門が何をするかを明確にする
新規事業の開発において、大企業ならではの豊富なリソースは大きな強みです。各部門でうまく連携を取ることができれば、中小企業やスタートアップよりも有利な状況を作りだすことができるはずです。
新規事業推進室などの独立した新規事業部門を作ったら、まずは新規事業に関連する既存部門との関わりを整理しましょう。その上で新規事業部門から既存部門への要望や、既存部門における新規事業関連のタスクを明確にすると、新規事業への意識が組織全体で高まります。
5.成果主義から脱却する
新規事業は成功が確約されたものではないため、成果主義との相性が悪い傾向にあります。
成果主義とは、仕事の成果に応じて待遇を決める評価制度です。事業によっては有効な施策ですが、そもそもの成功率が低い新規事業に導入すると、従業員のモチベーションが削がれてしまうかもしれません。
新規事業に取り組む人材のモチベーションを維持するには、プロセスも評価するような仕組みが必要になります。例としては、新事業開発のフェーズが進むごとにインセンティブを支払ったり、待遇に紐づくKPIを設定したりする方法があるでしょう。
成果主義自体をなくす必要はありませんが、プロセス評価とのバランスをとることが重要です。
6.失敗を次に活かす体制を構築する
新規事業は一度のチャレンジで成功するとは限りません。失敗と反省を何度も繰り返した結果、成功の確率を高めることはできますが、失敗したまま終わってしまうこともあります。
もっとも、うまくいかなかった経験はノウハウとして蓄積できるため、新規事業では失敗を活かす体制も整えましょう。失敗の要因を洗いだしたり、適切にフィードバックしたりする体制を整えておけば、反省点を次の新規事業に活かすことができます。
大企業の成功事例から学ぶ新規事業の考え方
国内の大企業は、どのような体制やプロセスで新規事業を進めているのでしょうか。成功事例を見てみると、企業によって意識しているポイントが異なることが分かります。
事例1.グループ全体のノウハウを活かしたファンド組成/三菱商事グループ
次世代エネルギーや電力ソリューションなどを手がける三菱商事は、2004年に「ダイヤモンド・リアルティ・マネジメント」を設立しました。
同社は、不動産投資運用事業を専門的に行う三菱商事の100パーセント子会社です。15年以上にわたって商業施設ファンドや物流施設ファンドなどを運用し、2010年には運用資産残高3,000億円を突破。2023年度には、運用資産残高が1兆円に迫るところまで成長しています。
ダイヤモンド・リアルティ・マネジメントのファンドが加速度的に成長した要因には、三菱商事グループの多様な産業領域やグローバルなネットワークがあります。グループ全体の情報収集力や分析力などを活用しながら、投資家のニーズに即したファンドを組成してきました。
同社の純利益は2020年頃から減少傾向にあったものの、2023年からは回復しはじめ、2024年3月期には直近10年で最大となる約33億円を記録しています。
参考:ダイヤモンド・リアルティ・マネジメント株式会社「ヒストリー | 会社情報 」
事例2.買収によって介護事業の成長を加速/SOMPOホールディングス
損害保険事業を手がけるSOMPOホールディングスは、2015年頃から介護事業に本格参入しています。
介護業界における同社の取り組みは2000年頃から始まっていますが、2015年12月にワタミの介護事業「ワタミの介護」を買収・子会社化、2016年3月に介護事業大手のメッセージを買収し、事業規模を拡大しました。2023年3月期には業界2位の売上高を達成しています。
同社が介護業界に参入した背景には、人口減による将来的な保険マーケット縮小への懸念があります。保険領域以外のコア事業を確立するために、早いうちから介護業界に目を向けてリソースを惜しまずに投下している点が特徴です。
その活動は現在も続いており、グループ傘下の「SOMPO Digital Lab」では高齢化社会に備えた新しいソリューションが開発されています。
参考:SOMPOホールディングス株式会社「介護事業」
事例3.専門医療のコンテンツを発信するプラットフォーム/エムスリー(ソニーグループ)
ビデオ機器やオーディオ機器を手がけるソニーグループも、2000年頃から新しい領域に参入しています。
同グループは、ウェブを活用した医療関連事業を始める目的で、2000年9月に「ソネット・エムスリー(現:エムスリー)」を設立しました。ソネット・エムスリーは、同年10月にMR(医薬情報担当者)の営業支援をするサービス「MR君」をリリースし、グループから独立する形で成長していきます。
さらに、2003年には医療従事者専用サイトである「m3.com」を立ち上げ、医師や薬剤師を中心とするユーザーを増やしています。同サイトは2024年現在、90万人以上の医療従事者から利用されるサービスにまで成長しています。
現在でもエムスリーはソニーグループの持分法適用関連会社ですが、組織や事業自体はグループから独立しています。
参考:エムスリー株式会社「<日本最大級>医師向け最新医学・医療情報サイト | m3.com」
事例4.小型ビジネスジェット機の開発/本田技研工業
大手自動車メーカーの本田技研工業は、1980年代から小型ビジネスジェット機の開発も行っています。
自動車やバイクの開発に注力する傍ら、同社は1986年にジェット機用のエンジンを研究する基礎技術センターを開設しました。事業化の目途が立った2006年には米国に「ホンダ エアクラフト カンパニー」を設立し、本格的な機体事業に取り組んでいます。
2015年に量産体制が整ってからは世界中で受注を開始し、2017年には機種別の納入機数で世界トップのシェアを獲得。既存領域でのノウハウや、1980年代からリソースを投下し続けてきたことが成功に結びつきました。
参考:本田技研工業株式会社「HondaJet」
大企業の強みを活かして新規事業の体制を整えよう
新規事業を成功させる上で、大企業ならではの特性は障害になることもあります。その反面、豊富な資金力や人的リソースなどは大きな強みになるため、あえてスタートアップのような体制を模倣する必要はありません。
実際の成功事例でも、大企業の特性を活かして組織を構成するケースが見られます。まずは自社の強みや弱みを整理し、状況に合わせて課題解決につながる事業を考えましょう。
(提供:CAC Innovation Hub)