特集「令和IPO企業トップに聞く 〜 経済激変時代における上場ストーリーと事業戦略」では、IPOで上場した各社のトップにインタビューを実施。コロナ禍を迎えた激動の時代に上場を果たした企業のこれまでの経緯と今後の戦略や課題について各社の取り組みを紹介する。
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創業時からの事業変遷
—— 創業時からの事業変遷についてお伺いできればと思います。
株式会社コーチ・エィ 取締役会長・鈴木義幸氏(以下、社名・氏名略) 1997年にコーチ・エィの前身となるコーチ・トゥエンティワンを創業者の伊藤が立ち上げ、私も設立に携わりました。アメリカの老舗であるコーチ・ユニバーシティ(現COACH U)とライセンス契約を結び、彼らが行っていたコーチングのメソッドを日本語に翻訳し、日本でのコーチ育成を目的にしたプログラムをスタートしたのもこの頃です。
翌年には、法人向けのコーチングプログラム提供も開始しましたが、数年後にはコーチ・エィとして分社化し、事業展開しました。法人向けにサービス提供した理由は、当時の日本は「失われた十年」と呼ばれており、新しいマネジメント手法を求める企業が多く、特に管理職向けのコーチングプログラムに対する需要が高まっていたためです。
そして2011年には、組織全体の変革に伴走するため、コーチ・トゥエンティワンとコーチ・エィが合併し、株式会社コーチ・エィとして再スタートしました。現在は、主に大企業のCEOやCOOといったトップ層に対するエグゼクティブ・コーチングをはじめ、システミック・コーチング™というアプローチで組織変革の実現を支援しています。
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人の集合体である組織が変革するには、組織の中で質の高い対話が増えることが重要だと我々は考えています。立場や所属にかかわらず、一人ひとりの周囲との関わり方が変わり、その変化が影響し合って部署が変わり、そして最終的には組織全体の変化につながる。このような全体システムに働きかける「システミック」なコーチングを叶えるために、対話型組織開発プロジェクトを提供しています。
—— 対話の質を高めることで組織を変革するということですね。具体的にはどのようなステージがあるのでしょうか?
鈴木 組織内のコミュニケーションにはレベルがあると考えています。一番良くないのは、コミュニケーションがまったくない状態です。次に、当たり障りのないことしか話さない段階があります。その次の段階では、自分の考えをしっかりと伝えることができるようになりますが、これは時にディベートのようになりがちです。
さらに進むと、考えをぶつけ合うだけでなく、お互いの背景や価値観の違いを理解しながら新しいアイデアを共に創造するようなコミュニケーションが行われます。これを私たちは「対話」と呼んでいます。この対話が経営チームや事業部間、管理職と部下の間で行われることで、イノベーションが生まれ、効率が向上すると考えています。
—— オーナー色が強い企業では、こうした対話を実現するのは難しいのではないでしょうか?
鈴木 対話型の組織開発が進めやすいのは、その組織の中から内部昇格で社長になった経営者がいる企業、という傾向は確かにあります。創業者がCEOを務めている場合、トップが私たちの価値観を理解していると進めやすいのですが、そうでない場合は私たちのプログラムをうまく活用いただけない場合もあります。
上場を目指された背景や思い
—— 上場を目指された背景や思いについてお聞かせいただけますか。
鈴木 上場したいという思いは、実はかなり前から持っていました。具体的に上場を目指した理由は大きく3つあります。
1つ目はブランディングです。コーチング業界はまだ成熟していない部分があり、一部で十分な質が担保されていないコーチングが行われると業界全体の評価が下がる懸念がありました。コーチングを提供する会社が上場することで、業界全体の評価を皆で高めていきつつ、当社としても社会的に信頼される企業としての地位を築きたいと考えたのです。
2つ目は、長期的な会社の持続可能性です。私たちの会社は創業から四半世紀が経っていますが、今後50年、100年と続いていくためには、マーケットからの健全なストレスにさらされ、常に改善を目指す力が働いたほうが良いと考えました。上場という仕組みを利用することで、会社を長く持続させられると判断したのです。
3つ目は、資金調達です。まず人材の採用に力を入れたいと考えています。会社は人で成り立っていますので、優秀なコーチを採用することが非常に重要です。また、私たちはAIコーチングの開発をはじめとした新サービスの開発やマーケティングに力を入れており、こういった未来の成長への投資も不可欠です。
これら3つの資金需要を満たすために、上場を選択しました。
今後の事業戦略や展望
—— 今後の事業戦略や展望について具体的に教えていただけますか。
鈴木 今後の事業戦略は大きく分けて2軸あります。既存事業の継続的な改善と、新規事業の推進です。既存事業においては、対話を通じた組織変革をこれからも進化させ、より多くの企業に質の高いサービスを提供していきたいと考えています。そして、新規事業であるAIコーチングを進めることによって、コーチング業界に新しい価値を提供していきます。
—— AIコーチングについてもう少し詳しく教えていただけますか。
鈴木 一昨年、ダボス会議に出席した際に、ある男性とAIコーチングについて話す機会がありました。彼が開発したAIコーチングのクオリティは非常に高く、この技術と、私たちが日本で長年研究・蓄積してきた人によるコーチングメソッドを融合すると、組織変革支援の可能性がさらに大きく広がるのではと感じました。もともと当社でもAIを活用したコーチングの研究を数年前から進めていたこともあり、一緒に開発を進めることにしました。一昨年9月にローンチし、昨年から本格的な提供を開始しました。
このAIコーチング「CoachAmit」の特筆すべき点は、「AIがヒトのために考える」のではなく、「AIがヒトに”問い”を与えて考えさせる」ことで、新たな視点に気づかせる点です。現在のAIの活用方法の多くは、「人間のためにAIが即座に答えを出す」というものがほとんどで、これによって「効率化」という恩恵を私たちは得ました。
しかし、不確実性が⾼い現代で「解」のない課題に対処するためには、私たち自身が新しい視点を手に入れ、思考を変化させていくことが必要です。「立ち止まって思考を整理し、新たな視点を手に入れる」ために、この「答えを出さないAIコーチング」はとても有用といえるでしょう。
—— それによってどんな効果が期待できるのでしょうか。
鈴木 AIコーチングならではの良さは、まず「何でも」言えることです。AIが相手であれば、たとえ人には躊躇して言いづらいことでも伝えられます。自分の考えを率直な言葉で表現することで、今まで気づけなかった本音や考えをより深く理解できるようになります。こうして得た自己認識は、目標に向かう行動のエネルギーをより高める一助になると考えています。
また、当社のAIコーチング「CoachAmit」は、リアルな言葉で語られる膨大なコーチングセッションデータが蓄積されることで、組織課題や組織文化のリアルな状況をレポートとして導き出すことが可能です。組織に所属する人たちの生の声を、時系列的に統計分析できるようになるのです。これにより、対処すべき“真の”組織課題が都度浮き彫りとなり、今打つべき対策が明らかになるというのも、AIコーチング活用の利点です。
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また、「CoachAmit」には、私たちが長年研究・蓄積してきたコーチングメソッドを凝縮しており、これにより、ユーザー一人ひとりにパーソナライズされた多様な問いかけが可能となり、対話を通じて新たな思考や視点を引き出します。
AIとのコミュニケーションを通じて得られた問いのパターンや思考法は、自己のコミュニケーションスキル向上にも直接役立てることができます。
—— AIコーチングを通じて多くの人が対話能力を高めることができるということですね。
鈴木 これまで予算等の関係で、組織に所属するすべての人には、人によるコーチングを提供できないという現状もありました。しかし、AIコーチングによって、カバーしきれなかった層に対しても、比較的安価で、いつでもどこでもコーチングの機会を提供できるようになったのは大きな変化です。組織の中の幅広い役職層がAIコーチングを活用することで、よりリアルな生の声が集まるようになり、AIが分析し可視化する組織課題もより現実に即した明確なものとなります。
ある企業では、最初は100人に導入を始めましたが、その有用性を実感いただき来年には2000人以上に拡大する予定です。 AIと従来の人によるコーチングを組み合わせた継続的なアプローチによって組織開発がより速やかに進み、社員一人ひとりだけでなく、組織全体が主体性を保ち、より高いパフォーマンスを発揮できるようになると考えています。
——人間によるコーチングも重要だと思いますが、その点についてはどうお考えですか?
鈴木 人によるコーチングとAIによるコーチングの掛け合わせによって、提供できる価値を最大化することが重要と考えています。表情や声のトーンから微妙な感情の変化を読み取ることで、AIでは気づきにくい感情的なサポートや共感を与えることが可能です。また、対面やリアルタイムのやり取りの中で、これまで蓄積されたデータをもとにした洞察を共有することで、単なる問いかけを超えた深い信頼関係が構築されます。
例えば、AIに対して約束をしても強制力はありませんが、人間に対して約束をするとそれを守ろうとする意識が生まれます。また、相手のバーバル(言語)とノンバーバル(非言語)の不一致を瞬間的に見定め、フィードバックや本当はどう思っているのか問いかけたりできます。直感に従ってある一点の課題を深堀することで相手の認識に影響を与えることがありますが、これも人間のコーチならではの点と言えるでしょう。
一方AIを活用する利点は、先述の通り「率直な言葉で」「気軽に」「いつでも」コーチングの体験ができること、より広い対象にコーチングを提供できること、そして膨大なセッションデータの分析ができるという点です。
人間のコーチングの強みと、当社の長年にわたる対話型コーチングのエッセンス・専門知を集約したAIコーチングをうまく組み合わせることで、組織の変革により大きなインパクトを与えられると確信しています。
—— 主体性と自主性の違いについても教えてください。
鈴木 自主性は与えられたことや、当然なすべきことを自ら実行する能力ですが、主体性は自分で考え、行動を起こす能力です。多くの日本企業では、自主性は高いものの、主体性が不足しているケースが見受けられます。
コーチングを通じて、社員が主体性を育むことが私たちの目標ですが、AIコーチングによって、この主体性のきっかけを届ける対象者を大きく広げたうえで同時に進めることができます。より積極的に自分の役割を果たし主体化する社員の増幅速度は、組織全体の成長・変革速度にダイレクトに影響を与えると考えています。
今後のファイナンス計画や重要テーマ
—— 今後のファイナンス計画についてお聞きしたいのですが、どのようにお考えでしょうか?
鈴木 会社の未来を考えると、持続可能なビジネスを続けていくことが最も重要だと考えています。日本企業の価値向上やグローバル化に貢献するために、堅実で戦略的なファイナンス計画を立てています。特にAIをはじめとしたテクノロジーの進化には注目しており、それらの活用を通じて、より効果的でスピーディーな事業展開を目指していきます。
—— テクノロジーの進化について、具体的にはどのような取り組みをされていますか?
鈴木 新規事業、AIコーチング「CoachAmit」において、チャットGPTをはじめとするAI技術を活用しています。テクノロジーの中でも特にAI領域は技術の進化が目覚ましく、常に最新技術にキャッチアップしながら自社のAIコーチングの質を向上につなげる必要があります。
そのためには、外部企業とも協力し、最先端の技術を取り入れながら、より良いものを作り上げていくことが重要だと考えています。他社とのアライアンスや協業を通じて、技術の革新を加速し、より広範なニーズに対応できるサービスを構築することで、強力な価値を提供してまいります。
ZUU onlineユーザーに一言
—— ZUU onlineのユーザーに向けて一言お願いできますか?
鈴木 例えば、禅のお坊さんが行う禅問答のように、問われることには大きな価値があります。
問いは、私たちに新しい視点で自分を観察させます。人間の脳は、問われたことに対する自身の考えを探し始めるようにできているため、問われると、自分がどのように世界と向き合おうとしているのかを理解し、気づいていなかった自分の考えに気が付いくことにつながります。自分自身の内側にあるものを発見するプロセスそのものとも言えるかもしれません。
人は他人からの助言だけでは行動に移しづらい傾向があります。しかし、自分で気づき、自分の言葉で認識したことは、行動に結びつきやすく、変化を起こす原動力となるのです。本当に変化するためには、自分で考えて得た気づきが必要なのですが、実はそのための最も有効なコミュニケーションが、この「問い」なのです。
コーチ・エィでは、こうした「気づき」が起きやすい問いのアプローチを日々研究・蓄積し、パターン化してビジネスパーソンの皆さんに提供しています。
ZUUのユーザーの皆さんも、ご自分の行動変化につながる「問い」に正面から向き合ってみてください。コーチやAIコーチング、友人からでも構いません。問われることで得られる気づきを、大切にしてほしいと思います。
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- 氏名
- 鈴木 義幸(すずき よしゆき)
- 社名
- 株式会社 コーチ・エィ
- 役職
- 取締役 会長