この記事は2025年9月5日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「自動車から半導体・AIへの転換をもくろむチェコの製造業」を一部編集し、転載したものです。

(EU統計局「NACE改定2版分類に基づく労働コストレベル」)
チェコ共和国は第二次世界大戦後、チェコ・スロバキア共和国としてソ連主導の共産主義体制に組み込まれた歴史を持つ。1993年の分離独立以降、EU(欧州連合)最大の経済圏であるドイツとの近接性を生かし、西欧市場向け工業製品の供給拠点として発展してきた。故に、対独経済依存度は極めて高く、「ドイツがくしゃみをするとチェコが風邪をひく」とまでいわれる。
チェコ産業構造の最大の特徴は、就業人口に占める製造業比率が21.2%(EU全体13.4%)と高水準である点だ。背景には、欧州大陸の中心という優れた立地条件に加え、豊富な技術系労働力や西欧に比して相対的に低廉な人件費が、メーカーを中心とした多国籍製造企業の直接投資を強力に誘引してきたことなどがある。
しかし2021年以降、チェコの労働コストの優位性は急速に低下しつつある。時間当たり労働力コストは12年当時10.0ユーロだったが、24年には18.2ユーロへと上昇。結果として労働集約型製造業で立地再考が進み、投資はルーマニア(24年に12.5ユーロ)やブルガリア(同10.6ユーロ)など、より低コスト国へシフトしている(図表)。
チェコ政府は従来の自動車主導型の製造業依存から高付加価値製造業への転換を図るべく、AIや半導体、量子技術を戦略的技術分野として指定し、研究開発を推進している。チェコ東部での米半導体企業の拠点拡張や、台湾企業との連携による先端半導体研究センター設立など、官民協働の新展開が進む。
他方、国境を接するドイツ南部ドレスデンは欧州有数の半導体クラスターであり、台湾TSMCも合弁による欧州初のfab(工場群)の建設を進めている。このため、チェコは自国内の開発能力の強化に加え、ドレスデン半導体メーカーのサプライヤー誘致を重視する考えも強めている。こうした半導体投資に対して23年9月施行のEU半導体法に基づく国家補助制度の活用が見込まれ、今後も継続的な設備投資拡大が期待される。
チェコ政府はAI分野でも、通信・放送大手CRAと国立コンピューターセンター(IT4)の共同事業への支援を表明している。同プロジェクトは、約10万個の最先端AIチップを搭載したデータセンターを核とする統合型研究開発拠点の構築を目指すものだ。欧州最大規模のデータセンターをチェコ国内に設立することで、同国は欧州AI技術開発の中核拠点の地位を確立するとともに、高度専門人材の集積を促進し、先端産業国への転換を図ろうとしている。

国際金融情報センター 欧州部 エコノミスト/谷浦 佑華
週刊金融財政事情 2025年9月9日号