この記事は2024年4月18日に「第一生命経済研究所」で公開された「日米関税交渉、相互関税を引き下げよ」を一部編集し、転載したものです。


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(画像=beeboys/stock.adobe.com)

大統領の狙い

赤沢亮正経済再生担当大臣は、4月16日にホワイトハウスで初めての関税交渉に臨んだ。トランプ大統領が、貿易相手国に相互関税をかけたことにより、各国との間で関税率を引き下げるための交渉を始めている。日本は「最優先の協議相手」となったかたちだ。驚くのは、交渉相手と決まっていたベッセント財務長官との閣僚交渉に、急遽、トランプ大統領が飛び入り参加してきたことだ。例えば、部長同士の会議にいきなり社長が参加するかのような対応だ。これは何を意味するのか。ひとつは、米側がこの会議を極めて重視しているメッセージを日本に与えたいのだろう。もう1つは、最終権限者である社長がその場で決裁を即座に下せることを示したいのだろう。赤沢大臣は会見で、会談では①早期合意を目指す、②次回は4月中に実施、③事務レベル協議は継続、の3つを合意事項として確認したと述べている。トランプ大統領が相互関税10%の留保期間の中で「早期の合意」を望んでいることは明らかだ。トランプ大統領の出席は、そうした意向を反映していると思う。さらに加えると、在日米軍の駐留経費を増やすなどの米側の要望をトランプ大統領の口から伝えたいという意図もあるのだろう。ベッセント財務長官は、こうした安全保障上の要求をするのは担当外である。トランプ大統領自身がそれを口にすると、貿易分野での大きな成果が出なければ、「次は安全保障の課題を持ち出すぞ」とプレッシャーをかけていると理解できる。トランプ流の交渉術の一環だとも理解できる。相互関税をかけられた60か国・地域の首脳たちは、フロントランナーに位置する日米交渉の動向を試金石として注視している。だからこそ、トランプ大統領は各国の中で最も組みしやすい日本を最初の交渉相手に選び、今回、大統領自身がプレッシャーをかける役回りをしたのであろう。

不平等条約

まず、日本が訴えたいのは、相互関税、自動車関税の非合理性である。相互関税24%、自動車関税25%は何を根拠に決まっているのか。「相互」と聞くと、米国がかけられている分だけ、同率の関税をかけ返すという意味だと思える。しかし、日本が米国にかけている関税率はせいぜい3%台だ。24%の相互関税は、「相互」ではなく、明らかに不平等だ。この24%の合理的根拠を説明してもらわないと、基本税率の10%ですら納得できない。3%を上回る部分は、「すべてが非関税障壁の要因だ」と言われても、私たちは「それは何ですか?」と途方に暮れてしまう。非合理的な根拠を質していく必要はある。

かつて日本と米国の間では、江戸時代末期(安政5年<1858年>)の日米修好通商条約が結ばれた。そこで日本は関税自主権を失い、長い交渉を経てそれを回復させるのに1911年まで、実に53年間を要した。そうした遺恨を思い出さずにはいられない。

この不平等さは、実数でみればよくわかる。2024暦年の貿易統計の数字に基づき、相互関税24%、自動車関税25%がどのくらいの金額の負担になるかを計算すると、5.2兆円になる(7月上旬までの相互関税10%でも3.9兆円)。日米の貿易赤字(日本は貿易黒字)は▲8.6兆円だ。この▲8.6兆円を是正するために、5.2兆円の税金を輸出企業は米政府に支払えと言ってきている。輸出は、企業にとって売上に相当する概念だ。その輸出に対して、懲罰的な関税率をかけて売上を削減し、米国にとっての貿易赤字を削減しようというのが、今回の相互関税なのだ。トランプ大統領が相互関税を各国にかけることを発表した際に使った「対象国との貿易赤字÷対象国からの輸入」の2分の1が24%(日本の場合)というのでさえ、合理的な理屈が成り立たなっていない。企業にとって、利益ではなく売上に課税されると、利益は著しく減ってしまい、企業収益に対して甚大な被害が発生する。聡明なるベッセント財務長官がこの理屈をわかっていないはずはない。赤沢大臣は、まずは相互関税の正当性、計算根拠を米国側から説明をしてもらう必要があるだろう。

どんなディールが容認できるか?

会談内容を記者から問われた赤沢大臣は、「米側が何を考えているかわかってしまう話なので差し控えたい」としながらも、「こうした言い方はわかってしまうところもあるが、為替については出なかった」とコメントした。つまり、安全保障の話は出たということだろう。交渉内容は明らかではないし、7月上旬までの相互関税の引き上げの期限まで数回の日米交渉があるので、要求内容は次回以降の交渉如何だと考えた方がよさそうだ。

すでに、2月7日の石破・トランプ会談では、日本政府はLNGなどエネルギー輸入の拡大、対米直接投資の拡大などを約束してみせている。これだけでも小さくない成果のはずだ。相互関税にこのディールの結果はどのくらい反映されているのか。さらなるカードとしては、農産物の輸入拡大、自動車の安全基準見直しがよく挙げられる。しかし、農産物と自動車の非関税障壁をいじくったところで、▲8.6兆円(2024年)の貿易赤字はほとんど変化しないだろう。なぜならば、米国からの自動車輸入額は1,500億円とごく小さい。農産物(含む大豆)は2.0兆円と大きいが、拡大の余地は限定されるだろう。輸入量は、日本の消費者がどれだけ米国の商品を選択するかに依存するからだ。政府が主導できる範囲が広いエネルギー輸入のところが、拡大余地が大きいだろう。日本が米国から輸入している鉱物性燃料は1.9兆円である。ここは、LNGなどの価格次第で変わってくる。

為替誘導の疑い

金融関係者は、「為替の話は出なかった」という赤沢発言に胸をなで下ろしたところがある。以前、トランプ大統領は日本と中国を名指しして、通貨安誘導を行っていると指弾した。今回、為替の議論はなかったとしても、今後の交渉で持ち出されることは警戒をしておいた方がよいだろう。

ところで、日本の通貨安誘導を問題視するのならば、米国はどう言った要求を突きつけてくるのだろうか。ドル高・円安が問題であれば、日銀に追加利上げを求めるという理屈になる。日本政府が保有する1.27兆ドル(2025年3月末)の外貨準備を減らせば、ドル売り圧力が生じるが、それはドル売り介入と同じになるので選択はしないだろう。

日銀の利上げは、日本の物価高対策になる点でメリットがある一方で、トランプ関税に苦しむ輸出企業に円高加速という打撃を与える点で問題がある。トランプ関税と円高誘導の両方を実行すると、日本経済が景気後退に陥ってしまうリスクが高まる。

おそらく、米国が望んでいるのは、トランプ関税をかけたとき、同時に日銀が利下げ政策を実施して円安による関税負担の緩和に導くような対抗措置を採らないことを促したいのだろう。日銀の追加利上げに対して寛容な姿勢を採ることが、米国側の方針とも整合的だろう。逆に、日銀からすれば、強硬にトランプ関税を引き上げなければ、追加利上げを進めていくので、米国の意向とも合致しますと答えることができそうだ。

米国の長期国債を売る?

米国との関税交渉に関して、筆者は日本は「場合によっては外貨準備の中の米長期国債を売るぞ」と脅しをかけることも検討した方がよいという意見をよく聞く。かつて、橋本龍太郎元首相が「米国債を売りたい衝動に駆られる」と1997年6月に冗談まじりに答えたことが記憶される。当時、この発言は、米国側にとってレッドラインを越えたと受け止められたという。トランプ大統領に腹を立てる日本の国内世論は、それを覚えていて報復手段として検討せよという勇ましい意見が出やすくなっている。しかし、冷静に考えれば、米国の長期金利が上がって、米国経済が失速すると損害を被るのは日本自身だ。長期金利上昇をみて、トランプ大統領は「債券市場はやっかいだ」と述べた。日本が米国債を売りたいなどと言えば、トランプ大統領は烈火のごとく怒るだろう。

むしろ、対米貿易黒字を有する日本は、資本収支の部分で米国債を買って、貢献してますよと言及するくらいがよいだろう。理屈として、貿易赤字を強引に減らすと、同時に日本が米国債を買う余力が低下するので、米長期金利が下がりにくくなることを強調してもよいだろう。貿易赤字=資本収支の黒字なのである。過度な円高になれば、ドル建ての米国債を買う日本の投資家も少なくなるという理屈だ。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生