
ニューヨークと東京を拠点に展開するファッションブランド「オーバーコート(OVERCOAT)」が、2026年春夏コレクションを発表した。「オーバーコート」は、デザイナーの大丸隆平が2015年にニューヨークで立ち上げ、建築的なシルエットとミニマルなデザインで世界から注目を集めてきた。
今回、昭和を代表する横綱・千代の富士とのコラボレーション。圧倒的な強さと端正な風貌で「ウルフ」と呼ばれた国民的ヒーローが、令和の時代にファッションの世界で蘇った。
大丸隆平は、実際に本人が着用していた洋服を借り受け、それをもとに新たなアイテムを再構築した。セレクトしたのはスーツのセットアップとドレスシャツ。型紙を特殊な手法で忠実に再現し、その上で「オーバーコート」らしい解釈を加えて仕上げている。
ラインアップは、ジャケット、パンツ、ドレスシャツ、そして2色展開のTシャツ。ジャケットやシャツには横綱の象徴である白い綱をモチーフにした装飾をあしらい、パンツは軽やかなシルエットに仕上げた。さらにTシャツには、千代の富士が土俵で四股を踏む姿を大胆に背中にプリント。日本の伝統と現代ファッションが融合したコレクションに仕上がった。
千代の富士は、1980年代を代表する大横綱で、第58代横綱として大相撲史に名を刻む存在だ。182センチ、126キロと当時としては小柄ながら、筋肉質な体を武器に相撲界を席巻。昭和最後の大横綱として人気を誇り、その凛々しい姿はスポーツを超えた「美」の象徴でもあった。今回のコラボは、ただの懐古にとどまらず、日本のカルチャーをファッションの文脈で再解釈した試みといえるだろう。
さらに、今季はもうひとつの注目コラボも発表された。福岡の老舗シューズ「ムーンスター(Moonstar)」とのコラボレーションだ。1960年代に生産していたトレーニングシューズ「ジム クラシック」をベースに、靴紐の代わりにチューブを使い、アイレットをアッパー全体に配することで、チューブを自由に遊べる仕様にアレンジ。クラシックなフォルムに未来的な要素を融合させた一足に仕上がっている。
「ムーンスター」は、大丸隆平の故郷でもある福岡で150年以上続くシューズブランド。学校指定の体育館シューズとして多くの日本人に馴染み深い存在だ。大丸自身も学生時代に日常的に履いていたといい、「高校を早くに中退した自分にとって、履く機会がなかったジムシューズへの憧れがどこかに残っていたのかもしれない」と語る。個人的な体験をルーツにしたコラボレーションは、ファッションと人生が重なる瞬間を体現している。
今回の「オーバーコート」の発表は、昭和の国民的横綱と令和のデザイナーが時代を超えて交差するストーリーで、日本文化を新しいかたちで世界に発信する試みとも言える。スポーツとファッション、伝統と現代、そして個人的記憶と社会的記憶。そのすべてを束ねたコレクションは、単なる服作りを超えた文化的プロジェクトに近い。
大丸隆平は今後もニューヨークと東京という2つの都市を拠点に、独自の視点でコレクションを展開していく。今回のコラボをきっかけに、「オーバーコート」がどのように日本のカルチャーを世界に翻訳していくのか、ますます期待が高まる。