この記事は2025年10月9日に「第一生命経済研究所」で公開された「波乱の円安、高市総裁への反応」を一部編集し、転載したものです。


財金の連携プレーで超円安は収束へ
(画像=nao5970/stock.adobe.com)

目次

  1. 驚くべき円安と今後
  2. 日銀との対話
  3. 今後の展開とリスクシナリオ

驚くべき円安と今後

自民党総裁選の後、円安が進行している。ドル円もユーロ円も驚くべき円安である(図表1)。特にユーロ円は、1999年の発足以来の円安水準から、さらにフリーフォールのように円が安くなって1ユーロ170円台後半に突入している。ドル円も、これまでの140円台後半の膠着から150円台前半のレンジにシフトした。やはりショッキングだったのは、公明党が与党連立を見直す構えを示したことだ。公明党のメンバーの政治姿勢分布は、もっと穏健・中道だろう。また、裏金問題後の政治資金改革についても、もう終わった話ではなく、まだ十分ではないという意見も根強い。政治資金に関しては、公明党と高市総裁の認識は距離がある。これが、さらに野党との連立拡大に進むと、自民党と公明党の間には強い遠心力が生じると想像させている。高市総裁になって、日銀に対する風当たりが強くなりそうなことだけが円安要因ではない。与党内の不安、つまり政治不安が円安を後押ししているのだ。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

実数として日米長期金利差では説明できない為替変動部分がどのくらいあるかを試算してみた。それが直近(10月8日時点)では+8.6円もあった(図表2)。日米長期金利差でドル円レートを説明する回帰式をつくり、推計地と実際のレートとの残差が、「政治要因+金融緩和予想」だと考えた。つまり、現状、高市総裁になってから、政治的混乱+金融緩和予想で+8.6円も円安が進んでいることになる。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

今後、さらに円安が進むかどうかは、①公明党との連立協議、②組閣・首班指名、③日銀会合・米FOMC、が目先の焦点になるだろう。臨時国会が開かれれば、与野党の協議が行われる。今月下旬にはトランプ大統領の来日もある。高市総裁がAPECでアジアの首脳と対面したとき、右派的な思想への警戒を解きながら関係構築を進められるかも問われる。当初の内閣支持率が公表されて、その結果を見ながらメディアは、日本は短命政権が続きそうかどうかを一斉に書き立てるだろう。今後、目先1ドル153~155円への向かっていく可能性は十分にある。ドル円レートが円安に動かされることは、そうした危機感のバロメーターの1つとみられるであろう。日本がこの難局を乗り切るには、高市総裁がより現実路線にシフトして、政治的な安定感をアピールすることだ。

日銀との対話

為替のマーケットでは、投資家たちが10月29・30日の日銀政策決定会合での利上げ見送りを予想するだろう。日銀にとっても10月利上げを根拠づける経済データが揃っていない。もちろん、円安進行が輸入物価を押し上げることをもって潜在的なインフレを強めることはある。しかし、高市総裁の就任が一因になって進んだ円安圧力に対して、日銀が追加利上げで抑え込むというのは、いかにも意趣返しになって日銀にはばつが悪い。こうした場合、ウエイト・アンド・シーがいつもの植田総裁の姿勢になると思う。

10月の決定会合の前後で重要なのは、その手前で植田総裁が、官邸に出向いて新首相に対して挨拶をするときだ。メディア報道は、「金融政策に関する議論は全くなかった」というものになるだろうが、実際は違うと思う。高市総裁が、金融政策にどう言った視線を送るのかを植田総裁はつぶさに観察して、その意図を読もうとするだろう。日銀が年内利上げを試みようとするのならば、日銀は官邸訪問後に12月会合に向けて念入りに政府への理解を求めにかかるだろう。その場合、キーマンは財務大臣になる。次の財務大臣を利上げに向けて説得できれば、日銀は政治の壁を突破しやすくなる。もしも、金融・財政政策に対して、緩和・拡張的な考えの人が財務大臣に就任すれば、年内利上げは難しいだろう。

日銀は、年内利上げに向けて12月まで待てば、様々な説明材料が揃ってくる。①半期の企業決算でトランプ関税がどの程度の影響を与えているかがわかる。②半期決算の状況は年末ボーナスの動向を決めて、消費拡大が進むかどうかの試金石にもなる。③米国のクリスマス商戦がFRBの利下げの効果を受けて盛り上がるのか。米株高の好影響が、米年末商戦の追い風にどの程度なるかも焦点だろう。

高市総裁にとって、日銀に対して寛容な姿勢を採ることはプラスが大きく、マイナスが少ない。円安が進んで困るのは高市総裁である。物価が上がると、内閣支持率は下がっていく。利上げに寛容な姿勢を採れば、円安進行は止まるし、経済政策は現実路線を採ったとマーケットがみる契機にもなる。決して教条的、原理的に動いてはいけない。

物価高対策を求める政治家の中には、物価高の原因である円安進行を放置しておいて、国民の痛みに配慮して、財政資金をばらまく措置だけで良いと考えている人もいる。しばしば、日本はディマンドプルではなく、コストプッシュ型のインフレだから金融引き締めはおかしいという主張が聞かれる。しかし、火元の円安進行を放置すれば、コストプッシュが進んで、インフレは燃え上がる。日本のインフレは、輸入インフレであり、利上げを行ってそれにブレーキを踏む必要がある。「ディマンドプルのインフレになるまで利上げを待つ」という意見に従えば、日本の消費者マインドは輸入インフレによって悪化しよう。日銀の金融政策に過剰に介入はしない方がよい。

今後の展開とリスクシナリオ

高市総裁の政治姿勢などに反応して、為替レートが大きく動く展開は、11月前半くらいまで続くであろう。政治的混乱が大きくなるほどに円安は進む。また、日銀の利上げにストップをかけるような言動があれば、それも円安要因になる。この間、FRBは利下げに動く可能性があるので、一方でドル安圧力も生じる。ドル円レートは、政治リスクが大きい場合は、米利下げによる円高圧力を飲み込んでしまう可能性もある。今後、あと1か月が正念場になるとみられる。

ドル円レートのレンジは、目先1か月間は1ドル155円までと広い幅でみておく必要があると思う。過去のレンジの天井は、1ドル158円と161円であったが、現時点ではそこまでは行かずに済むとみる。多分、158円に近づけば、政府は為替介入を示唆するだろう。

リスクシナリオは、高市総裁が求心力を失うことか、もしくは拡張財政・金融緩和維持に強い意欲を示すことだろう。筆者は与党の政治的安定が日本経済にプラスだとみているので、高市総裁には現実路線に軌道修正して、求心力の維持に努めてほしいと願っている。その場合は、円安進行は限定的に収まる。

最悪なのは、インフレ加速である。物価高対応を拡張的な財政出動で切り抜けようとして、国土強靱化にも傾斜していくと、それはインフレ加速を容認することにもなる。物価高→財政出動→物価高という連鎖に陥る。すでに長期金利、超長期金利が上昇しているのは、物価高と財政出動の2つの悪い予想を織り込んでいるからだ。仮に、内閣が短命政権になるという予想が強まったとき、これも内閣が財政出動で政権維持を図ろうとする動機を生じさせる。まさしく悪循環である。

繰り返しになるが、高市総裁には、経済・外交では現実路線を採っていただきたい。経済政策では、かつての「三本目の矢」、特に成長戦略を講じて来たる2026年度の春闘をバックアップすることが活路になるだろう。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生