株式会社AIRMAN

1938年に新潟県燕市で創業した株式会社AIRMANは、エンジンコンプレッサの国内シェアで第1位の東証プライム上場企業である。2025年4月に旧社名の北越工業株式会社からブランド名でもある現商号へと変更し、さらなるグローバル展開を加速させている。

同社の強みは、創業期から続く「技術へのこだわり」と風通しの良い企業風土だ。オイルショックをはじめとする試練を乗り越え、現在はコンプレッサ、発電機、高所作業車などを柱に、確固たる地位を築いた。

2024年2月に代表取締役社長となった佐藤豪一氏に、変革を続ける同社の歩みと展望を聞いた。

佐藤豪一(さとう ごういち)──代表取締役社長
1971年、新潟県生まれ。1998年、北越工業株式会社(現AIRMAN)入社。機械の整備・販売・メンテナンスを行うグループ会社の役員や管理部門の責任者を経て、2024年2月に第13代代表取締役社長に就任。
株式会社AIRMAN
1938年、新潟県燕市に鋳物工場として創業。エンジンコンプレッサメーカーとして、国内市場で第1位、世界市場で第2位のシェアを獲得。国内外のグループ会社で、空気圧縮技術、油圧技術、エレクトロニクス技術などを融合した発電機・高所作業車など「エアマン」製品を展開。東証プライム上場 <6364> 。
企業サイト:https://www.airman.co.jp/

目次

  1. 風通しの良い風土と高品質なものづくり
  2. オイルショックを契機に体制のスリム化・海外展開へ
  3. 発電や油圧の技術も持ち、顧客のニーズにこたえる
  4. 海外のハイエンド市場で目指すさらなる成長

風通しの良い風土と高品質なものづくり

── 創業は1938年とのことですが、事業内容を教えてください。

佐藤 創業から88年目(2026年3月取材日時点)となります。もともとは鋳物工場からスタートし、その後、機械製造業へと発展しました。私の祖父が五代目社長だった時代に、米軍からコンプレッサを大量受注したことが、会社の急成長の大きなきっかけとなりました。

── 2025年4月1日に、北越工業からAIRMANに会社名を変更しました。

佐藤 はい。もともとブランド名は「AIRMAN」でしたので、そのブランド名を商号に冠した形になります。このブランド名を考えたのが、前出の五代目社長である佐藤五郎でした。彼がAIRMANの土台を固め、そこから会社の急成長が始まりました。

── 企業文化の醸成について、何を大切にしているか教えてください。

佐藤 技術へのこだわりと高品質なものを顧客に提供するという姿勢は、今も弊社の開発・製造に根強く残る文化です。

技術的な要素以外では、昔から「風通しの良い会社」であることも特徴です。よほど重要な経営事項でない限り、社員との会話の中で経営に関する単語が自然に出てくるため、社長から現場までの距離感が比較的近い企業風土だと思います。

私自身は文系ということもあり、若いころから技術を学んできた社員には敵いません。だからこそ、風通しの良さには特にこだわっており、「今以上に風通しの良い会社にする」と繰り返し伝えています。

── まるでドラマ「下町ロケット」の世界観に通ずるものがあると感じます。

佐藤 そういっていただけると嬉しいです。燕市は、現場で知恵と技術を積み重ねてきたものづくりのまちです。そうした環境で育ってきたからこそ、ものづくりへの情熱や、風通しの良さを大切にする文化が、当社の企業風土につながっているのだと思います。

── 今後、マーケティング能力や販売戦略をさらに進化させるとのことですが、すでに圧倒的なシェアを持つ国内市場で、そして海外で、どう展開するのでしょうか?

佐藤 エンジンコンプレッサは弊社の最大の武器ですので、その技術をさらに進化させ、日本国内はもちろん、世界中のお客様に届けたいと考えています。

日本市場は縮小傾向にありますが、プライスリーダーとして一定の収益性を確保できる市場でもあります。国内では、この基盤を生かし、圧縮空気・発電・油圧といったコア技術を進化・応用させ、ユーザーニーズに合った新製品を新たな市場へ投入するとともに、新しい販売方法や販売ルートの開拓にも取り組んでいきます。

そのうえで、需要の大きい海外市場にも積極的に展開し、ヨーロッパやインドなどでの新規市場開拓や、北米を中心とした顧客層の拡大を進めていきたいと考えています。人材を育てながら、次の時代を切り拓く製品を生み出し、グローバルに成長する会社を目指していきます。

オイルショックを契機に体制のスリム化・海外展開へ

── 長い歴史があるので、過去にはさまざまなターニングポイントがあったと思います。その具体的な事例を教えてください。

佐藤 歴史を振り返ると、1970年代半ばから1980年代半ばにかけて、オイルショックなどの影響により、多くの企業が苦境に立たされた時代がありました。弊社にとってもその時期は「試練の時代」であり、利益を確保することが難しい状況が続いていました。

そうした中で、会社の体制をスリム化し、効率化を推し進めたことが、大きなターニングポイントになったと考えています。

私の父が社長を務めていた時期で、非常に厳しい環境ではありましたが、当時の優秀な部下の皆さんや、後に社長となる人材を含め、多くの支援者に支えられました。営業体制の強化をはじめ、工場の生産体制のスリム化や効率化、さらには財務体質の改善などに取り組んだのです。

ちょうどその頃から海外からの受注も徐々に増え始め、現在の成長につながる基盤を築くことができました。この時期は、弊社にとって「第二成長期」ともいえる重要なフェーズだったと捉えています。

── 2014年には東証一部上場を果たされていますが、これも大きな転換点だったと思います。

佐藤 はい、一部上場は成長を加速させる大きな要因となりました。東証で上場する以前には、新潟証券取引所に上場しており、それが東証二部に統合され、三代前の社長の時代に一部上場への道が見えてきました。

信用度も格段に上がるので、一部上場を目指そうということに。結果として株価も上がり、ブランドイメージの向上にもつながりました。

── 新規事業の立ち上げについても教えてください。

佐藤 弊社の事業は、エンジンコンプレッサ、エンジン発電機、高所作業車、モータコンプレッサの四つを柱としています。中でも、高所作業車は2000年代初頭に開発・販売を開始し、大きなヒットとなりました。この事業は、子会社のイーエヌシステム株式会社が中心となって担ってきました。

イーエヌシステムは、「お客様の夢を形にする」ことを使命に、現場の声や顧客ニーズを丁寧にくみ取りながら、新たな事業や製品の可能性を探り、さまざまな製品開発に取り組んできました。

高所作業車に至るまでには300機種以上の開発を重ね、その試行錯誤の中からヒット商品が生まれています。高所作業車の開発は、当社にとって大きなターニングポイントの一つだったといえます。

発電や油圧の技術も持ち、顧客のニーズにこたえる

── 高所作業車のアイデアは、どのような経緯で生まれたのでしょうか?

佐藤 もともと世の中に高所作業車は存在しており、お客様からの要望で既存の作業車の修理やメンテナンスを請け負うことから始まりました。そこから、「このような機能がついた作業車はつくれないか」といったやり取りを経て、お客様のニーズを取り込みながら開発を進め、現在の高所作業車が完成しました。

── 新規事業の立ち上げにおいて、自社技術を基盤とするアプローチと顧客ニーズから発想するアプローチがありますが、高所作業車は後者のパターンといえますね。

佐藤 おっしゃる通りです。また、それを実現できる技術を弊社が持っていたことが重要でした。

過去にはミニバックホー(小型油圧ショベル)の自社開発も行っていましたが、ここで油圧技術のノウハウを蓄積できたことが、高所作業車の開発にも生かされています。高所作業車にも油圧システムを使用しているからです。

われわれの基盤にあるのは圧縮空気をつくる技術ですが、発電や油圧といったコア技術も生かしながら、お客様のニーズに応えることが重要だと考えています。だからこそ、マーケティング能力の強化は、今後の重要な課題です。

変化の激しい時代において、お客様のニーズを的確にとらえ迅速に対応できるスピード感が求められています。

海外のハイエンド市場で目指すさらなる成長

── 今後の成長戦略について、社長のビジョンを教えてください。どのような企業を目指していますか?

佐藤 長期ビジョン(AIRMAN VISION 2030)では、2030年までに売上高700億円の達成を目標に、持続的な成長を目指しています。

数値目標以外では、「コンプレッサメーカーとして世界ナンバーワンを目指す」といいたいところですが、現状では非常に困難です。しかし、得意分野においては世界ナンバーワンを目指したいと考えています。

そのために、まず強化すべきだと考えているのがマーケティング能力です。国内ではすでに高いシェアを築いていますが、海外市場では、日本で評価された製品がそのまま受け入れられるとは限りません。お客様のニーズを的確に捉え、それに応える製品を開発していくことが、これまで以上に重要になります。

たとえば、弊社の高所作業車は、日本の顧客の「かゆいところに手が届く」仕様を追求してきました。その分、コストは一定程度かかりますので、イニシャルコストを重視するユーザーには、必ずしも選ばれないケースもあります。

だからこそ、われわれは市場を見極める必要があります。狙っていきたいのは、アメリカ市場のようなハイエンド市場です。アジアにも同様の市場は一部存在しており、そうした市場を見つけ、お客様と連携しながら価値を提供していくことも、マーケティングの重要な役割だと考えています。

お客様のニーズに柔軟に応えられる技術力は、弊社の大きな強みです。その強みを生かしながら、海外市場においても多様なニーズに対応した商品を提供していきたいと考えています。

── 業界全体の構造変化についても考えを教えてください。

佐藤 弊社は、建設機械業界と産業機械業界の二つのセグメントに属しており、売上の約8割を建設機械事業が占めています。建設機械市場、特にコンプレッサを扱うレンタル市場では、大手広域レンタル会社を中心に事業規模の拡大や効率化が進んでいます。こうした動きは、アメリカ市場でも同様に見られます。

一方で、地場レンタル会社ならではの、きめ細やかなサービスが求められる場面も少なくありません。建築市場は2030年ごろまでは一定の需要が続くといわれており、これまで土木を主体としてきた企業が、建築分野へと取り組みを広げる動きも見られます。各社がそれぞれの強みを生かしながら事業の幅を広げていく中で、業界の姿も少しずつ変化していくと考えられます。

── 今後の成長戦略を踏まえ、社長としてのビジョンについても教えてください。

佐藤 会社名を「株式会社AIRMAN」に変更したことは、将来この会社を担う社員や経営に携わる人たちから、「非常に良いターニングポイントだった」と振り返ってもらえるような、大きな転換点にしたいと考えています。この社名変更を機に、さらなる成長を目指します。

具体的には、得意分野において世界ナンバーワンを目指し、その実現に向けてマーケティング能力の強化が不可欠だと考えています。お客様のニーズを的確に捉え、新しい価値を生み出していく。その積み重ねこそが、弊社の未来を切り拓く鍵になると確信しています。上場企業として社会からの期待に応えながら、常に進化し続ける企業でありたいと考えています。

氏名
佐藤豪一(さとう ごういち)
社名
株式会社AIRMAN
役職
代表取締役社長

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