創業の経緯について
—— まず創業の経緯についてお聞かせいただけますか。
株式会社伝食 代表取締役・田辺 晃司氏(以下、社名・氏名略) :私は2011年に起業しましたが、その背景には前職での経験が大きく影響しています。当社の創業以前は同じ地域の水産業界で働いており、ネット事業部の立ち上げに携わりました。当時はパソコンも触ったことがなく、すべて独学で学びながら進めました。社内にはネット通販を誰も行ったことがなく、本当に売れるのか半信半疑でしたが、やってみて、失敗してもまたやり直せばいいと考え、試行錯誤を繰り返しました。
—— ネット通販を立ち上げた当時はどのような苦労がありましたか?
田辺 :ネット通販といえど、やはり基本は店頭販売と同じで、新規のお客様を獲得し、リピーターに育てることが重要だと学びました。そこからは、いかに新規のお客様を集め、優れた商品を適正価格で提供し、リピートしてもらうかを考えながら取り組んでいました。ただ、新規顧客を獲得し、リピーターに育てるまでには一定の投資が必要で、軌道に乗るまで1〜2年は非常に苦しかったです。
1人で一から立ち上げ、数字が徐々に伸びてきて、事業部として育てていこうという段階になって、やっと楽しくなっていきましたね。仕組み化して人員を増やし、バイイングパワーを強化することで、安く仕入れて安く販売するサイクルが回り始めました。楽天市場やYahoo!ショッピングでも受賞するようになり、そのときに、立ち上げから5年から10年かければ確実にネット通販ビジネスを確立できるという自信が芽生えました。
—— その後、独立される経緯はどのようなものだったのでしょうか?
田辺 :実は、独立するつもりは最初はありませんでしたが、私は自身の事業でもっと売上を伸ばし、どこまで成長できるか挑戦したいという想いがありました。そこで、急遽会社を辞めることになりました。しかし、当時は何の計画もなく、今後どうしようか考えた時に、自分がネット通販で積み上げてきたノウハウが再現可能かを試してみたいという想いが強くなり、2011年に独立してカニの通販事業を立ち上げました。
—— 創業時にはどのような困難がありましたか?
田辺 :本当に計画性なく独立してしまったので、経営や財務の知識もなかったですし、また創業時は仕入れ先を探すのに非常に苦労しました。前職とバッティングしてしまうため地元では仕入れが難しく、隣県の石川県まで足を伸ばして仕入れルートを開拓しましたが、保証金を要求されるなど予想外の困難もありました。融資を受けようと行った銀行からは事業計画書を求められ、計画書作りにも時間がかかりました。売るノウハウはあるのになんで売らせてくれないんだ!というもどかしさはありましたね。結果的には1ヶ月かけて事業計画書を作成しました。その時の計画は10年で50億円の売上を目指すというものでした。
それを銀行に持って行ったら「こんな夢物語の計画書ではお金は貸せません」と言われました(笑)。 でも、今見返すと、意外と当初の計画書通りに進んでいるんですけどね。
—— その計画に基づいて事業を進めていったわけですね。
田辺 :そうですね。ただ、売上ははじめから順調に伸びたんですが、運転資金のことが頭になくて。広告宣伝費もかけていましたし、最初は利益率が低くなるようにしていたので、最初の決算が大赤字になってしまい、倒産寸前まで追い込まれました。ですがその時、運よくドライブインで店舗販売を始められることになり、そこからネット通販と実店舗の二本柱で事業を進めることができるようになりました。店舗で稼いだ利益を広告宣伝費に回し、ネット通販を拡大していく形です。最初の3年から5年の間は、これでなんとか事業を成り立たせ、徐々に売上と従業員数を増やしていきました。
—— 会社はどのぐらいで黒字化されたんですか?
田辺 :実店舗を始めた2年目には黒字化を達成しました。ただ、正直なところ、創業メンバー5人いたんですけど、初年度の大赤字を乗り越えるため、ほぼ給与を取らずに必死に経営していました。当初は非常に厳しかったですが、黒字化を達成したことで事業をさらに拡大できました。
自社事業の強みについて
—— では、次に現在の御社の事業の強みについてお聞かせいただけますか。
田辺 :我々の強みは、やはり圧倒的な仕入れ能力を活かしてコストメリットを出し、低価格で販売することです。これは創業当初からのやり方で、非常に効果的でした。しかし、単に価格だけで勝負するのではなく、品質や持続可能性を考慮する必要がありました。創業から5年ほど経った頃から、ブランディングや品質強化に重点を置くようになり、戦略を少しずつシフトさせていきました。
—— 具体的には、どのように戦略を変えたのでしょうか?
田辺 :自社で原料を調達し、製造から販売までを一貫して行う製造小売業のモデルを目指すようになりました。ユニクロや業務スーパーが実践しているような手法です。そして2020年には、自社で物流倉庫を構え、自社工場も設立しました。
—— 自社工場を持つことで、どのような効果がありましたか?
田辺 :コロナ禍で巣ごもり需要が増えたことも追い風となり、売上が1.5倍から2倍に跳ね上がりました。2022年に物流倉庫、通販オペレーションセンター、そしてカニの水産加工場という3つの機能を持つ施設を立ち上げました。これにより、特にカニの通販ビジネスにおいて、日本国内で競合他社が真似できないビジネスモデルを構築できたと考えています。
—— それはまさに、他社にはないオペレーションの強さですね。まるでAmazonのような感じですか?
田辺 :そうですね。Amazonや楽天も自社で大規模な倉庫を構えFBA対応もしていますが、冷凍冷蔵倉庫は費用対効果が非常に悪いため、多くの企業が敬遠します。そこでリスクを承知で自社で冷凍冷蔵倉庫を持つことにしました。また、これもタイミングが非常に良かったんですがコロナ禍でふるさと納税需要が増えたんですよね。敦賀市のカニを返礼品として提供しており、コロナ禍でふるさと納税が急増したこともあって、売上が大きく伸びました。この成長が自社工場設立への最後の一押しとなり、結果的に自社オペレーション体制をさらに強化することができたのです。
—— 全てが良いタイミングで進んでいったということですね。
ぶつかった壁やその乗り越え方
—— これまでの事業の中で、ぶつかった壁や、それをどのように乗り越えてきたかについてお聞かせください。
田辺 :私は、諦めるのが嫌いで、何があってもできるまで挑戦し続けるという姿勢で事業を推進してきました。その結果、会社のスタッフも「壁が大きいほどやりがいがある」という文化が自然と生まれたんです。スタッフたちも壁に挑むことを楽しむようになり、これがうちの会社の強みになっていると思います。
—— 具体的に、どの壁が一番大きかったと感じますか?
田辺 :創業からの最初の1年から3年ぐらいですかね。正直、その期間の記憶はあまりないんです。会社を黒字にするために、私自身も給料を取らず、深夜にはファミレスでアルバイトもしていました。睡眠不足で、何をしているのかわからなくなるほどの忙しさが続きました。それでも、「必ずネット通販で業界1位になる」という夢だけは諦めずに持ち続けていました。この最初に掲げた目標を大切にし、日々取り組んできたことが、結果的には成功につながったのだと思います。
—— その苦しい時期を抜けたな、と感じたのはいつ頃でしたか?
田辺 :2017年頃ですね。その時期には、新規のお客様がリピーターになり始め、会社に利益をもたらしてくれるようになりました。損益分岐点を超え、新規獲得のための広告を止めれば黒字化できる状態にはなっていましたが、やはり売上を伸ばすためには新規顧客を取り続けたいという想いが強かったです。それを止めずに続けた結果、利益が出始めたのが2016年から2017年頃でした。
今後の経営・事業の展望
—— 今後の展望についてお聞かせいただけますか。
田辺 :実は今、上場も視野に入れて動いています。売上が100億円を超えてから、会社の組織力や今後10年、20年後のビジョンを改めて考えました。それまでの経営は、私の直感や思いつきで進めることが多く、例えばカニをコンテナで仕入れる際も「2億円分買います」と私が独断で決めるようなことがありました。しかし、ガバナンスの観点から「それではダメだ」と指摘されるようになり、組織としての成長が必要だと感じるようになりました。
社員が自走できる体制を整えることが私の役割だと、ここ数年で強く感じています。上場も目標にしていますが、まずはそれに耐えうる組織体制を整えることが最も重要だと考えています。社内のガバナンスと基盤を強化することに注力し、社外取締役も加わって体制を整えているところです。
—— 成長を実現するための事業構想は、どのようなものをイメージしていますか?
田辺 :カニである程度の売上規模は作れているので、今後は食肉や輸入グルメ、ワイン、健康食品やサプリメントなど、新しいジャンルにも挑戦しています。食のプロ集団として、あらゆるジャンルの食を取り扱い、拡大を目指しています。昨年、会社のパーパス「食の劇場」を策定しました。カニは高級食材で非日常的な存在ですが、これをより日常的に楽しんでもらえるよう、高品質で手頃な価格の商品を提供することを目指しています。しかし、私たちが本当に提供しているのは、カニそのものではなく、その食事から生まれる感動やワクワク感なんです。これからこのパーパスをどう形にしていくかが、今後の大きな課題です。
ネット通販での売上も順調に伸びていますが、最終的にはリアル店舗が重要だと考えています。単なる物販ではなく、食の劇場をリアルに演出できる施設を作りたいと考え、計画を進めているところです。
このパーパスもまだ社内で各事業部に落とし込んでいる段階ですが、来年にはさらに具体的な形で打ち出していく予定です。食べることは人生の大きな楽しみですから、それをもっと豊かに、非日常的な体験として提供できるような取り組みを進めています。
ZUU onlineユーザーへ一言
—— 最後に、ZUU onlineのユーザーに向けて一言メッセージをお願いできますか。
田辺 :私たちが目指しているのは、食というものを単なる消費活動にとどめず、感動や体験を提供することです。2026年の春に向けて、リアルな施設を立ち上げる予定で、その施設が皆様にどのような驚きと楽しみを提供できるか、ぜひ期待していただきたいと思っています。
—— 今後の御社のご活躍にも注目させていただきます。本日はありがとうございました。
- 氏名
- 田辺 晃司(たなべ こうじ)
- 社名
- 株式会社伝食
- 役職
- 代表取締役