この記事は2025年4月2日に「第一生命経済研究所」で公開された「石破政権のトランプ関税対策」を一部編集し、転載したものです。

資金繰り支援
石破首相は、4月1日の記者会見で、物価高対策や関税対策の支援を表明した。「国内産業・雇用への影響を精査し、必要な対策に万全を期す」と語った。万全を期すとは、「完全で少しも落ち度のないこと」である。自動車関税への対策に対して具体的な内容を確認すると、中小企業向けに全国1,000か所の特別相談窓口を設けて、資金繰り支援を実施することのようだ。しかし、これでは効果は十分とは言えない。トランプ関税への対策は、もっと練り直した方がよい。
まず、トランプ関税でどういった影響が起こりそうなのかを考えたい。米国に生産拠点を持つ自動車メーカー(乗用車・トラック・部品)は、国内工場から輸出している生産品を、米工場に移管するだろう。現地生産を増やせば、そこでは25%の関税率はかからない。その代わりに、日本からの輸出は減って、国内生産が縮小する。ここでデフレ圧力が生じる。
次に、米輸出品の自動車価格を引き上げる。関税率25%を完全に転嫁する方法だ。しかし、自動車価格の値上がりは、米国での販売数量を減らす。日本から米国への輸出台数は減る。そこでもデフレ作用が生じる。
トランプ政権は、米国民が関税を負担するのではなく、日本メーカーが値上げをせずに吸収することを望んでいる。そうした思惑に従えば、自動車メーカーの利益が減り、日本の従業員、取引先にもデフレ作用が及ぶ。日本の労働者・中小企業がトランプ政権からの増税分の負担を甘受するという理屈は到底受け入れられない。石破政権はどう対処すべきだろうか。
外貨準備の活用
問題の起点は、米国に輸出する自動車メーカーが、輸出価格×25%の関税負担を強いられるところにある。2024年の自動車・部品の対米輸出額は7.3兆円である(貿易統計)。その25%は年間▲1.8兆円になる。
この関税負担を今後4年間に限って緩和できれば、日本の従業員、取引先にデフレ作用を及びにくくさせることができる。そこで考えられるのは、関税率を支払う自動車メーカーへの外貨貸付である。政府の外貨準備のドルを国際協力銀行から低利融資する。この低利融資を受けた自動車メーカーは、米国でのドル調達コストを抑えられる。仮に、国際協力銀行から調達した資金をすべて米国債で運用すれば、スプレッド分だけ利益が得られる(機会利益という考え方)。例えば、ドルを1%で調達した場合、ドル金利4%(米国債5年物の利回り)で運用できれば、3%分のスプレッドが抜ける。その差益が、トランプ関税の負担を減殺する。
もちろん、トランプ関税の負担増の範囲内で、過剰な利益は生じないようにする工夫は必要だ。
出口政策として、トランプ大統領の任期中(2029年1月まで)とする。その後、関税率の引き上げが元に戻されるかはわからないので、自動車メーカーは4年後に備えて対処する必要に迫られる。飽くまで時限的な措置だ。
過剰な税金投入はしない
政府は、過去に外貨準備のドルを活用した事例がある。2020年度にコロナ対策として、国際協力銀行(JBIC)が約1兆円を、米国進出をする日本企業支援のために融資した。このとき、ドル資金を外為特別会計から捻出し、低利融資を実行した。この枠組みを拡充して、トランプ関税に苦しむ輸出先に低利融資する方法は一案だろう。仮に、自動車メーカーが+25%のトランプ関税で▲1.8兆円の税負担を被るのならば、それを部分的に補えるようにドル資金を低利融資して、国内従業員・取引先に拡散するデフレ作用に歯止めをかける。
仮に、相互関税で米国向けの輸出全体(自動車・鉄鋼以外)の13.7兆円に10%の追加関税がかかるとすれば、自動車・鉄鋼の税負担分と併せて▲3.3兆円という計算になる。これをすべて間接的にサポートする必要はないが、痛みが大きい企業に部分的な恩恵を与えてダメージコントロールをするという考え方はできる。ドル資金の融資は、資金調達を望んでいる輸出企業の希望に従って実施する。
外貨準備の規模は、2025年2月末時点で1.25兆ドルである(1ドル150円で188兆円)。このうち大半が米国債で運用されているので、直接的な貸付はできないが、政府はそれを担保にしてドル資金を相対的に安く仕入れることはできる。こうした利用は、極力、税収を経済対策に回さないための工夫でもある。考えてみれば、政府は過去の為替介入によって日本円で188兆円まで外貨準備を膨らませてしまった。それをドルで運用して、金利収入が外為特会に入っている。金利収入は、米政府から支払われたものだ。つまり、外貨準備を活用して、トランプ関税の負担増をまかなうことは、「カエサルのものはカエサルへ」という理屈になる。米政府から支払われたドル資金を、トランプ関税をかけられる企業の負担支援に使うという考え方である。
政府は、一般会計の予算ベースで2025年度に、基礎的財政収支を黒字化できる一歩手前までやってきている。ここでバラマキ的な財政出動をするくらいならば、外貨準備をうまく使って、デフレ圧力を食い止める方が好ましい。
マクロ政策で課題になっているのは、トランプ関税でのダメージを自動車メーカーが受けることで、2023・24・25年度と継続している賃上げの流れを途絶えさせないという目標である。夏場にかけては、大企業から中小企業への賃上げの連鎖が進んでいく重要なタイミングである。
これに対して、トランプ関税はいわば天災であり、日本企業にとっては不可抗力の災難である。公的介入が行われることに合理性はある。