本記事は、曽和 利光氏の著書『このままで大丈夫? 「どこに行っても通用する人」になるために今できること』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています。

最も大切で、さまざまな能力のベースになる自己認知力
自己認知とは、簡単にいえば「自分のことがよくわかっている、理解している」状態を指します。できるビジネスパーソンはもれなく、この自己認知力が高いのが特徴です。
自己認知力が大切な理由は、「さまざまな能力のベースになる根本的な能力」だからです。
たとえば、新しい知識や技能を習得しようとする「学習能力」は、とくに若手ビジネスパーソンにとって必須の能力です。最近では職業能力の再開発を意味する「リスキリング」も注目されており、あらゆる年代で学習能力が必要とされています。
しかし、自己認知ができておらず、何が自分の強み・弱みなのか理解できていないと、必要なことを学習できません。
なかには、自分ができていないことなのに「できている、強みである」と誤解しているケースもあり、「もうできているのだから、勉強しなくても良い」と判断し弱みを放置してしまう人もいます。
つまり、「自己認知力が低いと、成長スピードが著しく遅れる」ことになりかねず、とくに若手ビジネスパーソンにとっては致命的です。
自己認知力の低さは、チームワークにも悪影響を及ぼします。自分の強みや弱み、価値観など、自分の特徴を認識できていないと、チームのなかで自分はどの役割を担えば良いのかわからず、ポジショニングを間違ってしまうため、チームの足を引っ張ってしまう恐れがあります。
野球にたとえるのであれば、肩が弱いのに「ピッチャーをやりたい」といったり、足が遅いのに俊足が求められる1番バッターを願い出たりするようなものです。その結果、相手チームに打たれまくり、得点のチャンスも活かせず負けてしまう……自己認知力が低いと、チームをそんな状況に陥れかねません。
ビジネスの現場でも、同じようなことが起こり得ます。自己認知力が低いまま、自分の特性や適性を無視して「目立つポジション」や「花形の役割」にこだわってしまうと、結果として自分も周囲も不幸になってしまいます。
たとえば、「人と丁寧に対話するのが苦手」「自分の価値観を相手に押しつけがち」「柔軟性に乏しく、前例のないことに対して過度に慎重」──そんな性質の人が人事部に配属されたとします。すると、どうなるでしょうか。
本来、人事の仕事には、価値観の異なる多様な人々との調整力や、社会や会社の変化に応じて制度を設計し直す柔軟性、相手の立場に立って物事を考える共感力が強く求められます。それにもかかわらず、自己理解が不十分なまま人事を担えば、「採用では型にはまった人しか選べない」「評価制度は古いまま見直せない」「相談しにくい人事部門になってしまう」といった弊害が起こり、最終的には組織全体の活力や信頼が損なわれてしまう可能性があります。
逆に、自分の特性を客観的に理解している人は、最も自分に適したフィールドで力を発揮することができます。戦略思考に長けている人は経営企画や商品設計に、几帳面で誠実な人は財務や法務に、対人理解が深い人は人事や営業に、といった具合に、「自分という人材をどこに置けば最も価値が高まるか」を見極める目を持っているのです。
つまり、自己認知とは「キャリアの羅針盤」であり、「チームにおける自分の最適な立ち位置を知るための地図」でもあります。それが曖あい昧まいなままだと、自分自身も迷子になりますし、周囲のメンバーにも混乱をもたらしてしまいます。
自分を知ることは、謙虚さの表われでもあります。「自分には何ができて、何ができないか」を正しく理解することで、他者と協力する余地が生まれ、組織のなかでの信頼や尊敬も高まります。
これからの時代、専門性だけでなくチームワークや共創の力がますます重要になります。だからこそ、まずは「自分という人間を、他人のように客観的に見つめる力」、すなわち自己認知力を高めることが、すべてのビジネスパーソンにとっての出発点なのです。
自己認知力が低いと、「現実認識能力」も低下する
自己認知力が低い人は、現実を認識する能力も低い傾向にあります。
たとえば、自己認知力が低いがゆえに、自分の好き・嫌いや得意・不得意を理解し切れていないことで、物事の認識がゆがんでしまうことがあります。好きなこと・好きな人を贔屓目に見てしまったり、「こうなってほしい」という願望に引きずられて判断してしまったりする恐れがあるのです。
ビジネスの世界は基本的にファクト(事実)ベースで動いています。自分の偏見や幻想をもとに物事を判断していては、現実を歪ゆがめて認識してしまい、ビジネス上、正しい判断ができなくなってしまいます。
人は多かれ少なかれ、何らかの心理的バイアス(偏見・思い込み)を持っているものですが、自己認知力があれば「自分には『年齢が若いと経験が浅く、能力も低い』というような思い込みが強い傾向にあるから、若い社員の意見を過小評価しないように気をつけよう」などと自分を律することができます。
こうしたバイアスは、年を重ねたり経験によって生まれるものとは限りません。若手のみなさんであっても、たとえば「自分には第一印象で人の能力を判断しがちという思い込みがあるから、実際の業務パフォーマンスをしっかり観察し、先入観で評価しないようにしよう」と意識することや「自分には、理系出身の人は論理的、文系出身の人は感覚的という先入観を持ちやすい傾向があるから、相手のバックグラウンドではなく、その人個人の思考の仕方を正しく理解しよう」と気をつけることもできるでしょう。
このように、自己認知力を高めることで、無意識のうちにあるバイアスによる誤った判断を防ぎ、公平で的確な意思決定を行なうことが可能になります。
自己認知力は、他にもさまざまな能力のベースになっており、とくにここで挙げた学習能力やチームプレー、現実を正しく認識する能力は、ビジネスの基礎となる能力です。
自己認知力が高いハイパフォーマーは、常に自分の足りない部分を把握し、磨き続けているのです。
余談ですが、ハイパフォーマーを超え「スーパープレイヤー」と呼ばれるような人のなかには稀に、自己認知力が高いとはいえない天才タイプもいます。長嶋茂雄さんが読売巨人軍の監督時代、選手に「ホームランはブーンと打つんだ」と教えたという話を聞いたことがありませんか? (真実かどうかはわかりませんが)まさにこのタイプです。
リクルートの人事担当者時代、社内のハイパフォーマーの特徴を分析するため、トップ営業に同行させてもらったことがあります。その人は「自分が売れている理由」として「やり切る力、執着心、根性」などを挙げていました。
しかし、実際に商談を見学すると、彼の成果を生み出していそうな要素は、他のところで見つかりました。自分はしゃべらずクライアントの話をじっくり傾聴し、ニーズを引き出したり、先方から質問されそうなことをあらかじめ調べておき、聞かれたら即座に答えていたり、「週明けに提案書がほしい」といわれたのに帰社してすぐに提出していたことこそが、彼の成果のポイントでした。
そうした、「その人自身にとってはあたりまえであり、無意識でやっていること」にこそ価値があったのです。
ただし、こういう天才タイプはあくまでごく一部。多くのビジネスパーソンにとっては、「自己認知力を磨き、足りないところを知ることが、どこでも通用する能力を身につけるための第一歩」といえるでしょう。

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