株式会社河野

冷凍・冷蔵食品輸送、倉庫業務を主軸に、創業から60年を超える株式会社河野。同社の安定経営の基盤は、コンビニ、スーパー、外食チェーンという三つの事業の柱と、それら顧客との信頼関係にある。

2014年、代表取締役社長に就任した河野幹章(ともあき)氏は、業界で顕在化する人材不足への対応として、ラオスを中心に海外人材の採用を積極的に推進。現在は、障害者や高齢者を含め多様な人材の登用にも前向きだ。

河野氏に、社長就任以来の経営者としての仕事、今後の展望を聞いた。

河野幹章(こうの ともあき)──代表取締役社長
1977年、広島県生まれ。2001年、広島大学法学部卒業後、住友海上火災保険株式会社(現・三井住友海上火災保険株式会社)入社。2005年、家業である株式会社河野入社。2014年、父である先代社長の急逝を機に代表取締役社長に就任。座右の銘は「迅速・丁寧・継続・忍耐」。
株式会社河野
1962年、創業。1970年、設立。冷凍・冷蔵食品の輸送業務(コンビニ・スーパー・外食チェーン等向け)、冷凍冷蔵倉庫による保管・仕分け・流通加工業務、共同配送・3PL(物流一括受託)サービスの提供、物流コンサルティングを展開。従業員数409人、年商約56億7800万円(2025年3月期)。
企業サイト:https://www.transport-kono.com/

目次

  1. 信頼関係と「面」での対応で顧客をつかむ
  2. 安定経営のカギは「良いときも悪いときもお客様と共に」
  3. 社長就任後、仕事を抱え込んだ結果、得た気づき
  4. 物流業界で外国人が活躍できる「場所」とは?
  5. 創業100周年へ向けたキーワード「健康」と「多様性」

信頼関係と「面」での対応で顧客をつかむ

── 創業から60年超ですが、顧客に選ばれ続けている理由をどう分析していますか?

河野氏(以下、敬称略) 技術的な要素も大切ですが、何よりもまず信頼関係が基盤にあると考えます。長年この業界に携わってきた実績と、取引先企業が頻繁に変わらないという事実が、その信頼の証だと自負しています。一度、お付き合いが始まれば、よほどのことがない限り契約は破断になりません。

お客様に弊社の価値を深く理解してもらい、関係がより強固になると考えます。

また、各担当者がお客様一人ひとり、それぞれの企業に真摯な対応をしていることも、選ばれ続ける理由の一つです。お客様からのご要望や不満を察知し、弊社でできることとできないことを明確に仕分けして、誠実にお応えしています。

これにより、「聞いていなかった」といった認識の齟齬(そご)を防ぎ、お客様との良好な関係を維持します。

さらに、担当者間の連携を密にするだけでなく、お客様の経営層とも接点を持ち、単なる点での関係ではなく、組織全体としてお客様と向き合う「面」で対応が大切です。

私自身もお客様企業のトップと直接対話する機会を持つことで、より深い信頼関係を築いています。価格や品質だけでなく、こうした組織的な対応力が、長年にわたるお取引につながっています。

── ここまで長く続いているのは、河野社長の代からというより、脈々と受け継がれてきた会社としてのDNAのようなものなのでしょうか?

河野 そうですね。真摯(しんし)な対応こそが、長く関係性を構築できる最大の要因だと考えています。目先の利益を追うのではなく、人と人とのつながりを大切にする姿勢が、弊社の根底にあるものです。

安定経営のカギは「良いときも悪いときもお客様と共に」

── 直近の売上高は56億円を超え、過去5年間の売上推移も安定しています。これは食品インフラという事業特性によるものなのか、それとも安定経営を目指してきた結果なのでしょうか?

河野 目指してきたというよりは、結果としてそうなっています。本来であれば、新しいお客様との接点を増やし、売り上げや拠点を拡大したいという思いは常に持っており、そのための努力も続けています。しかし、結果として数値は横ばい、安定した形です。

── 2024年の法改正などでダメージを受けた企業もある中で安定しているのは、揺るぎない顧客基盤がある結果でしょうか?

河野 それも一つの要因ですが、弊社の強みは三つの柱──コンビニエンスストア、スーパー、外食チェーン──があることです。それぞれの事業は、時代によって好不調の波があります。

たとえば、コロナ禍では外食チェーンの売り上げが大きく減少しましたが、一方でコンビニエンスストアやスーパーの需要は増加しました。このように、主役が入れ替わることで、全体の売り上げを安定させられます。

重要なのは、お客様が厳しい状況にあるときでも、お付き合いを継続することです。経営判断としては、仕事がなくなったから他社に移るという選択肢もありますが、弊社はお客様が困難なときこそ、共に乗り越えるというスタンスを大切にしています。

良いときも悪いときもお客様と共に歩む姿勢が、60数年にわたる歴史の中で培われた関係性を支えているのだと思います。

社長就任後、仕事を抱え込んだ結果、得た気づき

── 2014年に36歳で代表取締役に就任した際、直面した最大の壁は何でしたか?

河野 すべてを自分で抱え込もうとしたことです。頑張ればできてしまう側面もあったため、一人で多くのことをこなそうとしていました。しかし、それでは組織を動かす上で限界があり、対応が遅れることがあります。

大きな組織を動かすには、自分ですべてをやるのではなく、周りの人々を信頼し任せることが不可欠だと痛感しました。

「信頼関係」と「委任」は、組織を動かす両輪です。どのようなクオリティで、どのような納期で求めているのかを明確に伝え、あとはやり方を任せる、分からないことがあれば質問してもらう、という形が最も効率的だと気づきました。

この経験から、組織を動かすためには社員一人ひとりの力を引き出し、束ねることの重要性を学びました。

── 先代社長は、カリスマ的なリーダーでトップダウンの側面もあったそうですが、「任せる」ことはうまくいきましたか?

河野 先代社長は、部下とトラックに乗って仕事をするなど、現場の時間、空間を共有し、困難に対してチームで乗り越えた経験がありました。そのため、社員との間に強い一体感や家族のような関係性が築かれていました。

しかし、会社は大きくなり、私自身がすべての社員とそのような関係を築くのは難しい。そのため、組織の規模に合わせ、管理を責任者に任せつつ私が社員一人ひとりと向き合うアプローチを取りました。

先代社長とはかかわり方が異なりますが、だからこそ、自分ですべてを抱え込まず、権限を委任することの方が、組織を円滑に動かす上で早いと考えたのです。会社の規模に合ったやり方へと変えられました。

物流業界で外国人が活躍できる「場所」とは?

── 社長就任当初から、人材不足は顕在化していましたか?

河野 社長就任以前から、人手不足の状態です。そのために仕事が受けられず、お断りする場面も少なくありません。この状況を打開するため、会社の魅力を高め、人が集まるような努力を続けています。休みや給与水準、勤務地や勤務時間など、さまざまな側面から改善を図りました。

── その解決策として、海外人材の登用にも踏み切られた経緯を教えてください。

河野 日本全体の人口減少と労働生産人口の減少を見据えると、トラック運送業界においても若年層やベテランだけでは対応しきれないという危機感が生じます。また、男性社会であった業界を変え、女性が働きやすい環境を整備する必要性も感じていました。

物流業界の外国人人材の受け入れは他業界に比べて遅れていました。一方、製造業ではすでに外国の方が活躍していました。そこで2016年に、ドライバーは難しいものの倉庫内作業であれば外国人を受け入れられるという情報を得て、まず2017年から中国人の方の受け入れを開始しました。

── 2021年には、全国的にも珍しいラオス人実習生の活用にも踏み切られたそうですね。ラオスを選んだ理由は何でしょうか?

河野 いくつかありますが、まず、ラオスにパイプを持っている方が身近にいたのがきっかけです。また、ラオスという国や国民性が、日本、日本人と似ている部分があるという調査結果もありました。そこで、ラオス人を積極的に受け入れています。

── 海外スタッフの活用は、社内にどのような化学反応をもたらしましたか?

河野 当初、社内には外国人材との協働に対して、「うまくいかないのではないか」というバイアスがありました。しかし、社長として役員の理解を得ながら、外国の方の受け入れを推し進めました。

共に働くにつれて、彼らが真面目に仕事へ取り組む姿が社内に広まり、当初のイメージはなくなっています。

特にラオス人スタッフは全員女性でしたが、性別や国籍といったバイアスがなくフラットに接することができ、社内の雰囲気は大きく変わりました。言語や文化の違いといった苦労はありますが、共に働けるという認識が社員の間で広まりました。

この経験が、ドライバー職への外国人人材受け入れへの心理的な抵抗感をなくし、スムーズな準備につながったと考えています。

創業100周年へ向けたキーワード「健康」と「多様性」

── 百年企業を目指す上で、従業員の「今と未来を守る」ことを最優先事項とされているのは、どのようなお考えからでしょうか?

河野 創業が1962年で、今年でそれから64年になります。創立100周年を迎えられるのは36年後ですが、できれば今いる社員全員と共にその節目を迎えたいという強い思いがあります。

そのためには、社員一人ひとりが健康で、安心して働き続けられる環境の整備が不可欠です。健康経営を推進し業務に専念できれば、会社の持続的な成長につながります。

具体的には、人材不足への対応として外国人人材の受け入れを進めるだけでなく、多様な働き方を整えることが必要です。また、運送業という特性上、運転業務は年齢と共に身体的な限界を迎えます。

そこで、シニアの方々が活躍できる新たな仕事の選択肢を構築したいと考えています。たとえば、農業など生産にかかわる分野での雇用創出をし、地域に根差した事業展開をしたいです。

── 初代、二代目社長の志半ばでの逝去という歴史も、健康経営を重視する背景にあるのでしょうか?

河野 そうですね。初代社長は50歳、父である二代目社長は62歳で亡くなりました。特に父は、初代社長が亡くなった際に26歳で社長を引き継ぎましたが、当時はまだ若く社会からはひよこ扱いされていたかもしれません。

そうした経験から、健康であることの重要性を強く認識しており、自身も健康に留意するとともに、幹部社員には手厚い健康診断を提供しています。

── 社長として、社員の方々に伝えたいこと、求めることは何でしょうか?

河野 私のモットーは「迅速・丁寧・継続・忍耐」です。物事に迅速かつ丁寧に対応し、それを継続すること。そして、長く続けるためには忍耐力が必要であることを常に意識しています。人生には良いときも悪いときもありますが、それらをうまく乗り越えながら、前に進んでいくことが大切だと考えています。

── その考え方を社員に浸透させるために、どのような取り組みをしていますか?

河野 現在、会社のコンセプトを再構築しているところです。このコンセプトを基に、ミッション、ビジョン、バリューを展開し、「我々が大切にしていることに共感できる人は集まれ」というメッセージを発信したいと考えています。

求人、育成、評価、そして給与へとつながる仕組みを構築し、ウェブサイトやSNSでの発信もコンセプトを軸に行っています。

私たちの仕事は、お客様の「日常を運ぶ」ことです。コンビニやスーパーに商品が並び、人々が笑顔で食事を楽しめる。その当たり前の風景を支えているのが私たちの物流であり、そこに貢献していると理解し共感してくれる仲間を求めています。

── 百年企業という目標に向け、社長ご自身の役割は何だと考えますか?

河野 私自身の役割は、まず健康で長生きすることです。健康な体によって、仕事に集中し、社員一人ひとりを考え、後継者を探し育成することができます。そして、社員全員と共に100周年を迎えたいと考えています。

私にとっての健康とは、「自分の口で食べられ、自分の手足で移動でき、自分の力で排泄できる」状態です。その状態で84歳(創業100周年)まで生きたいと思っています。

── 地域とのかかわり合いについて、ビジョンがあれば教えてください。

河野 今後は、生産にかかわる事業展開を通じて、地域に根差した雇用を創出したいです。新入社員だけでなく、地域の皆様にも雇用機会を広げたいです。また、障害のある方々とも、農業などを通じた社会貢献ができればと考えています。

私たちは、外国人人材を受け入れた経験から、多様な人々がお互いを尊重し合うことの大切さを学んでいます。地域社会においても、誰もが活躍できる場を提供し、共に成長したいです。

氏名
河野幹章(こうの ともあき)
社名
株式会社河野
役職
代表取締役社長

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