本記事は、曽和 利光氏の著書『このままで大丈夫? 「どこに行っても通用する人」になるために今できること』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています。

このままで大丈夫? 「どこに行っても通用する人」になるために今できること
(画像=metamorworks/stock.adobe.com)

「信頼」には価値がある

「どこに行っても通用する人」になるために大切なことの1つは、周囲の人から「信頼される」ことです。

これは何も私などがいわずとも、ずっと昔からビジネス界の大物たちが述べてきたことです。「日本資本主義の父」と称される実業家であり、紙幣の肖像にもなった渋沢栄一も「人としての信頼」を重視していました。論語を基にした経営哲学を提唱し、「道徳と経済の一致」を重んじて、信頼と誠実さを経営の中心に据えました。

パナソニック創業者の松下幸之助も、信頼を基礎に置く商売を唱え、「商売でもね、物が動いて、お金が動いて、それで一応の商売は成り立つんです。しかし、もう1つ根本的に大事なことは、物や金とともに、人の心もまたこれに乗って、移り動いていかなければならないということです」と、商いは人と人の信頼で成り立つと説きました。

ソフトバンクグループ創業者の孫正義さんも、ビジネスの規模を超えたビジョンを持ち、さまざまな発言のなかで、パートナーや顧客との信頼を築くことが成功の要と強調しています。他にも枚挙にいとまがありません。

信頼されるとは、「信じて頼られる」ことです。仕事や業務において責任あるポジションを任されるためには、上司やクライアントからの信頼を獲得することが第一です。そして、ここで「信頼される」ということは、単なる能力やスキルへの信頼だけではなく、「人」としての信頼が前提となります。

つまり、ハイパフォーマーに共通する能力を単に身につけるだけでなく、その「人となり」を周りに認めてもらい、信頼されないことには、責任ある面白い仕事が回ってきたり重要な業務に抜擢されたりする機会は得られないということです。しかも、「信頼を得るには年単位の時間がかかり、失うには一瞬である」というのは、多くの経営者やビジネスリーダーが共通して語る真理です。このように、信頼は極めて得難いものです。

とはいえ、信頼関係を構築する方法がわからず、何をすれば良いのかわからないという人も多いと思います。そこで、まずは「仕事における信頼関係」とは何なのか、そして「なぜそれがビジネスにおいて重要視されるのか」を考えていきましょう。

仕事における信頼関係とは?

「自分は能力があるのに、会社や上司が仕事を任せてくれない」などと不満を抱き、転職を考える人は少なくありませんが、会社や上司のせいだけではなく、本人が信頼されていないだけというケースも多いようです。このような場合、転職したところでまた同じ不満を抱え、モヤモヤしてしまうことになるでしょう。

では、「信頼」とは何でしょうか。

私は、ビジネスシーンにおける「信頼できる」とは、「思考や行動の予測可能性が高い状態にあること」と定義しています。すなわち、仕事を任せる側が「あの人にこの仕事を任せたら、このような成果を上げてくれるだろう」「あの人ならばメンバーをまとめつつ納期を守り、一定以上のクオリティを実現してくれるだろう」と想像できることが、信頼ができている状態だといえます。

「信頼」を得るためには「思考や行動の一貫性」が重要です。人は、他者の行動が予測可能であるほど、その人を信頼しやすい傾向にあります。たとえば、日々の業務でスケジュール通りに仕事を終わらせ、常に同じ基準で仕事を行なうことは、相手にとって仕事の終わりが予測できるようになり、信頼の積み重ねとなります。

予測不可能な行動は、この一貫性を欠くため、相手に不安や懸念を引き起こし、信頼を低下させる要因となります。人には不確実性を避けようとする「不確実性回避(Uncertainty Avoidance)」があり、本能的に予測できない状況や行動に対して不安やストレスを感じます。予測不可能な人の行動は、他者にとって不確実性を生むため、その人に対する信頼感が低下する要因となります。これは、とくに集団内での関係構築や社会的つながりにおいて顕著です。

他にも、「アンビバレンス効果(Ambivalence Effect)」と呼ばれる現象も関連しています。これは、特定の人物や事象に対して一貫性のない情報が提供されると、相手がその対象を評価するのが難しくなり、不信感やためらいを感じるというものです。予測不可能な行動をする人は、周囲に一貫した情報を提供しないため、このアンビバレンス効果により、信頼を失うことがあります。

なぜ改めて「信頼」が求められるのか

信頼がなぜ必要なのか、その大きな理由は、ビジネスにおける「分業体制」にあります。

ビジネスの多くの場面は分業によって成り立っています。上司がメンバーに仕事を割り振り、役割分担しながら目標達成に向けて動いたり、プロジェクトを推進したりします。企業という組織形態では、1人で完結する仕事はほとんどなく、必ず誰かと協力し合いながら進めていくのが通例です。個々の作業者が特定のタスクに熟練することで、作業スピードと正確性が向上し、全体の生産性が高まります。

たとえば、製造業では、1人の作業者がすべての工程を行なうのではなく、部品の組み立て、検査、包装といった役割ごとに担当者を分けることで、効率化を図っています。

また、各担当者が自分の専門分野に特化することで、知識や技術が深化し、組織全体として高度な技術力を持つようになります。IT業界では、プログラマー、デザイナー、プロジェクトマネジャーがそれぞれの役割を担うことで、プロジェクトの質が向上します。

分業は、組織が生産性を向上させ、効率的に業務を進めるための基本的な手法であり、多くの業界で不可欠な戦略です。しかし、分業の導入に伴って、チームメンバー同士のコミュニケーションが難しくなるという課題が生じます。この課題を克服するにあたって、信頼とは橋を渡る礎石そせきのようなものです。信頼がなければ、協力は砂上の楼閣となり、簡単に崩れ去ってしまいます。

ブラックボックス化するからこそ「信頼」の重要性が高まる

ビジネスにおいては、分業すると、必ず「周囲に見えない、自分ひとりだけが抱え、把握している部分」が発生します。

たとえば上司が部下に仕事を任せる、取引先企業に業務を外注するなど、「第三者に仕事を任せる」場合、任せた相手がどのように仕事を進めているのか、業務はうまく回っているのか、精度はどのくらいか、進捗は大丈夫か……など、途中経過の詳細までは把握することができません。本人から進捗報告があったとしても、実際のところはブラックボックスになっていて見ることができません。

分業し任せる以上、ブラックボックス化は必然であり、仕方のないことなのですが、ここで重要になってくるのが最初に挙げた「思考や行動の予測可能性」、すわなち「信頼」です。

信頼関係があり、「この人に任せれば進捗もクオリティも問題ないだろう」と高い角度で予測できれば、安心して任せ切ることができますが、信頼関係がまだなく予測可能性が低い場合は、仕事を割り振ったものの、ブラックボックス化している部分に不安を覚え、たびたび「例の仕事は大丈夫?」などと確認したり、定期的に進捗報告をさせたりと、余計なコミュニケーションコストがかかることになります。

もしあなたが、自分の上司やクライアントなど「仕事の発注主」に、たびたび納期や精度、進捗状況などを確認されているようならば、相手から十分に信頼されておらず、不安を抱かれているのかもしれません。信頼は日々の行動の積み重ねであり、失うことは一瞬です。

このままで大丈夫? 「どこに行っても通用する人」になるために今できること
曽和 利光(そわ・としみつ)
株式会社人材研究所代表取締役社長。日本ビジネス心理学会理事。日本採用力検定協会理事。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。1971年、愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科卒業。大学在学中は関西大手進学塾にて数学科統括講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用・人事の責任者を務める。その後、2011年に人事コンサルティング会社、株式会社人材研究所を設立。日系大手企業、外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小企業、スタートアップ、官公庁、大学、病院など、多くの組織に人事や採用のコンサルティング、研修、講演を行なうとともに、執筆活動を行なう。著書に『人事と採用のセオリー』(ソシム)、『部下を育てる上司が絶対に使わない残念な言葉30』(WAVE出版)、『シン報連相』(クロスメディア・パブリッシング)など多数。
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