この記事は2025年8月29日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「勢いを失うロシアの軍事ケインズ経済」を一部編集し、転載したものです。

(ロシア連邦財務省「25年の連邦予算および26~27年の計画期間における連邦予算」ほか)
2025年のロシアの軍事支出は13兆5,000億ルーブル(約22兆円)と過去最高水準に達し、対GDP比で30%超となる見通しである。ウクライナ侵攻が始まった22年以降、ロシアは経済活動を大幅に軍事優先へとシフトさせ、いわゆる軍事ケインズ経済へ移行した。その内容は、①歳出の中で軍事費比重を著しく拡大、②軍需関連部門への労働力を再配置、③民間産業の軍需生産への転換──である。
これらの政策を急速に進めた結果、公共部門が主導するかたちで短期的に雇用と総需要を押し上げられた。しかし、足元ではその効果が薄れ、ロシア経済は減速局面に入っている。実際に、ロシア統計局が8月13日に発表した25年第2四半期(4~6月)の実質GDP成長率(速報値)は1.1%と低水準にとどまり、前四半期(1~3月)の1.4%を下回った(図表)。これも、現在のロシア経済には、次の三つの深刻な問題が併存しているからだ。
第一は、軍事部門への労働力・資源配分の拡大がインフレ圧力を招き、民間消費を萎縮させている点である。小売売上高の実質伸び率は25年6月に前年同月比1.2%と低迷し、24年6月(同7.4%)から大きく減速した。特に、自動車販売は25年1~5月に前年同期比26%減と大幅に落ち込み、食品を中心とした消費の伸びも顕著に鈍化している。
こうした民間需要の減退を示すのが、経済活動の実態を反映するVAT(日本の消費税に当たる付加価値税)収入の推移である。24年のVAT収入は前年比22%増と高い伸びを示したが、25年5月までの5カ月間は同11%増に減速している。これは、軍事優先経済下での民間部門活力の低下を示す重要な先行指標といえる。
第二に、供給側の制約が深刻化している点である。建設分野では、西側からの技術や資材の供給制限が重層的に影響を及ぼしている。すでに不動産企業は住宅ローン市場の約5%に当たる約1兆㍔規模の債務猶予を実施しており、建設生産の長期的な減速が避けられない。さらに、徴兵により労働市場が極度に逼迫し、失業率は25年5月に史上最低の2.2%を記録し、6月も同水準を維持している。
第三に、制裁下での外需依存構造の脆弱性である。ルーブル高とエネルギー輸出制限により、輸出企業の収益基盤が根本的に悪化している。経常黒字は24年1~6月で421億ドルだったが、25年の同期間では250億ドルへと縮小している。主因は経済制裁による原油価格の上限設定と輸出先多様化の限界だ。
景気回復の打開策として、ロシア中央銀行は7月の金融政策決定会合で政策金利を20%から18%まで引き下げた。しかし、構造的な供給制約と経済制裁下では、金融緩和効果にも限界があろう。

国際金融情報センター 欧州部 部長/菅野 泰夫
週刊金融財政事情 2025年9月2日号