1粒10円で多くの顧客にチョコレートを提供し続けてきた、チロルチョコ株式会社。かつて3つ山だった形状を1つ山に変えるなど、時代の変化に対応してきた同社だが、松尾裕二氏が2017年に社長就任した際、「社員満足度の低迷」という大きな壁が立ちはだかった。
先代が強みとした開発力を無理に真似せず、働きやすい環境づくりで困難を乗り越えた松尾氏。現在はベトナム工場の稼働や本格的なマーケティング導入により、年商100億円の大台を目指している。ブランドの裏側にある組織面での苦悩と、次なる成長に向けた改革を聞く。
企業サイト:https://www.tirol-choco.com/
最初は1つ山でなく3つ山でつくられ売られたチロルチョコ
── チロルチョコは広く知られるブランドですが、企業としての歴史を教えてください。
松尾氏(以下、敬称略) 母体の松尾製菓の創業は1903年と古く、福岡県の田川という炭鉱で栄えた街が発祥です。当時は肉体労働者が多かったため、そういった方々向けにキャラメルや砂糖菓子といったお菓子を始めたのが創業のきっかけでした。
── 10円でチョコレートを届けたいという思いから生まれたそうですね。
松尾 はい。初代の時代は長く続きましたが、私の祖父にあたる二代目で大きな変化がありました。
戦後、アメリカからチョコレートやアイスクリームの文化が入ってきて、業態を大きく変更したのです。そこで始まったのがチロルチョコです。当初は、3つ山の形(現在の1つ山のチロルチョコが3つつながった形)をしたチョコレートの中に、ヌガーを入れて販売していました。
チョコレートは原価が高かったため、原価を抑えて1粒10円で提供することを目指しました。
── その後、価格改定もあったかと思いますが?
松尾 ええ。祖父の代で駄菓子屋を中心に西日本で販路を広げましたが、オイルショックなどを経て10円では製造が難しくなり、20円、30円と価格が上がっていきました。それにともないお客様も離れる事態となり、二代目は大きな決断をしました。
3つ山のチョコレートを現在のチロルチョコの形に変え、再び10円で提供することにしたのです。製造業は設備産業ですので、形が変われば設備投資も必要になります。当時の経営状況としてはかなりの設備投資を行い、現在のチロルチョコの形を確立しました。
── 三代目の社長であるお父様の代では、どのような変化がありましたか?
松尾 父の代では、福岡の駄菓子屋さん中心の商売から、全国展開を目指すべく東京に進出しました。当時、コンビニエンスストアの台頭を予見し、そこでの販売に注力しています。バーコードが付けられるように商品のサイズを大きく変更し、コンビニ向け商品の開発を進めました。
その後、「きなこもち」という商品がヒットし、一気に全国区での販売につながりました。
── 松尾社長の経歴も教えてください。
松尾 私は25歳で入社したのですが、父は65歳で社長を交代するという計画がありました。父が65歳になるまで、私には6年ほどの猶予があり、その間、さまざまな現場で仕事をしています。そして31歳で私が社長に就任し、父は会長に就任。その後、父が完全に引退し、私が代表取締役として独り立ちしました。
社長就任当初から、ほぼすべての業務に携わっていましたが、会長がいなくなり完全に私がトップとして会社を率いることになったのは、ここ数年のことです。
現社長就任後、海外生産に着手
── 会社の成長につながったターニングポイントを教えてください。
松尾 やはり、二代目の祖父の代での「チョコレートとアイスクリームへの業態転換」と、三代目の父の代での「コンビニエンスストア販売への本格参入」が二大ターニングポイントだと考えています。
特に父の代では、コンビニという新しい流通チャネルにサイズ変更という大胆な決断で入り込み、その後の「きなこもち」の大ヒットにつながりました。
── 松尾社長の代になってからは、いかがでしょうか?
松尾 私の代になってから、これまでの二つに匹敵するような大きなターニングポイントは、正直まだありません。
あえて挙げるならば、3年前にベトナムに工場をつくり、稼働を開始したことでしょうか。福岡に工場を一つ持っていた状態から海外展開に踏み出したことは、経営的なインパクトは以前の2つに比べると小さいかもしれませんが、将来的に大きな意味を持つきっかけになればと考えています。
── 社長就任後、特に直面した壁は何でしょうか?
松尾 数字的な課題よりも、社員満足度調査の結果が最も大きな壁でした。
社長になるまでの6年間で、父が開発に特化していたのに対し、私はバランス型としてさまざまな部署を見てきました。社長として、社員に分かりやすい「カラー」を示す必要があると感じたため、ミッション・ビジョン策定から始めました。
その中で、「あなたを笑顔にする」というミッションを掲げたことから、社員満足度調査を実施したのですが、結果は惨憺たるものだったのです。
── 具体的にはどのようなコメントがあったのでしょうか?
松尾 多岐にわたる項目で厳しい意見が寄せられました。人生で初めてといっていいほど落ち込み、「会社に行きたくない」とまで思いました。
── そのような状況から、どのように立ち直り、乗り越えられたのでしょうか?
松尾 1週間ほど落ち込みましたが、ある朝、「これはチャンスだ」とマインドチェンジしました。
経営者として得意分野がないからこそ、この「社員満足度向上」に真剣に取り組もうと決意しました。社員が自分のため、会社のために頑張れる環境をつくれば、必ず売り上げや利益もついてくると信じ、この課題に集中することにしたのです。
── 現状も教えてください。
松尾 社員満足度向上に力を入れてから6年が経ち、社員の皆さんが前向きに会社のために貢献してくれるようになりました。
今後は、30代の中間層を強化する必要があります。各部署でリーダーシップを発揮し、組織を牽引していけるような人材を育成・採用したいと考えています。工場だけでなく、本社機能においても、将来の幹部候補となる人材の育成が急務です。
市場シェアから「まだまだ成長の余地は大きい」
── 現在のチョコレート市場はどのような環境なのでしょうか?
松尾 チョコレート市場は、カカオ価格の高騰などもあり、全体としては横ばいか微増といった状況です。しかし、チロルチョコの市場シェアはまだ数パーセントに過ぎません。まだまだ成長の余地は大きいと考えています。
── 競合と比べた時の優位性については、どう分析していますか?
松尾 まず挙げられるのが、チロルチョコ独自の三層構造を再現性高く生産できていることです。表層のチョコレート、センターのソースやグミ、ボトムのチョコレートと、味や食感のバリエーションを豊富に展開できます。
それに加え、商品開発のスピード感と「楽しさ」を追求する姿勢です。単にパッケージを変えるだけでなく、限定フレーバーを入れたり、箱を組み立てるとひな壇になるような仕掛けを施したりと、常に「チロルらしい遊び」を意識しています。
この再現性、スピード、楽しさという点で、他社に負けない優位性を持っていると自負しています。また、数十円という低価格帯で提供できるチョコレートは、他社ではほとんど見られません。
── マーケティング戦略について、どのような観点から取り組んでいますか?
松尾 父の代では、自身の直感を基に、湧き出たアイデアをスピード感を持って商品化するというスタイルでした。しかし、体系的なマーケティングを学んだ人間がいなかったため、私が社長になってから、外部からマーケティングの責任者を招聘し本格的に力を入れています。
── 具体的な施策について教えてください。
松尾 調査の結果、他社と比較して「離反顧客」、つまり昔は食べていたけれど最近は食べていないお客様が多いことが分かりました。そこで、離反顧客を再び取り戻すためのマーケティング施策に注力しています。
具体的には、秋からリニューアルしたバラエティパックのデザイン変更と味の刷新に合わせて、TikTokやX(旧Twitter)でのショート動画やショートドラマを展開中です。
また、商品名にちなんだ「チロパ(チロルチョコパーティの略)」と題したチロルチョコを使った、10種類のゲームコンテンツを公開するなど、体験型のプロモーションも行っています。
── 今後のマーケティング予算や規模感について教えてください。
松尾 これまでマーケティング予算は突発的に決まることが多かったのですが、今後は中期的な視点で予算を組み、徐々に増やす計画です。一般的に売上高の3~5%といわれるマーケティング投資比率を、数年かけて達成したいと考えています。
年商100億円達成が現在の目標
── 今後の商品・サービスの改善について、どのような方向性を考えていますか?
松尾 現在、他社が値上げする中で、当社は100円や300円といった価格帯を維持してお客様のニーズに応えられています。しかし、原価的には非常に厳しい状況です。この価格帯を維持するため、社内での生産性向上や設備投資による原価低減に努めています。
── より高級なラインアップの展開についてはどうでしょうか?
松尾 コンビニエンスストア向けでは、40円台のプレミアムラインを数年前から展開しており、高品質な原料や生チョコ、餅などを使い、お客様が満足されるような商品を提供しています。
── 生産性向上や今後の拡大計画について、組織的な課題とともに教えてください。
松尾 最大の課題は人手不足です。福岡工場とベトナム工場の生産能力は、人員によって上限が決まってしまっています。
ベトナム工場の稼働により生産能力は向上しましたが、将来的に年商を1.5倍、2倍と伸ばすためには、現在の体制では限界があります。人手不足の解消と生産性向上が、今後の拡大計画の鍵です。
── 生産量を上げるための具体的な方策はありますか?
松尾 日本国内での第二工場の設立が考えられますが、現状では福岡工場で二交代制を三交代制に移行するだけでも、人員さえ確保できれば生産量は大きく伸びます。しかし、田川市は人口が少ないため確保が難しい状況です。
── 資金調達の計画について教えてください。
松尾 入社当初は、チョコレートシーズンの在庫確保のために短期的な借り入れを行うこともありましたが、現在は利益体質を改善し、キャッシュフローは潤沢です。コロナ禍で借り入れた融資もほぼ返済済みです。
メインバンクである福岡の地銀との関係も良好であり、現時点では資金調達に困る状況ではありません。ただし、将来的に新たな工場建設などを行う際には、借り入れも検討することになるでしょう。
── 今後の構想と、そのための重点アクションについて教えてください。
松尾 今年春に初めて中期経営計画を策定しました。生産能力の向上、利益体質の強化、新しい販売形態・市場の開拓、離反顧客の回帰という5つの軸で売上拡大を目指します。特に、生産能力の向上は最優先課題です。第二フェーズでは、海外展開を本格化させるため、専任の人材も外部から招聘しました。
目標は、第一フェーズである今後2~3年以内に年商100億円を達成することです。
- 氏名
- 松尾裕二(まつお ゆうじ)
- 社名
- チロルチョコ株式会社
- 役職
- 代表取締役社長

