株式会社東京會舘

1922年、民間初の国際社交場として東京・丸の内で創業した株式会社東京會舘。関東大震災や戦後の接収といった幾多の困難を乗り越え、日本を代表する食文化の殿堂として100年以上の歴史を刻んできた。

創業時の計画でホテル営業が認められなかったという異色の経緯を持つが、それゆえにレストランやバンケット、ウエディングといった独自の専門分野を徹底的に磨き上げ、比類なき地位を築き上げている。

老舗の矜持を守りつつ、進化を止めない同社の経営戦略と未来像を、渡辺訓章代表取締役社長に聞いた。

渡辺訓章(わたなべ のりあき)──代表取締役社長
1958年、山形県生まれ。1982年、駒澤大学法学部卒業、株式会社東京會舘入社。取締役本舘総支配人兼宴会支配人、取締役本舘開設準備室長などを経て、2017年より代表取締役社長。
株式会社東京會舘
1922年、創業。民間初の国際社交場として、東京・丸の内で創業。大正時代よりフランス料理を提供し、以降100年以上にわたり、レストラン・バンケット・ウエディングの運営および洋菓子の製造・販売を主軸に事業を展開。
企業サイト:https://www.kaikan.co.jp

目次

  1. 民間の式場ニーズから誕生した東京會舘
  2. 「現代の名工」を輩出し伝統の味を継承する裏側
  3. 本舘建て替えでは渡辺氏が責任者に
  4. 本舘開業後に新型コロナが流行、そして乗り越えるまで
  5. 悲願のホテル部門創設へ実現の方策は

民間の式場ニーズから誕生した東京會舘

── 創業から100年を超えますが、事業の詳細を教えてください。

渡辺氏(以下、敬称略) 弊社は1922年に創業しました。創業のきっかけは、一般の方が利用できる宴会場などの「社交の場」が必要とされていたことです。東京商業会議所などが中心となり、この丸の内の地に現在の東京會舘の原型となる建物が完成しました。

私は2017年に社長に就任しましたが、大学卒業後の40数年間、東京會舘に勤めています。

── 創業時は、ホテルとして営業する予定もあったそうですね。

渡辺 はい。もともと創業時の設計図には、客室の設置も計画されていました。しかし、当時の建築許可を得る過程で、宴会場や結婚式場は認められたものの、上層階のホテル営業は認められず、急きょ設計変更が行われました。

そのため、本来であればホテルを中心に宴会場やレストランを持つスタイルであったはずが、ホテル部門が抜けたことで、大型宴会場や結婚式場、複数のレストランを擁する現在の形になったのです。当時としては珍しい形態でした。

── 100年以上もの間、日本を代表する社交場として成長し続けた背景には、どのような強みがあると分析していますか?

渡辺 弊社の一番の強みは、料理の質の高さと、それを提供するサービス技術の質の高さです。

オープン翌年の関東大震災、そして太平洋戦争による自主営業の停止、戦後のGHQによる接収など、多くの困難がありました。接収中は「アメリカンクラブ・オブ・トーキョー」と改称し、将校クラブとなっていた時期もあります。

しかし、その間も料理の腕やバーテンダーの技術などを磨き続けました。ホテルが許可されなかったからこそ、生き残るために得意分野を徹底的に磨き上げてきたのです。

「現代の名工」を輩出し伝統の味を継承する裏側

── 創業以来の「本物の味とおもてなし」は、時代に合わせてどのように変化させ、あるいは維持されたのでしょうか?

渡辺 当初はフランス料理のみでしたが、時代の変化とともに日本料理、中国料理とジャンルを増やしてきました。料理にはトレンドがありますが、常に手間をかけ間違いないものを、自信を持って提供することに、料理人たちはこだわっています。

また、技術向上のため、料理人はフランスへ研修に行ったり、現地の最先端の技術を取り入れたりしてきました。特に、1964年の東京オリンピックの際には、フランス大使館の依頼でレストランを改装し、著名な料理人であるレイモン・オリヴェ氏から直接指導を受けたこともありました。

時代とともに料理は変化しますが、何十年もつくり続けているクラシックなフランス料理は、現代の結婚式でも若い世代から「今まで食べたことがない」と好評です。フランスで学んだ本場の料理を取り入れる一方、食材や手間との兼ね合いで提供できなくなったものもあります。

このように、常に新陳代謝を繰り返しながら進化させています。

── 「現代の名工」(近年の東京會舘からは鈴木直登氏、外山勇雄氏が表彰)を輩出し続ける技術継承の文化は、どのようにして組織全体に根付いたのでしょうか?

渡辺 中途採用の料理人はほとんどおらず、新卒で採用した社員を一から育てます。高卒の社員であれば、調理師免許取得までサポートします。専門学校卒であっても、基本をゼロから修得していくスタイルです。先輩が手取り足取り教え、コンテストにも挑戦させます。

こうした経験を通じて、文化を受け継いでいます。これは、本舘以外の営業所でも同様です。定期的な人材の異動を行い、調理長クラスが集まってレベルの均一化を図る研究会なども開いています。会社としては、こうした活動のための経費を支出し、フランスへの研修機会も提供しています。

── 伝統ある組織において、ベテランの技術と若手の新しい感覚を融合させるために工夫していることはありますか?

渡辺 料理人にとって、短期での転職はキャリアにとってマイナスになることもあります。そのため、最低でも5年程度は頑張ってみるよう周囲が働きかけています。また、賃金面での評価も重要です。

一方で、コロナ禍のような危機的状況下では、新しい試みも必要になります。たとえば、バーチャルで会場を見学できるシステムを導入したり、フェイスガードを着用してパーティー開催を試したりしました。

社員一人ひとりが「自分に何ができるか」を考え会社としてそれを支援することで、コロナ禍でもチーム力は逆に強くなったと感じています。

本舘建て替えでは渡辺氏が責任者に

── これまでの歩みの中であった、事業構造の変化や施策を教えてください。

渡辺 過去には、都内に多くのレストランを出店した時期もありましたが、他社と比べた際の優位性やお客様から見た際のポジショニングが、やや明確でなかったように思います。そのせいか、あまりうまくいきませんでした。

そこで、現在は委託を受けてオペレーションを行う、ジェントルマンズクラブや企業の役員接待施設といった分野に注力しています。これは、一般的な店舗展開が難しい中で自社の強みを生かせる方向性を見出した結果です。

今後も、「何をすれば他社より優位性を保てるのか」という視点を最重要視します。

── 2019年の本舘建て替えにおいて、「守りたかったもの」とあえて「変えたもの」は何でしょうか?

渡辺 建て替えにあたり最も守りたかったのは、この場所で長年培ってきた「社交場」としての伝統とそこで提供する「本物のサービス」です。

一方で、最新の換気システムを導入するなど、衛生面や快適性を向上させるために設備面では大きく進化させました。この新しい建物のおかげで、コロナ禍においてもお客様に安心感を提供できたことは経営的にも大きかったと感じています。

── パレスホテルの分離独立や上場といった過去の大きな決断が、現在の100億超の売上規模にどう影響していると感じますか。

渡辺 もし創業当初からホテル部門が併設されていたら、企業規模はさらに大きくなっていたかもしれません。

そこは「たられば」の話ですが、現在の規模に至るまでのターニングポイントとしては、まずホテルがない中で営業展開を工夫してきたこと、そして本舘の建て替えが挙げられます。建て替えは私が開設責任者を務めたこともあり、現在の東京會舘を支える大きな要因となっています。

本舘開業後に新型コロナが流行、そして乗り越えるまで

── コロナ禍という対面サービスにとって最大の危機を、どのような心境で、どう指揮を執って突破したのでしょうか?

渡辺 本舘開業初年度は黒字で終えられましたが、翌年からの2年間はコロナ禍で非常に厳しい状況が続きました。全店休館を余儀なくされた時期もあり、赤字決算や無配が続きました。

しかし、結婚式を挙げたいというお客様のニーズは存在していて、ご希望のあるお客様については内々で受け入れを続けていました。新しい建物には最新の換気システムが導入されており、お客様に安心感を提供できたことが大きかったと思います。銀行の支援もあり、なんとか2年間を乗り越えることができました。

── 宴会や婚礼が中止・延期となる中で、社員のチーム力を維持するために最も心を配ったことは何ですか?

渡辺 当初は感染への不安から休みたいとの声もありましたが、1週間も経たないうちに「いつから働けますか?」という声が増えてきました。そこで、出勤可能な社員には、新しい料理の研究やフェイスガードをつけたパーティーの試みなど、さまざまなことに挑戦してもらいました。

会社としてはそれらの活動を支援し、行政の指導に反しない範囲で、できることを進めました。社員が集まることで、チームワークは逆に強くなったと感じています。

── 危機の最中に、これまでのやり方を「根本から変えなければならない」と直感した部分はありましたか?

渡辺 バーチャルでの会場見学システムの導入やオンラインでの結婚式参加の試みなど、新しい技術を取り入れる必要性を感じました。これらの取り組みは現在も継続しており、地方にお住まいの方や遠方からの参加者にとって便利なものとなっています。

悲願のホテル部門創設へ実現の方策は

── 世界中のラグジュアリーホテルが日本市場に参入する中で、東京會舘が日本企業として持つ「独自の優位性」をどう磨くのでしょうか?

渡辺 日本の伝統的な「おもてなし」の精神や、長年培ってきた「本物の味」は、海外のホテルにはない独自の強みです。これをさらに磨き上げ、お客様に提供することが重要だと考えています。

また、単に施設を提供するだけでなく、お客様のニーズに合わせた多様なサービスを提供することで、差別化を図りたいと考えています。

── 次の10年、そして創業200年に向けて、渡辺社長が描いている「理想の東京會舘」の姿を教えてください。

渡辺 開業当初計画していたホテル部門を、何らかの形で実現したいという思いがあります。

土地を探して一からホテルを建設するのはリスクが高いため、共同経営や出資といった形でホテル事業への参画も視野に入れています。たとえば、地方の旅館をM&Aし、弊社のノウハウを生かして再建するといった方法が考えられるでしょう。

また、現在の本舘の建て替え事業計画も軌道に乗っており、今後は長期借入金の返済計画を立て、新たな挑戦に向けて走り出したいと考えています。

── 次代を担うリーダーや若い社員に、どのように「経営者マインド」を持って成長してほしいと願っていますか?

渡辺 最も大切なのは「チャレンジ精神」です。会社の状況に合わせて、常に新しいことに挑戦する姿勢を持ってほしいと思います。失敗を恐れず、仲間と協力しながら、自分自身の判断基準を確立していくことが重要です。

若いころからさまざまな経験を積むことで、素早く的確な判断ができると信じています。

── 日々、新しい価値を見つけるために大切にしている習慣や考え方はありますか?

渡辺 常に「何を持てば他社より優位性を保てるのか」という視点を持ち、固定観念にとらわれず、新しい価値を見出す努力を続けています。

氏名
渡辺訓章(わたなべ のりあき)
社名
株式会社東京會舘
役職
代表取締役社長

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